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第6章 誰ガ為ニ
107 時間の無駄
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「これはこれはナイトウォーカー、久し振り。会えて嬉しいよ」
夜子の唐突な登場に僅かに目を開きつつ、ケインは落ち着いた声で挨拶を返した。
「まさか、君が重い腰を上げて出張ってくるとは思わなかったよ、ナイトウォーカー。いや、今の君は確か、真宵田 夜子とか名乗ってるんだっけ?」
「別にどう呼ばれようと構わないよ。私は名前にはこだわらないタイプだからね」
「これは珍しい。魔法を扱う物にとって、自身を指し示す重要なファクターだってのに」
「他人からの呼ばれ方なんてどうでもいいだろう? 問題なのは、自分が自分を何だと思っているかさ」
「なるほど、正論だ」
今の今まで殺し合いが行われていた場とは思えない、なんとも気の抜けた空気が流れた。
まるでずっと前から世間話をしていたように、二人の会話には力がない。
グダッと緩んだ佇まいで呑気な笑みを浮かべる夜子と、先ほどとは打って変わって人懐っこい気さくな笑みに戻ったケイン。
向かい合う二人の様子は、一見すれば旧知の友人の語らいのようだ。
しかし、お互いが相手に対して気を許していないことは、その冷たい目を見れば明らかだった。
空間の重圧から解放されたカノンは片膝をつきながら、そんな夜子の背中を見上げた。
成人女性にしては小柄な体躯に、オーバーサイズの緩み切った装い。
しかしその背中からは、強者の自信と覇気が溢れ出している。
「────そんなことよりだ。流石の私でも、自分ちでドンパチやられてたら呑気に寝てるわけにもいかないさ。お行儀悪すぎだよ、坊や」
「それは失礼。ただね、僕はもう坊やって歳じゃないぜ? もういいオジサンだよ」
「私から見ればどいつもこいつもクソガキさ。坊やだって例外じゃない」
小馬鹿にするように含んだ物言いをする夜子に、ケインはやれやれと眉を上げた。
王族特務、延いては『まほうつかいの国』最強と謳われた魔法使い、イヴニング・プリムローズ・ナイトウォーカー。
彼女からしてみれば自分も子供と変わらないかと、ケインはそう認識せざるを得なかった。
それほどもまでに目の前にいる女は、全てを覆すような存在感を放っている。
ニコニコと穏やかな笑顔を向けつつも、ケインは夜子に対して警戒をせずにはいられなかった。
出方を窺って動きを止めている彼を見てから、夜子は余裕綽々と背後のカノンたちを見下ろした。
「やぁカノンちゃん。間に合ったようで何よりだ」
「ナイトウォーカー……アンタがあの王族特務のナイトウォーカーだったのか……」
「まぁね。でも今の私はみんなが大好きな優しいお姉さん、真宵田 夜子さ」
『まほうつかいの国』に属する魔法使いなら誰でも知る名を耳にして、カノンは驚愕を隠せずにいた。
真宵田 夜子という名に聞き覚えがあるように思えていたのも当然だ。
その名は夜子が国から失踪する以前から、もう一つの名として時折使っていたものなのだから。
驚愕、そして僅かな緊張と共に見上げるカノンに、夜子はさして気にする素振りを見せずに気楽に言う。
その気の抜けた応対を受けて、カノンも細かいことを気にする気分ではなくなってしまった。
ぶんと頭を一回振って、カノンは頭を切り替える。
「すまねぇ助かった。だけどアンタはここを離れた方がいい。奴の狙いは……」
「いやぁ、離れるのは私じゃない、君たちの方だよ」
いやいやと手を振って、夜子は笑みを浮かべながら否定した。
「君じゃあ流石に彼には敵わない。善戦はしていたようだけれどね」
「けど! アタシにはアイツを倒す責任が……!」
「その心意気や良し。だけどねカノンちゃん。勇気と無謀は違うよなんて、そんなベタなことを私に言わせないでよ」
「っ…………!」
飽くまで笑みを絶やさずに言う夜子の言葉に、カノンは返す言葉を見つけられなかった。
代わりに彼女の隣でしゃがみ込んでいたカルマが声を上げた。
「ちょっとちょっと~! それって酷くなーい? カノンちゃんはカノンちゃんなりに、頑固な石頭振り絞って色々考えてるんだからぁー! いくらあの人に敵わないくらい弱っちくってもさぁ、もっと言い方があるんじゃないのぉ~???」
「やめろカルマ。お前の方がよっぽどだ」
ピンと背筋を伸ばして喚き立てるカルマの肩をグイと押し込めて、カノンは制止の声を挟んだ。
遠慮のない物言いに青筋を浮かべつつ、しかし今はそれどころでないと気持ちを抑えて制止だけに留める。
そんな二人を見て、夜子は愉快そうに笑った。
「私は何も、君たちの頑張りを否定しているわけじゃない。あのヘタレに対してスピードとパワーで攻めるのはある意味正攻法だ。それに、君たちなりの想いがあることも承知しているとも。それを踏まえた上で、私は言ってるんだよ」
「どういう、ことだ……」
「君が本当にしたいことはなんだい? 奴をボコボコにすること? それとも、アリスちゃんの友達として彼女を守ること? どっちなのかな」
「そ、それは……」
そんなことは決まっている。
カノンが戦うことを決意したのは、友を守るためだ。
その為に自分にできることを、自分がしなければならないことをしようと思った。
「アタシはダチを守りたい。その為には今回の元凶であるロード・ケインを倒しておかねぇと……」
「君がそれをする必要なはない。君がアリスちゃんを守りたいと言うのなら、いるべき場所はここじゃあない」
「け、けどよ!」
納得のいかないカノンは、ゆっくりと立ち上がりながら声を上げた。
「アタシにも責任ってものがある。つけなきゃいけねぇケジメがある。そう簡単に引くわけには────」
「そういうことはまともな奴を相手にしている時に気にすればいい。奴にそんな感情を向けるのは時間の無駄だよカノンちゃん」
「む、無駄って…………!」
苦い顔をしたカノンの肩を、夜子はポンポンと叩いてなだめた。
夜子の唐突な登場に僅かに目を開きつつ、ケインは落ち着いた声で挨拶を返した。
「まさか、君が重い腰を上げて出張ってくるとは思わなかったよ、ナイトウォーカー。いや、今の君は確か、真宵田 夜子とか名乗ってるんだっけ?」
「別にどう呼ばれようと構わないよ。私は名前にはこだわらないタイプだからね」
「これは珍しい。魔法を扱う物にとって、自身を指し示す重要なファクターだってのに」
「他人からの呼ばれ方なんてどうでもいいだろう? 問題なのは、自分が自分を何だと思っているかさ」
「なるほど、正論だ」
今の今まで殺し合いが行われていた場とは思えない、なんとも気の抜けた空気が流れた。
まるでずっと前から世間話をしていたように、二人の会話には力がない。
グダッと緩んだ佇まいで呑気な笑みを浮かべる夜子と、先ほどとは打って変わって人懐っこい気さくな笑みに戻ったケイン。
向かい合う二人の様子は、一見すれば旧知の友人の語らいのようだ。
しかし、お互いが相手に対して気を許していないことは、その冷たい目を見れば明らかだった。
空間の重圧から解放されたカノンは片膝をつきながら、そんな夜子の背中を見上げた。
成人女性にしては小柄な体躯に、オーバーサイズの緩み切った装い。
しかしその背中からは、強者の自信と覇気が溢れ出している。
「────そんなことよりだ。流石の私でも、自分ちでドンパチやられてたら呑気に寝てるわけにもいかないさ。お行儀悪すぎだよ、坊や」
「それは失礼。ただね、僕はもう坊やって歳じゃないぜ? もういいオジサンだよ」
「私から見ればどいつもこいつもクソガキさ。坊やだって例外じゃない」
小馬鹿にするように含んだ物言いをする夜子に、ケインはやれやれと眉を上げた。
王族特務、延いては『まほうつかいの国』最強と謳われた魔法使い、イヴニング・プリムローズ・ナイトウォーカー。
彼女からしてみれば自分も子供と変わらないかと、ケインはそう認識せざるを得なかった。
それほどもまでに目の前にいる女は、全てを覆すような存在感を放っている。
ニコニコと穏やかな笑顔を向けつつも、ケインは夜子に対して警戒をせずにはいられなかった。
出方を窺って動きを止めている彼を見てから、夜子は余裕綽々と背後のカノンたちを見下ろした。
「やぁカノンちゃん。間に合ったようで何よりだ」
「ナイトウォーカー……アンタがあの王族特務のナイトウォーカーだったのか……」
「まぁね。でも今の私はみんなが大好きな優しいお姉さん、真宵田 夜子さ」
『まほうつかいの国』に属する魔法使いなら誰でも知る名を耳にして、カノンは驚愕を隠せずにいた。
真宵田 夜子という名に聞き覚えがあるように思えていたのも当然だ。
その名は夜子が国から失踪する以前から、もう一つの名として時折使っていたものなのだから。
驚愕、そして僅かな緊張と共に見上げるカノンに、夜子はさして気にする素振りを見せずに気楽に言う。
その気の抜けた応対を受けて、カノンも細かいことを気にする気分ではなくなってしまった。
ぶんと頭を一回振って、カノンは頭を切り替える。
「すまねぇ助かった。だけどアンタはここを離れた方がいい。奴の狙いは……」
「いやぁ、離れるのは私じゃない、君たちの方だよ」
いやいやと手を振って、夜子は笑みを浮かべながら否定した。
「君じゃあ流石に彼には敵わない。善戦はしていたようだけれどね」
「けど! アタシにはアイツを倒す責任が……!」
「その心意気や良し。だけどねカノンちゃん。勇気と無謀は違うよなんて、そんなベタなことを私に言わせないでよ」
「っ…………!」
飽くまで笑みを絶やさずに言う夜子の言葉に、カノンは返す言葉を見つけられなかった。
代わりに彼女の隣でしゃがみ込んでいたカルマが声を上げた。
「ちょっとちょっと~! それって酷くなーい? カノンちゃんはカノンちゃんなりに、頑固な石頭振り絞って色々考えてるんだからぁー! いくらあの人に敵わないくらい弱っちくってもさぁ、もっと言い方があるんじゃないのぉ~???」
「やめろカルマ。お前の方がよっぽどだ」
ピンと背筋を伸ばして喚き立てるカルマの肩をグイと押し込めて、カノンは制止の声を挟んだ。
遠慮のない物言いに青筋を浮かべつつ、しかし今はそれどころでないと気持ちを抑えて制止だけに留める。
そんな二人を見て、夜子は愉快そうに笑った。
「私は何も、君たちの頑張りを否定しているわけじゃない。あのヘタレに対してスピードとパワーで攻めるのはある意味正攻法だ。それに、君たちなりの想いがあることも承知しているとも。それを踏まえた上で、私は言ってるんだよ」
「どういう、ことだ……」
「君が本当にしたいことはなんだい? 奴をボコボコにすること? それとも、アリスちゃんの友達として彼女を守ること? どっちなのかな」
「そ、それは……」
そんなことは決まっている。
カノンが戦うことを決意したのは、友を守るためだ。
その為に自分にできることを、自分がしなければならないことをしようと思った。
「アタシはダチを守りたい。その為には今回の元凶であるロード・ケインを倒しておかねぇと……」
「君がそれをする必要なはない。君がアリスちゃんを守りたいと言うのなら、いるべき場所はここじゃあない」
「け、けどよ!」
納得のいかないカノンは、ゆっくりと立ち上がりながら声を上げた。
「アタシにも責任ってものがある。つけなきゃいけねぇケジメがある。そう簡単に引くわけには────」
「そういうことはまともな奴を相手にしている時に気にすればいい。奴にそんな感情を向けるのは時間の無駄だよカノンちゃん」
「む、無駄って…………!」
苦い顔をしたカノンの肩を、夜子はポンポンと叩いてなだめた。
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