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第五話 ちょろすぎ先輩後輩
しおりを挟む「そもそも、百合川先輩ってどんな人なんです?」
「今更……?」
「だって先輩と違って私は話したことないですし」
「それもそうか……百合川先輩はとても綺麗で優しくて、知的な人だぞ」
「それは知ってる。そうじゃなくて、なんで好きになったか、の部分ですよ」
「図書委員の仕事でさ、本当は百合川先輩の当番じゃなかったんだけど、手伝ってくれたんだよ」
「――それだけ?」
「『いつもお疲れ様』って笑って声もかけてくれたぞ?」
「あはっ、あははっ! 先輩ちょろいっ! ちょろすぎ先輩じゃないですかっ!」
可愛い、と言われただけでベタ惚れしている自分も似たようなものだと、日向は本気で気づいていなかった。
――ちょろすぎ後輩。
しかも毎日好き好き言っているせいで、自己暗示のようになっていて、軽い気持ちは既になく、本気で惚れてしまっていた。
付き合ってくれないこと以外に不満もない。
「じゃあ全く可能性ないですね。この話題はやめてほかの話題にしましょう」
「え!? 完全アウト?」
「でしょう。だってそれ、ただの社交辞令みたいなものです。ああいう目立つ人は自分の評価を殊更気にしますから、先輩みたいな冴えない男にでもとりあえず粉をかけるんですよ。そういうタイプ、友達にもいます。実際に告白してフラれるならまだマシで、現実はやんわり流されますよ」
日向の発言はひどく現実的だった。
女子同士だからこそ出てくる発言。希望の一つもない。
「百合川先輩はそんな人じゃ……」
「先輩、夢見すぎ。ああいう人はスポーツ万能、イケメン高学歴、大金持ち、みたいに全部揃ってる人じゃないと相手にすらしませんから。同級生とか同じくらいの年の男なんて、最初から眼中にありません。私だってあんなふうに生まれればそうなると思いますよ」
「なんて夢のない発言なんだ……」
「冷静に百合川先輩の立場から考えればわかりますよ。家もしっかりしたお金持ちでしょうし、好きとかで結婚もできなさそう。その点私は楽ですよ? お父さんを倒せば結婚もできます」
「楽じゃないな? ――俺もわかってはいるぞ。選ばれる理由がないのくらい。前も言ったか。多分小笠原といるほうが合ってるのも。なんというか、落ち着く。楽しいとも思う」
「なら――」
「もうちょっとだけ時間をくれ。どっちもちゃんと答えを出すから」
自分の中の天秤が傾き始めている。
こうなる前には全く想像もしなかったことだった。
日が傾き始めて、ふたりは解散する空気になる。
付き合っているわけでもないため、夜まで一緒というわけにもいかないという意識が春樹の中にはあった。
「送ってくよ。神社の場所も知りたいし」
「ひとりでも大丈夫ですよ? 行きよりも荷物も軽いですし」
「もう夕方だからな。変質者もいるかもしれんから。喧嘩はしたことないけど、いないよりはマシだろ」
「頼れるんだか、そうじゃないんだか……じゃあお願いします。もうちょっとだけ一緒にいたい気もしますから」
ふいに、俺も、と言いそうになる自分がいた。
日向は初めて春樹に頭を下げる。育ちの良さが滲む所作。父親にしてもだが、大事に育てられたのだろうことは明らかだ。
なんだか調子が狂うな、と春樹は思う。
いつもの日向なら、当然でしょ、と言わんばかりの態度なのに。
たまに出てくる後輩の顔が、春樹の中で違和感になりつつあることに気づく。
――日向を見る目が変わってきている。
歩いているうちに、すこしずつ空は暗くなっていく。
夏の長い一日が終わるのにかかる時間は、春樹にはそう長くは感じられない。
一人で本屋を巡っているときは、一時間すらそれなりに長く感じる。
対して、楽しい時間はあっという間に終わってしまう。人間の時間間隔はひどくでたらめで、いい加減なものなのだと春樹は知った。
こうやってあっという間に高校生活は終わるのだろうか。
でも、何もしない、何もない時間を長く過ごすことに意味なんてないのだろう。
高校二年生の夏。そろそろ遊んでいられる時間も終わりが近づいている。
「ここがうちの神社ですよ。結構大きいでしょ? 歴史もあるらしいです」
「ここが……」
日向が案内したのは『小笠原神社』。
思っていた以上に大きく、立派な神社だった。
春樹の家の近所にある神社がかすむ規模だ。
「すごいな……これが実家なのか」
「はい。家も境内も無駄におっきくて不便ですよ。掃除も大変で。ふるーい家ですからね。せっかくですから本坪鈴鳴らしてきます? お参りもして。もしかすると御利益あるかも」
「本坪鈴? あ、あのガラガラってそんな名前なの?」
「ですよ。名前知ってると神社の娘っぽいでしょ?」
「そこは疑ってないけどね?」
「ほらほら、行きますよ!」
神社の境内を押されながら進む。
そこはさすがに神社の娘、道のど真ん中ではなく、端を歩かせた。
賽銭を入れ、案内板にあるとおりに礼を繰り返す。
金額は五円。ご縁があればいいと思った。日向は入れなくてもいいと言っていたが、そこは最低限の礼儀だ。
「まだご縁を望むんですか。私との縁はばっちりなのにっ?」
「縁ってのは恋愛だけじゃないんだよ。勉強とか、そういうのもある。小笠原の前で言うことじゃないかもしれないが、信じてはいないんだけどさ」
「私は最近信じてますよ?」
「なんで? というか信じてなかったのか」
「別に神社生まれだからって、無条件に信じるわけじゃないですって。でも最近は信じてもいいかなって。――先輩に会えたから。私いま結構幸せだなぁ、って思えてて」
「そ、そういうこと言うなよな……」
「先輩顔赤いっ! ついに陥落しちゃいました!?」
「夕焼けのせいだ……!」
今まで、日向のラブコールは受け流すことができていた。
信じていなかったから。
好きでもない相手から言われても嬉しくなかったから。
でもそれができなくなってきている。
本気で受け止め始めている自分が居る。
「そだ、本当は先輩には見せるつもりなかったんですけど、特別に見せてあげます」
隔絶された空間のように、神社の中は音がしない。
響く音は、敷き詰められた白い砂利の鳴る音と、ふたりが話す声だけ。
夏だというのに虫の声もしなかった。
二人きりの特別な世界のようだと日向は口元を緩める。
日向は境内の隅にある、おみくじなどを授与する売店のような場所に向け歩いていく。
指をさしたのは、絵馬がたくさんかかっている場所。隣にはおみくじを結びつける場所もあった。
日向は絵馬の山の中から一枚を見つけ出し、春樹に見せる。
「えーと、これだっ」
「ん……?」
『緑川先輩と結婚できますように 小笠原日向』。
「こ、これ……」
「願い事ですよ。初恋の相手と結婚するとか、すごくロマンチックじゃないですかっ?」
丸っこい字で書かれた願い事は、赤面せざるを得なくなるようなもの。
「お、お前なぁ……こんな人の目につくところに何書いてるんだよ……」
「絵馬っていうのはそういうものですよ? たくさんの人に祈ってもらって、成就を祈るものですから。これに関しては神様に見せるものではなかったり。リアルなところでは決意表明みたいなものですかね」
「そ、そうなんだ?」
「ですです。私は願い事はいつも書いてますよっ」
願い事。
俺との結婚を。
そこまで……。
やっぱりこのいい加減な関係はダメだ。
せっかく俺を好いてくれるようないい人を傷つける。
「な、なぁ――」
春樹は言葉にしようと思った。
このままではダメだ。
だがしかし、決心は水を差される。
「仇敵が自ら我が領域に足を踏み入れようとは……神よ、感謝します」
「お父さん!?」
日向の父、雄一郎がさすまたを持って現れた。
神主らしい格好をした中年男性。
あからさまな敵意を浮かべた男は、砂利の上でもほとんど音を出さず距離を詰めてくる。
さながら薙刀の有段者の動き。
「ちょ、ちょっと待って、誤解です! というか誤解解けたんじゃないの!?」
「誤解ぃぃぃ……? お前は日向と二人でいた。それが何よりの証拠だろうがぁっ! ちょっと真面目っぽいからって、簡単に交際が許されると思うなよぉ!?」
厳かな境内で春樹は追い掛け回される。
中年といえど親の愛という武器を持つ父は早い。
本ばかり読んでいる春樹は、若さのアドバンテージを持ちながらも距離を詰められ始めた。
その時、日向が会心の一撃を父、雄一郎に向け放つ。
「お父さん、ウザいっ!」
「う、う、ウザい!? 父さんが、父さんがウザい!?」
「ウザいよ……先輩は参拝して絵馬見てただけだし、――まだ付き合ってもいないもん」
テンションが高いのは遺伝だな……。
この父にして娘有り。
「お、お前は帰れ! わ、私は娘と大事な話がある!」
「せ、先輩ごめんなさい……またあとで連絡しますっ!」
「わかった! 今日はありがとう、楽しかった!」
春樹が手を振ると、日向はにっこりと笑う。
心のザワつきが大きくなっていくのを感じながら、春樹は走って帰途を辿る。
酸欠になりたかった。頭の活動を少しでも抑えられるように。
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