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17. エタン卿とプリシラを駆逐
しおりを挟む「薬師一人が安定して勤務する重要性は、元々優れた騎士でいらっしゃった卿ならばお分かりでは?」
艶のある声音で、しかし正鵠を射るヴェラの言葉に、エタン卿もプリシラも歯を軋ませた。
「それとも、プリシラさんが私の代わりに薬師をなさる?」
その場にいる全員がはっきり感じ取れるほどの痛烈な嫌味である。
勿論プリシラは今から薬師になる気も、実力もあるまい。
ただ、好ましい騎士団長の妻となり、それなりの優雅な生活を送ることだけを考えていたのだから。
「そんなこと……っ」
ここでもプリシラという娘はなかなか強かで、目の前の薬師を罵りたい気持ちをグッと堪えて、代わりにその青い瞳に透明の膜を張って、煌めくほどに潤ませた。
「酷いわ……っ、私はただ……っ」
その様子だけを見れば、すぐに手を差し伸べて涙を拭ってやりたくなるような、そんな姿である。
「おお! 可哀想なプリシラよ! だがまあそういう事情であれば仕方あるまい。確かに薬師は貴重な存在だ。腹立たしいことではあるが、その薬師の言う通りだ」
「お父様! どうして……?」
ユーゴ一人であれば、今まで通りの勢いで押せば上手く娘とくっつけることに成功したであろう。
しかし今回は口の立つ薬師が相手となった。
この頭の回転の良さそうな女薬師は、エタン卿が実は一番言って欲しくない言葉を今にも言いそうな勢いなのである。
「プリシラ、今回は諦めなさい。また良さそうな相手を見繕ってやるから……。そうだ、歳は十ほど上だが儂の元部下に……」
「嫌よ! ユーゴ様にどれほど手間と時間をかけたと思っているの⁉︎ 私はもう行き遅れも行き遅れ! 二十三歳になるまで待っていたのは、必ず条件の良い相手に嫁ぐことを目標にしてきたからなんですから!」
とうとう本音を暴露したプリシラに、場の空気は時すらも閉じ込めてしまったかのように凍りついた。
「うわぁ……」
ポールが思わず口にした言葉によって、凍りついて止まっていた時が動き出す。
「ち、違います! 今のは違います! ね、ねえ、お父様! どうにかしてよ! 嫌よ! 私はユーゴ様の妻になりたいの!」
金色の髪を振り乱し、ダンダンと高価な靴で地団駄を踏むプリシラは、普段の『家庭的で穏やかで気遣いのできる娘』の仮面をすっかり剥がしてしまっていた。
「お父様! いつも言っていたじゃない! 『お前の夫となる者は、現役時代の俺のように騎士団長になるくらいの器の大きな人間でなければならん』って!」
プリシラの泣き喚くような叫びに、思わずエタン卿は息を呑んだ。
「え……」
「騎士……団長……?」
そうユーゴとポールが呟いたのを、エタン卿は聞き逃すことはなく、顔を青褪めさせる。
「あら? エタン卿は元騎士団長さんでいらしたのですか?」
追い討ちをかけるようなヴェラの言葉に、青い顔を今度は赤くして、エタン卿は暴れるプリシラの手を引いて、急ぎその場を去ろうとする。
「お父様! 何をするの⁉︎」
「黙れ! 帰るぞ! プリシラ!」
「えっ⁉︎ どうして?」
訳の分からない顔をしているプリシラを、無理やり引き摺るようにして去って行くエタン卿の丸々とした酒樽のような後ろ姿を、ヴェラとユーゴ、そしてポールは見送った。
「エタン卿……。騎士団長になりたかったのかな……」
「ポール、俺の記憶が正しければ、エタン卿は部隊長だったと思うんだが……」
「そうだよ。僕らが騎士になってすぐの上官だったからね。そうか……、可愛い娘には見栄張って、嘘を吐いちゃったんだ」
エタン卿は幹部としては格下の部隊長であったにも関わらず、騎士団長をしていたと豪語していたのだ。
それを元部下達と娘に知られ、さすがのエタン卿も居た堪れなくなったのだろう。
「もう二度と来ないだろうな」
「プリシラさんには悪いけどさ。僕らは良かったよ、平和になって」
ユーゴとポールがしみじみと語っている中、グジュングシュンと鼻を啜る音がした。
二人が後ろを振り返れば、地面にへたり込んでボロボロと止めどなく涙を流すヴェラの姿があった。
溢れた涙で濡れたヴェラの緑色のワンピースは、その部分をじんわりと濃い色に変えている。
「え⁉︎ 先生? どうしたんですか?」
驚いたポールが急いでヴェラへと走り寄る。
「あんな……酷い事を言えた、自分に、びっくりしたんですぅ……。うぐ……ぐすん……」
「へ……?」
「団長さんが……、困ってるから……っ、助けようと思ったんだけど……。酷い言い方でしたよねぇー……? えぐ……ぐす……っ」
先程までのヴェラとは打って変わって、子どものように自分のした事を悔やんで涙を流すヴェラに、ユーゴもポールも驚きを隠せない。
「先生、ありがとう。無理して色々言わせて悪かったな」
ユーゴが座り込んだままのヴェラに手を差し伸べる。
「ユー……、いや、団長さん。勝手な事しちゃってごめんなさいねぇ……」
すると、ユーゴは三白眼を細めてフワリと微笑んだのだ。
「正直、エタン卿には辟易としていたからスカッとした。ありがとう」
いつもモフに話しかけるような優しい声音で、ヴェラへ感謝を述べる。
「そうですよー! 部隊長って肩書きで、今の団長どころか僕より下の階級だったのに、いつまでもネチネチと……。いい加減僕らも限界でしたからね」
すかさずポールも合いの手を入れて、ヴェラを元気づけようとする。
こうしてプリシラとエタン卿の急襲は、機転を利かせた薬師ヴェラによって駆逐された。
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