めぐる風の星唄

風結

文字の大きさ
40 / 49
炎の凪唄

清掃活動

しおりを挟む
 撫でてみる。
 野生の生き物だから。
 手入れはしていないから、少し硬く、べとべとした。
「何してるんだ?」
 ビアンカが聞いてくる。
 体躯だけなら、絶雄に引けを取らない。
小鬼ゴブリン大鬼オーガと違って、獣系の魔物を殺すのは、ちょっとだけ罪悪感がある」
「何だ? お前も獣種が怖いのか?」
 獣種に関して誤解されるのは嫌なので、きちんと説明しておく。
「逆だな。俺が育ったところには、獣種もいたから、ーー戦っているときは、そこまで気にならなかったが、これだけたくさんいるとな」
 街道から外れた、荒れた道。
 犬鬼コボルドをーーむくろを持ち上げ、灌木の向こう側に投げる。
 あとは、魔物か動物、虫たちが処理してくれるだろう。
「あとは、まぁ、大変だな」
「ははっ、文句なら、ビアンカに言うんだな」
 伯の警備を担当している、四人の内の一人、リーダー格のワーグナーさんが、嫌味のない笑みを浮かべる。
 彼は、初歩の風の魔法が使えるので、木を加工し、清掃のための簡易な道具を作ってくれた。
「だーっ! 三十匹で襲ってきたんだからよ、仕方がねぇじゃねぇか!」
「わかってるって。だから、誰も文句を言わず、こうして道を綺麗にしてるんじゃないか」
 来年、四十歳になると言っていた、ビアンカは、子供のような言い訳をする。
 そして、それを宥める、ワーグナーさん。
 伯が護衛に選んだだけあり、彼らの仲は良好だ。
「…………」
 俺は、木の板に、コボルドの、ぐちゃぐちゃなあれを、まだ温かいそれを乗せ、道の外に落とす。
 ビアンカは、両手剣の使い手だ。
 力で振り回すだけでなく、技倆も一級品。
 板金鎧プレートメイルで、急所だけを守っている。
 彼は、十二匹も、倒した。
 そう、真っ二つ、だったり、両断、だったり。
 死屍累々ーーだけでなく、言葉にしたくない、凄惨な光景になってしまった。
「というか、旦那。ここまで綺麗にすること、あるんすか?」
「他領とはいえ、規則ルールは守らんとな。何より、ベンズ伯に、あとから文句を言われるようなことは、避けたい」
 護衛を四人だけにしているのも、同じ理由だ。
 継承戦争で、二度も戦っているのだから、「反目」以上「敵対」以下、という感じのようだ。
 伯を含めた、五人の手練れ。
 コボルド三十匹に襲撃されたが、六人で全滅させることができた。
 怪我人は、なし。
 コボルドが、全滅するまで逃げなかったことを突っ込まれるきづかれる前に、話を逸らすことにする。
「ビアンカは、十二匹倒してくれたし、伯も、馬車の領域を守りながら、堅実に戦ってくれたから、助かった」
「確かに。伯爵様のお陰で、護衛するのを忘れてしまうところでした」
 ワーグナーさんが、冗談半分に、俺の話に乗ってくれる。
 俺とビアンカが、コボルドを引きつけ、伯と護衛の三人が馬車を護った。
「ーーしかし、ラクンは、わからんな。才能なのか、剣の腕は悪くない。だが、妙に危なっかしいのに、危なげなく敵を倒している。それに、全体の調整も、していたのではないか?」
「へ? どういうことっす、旦那?」
「ああ、ビアンカ。この戦い、戦い易かっただろう?」
「ん? そういえば……?」
 それは、ボルネアとオルタンスのお陰せいだ。
 彼女たちは、共闘するとき、俺のことは、そっちのけで戦う。
 だから、俺のほうから合わせるしかなかった。
 あとは、オーガ四匹と比べれば、随分と余裕があったから、伯が言ったように、全体の状況を確認しながら戦ってみたのだ。
 全員が、俺を、興味深げな目で、見ていた。
「しかし、ビアンカは、そんなに強いのに、どうしてBクラスだったんだ?」
 俺がおかしいのは、多分に、アルのせいなので、変な流れにならない内に、気になっていたことを聞く。
 俺は、諸事情から、伯が用意した、二台の内の、一台ーー護衛と同じ馬車に乗っていた。
 なので、陽気な彼らから、色々な話を聞いた。
「…………」
 わかり易すぎる。
 ビアンカはーー元B級冒険者は、風の女神ラカを探し求めるように、目を逸らした。
「ラクン。万年のーきんB級って、聞いたことあるか?」
「初耳だ。が、言葉からして、強いだけではA級にはなれない、ということか?」
「A級っていうのは、地域の顔、それと、魔物の襲来や、災害といったことが起こったときの、冒険者たちの指揮官という役割もある。まぁ、つまり、ビアンカには無理だったってことだな」
 ワーグナーさんの解説で、笑いの花が咲く。
 いつの間にか、奥方と家令も加わっていた。
 使用人の二人は、襲撃の恐怖から、出てこられないようだ。
「くぉ~、だがなっだがなっ! 強さだけならA級、力だけならS級だって、双剣のツォーナからもお墨付き、もらってんだぞ!」
 ーー双剣のツォーナ?
 こちらも初耳だが、有名な人なのかもしれない。
「なっ、お前ならわかるよな、ラクン! あのS級の双剣から、認められるってことがどんなことなのか、なっ!」
 確かに。
 謎Sのアルから認められたら、それはそれは、とんでもないことだろう。
 ただ、現在のS級は、魔雄の足元にも及ばないそうなので、比較は難しい。
 というか、S級の冒険者の名前を、アル以外で、初めて知った。
 もう一人いるらしいから、ここで聞いておいたほうが良いのかもしれない。
「領内の、マウマウ山には、幾匹か強力な魔物がいた。その、最後の一匹を倒してくれたのが、ビアンカだ。ただ、強大な魔物を倒したというのに、哀し気な顔をしていたのでな、飲みに誘った。そこで口説き落として、護衛になったもらったのだ」
 弄られるビアンカが憐れだったのか、伯は、彼を雇うに至った経緯を語る。
「旦那には、感謝してる。あの戦いで、俺は、限界って奴を感じちまった。もう、これ以上、強くなれないんだってな。でもよ、そんな俺でも、役に立てる場所があるってこと、教えてくれた」
 しんみりな雰囲気を 良い意味でぶち壊してくれたのは、もちろん、奥方だった。
「ふっふーん、ならね、あとはお嫁さんね! 強い男が好きって女は、思っているよりは少ないけど、ちゃんといるのよ! ビアンカちゃんを見ている子、何人か知っているわよ~?」
「へ? な?」
 驚天動地のビアンカは、期待を籠めまくった瞳で、伯を見る。
「あー、ラクン。わしもパラも、ビアンカに、あえて紹介や仲介などせず、成り行きにまかせているのだが、それを説明してくれたまえ」
 課題やら試練やらは アルで間に合っているのに。
 彼まで、課していじめてくる。
 好い加減、この流れに抗いたいところだが、ビアンカの人生が懸かっているとあっては、真剣に対応しないといけない。
「ビアンカは、ずっと、護衛を続けるのか?」
「おうっ! 戦い続けて、死ぬのなら、本望って奴だ!」
「そうか。可哀想にーー。残された、奥さんと子供は、どうしたら良いんだろうな?」
「なっ!?」
 非情な現実を突きつける。
 恐らく、戦い続けてきた、ビアンカは、考えたこともなかったのだろう。
 或いは、実感したことがなかった。
 家族を持つということが、どういうことかを。
「ビアンカは、もう、四十だ。子供たちが独り立ちする頃には、六十になっている。どうだ? 六十になっても、現役でいられると、自信はあるか? ビアンカが三十なら、二人は、躊躇わずに、それとなく後押ししただろう。例えば、怪我をして、戦うことができなくなったら、他に、どうやって、生きる?」
「い、いやっ、力仕事ならーー」
「そういったことが、これまでやってきたことが、できなくなっているんだ。だから、ーー覚悟がいる」
「か……覚悟?」
 二十歳を過ぎたばかりの若造が、言えた義理ではないが、団員かぞくから逃げ出してしまった、男から、ビアンカのためにも、言っておかなければならないことがある。
「冒険者の中には、普通に、一生懸命に生きている者を、馬鹿にする奴がいる。そいつらは、何もわかっていない。その、普通に生きている人たちが、どれだけ大きなものを抱えながら、生きているのかをーー」
 大陸ルツェルンを、幻想団に交ざり、旅をしてきたからわかる。
 この世界を、支えてくれている人がいるということを。
 逆に言えば、そうせざるを得ない状況に、追い込まれている人がいる。
 俺がーー幻想団でさえ、できることは殆どない。
 ーー死んだら終わり。
 そんな風に軽く考えている、冒険者ほど、身軽な存在もない。
 何も背負っていないからこそ、出てくる言葉。
 楽な生き方だが、辛い生き方でもある。
「大切な者ができる。何かを守るということは、そういうことだ。まぁ、あれだ、ビアンカは、もう少し、周りを見ろってことだ。ビアンカは、その力で、誰かを守ることができる。助けることができる。なら、自分が困ったときには、誰かに助けてもらえば良い。そうなったときには、自分ができることをすれば良い。ビュジエ領で、伯のところで働きたいと思ったのは、そうしたものを感じ取っていたからじゃないのか?」
「ラクンちゃ~~んっ!!」
 一瞬、ネーラかと思ってしまった。
 奥方が、抱きついてくる。
「決まりよ! ジャン、今すぐ引退するの! それでそれでねっ、ラクンちゃんが今から、ビュジエ伯で、ビアンカも安心よね~?」
「あ、へ…? そう、だ…な、安心、か?」
 全員がーー奥方が心配で、勇気を振り絞り、馬車から出てきた、使用人二人も含むーービアンカの中途半端な肯定に、うんうんと頷いていた。
 ーーやばい。
 よくわからないが、兎に角、不味い。
 この場を、回避する方法はある。
 そう、ーー魔石だ。
 幻魔大公という、絶雄の後継者らしいことを仄めかせばーー。
「ーーっ!」
 俺とビアンカが前に。
 伯と三人が、奥方と使用人を護る。
 複数のーー人種アオスタ
「あ~、待ってくれ、待ってくれ、俺たちは敵じゃない。ベンズ伯から、コボルドの捜索の依頼を受けた、黒牙団だ。俺は、団長の、ベッリだ」
 五人の、冒険者。
 おかしなところはないし、嘘を吐いているようにも見えない。
 というか、何で一行みんなは、俺を見ているんだ?
 冒険者たちの視線まで、俺に集まってくる。
「……俺は、幻魔団の団長で、ラクン。彼らは、護衛と、護衛対象だ」
「へ~、俺も若いが、あんたは、その歳で団長なのか、凄ぇなぁ」
 二十半ばの、団長のベッリは、軽い性格に見えるが、場数は踏んでいるようだ。
 逆に、こういった状況の、場数を踏んでいない俺としては、助かる。
「コボルド三十匹に、襲撃された。見ての通り、返り討ちにした。逃がしたコボルドはなし、怪我人もなしだ」
「コボルドは、百匹前後で、ここに来るまでに、十匹殺ったから、数は合うな」
 ーー百匹?
 彼らは、当然、俺たちより情報を持っている。
 聞けば、答えてくれるかもしれない。
 でも、俺の後ろの方々が、それでは納得してくれないような、アルいじめっこと、似たような雰囲気を漂わせていたので、冒険者らしい(?)遣り方を選択する。
「ーービアンカ。双剣のツォーナから、その実力を認められた、元冒険者である、お前に尋ねる。俺たちが倒したのは、三十匹。であるなら、彼らは、七十匹、倒したことになるんだが、どうだ? 彼らには、それが、可能か?」
「そ…双剣のツォーナ……?」
 どうやら、ツォーナさんは、本当に凄い人らしい。
 というか、彼、或いは、彼女は、獣種なのか人種なのか、それさえも知らないのだが、ーー兎にも角にも。
 ーー利用してしまい、ごめんなさい。
 ネーラもうそうと一緒に、誠心誠意、謝っておく。
「恐らく、C級で、悪くない。だが、七十は、無理だな」
「ちょっ、ちょ、勘違いしないでくれ! 俺たちが倒したのは、十六、七ってところだ! 残りは、姫がーー村での防衛戦で倒したんだ」
 気になる言葉が幾つか出てきたが、俺は、間髪入れず問い質した。
「犠牲者は、何人出た!」
「あ…と、な、重傷と致命傷で、四人だったんだけどな、姫が、全員治した……っ!」
 最後まで話してから、ベッリは、仕舞った、という顔をする。
 暴き立てるつもりはなかったのだが、どうにも胡散臭い。
「どうする、ラクン。吐かせるか?」
 楽しんでしまっている、ビアンカを、ただ止めるだけでは、そこで終わってしまうので、もう少し、演技を続けることにする。
「まぁ、待て、ビアンカ。彼らには、彼らの事情、都合というものがある」
「…………」
 薄笑いを浮かべた、俺を、固唾を呑んで見守る、黒牙団の団長。
「まず、依頼内容を、あっさりと喋ってしまったようだが、問題ないのか?」
「それは、問題ない。逆に、『ベンズ伯が魔物討伐に向かう』ことを触れ回ることも、依頼の一つだ。村にも、警告しに行ったほうがいいと思ったからよ、寄ってみたら、柵や罠で、防備を固めていたんだ」
「そうか、すまなかったな。疑うような聞き方をしてしまって。本職ぼうけんしゃとして、放っておけず、命の危険も顧みず、参戦したんだろう。同じ状況になったら、俺は、逃げ出していたかもしれない。ベッリさん、それと団員の皆さんも、俺は、尊敬する」
 これは、本気の言葉なので、真っ直ぐに、ベッリに伝える。
 百匹の、コボルドの襲来。
 防備を整え、戦う意志を持っていたようだが、彼らは、村人しろうとだ。
 必ずしも、褒められたものではない。
 村人を説得し、退避するか、領主に知らせ、軍勢を率いて戻るか、遣り方は他にもあっただろう。
 だが、彼らは、共に戦うことを選んだ。
 誰が彼らを責めようと、俺は、彼らの勇気を肯定し、称賛する。
「おっ、おお、ありがとう?」
「それで、村ではどんな戦いがあったのか、ベッリさんたちが、どうやって戦ったのか、教えてくれないか?」
 駄目元で聞いてみたのだが、俺の褒め殺しが効いたのか、ベッリは、普通に話し始めた。
「コボルドの進攻経路を三つにして、柵と罠があって、それで待ち受けたんだ。まずは、右から来て、小さな落とし穴で止めて、投石。んで、次は真ん中で、姫が、『炎環フレイムサークル』の魔法で、こっちも止めた。そんで、あとは左だ。弓を射かけて、上手くいかなくて、逃げるぞ~っ、てなったとこで、俺たちの出番だ!」
 話している内に、ベッリの調子が上がっていく。
 ベンズ領での、薬師と同じく、言葉遣いに難がある。
 とはいえ、最後まで喋ってくれそうなので、邪魔はせず、静聴する。
「合図があったから、コボルドの群れの後ろから、突貫! 大きな落とし穴と、俺たちで逃げ道を塞いでからっ、姫のっ、『業火インフェルノ』が炸裂!! コボルドを撃退したんだが、やっぱり、犠牲は出ちまったんだ。でもなっ、姫が、『大治癒マウナラニ』を使ったんだ! あ~、あのときの姫は、ほんと綺麗で……、まるで聖女様みたいだった……」
 頬を染める、ベッリ。
 コボルド襲撃のあらましは聞いたので、俺は、伯を一瞥する。
 伯は、軽く頷く。
「ふぅ~」
 ここからは、冗談では済まされないので、一息で切り替える。
 ーーでは、始めよう。
「伯。俺は、ミセル国に姫がいるなんて、聞いたことがないんだが、知っているか?」
「わしも初耳だ。マガディーノ様、そして、ブレニーノ様からも聞いたことがない。ブレニーノ様は、デュナンの命日には、花を手向けにきてくださる。息子の墓前で、あの御方が、ーー嘘を吐くはずがない」
 伯は、激発し掛けた感情を抑え込み、震える声で言い切った。
 俺たちの遣り取りを聞いた、刹那ーーワーグナーさんが合図する。
 彼は、奥方たちの後ろに移動し、残りの護衛は、俺とビアンカの横に移動する。
「おっ、お、へ…な、何だ?」
「ベッリさん。別に、あんたたちを疑っているわけじゃない。だが、これはゆるがせにできないことなんだ。ミセル国に、姫は、いない。なら、その『姫』とは、誰なのか?」
 未だ、わかっていない、ベッリと黒牙団の団員に言ってやる。
 いったい、自分たちが、どのような企みに係わっていたのかをーー。
「そう、ベンズ伯が、その『姫』を立て、ーー簒奪を目論んでいる」
「へ…、いや、じゃなくて…、その、な?」
 ベッリが、意味不明な言葉を連ねる。
 事態が大き過ぎ、理解が及ばないのだろう。
 半信半疑のビアンカが、聞いてくる。
「突然、『姫』って言ったって、そんなの、上手くいくのか?」
「それなんだがな。俺は、ベンズ領の、ある人物から、こんな噂を聞いたんだ。『王妃は子を産んでいない』とな」
「そんな馬鹿な! わしは、赤子の王子を、見ているのだぞ!」
 伯の気持ちは、わかるつもりだ。
 だが、俺は、あえて言葉にする。
「産まれた、その場に、立ち会ったのか?」
「そ、それは、……だが」
「もちろん、可能性の話だ。産まれたのは、男子ではなく、女子だったんじゃないか? 経緯まではわからないが、王妃の国との関係で、偽装する必要があった。ーー伯。もし、そうなら、その『姫』は、本物ということになる。この問題、ーー根が深いかもしれないぞ」
「……っ!?」
 伯が、絶句する。
 当然だ。
 こんな秘密ーー。
「だーーっ! いいからちょっと待ちやがれ~~っ!!」
 突如、大声を上げた、ベッリは、剣を地面に叩きつけた。
 それを見た、団員たちは、顔を見合わせたあと、ぽいっ、と武器を捨てた。
「いいかっ! こらっ、よく聞け! そこの妄想親子!!」
 びしっびしっびしっ、と発狂寸前のベッリが、俺たちに指を突きつける。
「間違えるでない。わしらは親子ではない。ーー今はな」
「そうなの、そうなの~。半分親子って、感じかしらね~?」
 奥方が、俺に向かって走ってきたので、家令に合図し、止めてもらう。
 というか、老紳士あのひと、何で俺の命令たのみを聞いてくれたんだ?
 考えても、碌な答えには辿り着きそうにないので、ベッリに向き合うことにする。
「うっだ~~っ! もうっ、言うっ、聞けっ、姫ってのはなっ、俺がつけた渾名みたいなもんだってんだぁ~~っ!!」
「それは、信じよう。では、『姫』とは、何者なのだ?」
 伯が、正面から尋ねる。
 ーー上手い。
 取り乱した、ベッリの、心の隙をついた、絶妙な時機タイミング
 キョトンとした、黒牙団の団長は、唯々諾々として答える。
「そりゃあ、領主の、娘だって、姫が言ってた?」
「ーーなるほどな。自身の娘を、王位につける腹か」
「だーかーらーっ、人の話は最後まで聞けってんだ~っ! 姫はっ、ベンズの隣のっ、領主の娘なんだって!!」
 びしっびしっ、と今度は、上空を指差す。
 恐らく、今いる場所がわからず、方角もわからないのだろう。
「ベンズに隣接している、領地は、三つ。つまり、候補は、二つということか」
 ベンズを除いた、二つの領地。
 通常なら、そうなる。
 だが、伯は一つ、見落としている。
「ーー伯。候補は二つじゃない。一つ、付け足し忘れているぞ」
「はっ! ……そういうことか」
 気づいたようだ。
「そう、ベンズ領に接している、領地は、もう一つある。それは、国境を接している獣国ーー猫国ベルナルディーノだ」
 黒猫は、高い地位にあるようだったが、王ではない。
 虎種に屈する、猫種を疎んでいるようでもあった。
 彼の、誇りを汚してきた、猫国の上層部。
 獣国が、そのような企みをするとは思えないが、或いは、ベンズ伯に騙されるか、利用されているのかもしれない。
「びゅじびゅじびゅじびゅじびゅじびゅじびゅじびゅじっ、びゅじ~~っ」
 ーー到頭、ベッリは、壊れてしまった。
 隠された、真実は、それだけ重かったようだ。
「ビュジエ領だって~っ、言ってんだろ~が~~っ!!」
 ーー絶叫。
 だが、そんなものは、微風と思えるほどの、壮絶なる気配が立ち昇る。
「よう言うた。その『姫』とやらは、どうやら、わしの娘ということになるようだ」
「へ……?」
「ああ、まだ名乗っておらんかったな。わしの名は、ジャン・ユル・ビュジエ。ベルニナ・ユル・ビュジエの父親で、ビュジエ領の領主だ」
「ほ……?」
「ベルニナが、あの子が、『業火』などという高位魔法を使えるはずがない。それに、コボルドの群れを撃退するほどの、指揮。ーー何をどうしたら、わしの娘ということになる!」
「あー、皆さん、頼む」
 俺のお願いで、ビアンカが上から、護衛の二人が両腕を、しっかりと固定する。
「こっ、こら、お前たちっ! 何故わしの命令ではなく、小童こわっぱの頼みなど聞いておるのだ!?」
 これは、もう、駄目だ。
 一旦、場を収めないと、収拾がつかない。
「ベルニナは、実は、天才だった。魔法が、魔雄水準で、上達したが、両親には心配させたくないと、黙っていた」
「あらあらまぁまぁ、ベルニナは、優しい子だもの。そういうこともあるのかしら?」
「む…むぅ……っ!?」
 さすがは奥方ーーと言いたいところだが、彼女の家令しんとが、当主の喉にナイフを突きつけているので、そちらのほうが効果覿面のようだ。
「あと、指揮についてだが。伯は、『魔雄の遺産』について、知っているか?」
「『魔雄の遺産』? それが、どう関係しておるのだ」
 ティソは、いったい、どこまで記したのだろう。
 奥方の突発的な行動で、擦り合わせが殆どできないままに、出発してしまった。
 アルが何度か介入していたが、何を意図してのものかは、まったくわからない。
 ーー違う。
 ひとつひとつは、わかるかもしれない。
 だが、全体としての、絵図は、真っ白どころか透明なままだ。
 俺は、まだ、重大な何かに、気づいていないのかもしれない。
「ベルニナは、遺産を狙っていた。遺産がある場所は、獣国の、山奥だ。そこまで辿り着くには、相応の、苦労があったはず。多くの経験を積んだのは、確かだと思う」
「…………」
 一応は、納得してくれたようだ。
 逆に、ベッリは、不信感を溜め込んでしまったようだ。
 臍を曲げてしまったーーのほうが近いかもしれない。
「ーーはぁ」
 やりたくない。
 でも、時間は惜しい。
 たぶん、きっと、口止めは可能のはず。
「ビアンカ。これ、見てくれ」
「これは……!? 魔石のカード!!」
 元冒険者だけあって良い反応をしてくれる。
 ベッリと団員たちは、あんぐりと口を開けてしまっている。
「ら……ラクン、謎の、三人目のS級って、お前だったのかよ……」
「違う、違う。それは、S級のカードじゃない。もっと、よく見ろ」
「は? あ、おう、……幻魔大公? なんだ、こりゃ?」
 俺を見てから、ビアンカは、首を左右に、こくっこくっと傾ける。
「何って言われてもな。その称号は、絶雄カステル・グランデ様がくれたものだ。俺は、口外するつもりはないから、黙っていてくれ」
 ぐきっと、やばい方向に、ビアンカの首が曲がる。
「あら~っ、ラクンちゃんっ、凄いのね~! 四英雄の、絶雄さんから認められるなんて、お母さんは、鼻高々よ~!」
 勝手に、俺の母親にならないでくれ。
 母親は、ネーラだけで、間に合っている。
「……はぁ。パラの口の軽さは、四大神も吃驚するほどだからな。屋敷内で留まるよう、努力はする。それで、ラクン殿ーー」
「やめてくれ、伯。俺は、まだ、何者でもない。魔石こんなものは、絶雄様の気紛れでしかない。ーーそれと、ベッリ」
「な、何ですか…じゃなくてっ、なっ、何だ!?」
 俺は、何も変わっていない。
 だのに。
 たった一枚のカードが、人を、こんなにも揺るがしてしまう。
 ーーあのときと、同じ。
 透明にーーたくさんの人がいるだれもいない場所にいるみたいだ。
「色々と誤解があったようだが、俺たちは、急いでいる。できれば、冒険者の規則に違反しない範囲で、情報を提供してもらえると、ありがたい」
 頭を、下げる。
「たぁ~、わかった! 姫のためだってことは、わかった! ……でもなぁ、もう、殆ど言っちまったし、俺たちは、あと、ベンズ伯に、討伐が終わったことを報告するだけだしなぁ」
「ーーベンズ伯は、騎士団と共に来るのか?」
 伯は、わずかに考えあぐねたあと、尋ねる。
「違ぅ…います、伯爵。騎士団の隊長は、騎士の中の騎士みたいな人で、要請があれば、すぐに討伐を行うと言ってました。ただ、隊長は、ベンズ伯を嫌ってるみたいで、一緒に行動はしないみたいで、ベンズ伯は、百人くらいの私兵で来るって言ってました」
「ベンズ伯は、いつ来るんだ?」
 ーー私兵。
 そういえば、炎竜団の、ゴッドハルトたちも、選択肢の一つとしていた。
「さぁ、どうなんだろうなぁ」
 誤魔化している、というより、困っている、といった表情。
「伯はな、自分の都合でしか、動かないのだ。到着は、今日かもしれんし、十日後かもしれん。場合によっては、途中で引き返して、やって来ん。早く依頼を終わらせたいのなら、自分たちのほうから報告しに行ったほうが良いぞ」
 悪い意味での、貴族らしい御仁のようだ。
 ーー失敗した。
 コボルドを全滅させたと知っていれば、躯を片づけなかったのに。
 散乱した、コボルドの死体を見た、ベンズ伯は、確実に引き返すことだろう。
「ベッリさんは、ベンズ伯に、どう報告するんだ?」
 と、妄想は、これくらいにしておく。
 もう一度、頭を下げる必要があるかと思ったが、これは、俺が浅はかだった。
「わかってるって。俺は、姫の味方だ。当然、村人もだ。上手くやってやるさ」
 武器を拾った、黒牙団の面々は、さっそく団長を弄るはげます
「はは、団長は、姫にぞっこんだったから。格好つけてないで、告白すれば良かったのに」
「無理~無理~。ベッリにそんな勇気があったら、恋人百人できてるよ~」
「だぁ~っ、うるせぇ! うしっ、野郎ども、仕事だ、行くぞ!」
 ーー羨ましい。
 そう思ったが、団員アルたちのことを思い浮かべた、瞬間に、そんな感情は、消し飛んでしまった。
 現れたときと同じく、黒牙団は、慌ただしく去っていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

勇者辞めます

緑川
ファンタジー
俺勇者だけど、今日で辞めるわ。幼馴染から手紙も来たし、せっかくなんで懐かしの故郷に必ず帰省します。探さないでください。 追伸、路銀の仕送りは忘れずに。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...