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第6章 誰ガ為ニ

120 飛翔

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 刹那、アゲハさんが放った竜巻のような暴風と、千鳥ちゃんが放った電撃の柱が正面から衝突した。
 空気の塊である風と、空気を劈く電気が真っ向からぶつかり、破裂音のような凄まじい音が響く。

 思わず耳を塞いだ私を庇うように、千鳥ちゃんは一歩前に踏み出て、その大きな鳥の翼を広げた。
 迸る電気によって黄金に輝く翼を大きく羽ばたかせると、複数の羽根が弾丸のように放たれた。

 一本一本に電撃をまとわせ、雷の礫のように無数に放たれる羽根の連射。
 光速で放たれたそれらに、アゲハさんは咄嗟に四本の腕で身体を庇った。
 白い身体に突き刺さる雷の刃に僅かに怯みながらも、しかしすぐに風を巻き起こしてそれらを振り払う。

『────────!!!』

 アゲハさんが咆哮する。
 闇のように黒い口内を晒し、超音波のような高音を巻き散らす。
 亡霊の絶叫のような、死者の怨嗟のよのうな、身の毛もよだつ声。

 そして宙へと飛び上がると、蝶の羽を蒼く輝かせた。
 するとアゲハさんの身体を囲うように蒼く輝く球が円を作った。
 頭のてっぺんから始まって爪先の下を通り頭上へと繋がる、数珠繋がりの円。
 煌々と輝くその蒼い珠は、高密度のエネルギーの塊だと見て取れた。

『どいつもこいつも、死ね! 死ね! 死ねぇ!!!』

 アゲハさんが叫んだ瞬間、彼女を囲んでいた蒼い球が全て一斉に弾けた。
 弾けた球は一つひとつが細いレーザーのような光線となって、散り散りになりつつ放物線を描いて私たちに降り注いできた。

「アリス!」
「うわぁっ!」

 千鳥ちゃんは大きく後ろに跳び上がり、その勢いで翼を羽ばたかせて低空で滑空しながら私の首根っこを掴んだ。
 されるがままに吊られた私が、今さっきまでいたところに蒼い光線の雨が降り注ぐ。

 後ろに飛んでかわしても降り続けてくる光線の雨。
 千鳥ちゃんが舌打ちをした時、私たちの正面に巨大な氷の盾が形成されて光線を押し留めた。

「ナイス霰!」

 千鳥ちゃんはニカッとそう言うと、私を氷室さんの元へぽいと放って、自分は上空へと昇っていく。
 大した高さまで上がっていなかったら、私は何とか着地して、そんな私を氷室さんが手を伸ばして支えてくれた。

「アリスちゃん、平気……?」
「うん、私は大丈夫。氷室さんこそ、身体は?」
「私も。……大分回復できた」

 見てみれば氷室さんは自分の足でしっかりと立てるようになっていた。
 表情にも余裕が戻ってきているし、強がっているわけではなさそうだった。

「アタシたちも、何とか動けるぜ」

 ホッと一安心していると、カノンさんが少しゆっくりとした足取りで寄ってきた。
 その後に少し歪なニヤニヤ顔を浮かべたカルマちゃんが付いている。
 二人共、立ち上がれるまでには回復できたみたいだった。

「カノンさん、カルマちゃん……二人共、もう動いて大丈夫なの?」
「わけねーよ。それに、よくわかんねーがアイツが根性見せたんだ。アタシらだけくたばっちゃいられねーよ」

 ニカッと気丈な笑みを浮かべ、カノンさんは空を見上げながら言った。
 上空では、アゲハさんと千鳥ちゃんがぶつかり合っている。

「いっやぁー! やられっぱなしってのも癪だしね! いくら可愛さでカルマちゃんが勝ってても、ボコボコにされちゃあムカッとするってもんですよ~! カルマちゃん、これくらいじゃへこたれないよぉー!」

 若干の空元気を見せつつも、カルマちゃんはいつもの能天気な声で喚き立てる。
 強がりつつもまだ戦う意思を見せている二人。
 このみんなで戦えば、あのアゲハさんに対しても勝機があるかもしれない。

「よし! アイツにばっか任せてもいられねぇ! アタシたちも仕掛けるぞ!」

 カノンさんが木刀を握って言った時だった。
 上空から千鳥ちゃんがゴロゴロと転がり落ちてきて、私たちのすぐ脇に轟音を立てて墜落した。
 巻き起こる砂埃を翼の一振りで振り払って、千鳥ちゃんは喚き散らしながらすぐに起き上がる。

 そして私たちを一目見て、そこで少し呼吸を整えた。

「千鳥ちゃん大丈夫!?」
「このくらい大したことないわ。それより、アンタたちもう動いて大丈夫なわけ?」

 慌てる私に軽く返してから、千鳥ちゃんはカノンさんとカルマちゃんに目を向けた。
 大丈夫と力強く返す二人に、千鳥ちゃんは薄く微笑んだ。

「よかった。悪いけど、転臨したとはいえ私一人でどうこうなる相手じゃないわ。アンタらの力を、貸して」
「もちろんだよ! みんなで、戦おう」

 私が頷くと、千鳥ちゃん心強そうに顔を緩めた。

「じゃあアリス、私の背中に乗りなさい。一緒に上まで上がるわよ!」
「せ、背中!? 千鳥ちゃんちっちゃいし、私潰しちゃわないかな……」
「やかましい! アンタ一人くらいわけないし、こちとら今は肉体強度上がってるから更に問題ないわよ!」

 咄嗟のことについ本音が出て、それに対して千鳥ちゃんがキーキーと喚いた。
 それが何だか普段のしょーもないやり取りのようで、自然と笑みがこぼれて、二人で顔を見合わせた。

「はいはーい! じゃあカルマちゃんも乗りたーい! おっきな鳥さんに乗って大空を羽ばたきたいでーす!」
「アンタは却下! てか人をおっきな鳥さん扱いすんな! 鳥だけど!」

 少しだけ緩んだ空気に便乗するように、カルマちゃんが背伸びして手を上げた。
 的外れな発言に千鳥ちゃんがピーキーと喚いて返すと、カルマちゃんはぶーぶーと口を尖らした。
 ちょっと拗ねた顔をしてる……こんな時なのに。

「とにかく!」

 緊迫しつつも少し和んだ空気になった中、千鳥ちゃんがピシャリと言った。

「私がアリスを乗せて飛ぶ。アンタらは自力で上まで上がって手伝ってちょうだい!」

 少しムキになったようにキッ視線を鋭くして、千鳥ちゃんはみんなに言った。
 みんな各々頷いたのを見て、千鳥ちゃんは私を手招きした。

 少し心配そうな視線を向けてくる氷室さんに見守られながら、千鳥ちゃんの背中に回り込む。
 キラキラとしたドレスの背中は、思わず目を逸らしてしまうほどにスパッと露出していた。
 垂らしている髪でやや隠れているけれど、ドレスだけなら結構なセクシー具合だ。

 けれどその剥き出しのツルッとした背中の、肩甲骨辺りから、大きくてふさふさした鳥の翼が生えている。
 それがあることで、本来の色香はやや減退していた。
 それでも、目を見張るほどに滑らかな羽毛は、それはそれで美しかった。

「肩に掴まって。飛び上がったら背中に身体預けていいから」
「う、うん」

 サラッと言う千鳥ちゃんに、私は少し緊張して頷く。
 細い肩をしっかりと掴んで身を寄せると、もこもことした羽毛が体に触れて、少しくすぐったかった。
『真理のつるぎ』は脇にグッと挟んだ。

「それじゃ、いくわよ!」

 力強く叫んで、千鳥ちゃんの翼が大きく羽ばたいた。
 その衝撃と、重力に引っ張られる強い力に抗うために、ぎゅっと千鳥ちゃんにしがみつく。
 私一人を乗せていても重りにはならないという風に、千鳥ちゃんはぐんぐんと上昇した。
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