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第5章 フローズン・ファンタズム

12 模倣に過ぎない

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「ワルプルギスは一体、何をしようとしているんですか?」

 臆していても仕方がないので、私は思い切って切り出した。
 レジスタンスであるワルプルギスは私というお姫様を迎え入れ、その力を手に入れて何をしようとしているのか。
 魔法使いを根絶するというのは過程に過ぎない、つまりレジスタンス活動そのものが過程に過ぎないという話だけれど、じゃあ最終的な目的は?

 私が尋ねるとクロアさんは優しい笑みのままコクコクと頷いた。
 それは子供に尋ねられた母親や教師のような、悠然とした反応だ。
 クロアさんとの年齢差は精々一回りくらいのはずなのに、彼女のその深い余裕さはそれ以上の差を感じさせる。

「リーダー、ホワイトより提示されているわたくしたちワルプルギスの最終目標は、魔女の世界の創生でございます」
「魔女の世界?」
「えぇ。かつての国には魔法使いなど存在しなかったのです。魔道に精通するのは、偉大なる我らが始祖のみでございました」

 クロアさんの語り口はとても穏やかで耳心地が良かった。
 物語を読み聞かせされているように耳を傾けてしまう。
 温かで柔らかい声色は聞くだけで心を落ち着かせる。

「『始まりの魔女』ドルミーレ、ですか?」
「おや、それについてはもうご存知でいらっしゃる。でしたら話が早いですね」

 私が口を挟むとクロアさんはニコリと微笑んだ。
 その笑顔は「よくできました」とでも言うような子供に向けるみたいな笑顔で、なんだか照れ臭いような複雑な気持ちになる。

「かつて太古の時代、魔法は人の手に届くものではありませんでした。魔法に触れ扱うことができたのは、始まりにして唯一の魔女、ドルミーレ様のみでございました」

 そういえばそれに似たような話を、最初の頃夜子さんから聞いた気がする。
 かつて扱うことのできなかった魔法を、研究の果てに手にすることができて生まれた魔法使いたちは、それを崇高で高貴なものだと考えている。
 だからそれをなんの苦労もなく、また粗雑に扱う魔女が憎らしいんだって。
 でも今の話を聞く限り、最初に魔法を持っていたのは魔女ということになる。それでは前提が逆だ。

「些細まではわたくしも正確に把握はしていませんが、ドルミーレ様は亡くなられ、その死後魔法を研究していた人間が扱うすべを知り、魔法使いという者たちは生まれたのです」
「え、ちょっと待ってください。ドルミーレって、もう死んでしまっているんですか?」
「えぇ。おおよそ二千年ほど前のお話ですので」
「二千年!?」

 思わぬ言葉に私は思いっきり動揺してしまった。
 確かに私の中にいる時点で普通の状態ではないと思っていたけれど、まさかそんな大昔に死んでしまっている人だったなんて。
 でも思い返してみれば、以前彼女と会った時、二千年の重みがなんとか……と言っていた気がする。

 だとすると、もしかしてドルミーレというのは死んだ人の心が、ずっと現世に留まっている状態ということ?
 夜子さんは理論上可能だと言っていたし、『始まりの魔女』というほどの強大な存在ならそれも可能なのかもしれない。
 その心がどうして私の中にいるのかはさっぱりだけれど。

「当時の国で魔法は邪悪なるものとして忌み嫌われ、それ故にドルミーレ様は魔女と呼ばれ虐げられていました」

 私が落ち着くのを少し待ってから、クロアさんはゆっくりと続きを語り出した。

「しかしドルミーレ様が亡くなるや否や魔法の研究に手を出し、それを手にするとまるで自分たちの成果のように我が物顔で踏ん反り返るのです。それがわたくしたち、『今の魔女』としては憤りを隠せないのです」

 魔法を理由にドルミーレを虐げていた人たちが、自分たちがそれを手にできればそれを声高々に自慢する。
 確かにそれは見ていて気持ちいいものではない。
 その話を聞く分には魔女たちの気持ちもわからなくはない。

 魔法使いたちの立場からの話を聞く分には、その気持ちもわからなくもないかな、と思っていたけど。
 でもその背景を聞くとなんとも複雑な気分だ。

「あの、『今の魔女』というのは?」

 少し引っかかったワードをすぐさま尋ねる。
『始まりの魔女』であるドルミーレと、今ここにいる魔女たちを明確に区別するような言い方が気になった。

「正確に言いますと、魔女というのはドルミーレ様個人のことを指す言葉なのです。始まりであり唯一の魔女。それがドルミーレ様であられますので」
「じゃあ、今魔女と言われている人たちは?」
「はい、ですので本来であれば魔女という呼称は正しくはないのです。今現在魔女と呼ばれているわたくしたちは『始まりの魔女』の模倣に過ぎず、存在としては別物なのです」
「…………?」

 とても丁寧になるべくわかりやすく説明してくれているのはわかるんだけれど、なかなか理解が追いつかなかった。
『始まりの魔女』ドルミーレと今の魔女の違いって何なんだろう。

「姫様は『魔女ウィルス』がドルミーレ様からいずるものだということはご存知で?」
「はい、それはなんとなく」
「でしたら簡単です。『今の魔女』とは、『魔女ウィルス』によってその存在が『始まりの魔女』に寄っている者のことを指すのです」
「え?」

 こんがらがりそうになっている私を見てクロアさんは頰を緩めた。
 まるで赤子を見るようなその目がなんだか心外だった。
 私の理解力が追いつかないのではなく、話が難しいんだと思う。

「魔女とはドルミーレ様を指す言葉。その魔女に近づいている者のことを今は魔女と呼んでいる、ということです。つまり人を魔女にするから『魔女ウィルス』なのではなく、唯一魔女と呼ばれるドルミーレ様が放ったものだからこそ『魔女ウィルス』と呼ばれるのです」

 穏やかな口調で、しかし今まで私が認識していた事実をゴリゴリと覆していく。
 やっぱり、話や事情は一方向からでは正確に把握できないんだ。

 今まで私が聞いていたのは『まほうつかいの国』で一般的とされている、言わば魔法使い側の話だ。
 でもワルプルギスという魔女の事情に詳しい人から話を聞くと、話は全く変わってくる。

 そのどちらが正しいのか。どちらに是があるのか。
 そしてその話を聞いた上で、どちらが私にとって良いものなのか。
 それはまだまだ判断しかねるけれど、でもやっぱり私はあらゆることを知らないといけない。改めてそう思った。
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