後輩が『奴隷でもいいから付き合ってっ!』とグイグイ来るようになってから、モテ期がまとめてやってきたのだが

火野 あかり

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第六話 ねぇ、気づいてる?

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 翌日の日曜日、春樹はひとり本屋に来ていた。
 いつも来ている本屋だ。それほど大規模書店というわけではないのだが、昔から来ているということと、落ち着いた空気がお気に入りの場所である。
 昨今流行りのカフェ併設型の本屋は、春樹の趣味には合わない。

 活字で頭をいっぱいにしたい気分だった。
 そうでないと頭の中が日向のことでいっぱいになる。
 百合川葵のことは今でも好きだが、それもわからなくなるほどに毎日が変わっていた。

 文庫本が並んだコーナーで、いつものように表紙を眺め、気になったものの冒頭を読む。
 一般的な高校生でしかない春樹は、小遣いも一般的。気になったものを片っ端から買えるような経済力はない。吟味に吟味を重ねるのが常だ。

 しばらくそうしていると、聞き覚えのある声が隣から聞こえる。
 振り向いてみた春樹が見たのは一条八宵、――委員長だ。
 
 ロングスカートに少しおしゃれなシャツの大人っぽい見た目に、トートバッグを肩からぶら下げていた。
 存在感のある胸のせいで余計に大人っぽく見える。
 髪もいつものように垂らしてはおらず、ひとつにまとめて肩にかけ、前の方へ持ってきていた。
 赤いメガネがいつも以上に輝いて見える。

 醸す色気はいつ見ても同級生には見えない。少し年上の女性のようだと思う。
 胸は春樹が観測した範囲では、小学生の頃から大きかった。
 そのせいで男女の違いを意識してしまい、遊んだり話すことは少なくなっていったのである。

 幼少期は毎日のように一緒に遊び、近所であるお互いの家をしょっちゅう出入りしていたのに。


 ――この出会いは偶然ではない。
 春樹がこの本屋を行きつけにしているのを知っているから、八宵は待ち伏せていたのだ。
 昨日、春樹が日向とピクニックデートに興じていたときもいた。結果は待ちぼうけ。

 とにかく話すきっかけが欲しかったのだ。
 日向という強力なライバルの出現で、八宵の中には激しい焦燥感があった。

 作為的な必然的偶然に気づかれないよう、たまたま見かけたかのように声をかける。
 春樹は鈍感だ。不審に思っても、気にはしないだろう。そのことを八宵はよく知っていた。
 
「ハルくん……?」
「おお、八宵。どうした、こんなところで」
「本屋さんだからね。本を見に来る以外の用事はあんまりないよ?」

 本当はハルくんに会いに来たんだよ。
 ――言えるはずもない。
 言えたなら、春樹のとなりにいるのは日向ではなく八宵だっただろう。

「だな。俺もだ。何か面白いのでもないかなと」
「――小笠原さんは?」
「なんで小笠原? 今日は日曜日だぞ」
「でも、昨日はピクニックしてたって。デートだったんでしょ?」
「――なんで八宵がそのことを?」

 質問はしたが、答えはわかっている。

「昨日ハルくんのお母さんに会ってね。その時に聞いちゃった」
「ほんとに下世話なおばさんだ……デートってわけではないよ。ただ公園で弁当食べて、あいつの家の神社に行っただけ」
「デートだよ、それは。――楽しかった?」

 言わないで。楽しかったなんて、言わないで。
 ――八宵の祈りは届かない。

「まぁ、な。神社ではあいつの父親にさすまた持って追いかけられたけど」
「『うちの娘は渡さん!』みたいな感じかな。賑やかそうだもんね、小笠原さんの家」
「想像以上だと思うぞ。騒がしいのは遺伝らしい」

 春樹が面倒そうに言う姿が、八宵の心をかき乱す。

 本心から面倒だと思っていない。
 長い付き合いだ。言葉にされなくてもなんとなく分かる部分がある。
 これは照れ隠しだ。

 正直なのは、必ずしもいいことではない。
 聞かなければよかった。いや、最初から聞くべきではなかった。
 それでも気になる。
 自分との差を知らなければ、あのライバルに肩を並べることはできないのだから。

「――小笠原さんって、可愛いよね。元気だし、素直。ハルくんもどきっとすることあるんじゃない?」
「ない、とは言わない。だけど、あいつはなんか勘違いしてるだけなんだよ。初恋とか言ってたから。たまたま俺にそう思っただけで、きっと好きでも何でもない。鳥の刷り込みみたいなもののはずさ。俺がモテたりするはずがない」

 本当に、鈍感。
 ハルくんがモテるのは、今に始まったことじゃないよ。
 ずっとハルくんのことを好きな子が、すぐそばにいるよ。
 ――言えない。

 春樹に気付いて欲しい。
 好きになって欲しい。
 自分から言い出せるほど、自信がないからだ。

 日向を羨ましいと思う。
 あんなふうに自分の気持ちを素直に言えたなら、どれほど楽なのか。
 拒絶されても前に進める精神力があるなら、どれほど幸せなのか。
 
「私はそうは思わないけどなぁ。ハルくんいいところいっぱいあるもん。――好きになっても仕方ないと思うよ?」
「八宵までそんなことを……最近褒められすぎて怖くなってきたぞ。もしかして俺そろそろ死ぬのか?」
「みんなが気づいちゃっただけ。それだけ。――ねぇ、ハルくんは気づいてる?」
「な、何に?」

 少し下から覗き込んでくる八宵に、春樹は顔を背けた。
 腰を曲げて屈んでくるので、胸元が開いていたのだ。
 顔を見ることはできない。

 ご、ご立派で……。

 グラビアアイドル顔負けの存在感だ。
 白く、見ているだけでもわかる柔軟さ。
 うっすら見えてしまった谷間に、指を挟みたい衝動を覚えてしまった。

 ――あの人先輩のこと好きですよ。

 日向の言った言葉が反響し、冬樹の中で大きくなる。
 そうなると、今までスルーできていたことまでができなくなってしまう。

 小学校からずっと一緒の学校の幼馴染。
 親同士も仲がよく、当人同士も趣味が合うので、話は合う。
 それに、八宵は八宵で男子人気の高い女子だ。
 おっとりぎみで、落ち着いていて、春樹の知る限りでは男の影もない清楚な存在。
 それなのに体は異様に扇情的。コアなものを持っていない限り、誰だって気になる。春樹も例外ではない。
 好きか嫌いかで言えば間違いなく好きだ。

「ううん、なんでもない。本屋さんで話すのも迷惑だし、どこか静かなところで少し話さない? 高校に入ってからは学校以外であんまり話してないよね」
「あ、ああ、そうだな。久しぶりに本の話とかもしたい。こういうのは八宵くらいしかできないからな」
「そうだね。――私だけ」

 変な言い方だなと引っ掛かりはするも、深くは考えず、本屋の外に出て手近な飲食店に入る。
 ハンバーガーのチェーン店だ。
 一人で飲食店に入ることに抵抗がない春樹は、たまに一人でもくる場所でもあった。

「おしゃれなカフェとかの方がよかった?」
「ううん。そ、それはちょっと恥ずかしいから」
「恥ずかしくはないだろ。割と普通だ」
「そういうことじゃないんだけど……」
「――どういうこと?」

 デートっぽいからだよ。
 八宵は平然とした顔の春樹の顔に無言で投げつける。
 
 いくら幼馴染とは言え、二人きりで休日を過ごしていて春樹は何も思わないのだろうか。
 そんなに魅力ないのかな……。
 
 春樹も意識はしていた。
 むしろお互いに成長期を迎えてからというもの、意識しっぱなしだ。


 その後、ふたりは最近読んだ面白い本の話をした。
 前までは図書委員の誰かとすることが多かったのだが、最近は日向と当番なので話すことは少ない。図書委員でありながら、日向はほとんど本を読まないらしいからだ。

 思えば最近は日向とばかり一緒にいる気がする。気がするというより、実際その通りだ。
 すっかりハイテンションなペースに巻き込まれてしまっている。

 久しぶりに穏やかな時間を過ごし、春樹は夢中になった。
 読んだ本の感想やセリフなどを言葉にすることで、それらが身近になる感覚が好きなのだ。


 気づけば時刻は夕方を回っており、飲み物も二杯目を購入するくらいの時間が経過していた。
 
「あ、雨……」

 八宵が窓の方を見て、ぼそっと言う。

 春樹は背中側が窓なうえ、話し込んでいて気付かなかったが、外のほうを見ればガラスに何本も透明な糸のように雨が張り付いていた。
 空は暗く、どんよりだ。
 
「うわ、マジか。傘なんて持ってないぞ。しかもしばらく続いて、もっとひどくなるっぽい。明日の朝までだって」

 スマホで天気予報を確認してみたものの、すぐに止んだりすることはないらしい。
 
 どうやって帰るか。
 最悪濡れて帰ってもいいかと春樹は思うが、心配なのは八宵だ。

「八宵はどうする? 傘買ってこようか?」
「あ、大丈夫だよ。折りたたみ傘いつも持ってるから」
「そうか。ならよかった。悪いけど、もっとひどくなる前に帰るね。これ以上はちょっとキツイ」
「あ、――う、うん。気をつけてね」

 春樹はトレーを片付けて、小走りで帰っていく。
 ひとり残された八宵は、鞄から取り出した水色の折りたたみ傘を見ながら、自分の勇気のなさに歯がゆさを覚える。
 視界がぼやける。室内なのに、雨が目に入ってしまったかのようだった。

 せっかく家が近いんだから、一緒に帰ろうよ。
 ――小学校の時みたいに相合傘で。

 きっと小笠原さんなら簡単に言うんだろうな。
 怖いとか、嫌われるとか考える前に言えるんだろうな。

 私は怖い。
 幼馴染の枠組みの外に出るのが怖い。
 もしフラレたら、もう友達でさえいられないかもしれないから。
 こんなふうに本の話をするのも、一緒にご飯を食べるのも、『八宵』と名前で呼んでくれることも、何もかもが終わってしまうかもしれないから。
 
 ねぇ、気づいてる?
 ハルくんが綺麗だって言ったから、今も髪を伸ばしてるの。
 
 ねぇ、気づいてる?
 私が本当は本なんか好きじゃないってこと。

 ――ねぇ、気づいてよ。
 ずっとずっと好きなのに。


 降りしきる大雨の中、八宵は傘をささずに帰った。
 夏の暖かな優しい雨が、誰にも見られたくない顔を覆い隠してくれるとわかっていたから。
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