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炎の凪唄
幻魔団
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「ごほっ、ごほっ」
これまで必死に我慢していたが、もう大丈夫だろうと、咳をする。
鼻の奥に、まだ臭いが残っているような不快な感覚があったので、もう一度、空咳をしてから二人を見る。
「…………」
「…………」
鼻をつまんでいた。
「ーー獣臭がしたな」
「獣種が臭いというのかしら? と言いたいけど」
「水が嫌いで、体を洗わない獣種もいる。強ち、否定できない」
幻想団にも、二人いた。
公演の前には、俺が洗ってやっていた。
他にも人がいるのに、何故か俺が指名されていたのだが、今でも謎だ。
狐人の女にも一人いたが、そちらはネーラの担当だった。
毎度、俺にして欲しいと、駄々を捏ねるのだが、そんなことできるはずがない。
獣種である彼女からすれば、俺など、赤子のようなものなのだろうが、俺だって男だ。
ネーラが代わってくれなかったら、惰性で彼女を洗い続けていたかもしれないが、思春期になる前に、適切な距離を取ることができるようになった。
彼らの臭いで慣れていなかったら、最後まで我慢できなかったかもしれない。
「ーーお前は、美しい」
珍しく、引き締まった顔で、アルが、俺を誘惑してくる。
「せめて、そっちの二人に言ってやれ」
「そうですね。それも、課題達成の、ご褒美の一つにしましょう」
期待に夢膨らんだ、二人は、冥界の神に乗っかられたのか、がくりと項垂れてしまう。
「アルなら、わかっているんだろう?」
「原作は、失われているようですね。劇の、主役の台詞でしょう?」
そういうことだ。
あんな臭い台詞、素で言えるような、精神的強者ではない。
団員の練習相手をさせられることが間々あり、記憶に残っていたのが、功を奏したーーのかどうかはわからない。
「んー」
色々と、わからないことがある。
「魔雄の遺産」を求めた、あの女ーーベルニナの目的。
それもあるのだが、こちらのほうが先決かもしれない。
ーー可愛い、兎さん。
ほぼ間違いなく、ネーラが絡んでいる。
ネーラは、「なにもかくさない」から、誤解が生じたか、そこまで深く係わっていないのかもしれない。
「ーーアル。人の姓名を呼んでくれたな」
どちらにせよ、あれで、俺の素性は割れただろう。
楽しんでいる、だけの可能性が高いが、アルのことだから、何か思惑があるのかもしれない。
「ちょっとした、お節介です。僕は、直接助けるというのは、好みではありませんが、選択肢を一つ増やすことくらいなら、することもあります」
未だ人種を毛嫌いしている、アルが、そうしてしまうくらいの、境遇。
ーー偽物。
幾つか、おかしな言行はあったが、この言葉が一番響いた。
ベルニナも、望み通りにならない、現実に、抗っていたのだろう。
恐らくは、俺なんかよりも、もっと深刻な、「魔雄の遺産」などというものに縋らなければならないほどの事情。
「アル。もしかして、教えてくれるのか?」
この一件には、アルの琴線に触れるような事柄が含まれているのかもしれない。
そうでなくとも、アルが、お節介、をしてしまう程度の、内容。
「ラクンさんが、望むのでしたら」
「わかった。ーー俺の後ろで、楽しんでくれ」
俺に、差し出せるものなんてない。
幻想に、現実ができることがあるとすれば。
滑稽であろうと構わない。
どのような結末を迎えようと、最後まで、踊り狂ってやるだけだ。
「了承しました。では、幻魔団の団長である、ラクンさんに従いましょう」
「……何の、話だ?」
「冒険者の団は、四人から組むことができます。事後報告になりますが、すでにカステルを通して、組合から承認されています」
「…………」
アル、どうしてくれよう。
「ボルネア、オルタンス。絶雄様たちは、多数決で決めていた。団長は、アルがやるべきだと思うが、二人はどうだ?」
「ラクンが団長をやればいいわ」
「団長は、ラクンで決定」
即答。
てっきり、俺の意見に賛同してくれると思っていたので、肩透かしを食う。
「それでは、彼女のことについて、話しましょう」
決定事項とし、流してしまう算段らしい。
俺から提案した手前、三対一で敗北してしまったので、すごすごと引き下がるほかない。
二人の不満顔から、アルに追従したわけではなさそうだが、彼女たちの心情がわからない。
だが、追究はあとだ。
俺が望んだことなのだから、ベルニナの事情に、耳を傾けなければならない。
「彼女ーーベルニナさんは、もうすぐ死にます」
「ーーは?」
「余命は、半月といったところです」
ーー死ぬ?
ベルニナが、ーー健康そうに見えた、俺と同い年くらいの、若い彼女が、あと半月も持たない?
上手く、消化できない。
物心ついてから、身近な者が亡くなったことはない。
どこかで、誰かが、大切な者との別れを経験しているということは、頭ではわかっている。
ただ、それは、異国での出来事のような、実感のないものだった。
さっきまで触れていた、あの温かさが、半月で、失われてしまうーー?
「ここまでで、止めますか?」
アルは、俺を見る。
「彼女と係わるのを、止めますか?」
アルが、俺を見ている。
ーー無理だ。
ここまでで。
係わるのを。
アルとの旅を止めるなんて、そんなこと、許せるはずがない。
俺が、俺を裏切ったなら、もう、俺は、アルの前にも、いられなくなる。
ーー偽物。
どうしても、あの言葉が、俺の奥底で、響いてしまう。
あのときの、ベルニナの目が、忘れられない。
虹の乙女の物語を思い出す。
カハラは、愚か者により、コアの木の根に、複雑に絡め取られてしまう。
カハラを、助けることが敵わなかった、ふくろうの守護神。
彼女を助けた、運命の相手になんて、なれっこない。
そんな御大層なものに、なるつもりもない。
プエオの役割ですら、俺には荷が勝っている。
「ーーーー」
ーーまだ、何もわからない。
余命が、半月。
そう遠くない内に、彼女はーー誰かにとって大切であるはずの、一人の人種が、アウマクアの御許に送られる。
半月前、俺は、何をしていた?
半月など、気づけば、通り過ぎているくらいの、短い時間。
「話してくれ」
背負えない。
俺は、ただの現実で、成し遂げられる側の者ではない。
だのに、カウヒにもなれない、俺の口は、勝手に動いていた。
これまでと同じように、手探りで求めなければならない。
一度も届かなかった、俺が、再び手を伸ばさなければならない。
「そんなに見詰められると、ーー苛めたくなってしまいます」
「本性を、出している暇があったら、さっさと話してくれ」
舌なめずりをするアルを、直視できず、視線を逸らしたのだが、失敗した。
「にゃあん……」
「……わぁうぅ」
苛められたそうな顔をしていた、二人から、視線を悪戯小僧に戻す。
ついでなので、アルに聞くことにする。
「アルは、魔力がなくなったんだろう? ボルネアとオルタンスの『魅了』が、それなりに効いている、俺と違って、平然としているが、何かあるのか?」
「それは、単純です。僕は、ラクンさんのような、初心な、未熟者ではありません」
実際は、百三十一歳の爺様だから、その言葉に納得ーーできないのは、アルの言う通り、俺が未熟者だからだろう。
俺も男だから、虚栄心くらいはある。
幼い時分から、現実を叩きつけられてきたから、心という泉に溺れ、瀕死の状態かもしれないが、きっとまだ息はあるはず。
「彼女の、中身は問題ありません。問題は、外側。容姿のほうです。あれは、彼女の本来の姿ではなく、作られたものです」
「それは……、魔法でーーということか?」
紛い物でも、覚悟が決まっていたからか、茫然自失とならず、聞き返すことができた。
ベルニナは、頻りに、自分を否定しているようだった。
ーーあの場で、偽物、という言葉が出たということは。
ずっと、その想いを、抱え続けてきたはず。
自ら望んで、今の姿になったのではないように見えたが、コアの木の根のように、何か複雑な事情が絡み合っているように感じられた。
「はい。彼女の状態からして、子供の頃に、初回の加療を施したのでしょう」
「初回?」
「それを行った、魔法使いは、『ハビヒ』ではありません。ですので、術は、不完全なものです。とはいえ、第二段階に手が届いているところですから、上位の魔法使いと言えるでしょう。半年に一度、調整が必要でしょうから、それなりに、心に負担になっていたと思います。体が成長している間は、術の不足部分を補えますが、二十歳くらいで、それまで溜まっていた、内部真核が崩れて、一気に来てしまうのでしょうね」
「ボルネア。わかったか?」
「な、何とか……、まだ、ついていけるわ」
「オルタンスは?」
「諦めた」
煤けた表情の犬人だが、それでも、俺よりは理解しているようだ。
そちら方面のことは、俺にはどうにもならないと、はっきりとわかった。
「魔法のことは、アルに任せる。ーーそれで、あるべき姿を歪める、その魔法使いは、どこにいるんだ?」
「さぁ、どこにいるのでしょう」
「……ベルニナは、どこに行ったんだ?」
「ラクンさん、もう、忘れたんですか? 僕は、魔法が使えませんし、魔力もなくなりました」
自覚した。
俺は、アルに、頼り過ぎていた。
アルを、信じ過ぎていた。
アルは、何でもできると、思っていたし、それは概ね、正しい認識だった。
ーー心のどこかで、甘えていた。
隔絶した力を持つ存在。
その弊害について考えたことがあったが、これもその一つと言えるのだろう。
「三人は、俺とベルニナの会話を聞いていた上での、発言をしていた。ということは、魔法陣を、他人に使わせることができるのか?」
「はい。ボルネアに使ってもらいました。ただ、初級魔法なら良いのですが、それ以上となると、慣れが必要です。今日から、二人に仕込んでいきます」
「にゃー」
「わーん」
諦めは完了しているようで、大地の女神のように、あるがままを受け容れるーーとはいかず、目が半分、死んでいる。
ボルネアの魔法では、追跡は無理だろう。
それが可能なアルの魔法陣は、現時点で、二人が使うことはできない。
袋小路ーーではないことを、俺は、知っている。
魔法が使えないくらいで、幻想が、現実のところまで下りてくるはずがない。
「アルが怖いのは、魔法だけじゃなくて、それを使いこなす精神力と、それらを成し遂げる知識ーーというか、叡智だと思っている」
「そんなに褒められると、さすがに、こそばゆくなってきます」
「嘘吐け。アルが、事実を言われただけで、喜ぶわけないだろう」
「はは、それで何が知りたいんですか?」
「ベルニナの喋りを聞いていただろう? 訛りが少なかったから、東か、北の、中央よりの、どこかの国の出身だろう。だが、俺にわかるのは、そこまでだ」
俺の推測に、二人は感心しているが、それは何十倍にもなり、アルに向かうことになる。
「色々ありますね。彼女が着ていた服や、履いていた靴の素材に、意匠。言葉だけでなく、容姿や立ち居振る舞いからもわかることがあります。ラクンさんの言う通り、東側でしょう。彼女の肌の状態からして、そう遠くない場所ーー東寄りの、ミセル国辺りでしょうか。彼女は、そうせざるを得ない事情があったようですから、そこらを勘案して聞き込みをすれば、すぐに割れると思いますよ」
二人の表情が、感心から心酔になり、崇拝にまで至った。
「というわけで、地図をどうぞ」
「地図?」
手渡され、大陸の地図を見ると、現在地をアルが指差す。
「ああ、そういうことか」
彼女たちに近づかれると、「魅了」の効果が増すので、地図の両端を持ち、二人に向ける。
「むっ。何が、そういうこと、なのよ、ラクン」
「ラクン。思わせぶりな言い方は、良くない」
アルがついてくれば、二人もついてくるのだが、これから先は、彼女たちの重要度が増す。
アルの魔法として活躍してもらわなければならないので、二人の機嫌を損ねないように、早々に説明することにする。
「二人とも、ここまでの旅程を覚えているだろう? ミュスタイア国から、隣の、更に隣の国に、国境を、二つ越えた。つまり、不法入国を、二回もしているんだ」
「にゃ?」
「わん?」
これまで外に出たことがなかった二人は、感覚的に、そして知識というか常識としても、覚束ないのだろう。
「これがバレれば、下手をすると、ーー死罪だ」
「魔雄と、グランデであるボルネアとオルタンスは、死罪にはならないでしょう。大丈夫です、ラクンさん。ちゃんとお墓は造ってあげます」
「勝手に殺すな。そういうわけで、このままミセル国を目指すのは、現実的じゃない」
俺だけなら、手段の一つとして考慮に入れるが、三人に、そこまでの危険を冒させるわけにはいかない。
「S級。便利ですよ」
これ見よがしに、アルは、魔石のカードを、ひらひらと振ってみせる。
そんな挑発、というか、誘惑には乗らない。
アルが自分から使わないのであれば、俺は、俺の力ではないアルの力に、頼り切ることはしない。
「それと、もう一つ。ボルネアとオルタンスの『魅了』だ。ミュスタイアに戻って、絶雄様に会う。本当なら、やりたくはないが、絶雄様の権力を使わせてもらう」
「心配しなくても、カステルは、頼られるのが好きですから。何より、息子と娘が困っているのを助けられるとなればーー」
「まぁ、そうだな。絶雄様がやりすぎないように、アルが止めてくれ。ーーと、話が逸れたな。なるべく早く戻りたいから、できれば馬車で移動したい」
「残念ながら、魔法陣で二人の『魅了』を無効化するのは、短期間では無理です」
先回りし、アルが答える。
アルが提案していない時点で、駄目だと思うが、一応、聞いてみよう。
「二人は、『飛翔』で俺とアルを運べるか?」
「ラクンを落っことしても良いのなら、やってみてもいいわよ」
悪意は籠もっていない。
どうやら、魔法の習熟度の問題のようだ。
「ラクンさんが考えているほど、『飛翔』は、融通が利かないんです。初心者は、基本、真っ直ぐにしか飛べません」
「……障害物があるような、低い場所は、不適当ということか」
「着地が、結構難しいんです。斜めに、直線で下りますが、目測を誤ると、大変なことになります。二回に一回くらいの割合で、ラクンさんは死ぬでしょうが、それでも実行してしまうラクンさんは、素敵です」
優しい顔で微笑んでくるアルに、溜め息を吐いてやる。
これは、アルに半分、自分に半分。
「これは、やりたくないんだけどなぁ」
まだまだ考えなければならないことは、たくさんあるが、それは移動中に、後回しにできる事柄だ。
「良かったですね、二人とも。『魅了』を気にしなくても良い名案が、ラクンさんにはあるようです」
どうせなら、迷案、のまま放置しておきたかった。
わかるはずがないーーとは思うが、相手は、アルだ。
見抜かれていても、不思議はない。
「あー」
手を、わきわきしてしまう。
紛う方なき、ゴミ虫を見る目を、二人が向けてくるが、俺の心は、すでに別のところへ飛び去っている。
ーーチビたちを撫でるのは、断腸の思いで、諦めないといけない。
幻想団から逃げておきながら、利用させてもらうのだから、接触は最小限にしておかないと。
ネーラも、団員やチビたちも撫でていないから、うっかり、ベルニナの頭を撫でてしまった。
次に会うときは、彼女たちと同じ、嫌悪の視線を向けられるのかもしれない。
計画を話す前に、俺はもう一度、でっかい溜め息を吐くのだった。
これまで必死に我慢していたが、もう大丈夫だろうと、咳をする。
鼻の奥に、まだ臭いが残っているような不快な感覚があったので、もう一度、空咳をしてから二人を見る。
「…………」
「…………」
鼻をつまんでいた。
「ーー獣臭がしたな」
「獣種が臭いというのかしら? と言いたいけど」
「水が嫌いで、体を洗わない獣種もいる。強ち、否定できない」
幻想団にも、二人いた。
公演の前には、俺が洗ってやっていた。
他にも人がいるのに、何故か俺が指名されていたのだが、今でも謎だ。
狐人の女にも一人いたが、そちらはネーラの担当だった。
毎度、俺にして欲しいと、駄々を捏ねるのだが、そんなことできるはずがない。
獣種である彼女からすれば、俺など、赤子のようなものなのだろうが、俺だって男だ。
ネーラが代わってくれなかったら、惰性で彼女を洗い続けていたかもしれないが、思春期になる前に、適切な距離を取ることができるようになった。
彼らの臭いで慣れていなかったら、最後まで我慢できなかったかもしれない。
「ーーお前は、美しい」
珍しく、引き締まった顔で、アルが、俺を誘惑してくる。
「せめて、そっちの二人に言ってやれ」
「そうですね。それも、課題達成の、ご褒美の一つにしましょう」
期待に夢膨らんだ、二人は、冥界の神に乗っかられたのか、がくりと項垂れてしまう。
「アルなら、わかっているんだろう?」
「原作は、失われているようですね。劇の、主役の台詞でしょう?」
そういうことだ。
あんな臭い台詞、素で言えるような、精神的強者ではない。
団員の練習相手をさせられることが間々あり、記憶に残っていたのが、功を奏したーーのかどうかはわからない。
「んー」
色々と、わからないことがある。
「魔雄の遺産」を求めた、あの女ーーベルニナの目的。
それもあるのだが、こちらのほうが先決かもしれない。
ーー可愛い、兎さん。
ほぼ間違いなく、ネーラが絡んでいる。
ネーラは、「なにもかくさない」から、誤解が生じたか、そこまで深く係わっていないのかもしれない。
「ーーアル。人の姓名を呼んでくれたな」
どちらにせよ、あれで、俺の素性は割れただろう。
楽しんでいる、だけの可能性が高いが、アルのことだから、何か思惑があるのかもしれない。
「ちょっとした、お節介です。僕は、直接助けるというのは、好みではありませんが、選択肢を一つ増やすことくらいなら、することもあります」
未だ人種を毛嫌いしている、アルが、そうしてしまうくらいの、境遇。
ーー偽物。
幾つか、おかしな言行はあったが、この言葉が一番響いた。
ベルニナも、望み通りにならない、現実に、抗っていたのだろう。
恐らくは、俺なんかよりも、もっと深刻な、「魔雄の遺産」などというものに縋らなければならないほどの事情。
「アル。もしかして、教えてくれるのか?」
この一件には、アルの琴線に触れるような事柄が含まれているのかもしれない。
そうでなくとも、アルが、お節介、をしてしまう程度の、内容。
「ラクンさんが、望むのでしたら」
「わかった。ーー俺の後ろで、楽しんでくれ」
俺に、差し出せるものなんてない。
幻想に、現実ができることがあるとすれば。
滑稽であろうと構わない。
どのような結末を迎えようと、最後まで、踊り狂ってやるだけだ。
「了承しました。では、幻魔団の団長である、ラクンさんに従いましょう」
「……何の、話だ?」
「冒険者の団は、四人から組むことができます。事後報告になりますが、すでにカステルを通して、組合から承認されています」
「…………」
アル、どうしてくれよう。
「ボルネア、オルタンス。絶雄様たちは、多数決で決めていた。団長は、アルがやるべきだと思うが、二人はどうだ?」
「ラクンが団長をやればいいわ」
「団長は、ラクンで決定」
即答。
てっきり、俺の意見に賛同してくれると思っていたので、肩透かしを食う。
「それでは、彼女のことについて、話しましょう」
決定事項とし、流してしまう算段らしい。
俺から提案した手前、三対一で敗北してしまったので、すごすごと引き下がるほかない。
二人の不満顔から、アルに追従したわけではなさそうだが、彼女たちの心情がわからない。
だが、追究はあとだ。
俺が望んだことなのだから、ベルニナの事情に、耳を傾けなければならない。
「彼女ーーベルニナさんは、もうすぐ死にます」
「ーーは?」
「余命は、半月といったところです」
ーー死ぬ?
ベルニナが、ーー健康そうに見えた、俺と同い年くらいの、若い彼女が、あと半月も持たない?
上手く、消化できない。
物心ついてから、身近な者が亡くなったことはない。
どこかで、誰かが、大切な者との別れを経験しているということは、頭ではわかっている。
ただ、それは、異国での出来事のような、実感のないものだった。
さっきまで触れていた、あの温かさが、半月で、失われてしまうーー?
「ここまでで、止めますか?」
アルは、俺を見る。
「彼女と係わるのを、止めますか?」
アルが、俺を見ている。
ーー無理だ。
ここまでで。
係わるのを。
アルとの旅を止めるなんて、そんなこと、許せるはずがない。
俺が、俺を裏切ったなら、もう、俺は、アルの前にも、いられなくなる。
ーー偽物。
どうしても、あの言葉が、俺の奥底で、響いてしまう。
あのときの、ベルニナの目が、忘れられない。
虹の乙女の物語を思い出す。
カハラは、愚か者により、コアの木の根に、複雑に絡め取られてしまう。
カハラを、助けることが敵わなかった、ふくろうの守護神。
彼女を助けた、運命の相手になんて、なれっこない。
そんな御大層なものに、なるつもりもない。
プエオの役割ですら、俺には荷が勝っている。
「ーーーー」
ーーまだ、何もわからない。
余命が、半月。
そう遠くない内に、彼女はーー誰かにとって大切であるはずの、一人の人種が、アウマクアの御許に送られる。
半月前、俺は、何をしていた?
半月など、気づけば、通り過ぎているくらいの、短い時間。
「話してくれ」
背負えない。
俺は、ただの現実で、成し遂げられる側の者ではない。
だのに、カウヒにもなれない、俺の口は、勝手に動いていた。
これまでと同じように、手探りで求めなければならない。
一度も届かなかった、俺が、再び手を伸ばさなければならない。
「そんなに見詰められると、ーー苛めたくなってしまいます」
「本性を、出している暇があったら、さっさと話してくれ」
舌なめずりをするアルを、直視できず、視線を逸らしたのだが、失敗した。
「にゃあん……」
「……わぁうぅ」
苛められたそうな顔をしていた、二人から、視線を悪戯小僧に戻す。
ついでなので、アルに聞くことにする。
「アルは、魔力がなくなったんだろう? ボルネアとオルタンスの『魅了』が、それなりに効いている、俺と違って、平然としているが、何かあるのか?」
「それは、単純です。僕は、ラクンさんのような、初心な、未熟者ではありません」
実際は、百三十一歳の爺様だから、その言葉に納得ーーできないのは、アルの言う通り、俺が未熟者だからだろう。
俺も男だから、虚栄心くらいはある。
幼い時分から、現実を叩きつけられてきたから、心という泉に溺れ、瀕死の状態かもしれないが、きっとまだ息はあるはず。
「彼女の、中身は問題ありません。問題は、外側。容姿のほうです。あれは、彼女の本来の姿ではなく、作られたものです」
「それは……、魔法でーーということか?」
紛い物でも、覚悟が決まっていたからか、茫然自失とならず、聞き返すことができた。
ベルニナは、頻りに、自分を否定しているようだった。
ーーあの場で、偽物、という言葉が出たということは。
ずっと、その想いを、抱え続けてきたはず。
自ら望んで、今の姿になったのではないように見えたが、コアの木の根のように、何か複雑な事情が絡み合っているように感じられた。
「はい。彼女の状態からして、子供の頃に、初回の加療を施したのでしょう」
「初回?」
「それを行った、魔法使いは、『ハビヒ』ではありません。ですので、術は、不完全なものです。とはいえ、第二段階に手が届いているところですから、上位の魔法使いと言えるでしょう。半年に一度、調整が必要でしょうから、それなりに、心に負担になっていたと思います。体が成長している間は、術の不足部分を補えますが、二十歳くらいで、それまで溜まっていた、内部真核が崩れて、一気に来てしまうのでしょうね」
「ボルネア。わかったか?」
「な、何とか……、まだ、ついていけるわ」
「オルタンスは?」
「諦めた」
煤けた表情の犬人だが、それでも、俺よりは理解しているようだ。
そちら方面のことは、俺にはどうにもならないと、はっきりとわかった。
「魔法のことは、アルに任せる。ーーそれで、あるべき姿を歪める、その魔法使いは、どこにいるんだ?」
「さぁ、どこにいるのでしょう」
「……ベルニナは、どこに行ったんだ?」
「ラクンさん、もう、忘れたんですか? 僕は、魔法が使えませんし、魔力もなくなりました」
自覚した。
俺は、アルに、頼り過ぎていた。
アルを、信じ過ぎていた。
アルは、何でもできると、思っていたし、それは概ね、正しい認識だった。
ーー心のどこかで、甘えていた。
隔絶した力を持つ存在。
その弊害について考えたことがあったが、これもその一つと言えるのだろう。
「三人は、俺とベルニナの会話を聞いていた上での、発言をしていた。ということは、魔法陣を、他人に使わせることができるのか?」
「はい。ボルネアに使ってもらいました。ただ、初級魔法なら良いのですが、それ以上となると、慣れが必要です。今日から、二人に仕込んでいきます」
「にゃー」
「わーん」
諦めは完了しているようで、大地の女神のように、あるがままを受け容れるーーとはいかず、目が半分、死んでいる。
ボルネアの魔法では、追跡は無理だろう。
それが可能なアルの魔法陣は、現時点で、二人が使うことはできない。
袋小路ーーではないことを、俺は、知っている。
魔法が使えないくらいで、幻想が、現実のところまで下りてくるはずがない。
「アルが怖いのは、魔法だけじゃなくて、それを使いこなす精神力と、それらを成し遂げる知識ーーというか、叡智だと思っている」
「そんなに褒められると、さすがに、こそばゆくなってきます」
「嘘吐け。アルが、事実を言われただけで、喜ぶわけないだろう」
「はは、それで何が知りたいんですか?」
「ベルニナの喋りを聞いていただろう? 訛りが少なかったから、東か、北の、中央よりの、どこかの国の出身だろう。だが、俺にわかるのは、そこまでだ」
俺の推測に、二人は感心しているが、それは何十倍にもなり、アルに向かうことになる。
「色々ありますね。彼女が着ていた服や、履いていた靴の素材に、意匠。言葉だけでなく、容姿や立ち居振る舞いからもわかることがあります。ラクンさんの言う通り、東側でしょう。彼女の肌の状態からして、そう遠くない場所ーー東寄りの、ミセル国辺りでしょうか。彼女は、そうせざるを得ない事情があったようですから、そこらを勘案して聞き込みをすれば、すぐに割れると思いますよ」
二人の表情が、感心から心酔になり、崇拝にまで至った。
「というわけで、地図をどうぞ」
「地図?」
手渡され、大陸の地図を見ると、現在地をアルが指差す。
「ああ、そういうことか」
彼女たちに近づかれると、「魅了」の効果が増すので、地図の両端を持ち、二人に向ける。
「むっ。何が、そういうこと、なのよ、ラクン」
「ラクン。思わせぶりな言い方は、良くない」
アルがついてくれば、二人もついてくるのだが、これから先は、彼女たちの重要度が増す。
アルの魔法として活躍してもらわなければならないので、二人の機嫌を損ねないように、早々に説明することにする。
「二人とも、ここまでの旅程を覚えているだろう? ミュスタイア国から、隣の、更に隣の国に、国境を、二つ越えた。つまり、不法入国を、二回もしているんだ」
「にゃ?」
「わん?」
これまで外に出たことがなかった二人は、感覚的に、そして知識というか常識としても、覚束ないのだろう。
「これがバレれば、下手をすると、ーー死罪だ」
「魔雄と、グランデであるボルネアとオルタンスは、死罪にはならないでしょう。大丈夫です、ラクンさん。ちゃんとお墓は造ってあげます」
「勝手に殺すな。そういうわけで、このままミセル国を目指すのは、現実的じゃない」
俺だけなら、手段の一つとして考慮に入れるが、三人に、そこまでの危険を冒させるわけにはいかない。
「S級。便利ですよ」
これ見よがしに、アルは、魔石のカードを、ひらひらと振ってみせる。
そんな挑発、というか、誘惑には乗らない。
アルが自分から使わないのであれば、俺は、俺の力ではないアルの力に、頼り切ることはしない。
「それと、もう一つ。ボルネアとオルタンスの『魅了』だ。ミュスタイアに戻って、絶雄様に会う。本当なら、やりたくはないが、絶雄様の権力を使わせてもらう」
「心配しなくても、カステルは、頼られるのが好きですから。何より、息子と娘が困っているのを助けられるとなればーー」
「まぁ、そうだな。絶雄様がやりすぎないように、アルが止めてくれ。ーーと、話が逸れたな。なるべく早く戻りたいから、できれば馬車で移動したい」
「残念ながら、魔法陣で二人の『魅了』を無効化するのは、短期間では無理です」
先回りし、アルが答える。
アルが提案していない時点で、駄目だと思うが、一応、聞いてみよう。
「二人は、『飛翔』で俺とアルを運べるか?」
「ラクンを落っことしても良いのなら、やってみてもいいわよ」
悪意は籠もっていない。
どうやら、魔法の習熟度の問題のようだ。
「ラクンさんが考えているほど、『飛翔』は、融通が利かないんです。初心者は、基本、真っ直ぐにしか飛べません」
「……障害物があるような、低い場所は、不適当ということか」
「着地が、結構難しいんです。斜めに、直線で下りますが、目測を誤ると、大変なことになります。二回に一回くらいの割合で、ラクンさんは死ぬでしょうが、それでも実行してしまうラクンさんは、素敵です」
優しい顔で微笑んでくるアルに、溜め息を吐いてやる。
これは、アルに半分、自分に半分。
「これは、やりたくないんだけどなぁ」
まだまだ考えなければならないことは、たくさんあるが、それは移動中に、後回しにできる事柄だ。
「良かったですね、二人とも。『魅了』を気にしなくても良い名案が、ラクンさんにはあるようです」
どうせなら、迷案、のまま放置しておきたかった。
わかるはずがないーーとは思うが、相手は、アルだ。
見抜かれていても、不思議はない。
「あー」
手を、わきわきしてしまう。
紛う方なき、ゴミ虫を見る目を、二人が向けてくるが、俺の心は、すでに別のところへ飛び去っている。
ーーチビたちを撫でるのは、断腸の思いで、諦めないといけない。
幻想団から逃げておきながら、利用させてもらうのだから、接触は最小限にしておかないと。
ネーラも、団員やチビたちも撫でていないから、うっかり、ベルニナの頭を撫でてしまった。
次に会うときは、彼女たちと同じ、嫌悪の視線を向けられるのかもしれない。
計画を話す前に、俺はもう一度、でっかい溜め息を吐くのだった。
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