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幕間 交差する思惑

2 わんだ〜らんど

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 加賀見市内で一番栄えている加賀見市駅前からしばらく歩いた所に、一棟派手な建物が立っている。
 栄えているとはいえ地方都市。駅前から離れれば街外れも同然だ。
 周囲は一気に閑散とし、明かりは少なく人気もなくなる。

 そんな静かな街並みにそぐわぬ、派手な装いの建物。
 西洋風の城を模したその外観は、まるでテーマパークから一棟だけ建物を持ってきてしまったような異質さ。
 電飾や大きな看板が掲げられていて、一見目を引くが、それがどういう建物なのか知っている者にとってはあまり大ぴらに眺めるような物でもない。

 ラブホテル『わんだ~らんど』。
 あまり大きな規模ではないが、市内唯一のラブホテルということもあり、利用者は多い。
 そんな『わんだ~らんど』に一つだけあるパーティールームは、三人の魔女が占拠していた。

「ただいま。お馬鹿さん回収してきたよ」

 レイはパーティールームに入るなり肩に担いでいた、未だ意識を失っているアゲハを無造作に床に放り投げた。
 既に大方の再生を終えているアゲハではあったが、その身体に残しているダメージはまだ大きい。
 レイが魔法によって昏倒させたことも含め、その程度のことでは目を覚まさなかった。

「あらあらお帰りなさいレイさん。ご無事で何よりでございます」

 そんなレイを出迎えたのは、ゴシックな黒いドレスに身を包んだ女、クロア。
 腕まですっぽりと覆ったその黒ずくめの服装は、暗めの照明も相まって彼女自身を暗く見せている。
 蒼白とも取れるその白い肌が晒されている顔だけが、浮かんでいるように目立っていた。

 椅子に座って読書に耽っていたクロアは、レイが部屋に入ってくると本をパタンと閉じて立ち上がった。
 放り投げられたアゲハには目もくれず、ささっとレイに歩み寄る。

「姫君は、いかがでございましたか?」
「まぁ概ね順調ってとこかな。アゲハのお陰で少しイレギュラーが混ざったけど、結末は変わらないだろうね」
「あぁ、それを聞いてホッと致しました」

 クロアは胸に手を当てて息を吐いた。
 その姿はまるで子供の身を案じる母のようだった。

「クロア、僕は疲れたよ。膝枕してくれる?」
「えぇえぇ。喜んで」

 溜息交じりにそう言うレイに、クロアはニコニコと笑って頷いた。
 三、四人が並んで眠っても余裕があるであろう、ピンク色のシーツが敷かれたベッドの上にクロアは膝を折って座る。
 長いドレスのスカートをふわりと整えてから、ポンポンと自らの太腿を叩いてみせた。
 レイはニット帽を脱ぎ捨てて、締め付けられていた髪を振りながらベッドに這い上がり、仰向けにその膝に頭を預けた。

「これから、どうなさるおつもりですか?」

 レイのさらさらとした髪を撫でながら、クロアは優しい声で尋ねた。
 レイは気持ちよさそうに目を閉じながら、うーんと唸る。

「アゲハのちょっかいで段階をいくつかすっ飛ばして、最奥が顔を見せていたんだ。一時的、限定的なものではあるだろうけれど、アリスちゃんにかかっている制限が弱まっていることは確かだね」
「最奥……それはつまり、姫君の力の根幹である、あの……?」
「ああ。僕たちワルプルギスの最終目標とも言えるね。けれど、彼女が姿を現せばいいって問題でもない」

 そう言いながら、レイはクロアの手を取った。
 白すぎるほどに白いクロアの手。その細く華奢な指先に自分の指を絡めながら、その手の甲を口元に近付けた。
 どことなく甘えているようなその仕草に、クロアは静かに微笑んだ。

「アリスちゃんにはアリスちゃんのままでいてもらわないと。さっきのアリスちゃんは暴走とも言える状態だったよ。あれじゃあ何の意味もない」
「レイさんは姫君にいたくご執心ですものね」
「それだけじゃない、と言いたいところだけれど。僕の個人的意見が混じっているのは否定できないね」

 ワルプルギスという組織の目的においては、花園 アリスの人格までは眼中にない。
 あくまで彼女たちの目的は、姫君の中に眠る力であり、それが目覚めることなのだから。
 しかし、レイはあくまで彼女が花園 アリスであることを保ったまま力を覚醒させることを望んでいる。
 それが利己的な考えであることを、レイは理解していた。

「ところでクロア。頼んでおいた人探しは順調かい?」
「申し訳ございません。そちらの方はまだ芳しくなく……」
「別に謝る必要はないさ。簡単に見つかるとは思ってない。むしろ簡単に見つかってしまったら意味がないしね」

 項垂れるクロアに優しく微笑みかけ、レイはその顔に手を伸ばした。
 指先がそっと頰を撫で、親指で薄い唇をなぞった。
 くすぐるようなその手つきにクロアは頰を緩ませる。

「けれどが、アリスちゃんにかけられている制限に関わっている可能性は高い。事をスムーズに進めるために、是非とも接触しておきたいところだよ」
「わたくしにお任せください。是非とも見つけてみせますとも」
「頼りにしているよ、クロア」

 レイはそう呟くように言って、クロアの闇のように重く深い髪を掻きあげた。
 クロアはされるがまま、子を慈しむ母のように微笑んでいる。

「魔女狩り、ロード・ホーリー。姿を眩ませた君主ロード。彼女は今一体どこにいて、一体何をしようとしているのか。とても、興味深いね」

 レイはそう呟いて、クロアの首に手を回し、そっと抱き寄せた。



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