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連載
手紙
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玻璃宮はその日もいつもどおり穏やかだった。
王宮の端にあり、周囲を緑で囲まれたこの美しい離宮に王宮の喧騒は滅多なことでは届かない。今だって、応接室の中には開けた窓から吹き込む風と葉の擦れる音。それから愛らしい小鳥の囀りだけが響いていた。
「ユーリス先生、何だか元気がないですね」
静かな部屋の中でアデルが不意に口を開いた。手には重そうな書籍を持っていて、億劫そうに頁を捲ったところだった。
「そんなことはないですよ」
「ありますよ。だってさっきからため息つくの、もう十二回目ですよ」
アデルが持っているのは分厚い貴族名鑑で、それに載っている家門を覚えている最中だったのだ。
まだ明らかに途中だったそれを、アデルは勢いよく閉じた。おそらく貴族の名前を覚えることに飽きてきたのだろう。気もそぞろなアデルに苦笑しつつ、ユーリスは穏やかに微笑んだ。
「アデル様。私のことはいいので、貴族名鑑の内容をお覚えください」
「全然よくないですよ。ひょっとして、この前のことでギルベルト様にお叱りを受けましたか?」
「そんなことはありません。私のことよりアデル様、名鑑に載った貴族の名前ですよ」
身をかがめて声を潜めるアデルにユーリスは言う。けれど、そんなユーリスの言葉にアデルは不服そうに頬を膨らませた。誤魔化されたと思ったらしい。
「そんな場合じゃないですよ! 俺のせいでおふたりが喧嘩したんだったら嫌です」
「本当に、違います。ギルベルト様はそのようなことでお怒りになる方ではありませんから」
「俺にはめちゃくちゃ怖かったんですけど」
何でも、あの後アデルはギルベルトにお小言をもらったらしい。普段は無口で穏やかな騎士に怒られて、この数日間アデルはとても大人しかった。しかし、玻璃宮を勝手に抜け出したのはアデルなので、ユーリスとしては擁護のしようもない。
だから共犯であるユーリスも彼に怒られたと思ったのだろう。しかし、ユーリスのため息の理由はそんなことではなかった。
いや、ギルベルトが関わっている、という点では中らずと雖も遠からずといったところだろうか。
それは今日の朝、ユーリスが庭園で朝食をとっていたときのことだ。
設えられたテーブルには白いテーブルクロスがかけられていて、その上にパンや野菜、スープといった定番の朝食が並べられている。隣に座るミハエルの口元をナプキンで拭っていると、奥様と声をかけられた。
振り向けばそこには何やら見覚えのない使用人が立っている。手には銀のトレーを持ち、その上には数通の手紙が置かれていた。
そばに控えた侍女に訊ねれば、彼は最近新しく入った使用人だという。本来は本館で家令の補佐として動いているとのことだった。
「お手紙をお持ちしました」
少し強張った表情で言われて、ユーリスは頷いた。まだ年若い彼は初めて顔を会わせるこの屋敷の夫人に、どうやら緊張しているらしい。その様子を微笑ましく思いつつ、礼を述べて手紙を受け取った。
ローゼンシュタイン伯爵家の夫人として、ユーリスの元には毎日様々な手紙が届く。朝食の際にその全てを確認するのが毎日の日課であり、この家の夫人としてのユーリスの役割だった。もちろん、ギルベルト宛ての物は彼の元に 届けられるが、貴族の夫人たちからお茶会や観劇のお誘いがひっきりなしに届けられるため、ユーリスの元にもなか なかの量の手紙がやって来るのだ。
使用人を下がらせ、ユーリスはそのひとつひとつを確認していく。
手紙はその全てが紋章つきの封蝋で封じられているため、見ただけで送り主が分かるようになっている。貴族の奥方たちは、知り合いに送る手紙のひとつにさえも全力で気を遣うものだ。趣味のいい色とりどりの封蝋に押された印 は、ユーリスと交流のある家の紋章ばかりだった。
しかし、その中のひとつに久しぶりに見た、けれどよく見慣れた紋章を見つけた。それに気づいてユーリスはそっと手を伸ばす。白い上質な紙に堂々と押された星と白鳥の紋章。
手紙も臙脂の封蝋も飾り気はなく、実用的なものだった。しかし、その紋章を見た途端、ユーリスは息を飲んだ。
――ヴィルヘルム様の紋章だ。
ヴィルヘルムがハディールに嫁いでからのこの五年間、ユーリスも何度かヴィルヘルムに手紙を送ったことがあった。しかし、それは毎年交わされる新年の挨拶やハディールの祭事に合わせたもので、こんなごく私的な書簡ではな かった。当然、この手紙も宛名はユーリスではない。
少し癖のある流麗な文字が綴るのは、ギルベルト・ユルゲン・フォン・ローゼンシュタインの文字。
この手紙はヴィルヘルムからギルベルトに宛てたものだったのだ。
それを理解した瞬間、ユーリスの胸の奥に鋭い痛みが走った。
きっとあの新しい使用人が、間違ってこちらに持ってきてしまったのだろう。彼は仕事を覚えている最中だと侍女が 言っていたから、不慣れな様子なのは仕方のないことだった。しかし、家令であれば絶対にしないような失態だっ た。
ヴィルヘルムが玻璃宮にいた頃も、よくこうしてふたりは手紙のやり取りをしていた。それが今までも続いていた ということなのだろうか。
彼らが愛し合っていたことはユーリスも知っている。けれどそれは叶わぬ恋で、彼らは無理やり引き離されたのだ。
シュテルンリヒトより遥か南東に位置する砂漠の国ハディールへは、馬車でひと月はかかる距離だ。馬を駆けさせればもう少し早く着くのかもしれないが、国土の大半を占める砂の海が馬の足を鈍らせるとも聞く。それほど遠く離れてしまっていても、心は通じ合っているということだろうか。
中身を確かめることも、捨ててしまうことも出来ず、ユーリスはただヴィルヘルムからの手紙を侍女に渡した。
ユーリスと一緒に馬車に乗るようになって、ギルベルトの出立はずいぶんと遅い時間になっていた。あの時間であれば、彼はまだ朝食をとっていたはずだ。ギルベルトは朝、あの手紙に目を通しただろうか。手紙を受け取ったときのギルベルトの反応を想像してしまって、ユーリスは途端に胸が苦しくなった。
アデルの教育係を務めてから、ギルベルトとの距離はずいぶんと近くなったと思っていた。
毎朝顔を会わせ、言葉を交わす。肌を重ねたのは発情誘発剤により狂った発情期だけではあったが、それ以外の ――例えば頬に触れたり、手を握ったりといった可愛らしい触れ合いは格段に増えている。
それだけで十分だと思うのに。
――僕はずいぶんと贅沢になってしまった。
自らの中にある汚い感情に気づいて、ユーリスは愕然とした。
ギルベルトがヴィルヘルムと手紙をやり取りしているという事実を知ってしまって、ひどく悲しい気持ちになったからだ。国のために嫁いだかつての主に対して、こんなことを思うのは不敬であると分かっている。彼らの恋は叶わなかった。けれど、ユーリスはギルベルトのそばにいて、望めばすぐにでも彼に触れることが出来るのだ。
遠い土地から心を文章にして送り合うことくらい、見ないふりをするべきだと分かっている。それが彼らに出来る精一杯で、むしろ彼らはそれ以上のことを望むことが出来ない。それを十分に理解しているというのに。
ユーリスは、心の中でそのやりとりさえも嫌だと思ってしまったのだ。
そんな朝の出来事を思い出して、ユーリスはもう一度ため息をついた。
鬱々とした様子のユーリスに、アデルは再度心配そうな視線を送る。しかし、こんな個人的で薄暗い感情をアデルに話す気にはなれなかった。
そもそも、これはギルベルトとヴィルヘルムふたりだけの秘め事だったはずだ。あの使用人が間違わなければ、ユーリスだって知らないでいたはずの密やかなやりとり。それを意図せずとはいえ、暴いてしまったのはユーリスだ。
「あんまりため息ばかりついていると、幸せが逃げちゃいますよ」
「幸せが……」
「笑っていれば幸福が舞い込んでくるんです。星の女神は笑顔が大好きなので」
自らの口の端に両手の人差し指をそれぞれ当てて、アデルはぐっと口角を上げた。
暗い顔をするのではなく、笑っていた方がいい、ということなのだろう。事情は分からずとも慰めようとしてくれるアデルの気遣いに感謝してそうですね、と力なくユーリスは微笑んだ。
アデルが突然立ち上がったのは、そのときだった。
勢いよく立ったせいで、持っていた貴族名鑑が大きな音を立てて床に落ちる。しかしアデルはそれを無視して険しい表情のまま、何かを探るように目を瞑った。その顔はひどく真剣で、見たことがないほどに研ぎ澄まされている。
何かあったのだと、すぐに理解した。しかし、天才と言われる魔法使いのアデルとは違い、ユーリスには彼が感じている異変が分からない。
「アデル様?」
どうされましたか、と訊ねたユーリスの声に応えるように、アデルは目を見開いた。
現れた緑色の瞳は瞳孔が開いており、一瞬の瞬きさえしていなかった。彼は今、ひどく繊細な魔力操作をしているのだ。
「ユーリス先生」
「はい」
「孤児院の結界が誰かに破られた」
「え?」
孤児院というのは、アデルが育ったヴァイツェンハイム孤児院のことだろうか。
そういえば、あそこは治安が悪いからとアデルが敷地内に魔法結界を張り巡らせていると言っていたのを思い出す。そうでなくてもあの孤児院はアデルにとっての弱点なのだ。アデルを狙うものが標的にする可能性も考えて、アデルは常に気にかけていた。
「結界には保護と探知の魔法を付与してたんだ。破られたらすぐに分かるように」
「それが破られたのですか」
「そう、あれは俺が論文で書いた最高硬度の魔法障壁を使った結界だったのに」
アデルが言わんとするところを理解して、ユーリスは言葉を失った。
巨大な魔獣を一瞬で蹴散らしてしまうほどの魔法を使う、アデルの作った結界が破られたという事実。
そんなことが出来る魔法使いなど、この国でも数えるほどしかいないだろう。
「相手が仕掛けてきたのかもしれない」
そう告げたアデルの顔は、ひどく強張っていた。
王宮の端にあり、周囲を緑で囲まれたこの美しい離宮に王宮の喧騒は滅多なことでは届かない。今だって、応接室の中には開けた窓から吹き込む風と葉の擦れる音。それから愛らしい小鳥の囀りだけが響いていた。
「ユーリス先生、何だか元気がないですね」
静かな部屋の中でアデルが不意に口を開いた。手には重そうな書籍を持っていて、億劫そうに頁を捲ったところだった。
「そんなことはないですよ」
「ありますよ。だってさっきからため息つくの、もう十二回目ですよ」
アデルが持っているのは分厚い貴族名鑑で、それに載っている家門を覚えている最中だったのだ。
まだ明らかに途中だったそれを、アデルは勢いよく閉じた。おそらく貴族の名前を覚えることに飽きてきたのだろう。気もそぞろなアデルに苦笑しつつ、ユーリスは穏やかに微笑んだ。
「アデル様。私のことはいいので、貴族名鑑の内容をお覚えください」
「全然よくないですよ。ひょっとして、この前のことでギルベルト様にお叱りを受けましたか?」
「そんなことはありません。私のことよりアデル様、名鑑に載った貴族の名前ですよ」
身をかがめて声を潜めるアデルにユーリスは言う。けれど、そんなユーリスの言葉にアデルは不服そうに頬を膨らませた。誤魔化されたと思ったらしい。
「そんな場合じゃないですよ! 俺のせいでおふたりが喧嘩したんだったら嫌です」
「本当に、違います。ギルベルト様はそのようなことでお怒りになる方ではありませんから」
「俺にはめちゃくちゃ怖かったんですけど」
何でも、あの後アデルはギルベルトにお小言をもらったらしい。普段は無口で穏やかな騎士に怒られて、この数日間アデルはとても大人しかった。しかし、玻璃宮を勝手に抜け出したのはアデルなので、ユーリスとしては擁護のしようもない。
だから共犯であるユーリスも彼に怒られたと思ったのだろう。しかし、ユーリスのため息の理由はそんなことではなかった。
いや、ギルベルトが関わっている、という点では中らずと雖も遠からずといったところだろうか。
それは今日の朝、ユーリスが庭園で朝食をとっていたときのことだ。
設えられたテーブルには白いテーブルクロスがかけられていて、その上にパンや野菜、スープといった定番の朝食が並べられている。隣に座るミハエルの口元をナプキンで拭っていると、奥様と声をかけられた。
振り向けばそこには何やら見覚えのない使用人が立っている。手には銀のトレーを持ち、その上には数通の手紙が置かれていた。
そばに控えた侍女に訊ねれば、彼は最近新しく入った使用人だという。本来は本館で家令の補佐として動いているとのことだった。
「お手紙をお持ちしました」
少し強張った表情で言われて、ユーリスは頷いた。まだ年若い彼は初めて顔を会わせるこの屋敷の夫人に、どうやら緊張しているらしい。その様子を微笑ましく思いつつ、礼を述べて手紙を受け取った。
ローゼンシュタイン伯爵家の夫人として、ユーリスの元には毎日様々な手紙が届く。朝食の際にその全てを確認するのが毎日の日課であり、この家の夫人としてのユーリスの役割だった。もちろん、ギルベルト宛ての物は彼の元に 届けられるが、貴族の夫人たちからお茶会や観劇のお誘いがひっきりなしに届けられるため、ユーリスの元にもなか なかの量の手紙がやって来るのだ。
使用人を下がらせ、ユーリスはそのひとつひとつを確認していく。
手紙はその全てが紋章つきの封蝋で封じられているため、見ただけで送り主が分かるようになっている。貴族の奥方たちは、知り合いに送る手紙のひとつにさえも全力で気を遣うものだ。趣味のいい色とりどりの封蝋に押された印 は、ユーリスと交流のある家の紋章ばかりだった。
しかし、その中のひとつに久しぶりに見た、けれどよく見慣れた紋章を見つけた。それに気づいてユーリスはそっと手を伸ばす。白い上質な紙に堂々と押された星と白鳥の紋章。
手紙も臙脂の封蝋も飾り気はなく、実用的なものだった。しかし、その紋章を見た途端、ユーリスは息を飲んだ。
――ヴィルヘルム様の紋章だ。
ヴィルヘルムがハディールに嫁いでからのこの五年間、ユーリスも何度かヴィルヘルムに手紙を送ったことがあった。しかし、それは毎年交わされる新年の挨拶やハディールの祭事に合わせたもので、こんなごく私的な書簡ではな かった。当然、この手紙も宛名はユーリスではない。
少し癖のある流麗な文字が綴るのは、ギルベルト・ユルゲン・フォン・ローゼンシュタインの文字。
この手紙はヴィルヘルムからギルベルトに宛てたものだったのだ。
それを理解した瞬間、ユーリスの胸の奥に鋭い痛みが走った。
きっとあの新しい使用人が、間違ってこちらに持ってきてしまったのだろう。彼は仕事を覚えている最中だと侍女が 言っていたから、不慣れな様子なのは仕方のないことだった。しかし、家令であれば絶対にしないような失態だっ た。
ヴィルヘルムが玻璃宮にいた頃も、よくこうしてふたりは手紙のやり取りをしていた。それが今までも続いていた ということなのだろうか。
彼らが愛し合っていたことはユーリスも知っている。けれどそれは叶わぬ恋で、彼らは無理やり引き離されたのだ。
シュテルンリヒトより遥か南東に位置する砂漠の国ハディールへは、馬車でひと月はかかる距離だ。馬を駆けさせればもう少し早く着くのかもしれないが、国土の大半を占める砂の海が馬の足を鈍らせるとも聞く。それほど遠く離れてしまっていても、心は通じ合っているということだろうか。
中身を確かめることも、捨ててしまうことも出来ず、ユーリスはただヴィルヘルムからの手紙を侍女に渡した。
ユーリスと一緒に馬車に乗るようになって、ギルベルトの出立はずいぶんと遅い時間になっていた。あの時間であれば、彼はまだ朝食をとっていたはずだ。ギルベルトは朝、あの手紙に目を通しただろうか。手紙を受け取ったときのギルベルトの反応を想像してしまって、ユーリスは途端に胸が苦しくなった。
アデルの教育係を務めてから、ギルベルトとの距離はずいぶんと近くなったと思っていた。
毎朝顔を会わせ、言葉を交わす。肌を重ねたのは発情誘発剤により狂った発情期だけではあったが、それ以外の ――例えば頬に触れたり、手を握ったりといった可愛らしい触れ合いは格段に増えている。
それだけで十分だと思うのに。
――僕はずいぶんと贅沢になってしまった。
自らの中にある汚い感情に気づいて、ユーリスは愕然とした。
ギルベルトがヴィルヘルムと手紙をやり取りしているという事実を知ってしまって、ひどく悲しい気持ちになったからだ。国のために嫁いだかつての主に対して、こんなことを思うのは不敬であると分かっている。彼らの恋は叶わなかった。けれど、ユーリスはギルベルトのそばにいて、望めばすぐにでも彼に触れることが出来るのだ。
遠い土地から心を文章にして送り合うことくらい、見ないふりをするべきだと分かっている。それが彼らに出来る精一杯で、むしろ彼らはそれ以上のことを望むことが出来ない。それを十分に理解しているというのに。
ユーリスは、心の中でそのやりとりさえも嫌だと思ってしまったのだ。
そんな朝の出来事を思い出して、ユーリスはもう一度ため息をついた。
鬱々とした様子のユーリスに、アデルは再度心配そうな視線を送る。しかし、こんな個人的で薄暗い感情をアデルに話す気にはなれなかった。
そもそも、これはギルベルトとヴィルヘルムふたりだけの秘め事だったはずだ。あの使用人が間違わなければ、ユーリスだって知らないでいたはずの密やかなやりとり。それを意図せずとはいえ、暴いてしまったのはユーリスだ。
「あんまりため息ばかりついていると、幸せが逃げちゃいますよ」
「幸せが……」
「笑っていれば幸福が舞い込んでくるんです。星の女神は笑顔が大好きなので」
自らの口の端に両手の人差し指をそれぞれ当てて、アデルはぐっと口角を上げた。
暗い顔をするのではなく、笑っていた方がいい、ということなのだろう。事情は分からずとも慰めようとしてくれるアデルの気遣いに感謝してそうですね、と力なくユーリスは微笑んだ。
アデルが突然立ち上がったのは、そのときだった。
勢いよく立ったせいで、持っていた貴族名鑑が大きな音を立てて床に落ちる。しかしアデルはそれを無視して険しい表情のまま、何かを探るように目を瞑った。その顔はひどく真剣で、見たことがないほどに研ぎ澄まされている。
何かあったのだと、すぐに理解した。しかし、天才と言われる魔法使いのアデルとは違い、ユーリスには彼が感じている異変が分からない。
「アデル様?」
どうされましたか、と訊ねたユーリスの声に応えるように、アデルは目を見開いた。
現れた緑色の瞳は瞳孔が開いており、一瞬の瞬きさえしていなかった。彼は今、ひどく繊細な魔力操作をしているのだ。
「ユーリス先生」
「はい」
「孤児院の結界が誰かに破られた」
「え?」
孤児院というのは、アデルが育ったヴァイツェンハイム孤児院のことだろうか。
そういえば、あそこは治安が悪いからとアデルが敷地内に魔法結界を張り巡らせていると言っていたのを思い出す。そうでなくてもあの孤児院はアデルにとっての弱点なのだ。アデルを狙うものが標的にする可能性も考えて、アデルは常に気にかけていた。
「結界には保護と探知の魔法を付与してたんだ。破られたらすぐに分かるように」
「それが破られたのですか」
「そう、あれは俺が論文で書いた最高硬度の魔法障壁を使った結界だったのに」
アデルが言わんとするところを理解して、ユーリスは言葉を失った。
巨大な魔獣を一瞬で蹴散らしてしまうほどの魔法を使う、アデルの作った結界が破られたという事実。
そんなことが出来る魔法使いなど、この国でも数えるほどしかいないだろう。
「相手が仕掛けてきたのかもしれない」
そう告げたアデルの顔は、ひどく強張っていた。
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