めぐる風の星唄

風結

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炎の凪唄

ベルニナ・ユル・ビュジエ 15

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 改めて見回してみると、人が住むには適していない。
 でも、イオアニスが困窮しているところを、見たことがない。
 ーーそういえば。
 治療費、ではなく、あたしの姿を維持する費用は、どうなっているのかしら?
 実験台ということで、タダーーといことは、さすがにないと思う。
 そうなると、たぶん、ビュジエ家からお金が入っている。
「着いて、しまったわね……」
 荒れた道の果てに、「洞穴」はある。
 半日の距離を、一日掛けてしまった。
 まだ太陽は、十分に高い位置にある。
 ーー魔物も住まない、荒涼とした大地。
 だからこそ、一人でここまで来られるのだけれど。
 岩山を、刳り貫いて造ったらしい、洞穴。
「魔法でやったのかしら?」
 本当に、往生際が悪いにも程がある。
 これまで、何十回と訪れて。
 そんなこと、気にもならなかったというのに、その都度、足を止めてしまっている。
「ーーーー」
 剥き出しの岩肌。
 この通路の先に、お屋敷と同じくらいの、大きな円蓋くうかん
 光が届かなくなる場所から、その先に。
 月光のような、やわらかい明かりが迎え入れてくれる。
 明るくもないけれど、暗くもない。
 たぶん、イオアニスにとって、最適な明度。
 ーー恐らくは、魔法の光。
 不思議と。
 嫌いになれなかった、室内の雰囲気。
 右側に、五つ。
 魔力で強化された、大きな硝子の容器に、粘着性の透明な液体が満たされている。
「あら?」
 真ん中の容器に、二十歳くらいの女性が浸かっていた。
「…………」
 釘づけになってしまった。
 彼女は、五年前くらいに、一度、見掛けたことがある。
 そのときも凄かったけれど、今は、嫉妬も起こらないくらい、超越してしまっている。
 ーーいえ、駄目ね。
 幾ら同性でも、じっと見詰めるのは、失礼。
「ーー十七番か」
 奥の、木製の机に座った、「洞穴の主」が、顔を上げて実験材料あたしを見る。
 初老の、貧相な男。
 目が離れていて、窪んでいる。
 ーー物語にでも出てきそうな、悪の魔法使い。
「第二段階は、完成したのかしら」
「ーーほう?」
 イオアニスは、初めて、「ベルニナあたし」を見た。
 作業を止め、意外にも、向き直って、あたしを正面から観察するじっとみる
「どこで知った?」
「以前、あなたは、『二十歳まで持たない』と言ったわ。だから、この半年間、魔法を勉強したのよ」
「半年では、何ができるでもあるまい」
「そうでもないわよ。『業火インフェルノ』や『大治癒マウナラニ』が使えるようになったわ」
「魔雄ハビヒ・ツブルクということか。ーーくだらん」
 唾棄だきするように、あたしの恩人ーーかもしれない人種アオスタの名を、吐き捨てる。
 ーーイオアニスと会うのも、これで最後。
 そう思ったら、もう少し、この偏屈な魔法使いと話してみたくなってしまった。
「魔雄と比べられても困るけれど、何が気に障ったのかしら?」
「簡単だ。ハビヒ・ツブルクは、ただの、強いだけの魔法使いだ。それだけであるが故に、死んでも、その名以外には、何も遺らん。本当に、真に偉大な魔法使いとは、ハビヒ・ツブルクではなく、黎明の魔法使い、ヘルマンだ」
「ヘルマン? この研究の、予見をした人のこと?」
「ほう、よく知っているな。半年などと、馬鹿にしたものでもない。よろしい、特別に見せてやろう」
 机の、一番上の引き出し。
 魔力で覆われている。
 恐らく、「封印」か何かの魔法が施されていて、それを解いたようだ。
「どうだ? これはヘルマンが遺した、唯一の著書だ!」
 ーー宝物を自慢する、得意気な、お爺さん。
 意外、というより、気味が悪くて、一歩、下がりそうになってしまった。
 そうなってしまっても、仕方がない。
 悪の魔法使いが、実は、普通のお爺さんだったら、返金を要求するくらいの駄作よみものだ。
 それでも、気を良くして、饒舌じょうぜつになってくれているのだから、話を合わせることにする。
「これは、起源期の文字のようね。古代期の文字までしか読めないから、わからないわ」
「その歳で、古代期の文字まで修めているなら十分だ。魔法の源流は、起源期にある。ヘルマンの、『予言書』とも呼べる、この秘書に迫った者など、現代でも、私以外には存在しない」
 ーーどうしようかしら。
 ここで本当のことを言うと、たぶん、イオアニスはーー自尊心の塊のような魔法使いは、機嫌を損ねるへそをひんまげる
 「魔法の手引書」で、半分の魔力と引き換えに、第一段階の一部を、ページに浮かび上がらせた。
 魔力を半分も持っていかれたのだからーー。
 それに、興味もあったから、目を通してみた。
 後半の、研究については、ちんぷんかんぷんだった。
 理解できる前半には、ヘルマンのことや、彼の著書、それから、ーー第五段階までの、概要が記されていた。
「ーーーー」
 イオアニスは、幾つも勘違いをしている。
 彼が手にする、あれは、起源期に著したもの。
 つまり、ヘルマンの初期の著作。
 手引書にあったけれど、ヘルマンの真髄とも呼べる、最後の著書は、古代期の文字で記されている。
 貴重さで言えば、イオアニスが誇示する、古い著書に軍配が上がる。
 でも、研究内容は、反比例するはず。
 通常、新しいものほど、研究が進んで、充実したものになっている。
「ーー不老不死。これで、に手が掛かったのね」
「そうだ! これで最終段階である、三段階に、進むことができるのだ!」
「…………」
 鎌を掛けてみたら、あっさりと引っ掛かってくれる。
 ーー何だか、拍子抜けね。
 これで、わかったわ。
 不老不死なんて、夢のまた夢。
 今頃、やっと、第三段階なら、寿命が尽きる前に、第五段階まで進めるはずがない。
 それと、イオアニスは、本当の魔雄ハビヒ・ツブルクを、知らない。
 手引書を読んで、実感した。
 魔雄かれは、とんでもない。
 イオアニスに依ると、ヘルマンは、「予言」したらしいけれど、ハビヒ・ツブルクは、それらを「実践」した。
 或いは、「完成」させた。
 ヘルマンは、確かに凄いのかもしれないけれど、魔雄とは、比較にもならない。
 正に、桁が違う。
 ーー本当に、どうして「魔法の手引書あんなもの」が存在するのかしら。
「それで、もう一度、聞くのだけれど。ーー第二段階は、完成したのかしら?」
 でも、そんなことは、あたしには関係ない。
 あたしにとって、重要なのは、第二段階が完成したか否か。
「くっくっくっ、お前は、運が良い。そこの、二十番で、目途がつく。恐らく、お前で完成の運びとなるだろう」
「恐らくーー」
 完成ーーするかもしれない。
 それは。
 失敗ーーするかもしれないということ。
 時間がない。
 このときを、逃すことはできない。
 でもーー。
「ーーっ」
 偽善ね。
 名前も知らない、「二十番」の女性。
 「十七番」の、あたしは。
 彼女と、順番を変わろうとは、思えない。
 彼女を犠牲にーー。
 そうじゃない。
 彼女たちを犠牲に、あたしは、生を得ようとしている。
 ーーいっその事。
 イオアニスも洞穴も、すべてを破壊したい衝動に駆られた。
 ここで「業火」を使えば、あたしごと焼き尽くされる。
 全部なくなってしまえば、もう、犠牲者も出なくなる。
「ーーそういえば、何故、女性だけなのかしら」
 ふと、疑問が湧いて、口にしてしまった。
 記憶にある限り、洞穴で会った、実験材料おなかまは、すべて女性だった。
「男と女は、別の生き物ではないかと思うほど、異なっている。最初の被験者が女だったから、齟齬がないよう、女で研究している」
 ーー家族は、いないのかしら?
 そう聞こうとして。
 頭の中が、炎で炙られた。
 怒りなのか何なのか、胸を掻き毟りたくなる、よくわからない感情を、無理やり抑え込む。
 ーーラクンさん。
 イオアニスの、もう一つの勘違いーー間違い。
 自分以外には存在しないと、彼は言った。
 ーー「神才」。
 ラクンさんは、あの歳で、魔法だけでなく、魔法陣という、よくわからない高度なものまで使い熟していた。
 魔雄の生まれ変わりのような、あのいとしい人は、きっと、イオアニスなんかでは届かない、遥かな高みまで飛んでいく。
 ーーその隣で。
 空を舞う、ラクンさん。
 地上を這いずり回る、足手纏いあたし
「何か、一つでもーー」
 夢想でさえ、あたしを苦しめる。
 そう、何か一つでも、遣り切れていたのなら。
 並ぶことは無理でも、追い掛けることは、できたはず。
 二十番の、女性を見る。
 ーーこれが罪だというのなら。
 刻みつけてでも、あたしは、前に進む。
「何か言ったか」
「いえ、何でもないわ。どうせなら、魔法の発展に寄与したいと、思っただけよ」
「そうだな。お前には、見込みがある。成功したら、助手にしてやっても良いぞ」
 あたしは、くるりと背を向ける。
「お誘い、ありがとう。でも、ごめんなさい。あたしにも、夢があるから。ーーあなたに、託すわ」
 あたしは、今、酷い顔をしている。
 こんな男におもねっている、自分を嘲笑っている。
 ーー女性の隣に。
 右から二番目の容器。
 少しでも、出口にーー外に近いほうに。
 服を脱いで、粘着性の、透明な液体に体を沈めたときーー。
「……?」
 通路から、複数の足音が、聞こえてきたのだった。
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