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幕間 まだ見ぬ真実へ

5 魔法使いの立ち位置

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 イヴニング・プリムローズ・ナイトウォーカー。
 かつて城仕えである王族特務の魔法使いとして名を連ね、国一番の魔法使いと謳われた生ける伝説の魔法使い。
 ある者は古より生きると噂し、ある者は魔法使いを超越していると噂する。
『まほうつかいの国』において、他の魔法使いに一線を画す大魔法使いだ。

 肩書きこそ君主ロードであるが、その実力は他の君主ロードを寄せ付けない圧倒的なものだった。
 しかしそんな彼女は五年前、姫君失踪と同時期に忽然と姿を眩まし、それ以降の行方を知る者はいなかった。
 それがあちらの世界にいるとわかれば、それはまた別の問題となる。

「どういう経緯、どういう目的かはわからないけれど、姫様はナイトウォーカーの手元にいる。彼女が目を光らせているのなら、まぁ滅多なことは起きないだろう」
「しかし、それだけを理由に姫君を連れ帰らない理由には……」
「なるだろう。スクルドくんはナイトウォーカーと喧嘩、したいのかい?」

 ケインはあくまで朗らかに、しかしその笑みと問いかけは意地の悪いものだった。
 スクルドは顔をしかめ口を閉じた。

 同じ君主ロードの位を持つ者とはいえ、ナイトウォーカーと積極的にことを構えたいと思う者はいない。
 それほどまでにナイトウォーカーは隔絶した力を持っていた。

「……ナイトウォーカーが姫君の身柄を抑えているのなら、何故彼女はそれを国に報告しないのでしょう。国としては、それが一番スムーズだ」
「どうなんだろうねぇ。彼女は昔から何考えてるのかわからなかったからなぁ。姿を消したのだって突然だったし。ナイトウォーカーが姫君を拐かした犯人って線は、もしかしたら濃厚かもしれないねぇ」

 ケインは何の気なしにそう溢したが、部屋の空気は重くなった。
 ナイトウォーカーが姫君の力を封じ、拐かし、そして今現在保護しているのが真実だとすれば、それは最悪の事態だ。
 国一番の大魔法使いが国に叛旗を翻しているとなれば、それを誰が止められるというのか。

「まぁ僕としては、フラワーちゃんって線も捨てきれないけどねぇ」
「強大な姫君の力を封じている時点で、我々を含めた全ての君主ロードと、それに類する実力を持つ者が容疑者と言える。もちろん貴様もだぞケイン」
「そっかそっか。じゃあ最悪のケースのことは考えないでおこうか」

 空いた一席に目を向けて言うケインをデュークスが窘めた。
 ロード・ホーリーもナイトウォーカーも、姫君失踪とほぼ同時期に姿を消したことから、有力な容疑者候補に挙げられている。
 しかしあまりに確証がなく、本格的な捜索には至っていない。
 そもそも姫君失踪という一大事を前に、その他のことへ裂く余力は少なかった。

「とにかくさ、ナイトウォーカーが姫様の近くにいる以上、その身が危険に晒されたり、力がとんでもなく暴走するってことはないだろう。その目的はわからないけれど、王族特務であった彼女が姫様を蔑ろにするとは考えにくい」
「それはそうかもしれない。けれど、彼女の行動が国家の益になるとは言い切れないのでは?」
「まぁそこはそこさ。僕が言いたいのは、今は無理にことを急く必要はないんじゃないのってことさ」

 いまいち納得のしきれていないスクルドに、ケインは押すようにそう言った。
 姫君の帰還は優先することではあるが、急くことではないと。
 その身とその力の安全が確保されているのであればと。

「……しかしそうだとして、今姫君の周りには忌々しきレジスタンスの連中がうろついているそうではないか。それにはどう対処するつもりだ。ナイトウォーカーとて、常日頃から姫君を囲っているわけではないのだろう?」
「あぁその件ね。大丈夫。その辺りもちゃんと探りを入れてあるからさ」

 不貞腐れた顔で言ったデュークスに、ケインはニヤリと笑った。
 相手が女性であれば軽快にウィンクでも飛ばしたであろう調子の良さそうな笑みだった。

「僕実は、ワルプルギスにスパイを置いててさぁ────」
「スパイだと!?」

 デュークスが勢いよく立ち上がり、テーブルにぶつかってガタリと揺れた。
 怒りと侮蔑を含んだ形相で睨むデュークスに、ケインはまぁまぁと手を添えた。

「貴様、魔法使いの身でありながら、下劣な魔女と関わっているのか!」
「使えるものは使う主義なんだよ、僕は。叛逆の限りを尽くすレジスタンスには僕らも手を焼いていただろう? 内側を知るのも重要だぜ?」
「しかしだな、相手は忌々しき魔女だ! 我々高貴なる魔法使いが関わるなど────」
「まぁデュークスさん、いいではないですか。ケインさんが自らの責任でそれをするのであれば。そしてそこから有益な情報が得られるのであれば」

 デュークスを制したのはスクルドだった。
 碧い瞳をケインに真っ直ぐ向け、試すような探るような突き刺す視線を向けた。
 しかしケインはそのような目を向けられてもその笑みを崩さなかった。
 そんな二人を見て、デュークスは口をもごもごと不満を露わにしながらも仕方なく席に着いた。

「……さて。僕が得た情報によると、ワルプルギスは姫君の封印を解く鍵を手に入れたようだ」
「それは、穏やかではないですね」
「まぁそうなんだけどさ。でも考えてみなよ。『始まりの力』はどちらかと言えば魔女寄りの力だ。その扱いは恐らく魔女の方が得意だろう。だから僕はさ、これもまた静観すべきだと思うんだよね」

 スクルドとデュークスの視線がまるで槍のようにケインに突き刺さった。
 重々しく押し潰すような威圧に近い視線だった。
 魔女に、それもレジスタンスであるワルプルギスに姫君を託すなど、魔法使いであり魔女狩りである者の口から出ていい言葉ではなかった。

「おいおい落ち着けよ二人とも。別にワルプルギスに姫様を譲ろうって言ってるんじゃないぜ僕は」
「ケインさん。しかしそう聞こえてもおかしくない発言ですよ、それは」
「そうだな。お前こそが奴らから差し向けられたスパイだと、そう思えるような発言だな」

 殺気立つ二人に向けてケインは苦笑いを向ける。
 しかし気圧されることはなく、堂々と二人を見据えた。

「僕はさぁ、奴らを利用しようって言ってるのさ。もし今僕らが姫様の奪還に成功したとしても、僕らには姫様の力をすぐに解放する手立てはないし、その力を制御することも難しいだろう。けれど奴らが鍵を持っているのなら、解放とその後のコントロールをさせて、最後に姫様が覚醒した時に迎えに行けば、それが一番確実じゃないかって思うわけさ」

 スクルドもデュークスも押し黙った。
 ケインの考えは決して的外れではない。
 それは確かに姫君の力の解放においては楽な道筋かもしれない。しかしその分リスクも大きい。

「しかし、姫君が奴らに手篭めにされたり、或いはその身を脅かされた場合はどうするつもりだ」
「その点はナイトウォーカーがいるから大丈夫だろう。彼女も姫君が良からぬことになることは避けたいはずだ」

 そう答えながらもケインは内心苦笑した。
 デュークスのこの反応と態度は、あくまで外向きのものだ。
 デュークスは自分の研究と計画のことしか考えていない。
 忌々しき魔女の手に『始まりの力』が渡るのは避けたいだろうが、姫君の身を案じる気持ちなどないのだ。
 今も尚、デュークスが姫君抹殺を諦めていないことをケインは知っている。

「確かにケインさんの考えに一理あるのは認めますが、やはりリスクが大きいのでは? 我々の与り知らぬ所でことが進んでは、もしもの時対処できない」
「そこは僕のスパイちゃんに目を光らせてもらうし、逐一報告をするように言ってあるよ。だから僕たちはさ、焦らず事態を正確に見据えるべきなのさ」
「と言うと?」

 スクルドは訝しげにケインを見つめた。
 ケインは何を考えているのか掴みにくい。
 同胞として信頼をしていないわけではないが、しかし腹の中が見えにくいのは不安が残る。
 そんな想いを胸の内に抱きながら、その先を促す。

「姫様の安全はナイトウォーカーが見ている。その力の解放と扇動はワルプルギスがしてくれる。僕たちは来たるべき時、満を持して迎えに上がればいいのさ。寧ろ今下手にちょっかいを出せばえらいことだ。ナイトウォーカーにワルプルギス、そして場合によっては姫様まで。それらを全部相手取った全面抗争をしている余裕なんてないだろう?」
「…………」

 スクルドは押し黙った。そんな姿を見てデュークスも口を開かない。
 一番最初の護送で姫君を取り逃がしてしまった時点で、事態が複雑化することは避けなれなかった。
 そもそも、五年前姫君の力を封じられ拐かされてしまった時点で、もう既に魔法使いは後手に回っている。
 今下手に手を出して状況を悪化させるよりは、事態を静観し、然るべき時に決定打を打つのが得策だというのは確かだった。
 顔をしかめながらも異を唱えない二人の顔を見て、ケインは口の端を上げた。

「穏便にいこうよ。僕は争いごとは嫌いなんだ。だって楽しくないだろう? みんな、仲良くするのが一番さ」

 薄暗い部屋の中、場の空気は完全にケインが掌握していた。
 言葉を上げない二人の態度に肯定を受け取り、ケインはホッと緩やかに息をついた。
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