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「それは……進路のためだよ」
「進路のため?」
吸血鬼を装っていた少女の口から飛び出したのは、ごく現実的な言葉だった。
「うん。あたしね、高校を卒業したら演劇の道へ進みたいんだ。昔から、あたしお芝居が大好きで……」
と、麻理亜は語り出す。
きっかけは、小学生の時に父親に連れられて観に行った舞台だったらしい。
その舞台を見て、麻理亜は子供ながらも、役者たちの躍動感ある演技に惹きつけられ、とても興奮し感動したんだという。
その興奮はいつまでも経っても収まらず、観劇の夜、麻理亜は結局、眠ることなく夜を明かした。
そんな原点から始まって、麻理亜は、自分の演劇への思いを熱心に正義に話して聞かせる。
手振り身振りも加え、一生懸命に。
演劇について語る目の前の少女は、生き生きとしていた。
とても楽しそうだった。
そんな麻理亜を、正義は羨ましく思う。
(本当に、芝居が好きなんだな……)
それが嫌というほどに伝わってくる。
自分には、そこまで執着できるものも、大好きなものもない。
また少し負の気持ちに引き摺られそうになりつつも、正義は麻理亜の話に耳を傾ける。
「……それで、あたし、演劇の専門学校の入学試験を受けたんだ。でもね、その学校ってものすごい倍率だし、正直受かるとは思ってなかったんだけど……」
「ところが、合格しちゃったんだね」
「うん! 自分でもビックリしたんだけど、受かったの。あたし、もうとっても嬉しくて! でも……」
急に、麻理亜の声のトーンが下がる。
「どうしたんだい?」
「実は、その学校……パパには内緒で受験したんだ。だから、受かったのは良かったんだけど……パパに怒られて、入学を許してもらなくて……」
なるほど、麻理亜の父親は、彼女の決めた進路に反対しているわけか……。
進路に関連しての、親子の衝突。麻理亜父子の間では、今それの真っ最中なのだろう。
ただ、そのことと吸血鬼の振りがどう結びついてくるのか、正義にはまだ分からなかった。
「それでね、あたし……パパと大喧嘩しちゃって……」
「その喧嘩の末に家を飛び出してきた、ってわけ?」
「違うよ、そんなんじゃないよ。前にも言ったでしょう、あたしは家出少女じゃないって。そうじゃなくて……言い合いの時に、熱くなっちゃって、つい……勢いで、ポロッと言っちゃったの」
きっと、売り言葉に買い言葉といった感じだったのだろう。
なんとなく、話の流れが見えてきた。
答えの見当はついたけれど、
「なんて?」
と、正義は訊く。
「それが……。だったら、あたしの本気と実力をちゃんと示すことができたら、認めてくれる?って……」
どこか申し訳なさそうに、麻理亜は言った。
つまり……。
「その本気と実力を示すためとやらの相手役に、僕は選ばれたっていうわけだ?」
「うん、まあ……他に相手が思い浮かばなくて……。知り合いじゃ、お話にならないでしょう。だからって、まさか赤の他人に、ってわけにもいかないし……」
「それで……義理の兄になる、僕?」
「……そういうこと。最初は、その条件もパパには全然相手にされなかったんだけどね……でも、そこに美菜子さんが助け船を出してくれたんだ」
「…………」
また、母親の名前が登場した。
「──いいじゃない、やらせてあげたら、って。美菜子さんがそう言って、あたしの味方になってくれて。あたしと一緒になって、パパを説得してくれたの。それで、パパも折れてくれて……」
笑顔で自分の母親の名前を口にする麻理亜に、正義はなにか苛立ちのようなものを覚えた。
けれど、わずかな残滓を残しただけで、それはすぐに消えてしまう。
「で、どうなったんだ?」
正義は訊ねた。
「パパがチャンスをやるって。そこまで言うんなら、お前の実力を見せて見ろって。その条件というか……課題が、正義さんにあたしが吸血鬼だって信じ込ませることだったの。もし、それを10日間バレずに続けることができたら、入学を認めてやるって……」
「そう、君のお父さんが言ったの?」
うん、と麻理亜が頷く。
「…………なあ、麻理亜。それって、本当にチャンスなのか。僕にはどう考えても、君のお父さんは端から入学を許す気なんてない、って思えるんだけど……」
相手に自分を吸血鬼だと信じ込ませるだなんて……。
……あまりにも馬鹿げている。
そんなの、相手が子供でもない限り、普通は誰も信じないだろう。相手にもされないに決まっている。
そんな無茶苦茶な課題を出すなんて、麻理亜の父親の真意は火を見るよりも明らかだ。
どう考えてみたって、彼女の専門学校への入学を許す気があるとは思えない。
課題をクリアしたら、入学を認めてやるだなんて……。
巧妙で卑怯な、麻理亜の言葉を逆手に取った父親の最終否定だ。
麻理亜から言い出したことだ。それを譲歩してやると言われれば、どんなでたらめな条件だって、彼女は嫌とは言えないだろう。
それを分かってて……。
譲歩なんて、見せ掛けもいいところ……チャンスなんて嘘だ。
「まんまと騙された僕が言うのもなんだけど……麻理亜、それって絶対……」
「──わかってる。あたしにも、それくらいは分かるよ」
正義の言葉を途中で遮り、麻理亜は言う。
「でもね、可能性はゼロじゃないでしょう。限りなくゼロには近いと思うけど、100パーセント不可能ってわけじゃないでしょう?」
もちろん、今の正義にはその言葉を否定できない。素直に認めるしかない。
「だったら、やるしかないじゃない。ほんの少しでも可能性があるんなら、チャレンジしなきゃ。そんな簡単には諦められないよ。
それに課題に合格すれば、今度はパパも認めないわけにはいかないでしょう。これって、逆に絶好のチャンスとも言えるでしょう」
……どこまでも、前向きな言葉。
正義とは、逆な。到底、自分には持ち得ない方向性だ。
きっと、この娘の心の中は自分とは違い、真っすぐなもので溢れているのだろう。
太くて、真っすぐな一本道。彼女の心の真ん中には、そんな道が走っているんだと思う。
「それにね……十年以上も、父一人娘一人の二人でやって来たんだもの。やっばり、パパのこと嫌いになりたくなかったから……。だから、あたし、最終試験だと思うことにしたの。とびっきり難しい、最終試験だって」
言って、麻理亜は微笑んだ。
……なんて優しい娘なんだろう。
そして、強い。心の中にしっかりと芯を持っている。
「……で、君はその試験に合格した。その賭けに勝った……」
目の前の笑顔は、正義にとっては眩しすぎるものだった……。
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