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第1章 神宮 透子のラプソディ

6 静寂の奇襲

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「油断しすぎだぜ。魔女ごときの結界が、俺たちに通用するとでも思ってたのか?」

 赤毛の男が剣を引き抜くと、透子ちゃんは被さるように倒れこんできた。

「そんな、馬鹿な……私の結界はそんなやわじゃ……」
「残念だったな。相手が俺だけだったらもう少し誤魔化せたかもしれないが、今回はその手の探知が得意なやつがいたからな」
「アンタだけなら朝までかかってたかもね。この子、魔女にしては上等な結界だったよ」

 私は全く気づかなかった。
 赤毛の男とフードの女の人。私たちは既に見つかっていたんだ。

「透子ちゃん! 透子ちゃん……!」
「だい、じょうぶ……大丈夫、だから……」

 血は止まらない。
 見る見るうちに、セーラー服は真っ赤に染まっていく。

「もう鬼ごっこはおしまいだ。どの道その女はもう助からねえよ。さあアリス、俺たちと一緒に来い」
「何なの? あなたたちの目的は何!? どうしてこんな酷いこと……」
「あなたには説明しても仕方のないことだよ、アリス。今の、あなたには」
「何、それ……全然わかんない」

 透子ちゃんは何も悪くないのに。何にも悪いことしてないのに。
 透子ちゃんが傷つかなきゃいけない理由が、私にはわからない。

「そいつを放すんだアリス。どうせもうじき死ぬ。せめて俺が早く終わらせて────」

 その瞬間、赤毛の男との間に激しい炎が立ち上がった。
 弱々しい足取りで透子ちゃんは立ち上がって、私を庇いながら僅かに距離をとった。

「てめぇ、まだそんな力が」
「下手くそ。心臓一突きにしないからよ」
「透子ちゃん!」

 透子ちゃんは無理矢理に作った笑顔で私に振り返る。
 額から滴る汗と青白い顔が、透子ちゃんの無理を表していた。

「無理するだけ無駄。あなたは魔女にしては手練れみたいだけれど、流石のあなたでも、私たちの相手をしながらその傷を治すのは無理でしょう。精々外見を塞げるか。そんなことをしてもあなたには何の得にもならないよ。大人しく死んでいた方が楽だよ」
「得とかそういう問題じゃないのよ。私は、アリスちゃんを渡すわけにないかないの。この子の自由を……あなたたちなんかに奪わせやしない」
「もう……もういいよ、透子ちゃん」

 立っているのもやっと。脚は震えているし、魔法だってこれ以上使えるかわからない。
 こんな状態でもう無理なんてして欲しくない。

「よくなんかないのよ、私が。私は最後まで足掻くわ、何があろうとも。安心してアリスちゃん。私、逃げ延びるのだけは自信あるの」
「そうか。なら精々そうしてみろよ!」

 赤毛の男が突撃してくる。
 透子ちゃんは障壁を張ってそれを防ごうとするけれど、障壁は剣の一振りで破られてしまう。
 炎を放とうが障壁を張ろうが、そのことごとくを赤毛の男は打ち破る。

 透子ちゃんには、もうその場を動く力なんてなかった。
 目の前まで迫る赤毛の男に為す術もなく、その首に剣をあてがわれても抵抗できなかった。

「ゲームセットだ。どの道、魔女であるお前に生き残る選択肢なんてない。もう諦めろ」

 形勢逆転なんて、もうしようがなかった。
 逃げ場もない。私たちは今度こそ追い詰められてしまった。

「魔女のお前がどうしてアリスを狙ったのかしらねぇが、そんなこと俺たちが許すわけがねぇ。お前たちは生きてちゃいけねぇんだよ。存在しちゃいけねぇんだよ。そんなお前が、俺たちの大事なアリスに手を出して、許されるわけねぇだろうが!」

 剣に炎が灯る。

「今回はアリスを抑えるのが最優先だったからな。それができればお前のことなんてどうでもよかったが、もうそういうわけにもいかねぇ。お前はここで、俺が殺す! 完膚なきまでに殺しつくしてやる。お前が生き残る隙なんて、一つも残さねぇ」
D8ディーエイト! そのくらいにしなさい。アリスが……見てる」
「……あぁ。わかってる」

 フードの女の人に呼び止められ、D8と呼ばれた赤毛の男は剣を振りかぶった。
 透子ちゃんは動かない。俯いたまま、もう抵抗も反論もできないみたいだった。

 止めないと。私がどうにかしないと、透子ちゃんが死んじゃう。
 でも、足が動かない。声が出ない。すぐ目の前にいるはずの透子ちゃんに、手が伸ばせない。
 私は怖かった。これから起こることが怖くて。
 行動しなければそれでもう終わってしまうのに、それでも、怖くて動けなかった。

 勝敗は決していた。
 大怪我を負って追い詰められた透子ちゃんには、もう何もできない。
 無力な私と満身創痍な透子ちゃんに対して、相手は無傷な魔法使い二人。
 この場にいる誰もが同じ結末を見ていた。

 ────透子ちゃん以外は。

 D8がまさに剣を振り下ろそうとした瞬間、透子ちゃんの目が煌めいたかと思うと、衝撃波のようなものが放たれた。
 反撃が来るとは思っていなかったのか、D8はその衝撃波を正面から受けて大きく吹き飛んだ。

 覚束ない足取りで一歩前へと進んだ透子ちゃんが、私との間に炎を走らせて壁を作る。
 メラメラと揺らめく炎の向こう側で、透子ちゃんは力なく微笑んでいた。

「あなたは、私が……」

 魔法とは何の関わりのない私でもわかるほどに、透子ちゃんの周りには力が集まっていた。
 まるで最後の力を振りしぼって大技を放つかのように。

 そして吹き飛んだD8が体勢を整えるまでの僅かな時間で、透子ちゃんは反撃に出た。
 溜め込んだ力を一斉に放出するように、何か大きな魔法を今まさに繰り出そうとした、その時。

「今回のあなたの失敗は────」

 四つの光の刃が、透子ちゃんをその場に張り付けるかのように突き刺さった。

「相手が二人いることを忘れていたこと。まぁ普通、魔女狩りは徒党を組まないもんね」
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