転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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第三十四話 覚悟 -2

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「それで出陣するんですか……」

 握りしめた手のひらが、じんわりと嫌な汗をかく。喉が震えそうになるのを必死に抑えて、ルインはやっとの思いで声を出した。

 今回の作戦では、出陣できる竜と竜騎士は全てが出るとグスタフから聞いていた。
おそらく先陣を切るのはアーベントで、もちろんその騎士はシグルドだ。

 竜騎士たちはみな大なり小なり皆傷を負っていて、だから、シグルドだって怪我をしていたって空へと向かうだろう。

 けれど、これは――。

「右腕は数針縫ったが、折れてはいないから動かすことは出来るし、手綱は握れるはずだ」

 穏やかな声で応えたシグルドに、ルインはぱっと顔を上げる。

「でも、目が……」

 嗚咽のようなその呟きに、シグルドが困ったように微笑んだ。
 高速で飛ぶ竜を駆る竜騎士にとって、最も重要と言っていいのが「目」だ。

 飛行する際には視力、動体視力の双方が必要で、竜騎士になるための試験項目の中には視力検査が含まれているほどだ。一定以上の視力がないと、それだけで竜騎士になる資格はないと言うことだった。

 これから最前線に行くのに。連邦との戦いに赴くのに、片目を負傷しているだなんて。

 ――そんなの、どう考えても無茶だ。

 ルインは自らの背筋がぞくりと粟立つのを感じた。
 敵だって馬鹿ではない。いくらアーベントとシグルドが空の王者だとて、その騎士がこんな目立つ弱点を顔に貼り付けていたら、当然、そこを狙ってくるだろう。

 それは決して卑怯なことではない。これは戦争で、お互い命がかかっているのだ。
 フェアプレーなんてものは求められていなくて、あるのは相手を殺すか、自分が殺されるかという生死をかけた命のやりとりだ。

 ルインの溢れる不安を見透かしたのだろう。シグルドが包帯をしていない手で、そっとルインの頬を撫でた。

「俺が、ヴィクトルに出撃させてくれと頼んだんだ。右側が見えなくても、アーベントが補助してくれる。こんな怪我くらいで、連邦なんかに後れは取らない」

 片方しか見えていない青い瞳が、静かにルインを見た。
 それは凪いだ湖の湖面のように澄んだ、悲しいくらい優しい瞳だった。

 恐れや迷いはない。ただ、覚悟のようなものがシグルドの中に見えて、ルインはだからこそ恐ろしいのだと思う。
 七十年前、最後に見た「レオン」もこんな目をしていた。

 友軍の撤退の時間を少しでも稼ぐために、と絶対に勝てないと分かっていても出撃せざるを得なかったかの竜騎士が「フェリ」を見つめる瞳は、やはり全てを受け入れた静かな色をしていた。

 それはきっとシグルドや「レオン」だけではない。
 これから飛び立つ竜騎士たちは皆、覚悟を決めた目をしている。

 決して後ろは振り向かず、前だけを見据えるその瞳をルインはただ悲しいと思った。
 締め付けられるように痛む胸が苦しくて、ルインは数度瞬きをする。その瞬間、不意にルインの灰色の瞳から、ぼろりと涙が零れた。

「……――ッ」

 白い頬を熱い涙が濡らしていく。水分で歪んだ視界の中で、シグルドがひどく慌てているのが分かった。
 きっとシグルドだって、まさかここでルインが泣くとは思わなかったのだろう。

 もちろん、ルインだって自分が涙を零すとは思っていなかった。
 これでも軍人の端くれで、どれほど無慈悲な任務でも顔色ひとつ変えないで遂行するように訓練されているはずだった。

 それでも堪えきれない涙が、次々と溢れていく。

「ルイン……」

 青い瞳がルインの心を見透かすように覗き込んでくる。
 シグルドの瞳はどこまでも透き通った美しい色をしている。春のヴィンターベルクの空を思わせるそれが、一瞬揺れて驚愕に見開かれた。瞳孔が開いて、シグルドがルインの泣き顔を食い入るように見つめた。

「――フェリ」
「え?」

 今度はルインが目を瞠る番だった。
 シグルドは今、何と言ったのか。

 覚えていないはずだった。だって、シグルド自身が言っていたのだ。

 ――知らない「誰か」を探している、と。

 全てを忘れて生まれ変わって、それでも彼は「フェリ」の面影を探していた。けれどもそれは、シグルドが「フェリ」のことを何も覚えていないという証でもあったのだ。

 それなのに。
 シグルドが何かを確かめるようにルインの前髪を梳いて、その額を露わにする。
 かさついた指先が、ルインの額を、頬をなぞるように撫でて、そして苦しげに眉を寄せた。

「フェリ……?」

 それは願うような声だった。
 その問いにどう応えればいいのか、ルインには分からなかった。見つけてもらえたことを喜べばいいのか。それとも、自分は「フェリ」ではないことを悲しめばいいのか。

 足元から凍えるような冷気が這い上がってくる。ルインは何も答えることが出来ず、ただ唇を噛みしめていた。


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