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七十話 「一時の別れ」

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突然の夫婦宣言を受けて以降、イズナは露骨にアッシュにベッタリとくっついてくるようになった
その度にアレッサが鋭い視線を浴びせてくるので気まずいことこの上ない

パーティ間でそういう関係を築くと不和が生じる恐れがあるというのはアレッサの件でアッシュも学んでいる
なのでイズナの申し入れは何度も断ったのだが、イズナはそんな事お構いなしで全く聞く耳を持ってくれなかった
そうこうしている間にもセグエンテにいる時間は過ぎていき、とうとう町を発つ日がやってきた
別れを告げる前にアッシュ達はイズナを連れてある場所へと向かった


『イズナに渡したい物があるんだ』

『渡したい物?』

『そ、気に入ってくれるといいけど』


そう言ってやってきた場所はヴォルフの鍛治工場
中に入るといつものように灼熱の炎と向き合い汗だくで作業しているヴォルフの姿があった


『こんにちはヴォルフさん、例の物を取りに来ました』

『おぉ来たか。そっちのがお主が話しておった獣人の嬢ちゃんか』

『こんなところにドワーフがいたのか。知らなかったぞ。ところでその例の物っていうのが私に渡したい物なのか?』

『そ、イズナに装備をプレゼントしようと思って』

『装備?』


ヴォルフが奥へ装備を取りに行っている間に装備を内緒で作ってもらっていたことを明かした
その言葉を受けてイズナはあまり良い表情をしなかったが、依然イズナの装備嫌いは聞いていたので予想はついていた


『アッシュ、気持ちは有難いが私は装備は・・・』

『とりあえず一回だけ着てみてくれないか?それで気に入らなかったらもう着なくていいから』

『持ってきたぞ。ほらこれじゃ』


奥の部屋から戻ってきたヴォルフが渡してきたのは一見ただの服にしか見えない代物
装備というにはあまりにも頼りなさそうに感じた
実物を見るのはアッシュも初めて
本当はダンジョンボスと戦う前に渡す予定だったが、先にダンジョンボスを見つけたことで順番が逆になってしまった


『これがヴォルフさんに作ってもらったイズナ専用の装備だよ』

『これを着ればいいのか?』


アッシュの強い押しに負けてイズナは渋々ではあったが着ることを了承し奥の試着室へと消えた
暫くしてヴォルフの装備に身を包まれたイズナがやって来た


『どう?どこか違和感とかあったりする?』


着心地はそんなに悪くないのか先程と打って変わって満更でもない表情を浮かべるイズナ
一通り違和感がないか体を動かして念入りに確認を行い、それが終わるとイズナはヴォルフの手を握り締めた


『この装備凄いな!着てても全然違和感ない!まるで素っ裸でいるみたいだ!』

『おぉ、その表現はどうかと思うが気に入ってもらえたようで何よりじゃわい。その装備には敏捷性と物理攻撃の上昇、あと魔法、物理耐性の両方を高めてくれる』


ヴォルフは以前にも獣人相手に装備を作ったことがあるらしく、その時の獣人の要望を取り入れた装備の応用で作ってくれたそうだ


『でも本当にもらっていいのか?これを作るのにまた金がかかったんじゃないか?』

『そんな事気にしなくていいよイズナももう僕達の仲間になんだし。それにこれから敵もどんどん強くなっていくから装備で能力を強化できるならそれに越したことはないしね』


本当はイズナ専用の武器も制作する予定だった
基本スタイルが格闘系なのでそれに合った武器をと思ったが、予算的にそれは叶わずこの装備のみだけとなった
それでも満足してくれているようだしヴォルフに頼んだ甲斐があったというものだ
イズナ含め他の者はその出来栄えに文句の付け所がなかったが、ただ一人アレッサだけがその服の見た目に異を唱えた


『ヴォルフさん、ちょっと布の面積が少なくないですか?おへそが出ちゃってますしもう少し布面積を増やしても・・・』

『そうかの?獣人が違和感なく着れる装備にしてあるからのぉ。これ以上布を増やすと違和感が生じてしまうと思うんじゃが』

『私はこれで満足してるぞ』

『そ、そうですか・・・』


何やら腑に落ちない様子だったがそれ以上アレッサが言及することはなかった


『短い付き合いじゃったがお主等に出会えて良かった。また何かあったらいつでも来るんじゃぞ』

『ありがとうございます。また必ず来ますね!』


こちらもヴォルフの装備のお陰でダンジョン攻略が順調に進められたし出会うことができて本当によかった
何か作ってもらい物ができたその時は是非頼らせてもらうとしよう

ヴォルフに別れの挨拶を済ませた後アッシュ達は町の外までやって来た
里に帰るイズナとは一旦ここでお別れとなる


『またすぐ戻ってくるからな』

『うん、道中気をつけてね。町に着いたら組合に報告して』

『食料は大丈夫?地図はちゃんと持った?』

『お母さんか、心配しなくてもこの鞄に全部入ってる。それじゃあそろそろ行くな。あっそうだ、一つ忘れているものがあったな』

『忘れ物?何を忘れた・・・』


そう聞くよりも早くイズナの唇がアッシュの頬に触れる
一秒にも満たない軽いものだったが、アッシュの思考を停止させるには十分な時間だった


『じゃあな!アレッサもせいぜい頑張るんだな!』

『なっ!?どういうことですかイズナちゃん!』

『言っただろ、私は感覚が鋭いんだって!』


それだけ言い残すとイズナは軽快な足取りで走り去って行った
最後にとんでもない置き土産を残されたアッシュとアレッサの間には気まずい空気が流れた


『と、とりあえず僕達も行こうか』

『う、うん』


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