主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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君が、私を、目覚めさせた

勇者は次代へ託す者

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「怪しいとこっていやぁ本棚か机くらいだろうけどよ、どーしたもんかねぇ。」

トールは本棚の前で腕を組む。
日記に書かれていた内容は、『触れると魔力を吸い取られる感覚があった』こと、『浄化の魔力保持者以外触れることが出来なかった』こと、それから『暗闇写し』という名前のみだ。
トールは本棚に並ぶ本の背表紙をなぞる。おかしな点は無い。

「写し、写し…。流石に写本は安直過ぎるか?」

その中のひとつを手に取ってみると、どうやらそれは小説のようだった。手紙の書体と似通っていることから同じ時代のものだということが分かる。しかし、最低でも千年は超えるであろうはずなのに朽ちることなく古くもなっていないままそこにあることに違和感を覚えつつも、今考えても分からないことに思考を回している余裕はなく、トールは本を本棚へと戻す。

「暗闇は何を指してる?写しの意味も、日記からは読み取れなかった。」

盗賊であるトールは、触れれば何が貴重なものであるかが分かる。それを盗めるかどうかもなんとなくだが分かる。しかし本棚からは何も感じ取ることができなかったのは、レベルが足りないのか、それともここには何も無いのか。

トールは溜息を吐いて、ベッドへと腰掛けた。ぎしりと音が鳴る。こちらもやはり、はるか昔のものとは思えないほど普通のベッドであった。

「そっちは何か見つけたか?」

「めぼしいものは何も。浄化の魔力保持者でなくとも、目には見えるのですよね?」

机を調べていたエミリーがトールの声に顔をあげる。

「あぁ。仲間からの所感も書かれてたからな。」

「姿形が分からないものを探すというのも難しいですわね。…あら?トールさん、こちらの鍵開けをお願い致します。」

引き出しの1番下に手をかけたエミリーがトールを呼ぶ。ここだけ鍵がかかっているようだった。

「お、当たりか?」

「まだなんともいえません。」

トールが手を動かす。またカチリ、と音がして鍵が解けた。

「…?何も、無いですね?」

鍵を開け、引き出しを開いたはずなのに、そこには何も無かった。手を入れても空気しかない。隠し収納スペースも見当たらない。
どういうことなのだろうと首を傾げつつ、エミリーが引き出しを閉じれば、またカチリ、と音がした。

「元々はここにあったが誰かが持ち出したってことか?」

「なるほど。可能性はありますね。浄化の魔力保持者であれば手に取ることは出来ますし。ですが、どうなのでしょう?11代目の日記以降、この隠し部屋や『暗闇写し』についての記載はありませんでした。」

「全部書く必要はねぇが、勇者の日記は次代への指南書を兼ねてる。だから、もし『暗闇写し』を手にするもしくは使ったのならば何某かの記載がありそうではあるんだが…。」

「では誰かが11代目の日記を読み、こちらに来たということでしょうか?」

「可能性は無くはないが、勇者の日記は禁書に指定されているのに加えて厳重に保管されている。忍び込むことは不可能に近いし、あの場所の解除方法は王にしか知らされない。王を脅して開かせたとしても、本を手に取ることすら難しいんじゃないか。」

「どうしてですか?」

「…あの場所にいると、ずっと見られてる感覚がある。審判されている、の方が近いな。あの場から何かを盗むことは俺には無理だった。本も知識も同様にな。あそこで本を手に取れるのは勇者しかいない。アレは多分2代目だ。精霊の祝福か、本人の強い意思かは分からんが、勇者を見極めてるんだろうよ。3代目からは意図して旅の情報が落とされてたしな。」

だからヴィオレットが目覚めてから初めて読んだという言葉に驚いたのだ。
どうしてヴィオレットが読まずに旅に出たのかと疑問に思ったが、すぐに王の顔が浮かんであぁなるほどとトールはひとり納得した。

「勇者を…。ですが、ヴィオはもう勇者の称号は消えたと。」

「そうなんだよなぁ。元勇者とはいえ、今ヴィオは勇者じゃない。だが俺の感覚ではあそこは勇者以外を排除する場所だ。これは憶測になるが、ヴィオが言った言葉を覚えてるか?」

「え?」

「ヴィオがマリーを助けるって決めた時、『私の物語はまだ終わっていない』って言ってたんだ。勇者は魔王となり生涯を終える。だが、ヴィオはまだ生きてる。勇者にも魔王にもなったのにな。結局、称号なんざ後付けに過ぎないのかもしれん。」

「なるほど。ヴィオがヴィオであるから、その保管場所でも問題無かったということですね。」

「多分な。まぁこんな話しといてあれだが、もしあの視線をものともせず盗み読めるやつがいたとか、勇者の称号持ちで『暗闇写し』について書く前に死んじまったとかならもうどうしようもねえよ。」

勇者の日記は勇者の称号が消えた、もしくは旅の途中で死亡(仮死状態は含まない)した場合、あの場所に保管されるよう返還魔法が掛けられているのだ。当然ヴィオレットのものもあの場所にはあった。書庫に持ち出しされたそれは日記と呼ぶには少し堅い、業務日誌のようなものだったが。

「それは、ええと、」

なんと言えばいいのか分からずに困った表情のエミリーに、トールは首を振る。

「聖職者のあんたに振る話題じゃなかったな。とにかく、ここから持ち出された可能性は低いって話だ。11代目は万が一を考えて何処かに移したのかもしれねぇ。この部屋の何処かに。」

トールはベッドから立ち上がり、辺りを見渡す。

「っつっても、本棚にはそれらしいものは無かった、と思う。机も特に無かったんだよな?」

「えぇ。この鍵付きの引き出し以外は。」

「となると後はベッドしかないんだが…。エミリー、ちょっと離れてろ。」

「?分かりました。」

ベッドをじっと見つめたトールが、何かに気付いたようにエミリーに指示を出す。エミリーは不思議そうにしながらも、指示されるままに隅へと移動した。

「このくらいでしょうか?」

「あぁ。念の為そこから動くなよ。」

トールはそう言うと、ベッドを持ち上げて放る。木製のベッドは大きな音を立てて倒れた。

「トールさん何を!?」

「…ビンゴだ。」

驚きに目を瞬かせるエミリーが駆け寄る。トールは床にあるソレを指さす。

「これは…。」

「なるほど。『暗闇写し』とは言い得て妙だな。」

トールが指し示す指の先にあるのは、何かの紋章が刻まれた大きな鏡、のようなものだった。しかしソレは鏡であることは分かるのに、暗闇のみが這い出して来るかのように写し出されている。覗き込んでも、何も見えない。

「ゾッとしねぇなぁ。これを運ぶのかよ。」

禍々しいそれを見て、ここに来たのがヴィオレットではなく己であったことにトールは柄にも無く安堵した。
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