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炎の凪唄
休憩時間
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「ーー九十八、九十九、百っ!」
大きな歩幅で百歩、目的地である山に向かって歩く。
距離を稼ぐべく、跳ねるように大股で駆けたいが、それだと体力が持たない。
「やぁっ!」
オルタンスは、正面から打ち込んでくる。
魔法剣を使わないとき、彼女は、長剣を用いる。
実力差がある、俺が相手だからなのか、真っ向勝負。
絶雄直伝の、王者の剣で叩きのめされる。
長剣の、重たい一撃を流し損ね、反応が遅れる。
犬人のーー人種を超えた獣種の膂力による、必殺の打ち下ろしが、俺を真っ二つにーーしなかった。
「……はぁ~」
アルの風の絨毯なのか、俺の体に施された魔法が、彼女の剣を受け止めてくれる。
もう、何十回目なのかはわからないが、一つ、はっきりしていることがある。
ーー全敗。
だが、嘆いている暇などない。
これから、また百歩、移動しないといけないのだ。
「は~い、昼餉の時間ですよ~」
現金なものだ。
ぐぅ~、とお腹の虫が怒りを爆発させ、オルタンスだけでなく、やってきたアルとボルネアも俺を見る。
昨日の、アルの夕飯が豪華だったお陰で、ここまで持ったが、それも限界。
俺は、その場に倒れ、全身から力を抜く。
体力のある獣種でもきつかったようで、オルタンスも、くたり、としゃがみ込む。
俺の上に、ふよふよ~とパンが漂ってくる。
パンには、たくさんの具材が挟まれているが、確認する暇もあればこそ、無意識に口に運んでいた。
「うわ……、何か練り込んでいるのか? パンまで美味いぞ」
疲れてはいるが、無言で食べるだけなのは味気ないので、話し掛けることにする。
「ボルネアは、何をしていたんだ?」
彼女は、精神的に疲労しているようだったので、アルに尋ねる。
「歩きながら、呪文を唱えていました」
「歩きながら? ーーそうか、普通は、集中するためなのか、止まって魔法を使っているが、そんな決まり事なんてないんだな」
「はい。ここまでは、歩きながら初級魔法を行使しました。ここからは、十種の魔法を成功させることが、クリアの条件です」
パンに齧りついたまま、ボルネアの頭が、がくりと下がる。
複数の物事を同時にーーというのは、そこまで難しくないような気もするが、魔法が使えない、門外漢の俺は、論評を控えておいた。
何より、当然、二人の食欲を減退させる内容も発表するのだろうから、身構えておく必要がある。
「ボルネア。ここまで、ラクンさんと闘っていましたね」
「え、あ…、はい、アル様」
「それでは、闘う以外に、何かしましたか?」
「…………」
「ラクンさん。わかりますか?」
オルタンスが、いじけた目で見てくるが、俺にはどうすることもできない。
唯々諾々と、アルの求めに応じる。
「そうだな。この鍛錬は、俺よりも、オルタンスに比重が置かれている。闘ってみてわかったが、アルは、剣でもオルタンスより上だ。まず、目的の一つは、自分よりも弱い相手と闘うこと、だな」
「正解です。オルタンスは、強い相手と闘うことに慣れてしまっています。自分より弱い相手とも、全力で闘ってしまうのです。言い方は悪いですが、手抜きや、手加減といったものを、覚える必要があります」
「んで、目的の二つ目は。教わる側、じゃなくて、教える側?」
「はい。オルタンスはこれまで、ずっと、カステルから、教わる側でした。少し、きつい言い方をすると。ーーただ、言われた通りにするだけでは、やるだけ無駄です。僕は、人形が欲しいわけではありません。ーーこのままでは、僕は、二人を好きになることが、できません」
「……っ!?」
「ーーっ!!」
アルの本心なのだろうが、本当に容赦がない。
だが、これが二人が求めた結果なのだ。
魔雄という、理から外れたような存在と絆を深めるのなら、自ら、その理を破らなければならない。
などと、現実が偉そうに言えた義理ではないが、幻想に手を伸ばし続けた苦悩は、知っているつもりだ。
「というわけで、オルタンスは、頂上に着くまでに、ラクンさんを強くして下さい。その上で、全勝して下さい。逆に、ラクンさんは、一勝で良いので、して下さい」
一度も負けてはならない、という精神的圧迫。
それと、俺への指導という、未体験の事柄が二つ。
アルが残念そうな顔をしているのは、今日も二人の頭を撫でることができないと、半ば確信しているのだろう。
オルタンスの剣技は、美しい。
同時に、それだけのものなのだ。
絶雄の剣技、そのもの。
だが、彼女は、絶雄ではない。
ーー本当に、徹底的に、アルは、俺を利用する気、満々。
オルタンスが、俺を強くすることができれば、きっと、俺は勝てるだろう。
そして、その綾に気づけないだろうオルタンスと、俺の関係は、いっそう拗れることになる。
明日には、ボルネアの魔法の標的にでも、させられるのかもしれない。
「……はぁ~」
俺は一旦、頭を空に。
唯一の楽しみとも言える、美味しい食事を、じっくりと味わうのだった。
大きな歩幅で百歩、目的地である山に向かって歩く。
距離を稼ぐべく、跳ねるように大股で駆けたいが、それだと体力が持たない。
「やぁっ!」
オルタンスは、正面から打ち込んでくる。
魔法剣を使わないとき、彼女は、長剣を用いる。
実力差がある、俺が相手だからなのか、真っ向勝負。
絶雄直伝の、王者の剣で叩きのめされる。
長剣の、重たい一撃を流し損ね、反応が遅れる。
犬人のーー人種を超えた獣種の膂力による、必殺の打ち下ろしが、俺を真っ二つにーーしなかった。
「……はぁ~」
アルの風の絨毯なのか、俺の体に施された魔法が、彼女の剣を受け止めてくれる。
もう、何十回目なのかはわからないが、一つ、はっきりしていることがある。
ーー全敗。
だが、嘆いている暇などない。
これから、また百歩、移動しないといけないのだ。
「は~い、昼餉の時間ですよ~」
現金なものだ。
ぐぅ~、とお腹の虫が怒りを爆発させ、オルタンスだけでなく、やってきたアルとボルネアも俺を見る。
昨日の、アルの夕飯が豪華だったお陰で、ここまで持ったが、それも限界。
俺は、その場に倒れ、全身から力を抜く。
体力のある獣種でもきつかったようで、オルタンスも、くたり、としゃがみ込む。
俺の上に、ふよふよ~とパンが漂ってくる。
パンには、たくさんの具材が挟まれているが、確認する暇もあればこそ、無意識に口に運んでいた。
「うわ……、何か練り込んでいるのか? パンまで美味いぞ」
疲れてはいるが、無言で食べるだけなのは味気ないので、話し掛けることにする。
「ボルネアは、何をしていたんだ?」
彼女は、精神的に疲労しているようだったので、アルに尋ねる。
「歩きながら、呪文を唱えていました」
「歩きながら? ーーそうか、普通は、集中するためなのか、止まって魔法を使っているが、そんな決まり事なんてないんだな」
「はい。ここまでは、歩きながら初級魔法を行使しました。ここからは、十種の魔法を成功させることが、クリアの条件です」
パンに齧りついたまま、ボルネアの頭が、がくりと下がる。
複数の物事を同時にーーというのは、そこまで難しくないような気もするが、魔法が使えない、門外漢の俺は、論評を控えておいた。
何より、当然、二人の食欲を減退させる内容も発表するのだろうから、身構えておく必要がある。
「ボルネア。ここまで、ラクンさんと闘っていましたね」
「え、あ…、はい、アル様」
「それでは、闘う以外に、何かしましたか?」
「…………」
「ラクンさん。わかりますか?」
オルタンスが、いじけた目で見てくるが、俺にはどうすることもできない。
唯々諾々と、アルの求めに応じる。
「そうだな。この鍛錬は、俺よりも、オルタンスに比重が置かれている。闘ってみてわかったが、アルは、剣でもオルタンスより上だ。まず、目的の一つは、自分よりも弱い相手と闘うこと、だな」
「正解です。オルタンスは、強い相手と闘うことに慣れてしまっています。自分より弱い相手とも、全力で闘ってしまうのです。言い方は悪いですが、手抜きや、手加減といったものを、覚える必要があります」
「んで、目的の二つ目は。教わる側、じゃなくて、教える側?」
「はい。オルタンスはこれまで、ずっと、カステルから、教わる側でした。少し、きつい言い方をすると。ーーただ、言われた通りにするだけでは、やるだけ無駄です。僕は、人形が欲しいわけではありません。ーーこのままでは、僕は、二人を好きになることが、できません」
「……っ!?」
「ーーっ!!」
アルの本心なのだろうが、本当に容赦がない。
だが、これが二人が求めた結果なのだ。
魔雄という、理から外れたような存在と絆を深めるのなら、自ら、その理を破らなければならない。
などと、現実が偉そうに言えた義理ではないが、幻想に手を伸ばし続けた苦悩は、知っているつもりだ。
「というわけで、オルタンスは、頂上に着くまでに、ラクンさんを強くして下さい。その上で、全勝して下さい。逆に、ラクンさんは、一勝で良いので、して下さい」
一度も負けてはならない、という精神的圧迫。
それと、俺への指導という、未体験の事柄が二つ。
アルが残念そうな顔をしているのは、今日も二人の頭を撫でることができないと、半ば確信しているのだろう。
オルタンスの剣技は、美しい。
同時に、それだけのものなのだ。
絶雄の剣技、そのもの。
だが、彼女は、絶雄ではない。
ーー本当に、徹底的に、アルは、俺を利用する気、満々。
オルタンスが、俺を強くすることができれば、きっと、俺は勝てるだろう。
そして、その綾に気づけないだろうオルタンスと、俺の関係は、いっそう拗れることになる。
明日には、ボルネアの魔法の標的にでも、させられるのかもしれない。
「……はぁ~」
俺は一旦、頭を空に。
唯一の楽しみとも言える、美味しい食事を、じっくりと味わうのだった。
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