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第7章 リアリスティック・ドリームワールド

32 選ばれし者を

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「……レイから、少し聞いた。アイツに何かされたんでしょ?」

 全てを遮断するようなホワイトの言い方に怯みながら、善子は相槌を打った。
 彼女には既に突き放されている。今更それに傷付いていても仕方がない。
 平然を装って言葉を返すと、ホワイトは静かに首を横に振った。

「いいえ。何かされたとは人聞きの悪い。レイさんはわたくしに、あるべき姿をご提示くださったまで。わたくしはその導きによって、自身の本質に気付き、歩むべき道を見出したのです」
「…………」

 そこまでは、レイから聞いた話と相違ない。
 冷淡な表情をやや和らげながら語るホワイトに、少しばかりの違和感を覚えながらも、善子は黙って耳を傾けた。

「わたくしは、正義を体現する者。清らかな純白の正義を持って、世界をあるべき姿に正す者。わたくしは、揺るぎない正義を体現する者としてこの世に生を受けたのです。その事実を、わたくしはレイさんの導きによって知ることができました」
「正義の体現? なに、それ……」

 自身に満ち溢れた笑みと共に発せられた言葉に、善子は唖然と繰り返した。
 それだけを聞けば、あまりにも滑稽で傲慢に思えたからだ。
 正義の代弁者であるなんて、そんなもの存在するわけがない。
 正義など、立場の数ほどあるのだから。

「レイさんはわたくしに仰いました。わたくしには、何物にも染まらぬ『純白』の性質があると。穢れなき白であるわたくしが持つ正義は、比類なき絶対のものであると。故に、その在り方を受け入れ、迷わず、貫くべきだと」

 白い肌に色味が差す。
 常に冷静に、冷淡な表情を保っているホワイトが、恍惚な笑みを浮かべながら言葉を並べた。
 それは自分の存在に酔っているようであり、あるいはその言葉を掛けた者への心酔のように見えた。

 その見慣れない姿に、善子は背筋が凍った。

「しかし非力なわたくしには、それを決断する勇気がなかった。レイさんは、そんなわたくしの後押しをしてくださっただけ。レイさんによって自らの本質を理解できたことで、わたくしは自身の歩むべき道に戸惑いを覚えなくなったのです」
「それが、これだっていうの? 自分以外のものを否定して、多くの犠牲に目を瞑って、そうやってあらゆるものを蹴落とすのが、真奈実の道だって!?」

 善子が噛みつくと、ホワイトは柔和な表情のまま静かに頷いた。

「わたくしは、自分が一番正しいと気付きました。それはつまり、それ以外は間違っているということの証。わたくしが指し示すものこそが正義であり、それに反するものは悪なのです。悪は滅っし、駆逐せねばなりません」
「どうして、どうしてそうなるの! 例えアンタのそれが正義だとしても、それ以外が悪とは限らない。正義の反対は、また別の正義なんだから……!」
「それは真理にあらず。世迷言です。至らぬ正しさだからこそ、選択肢が生まれてしまう。その愚かな結果に過ぎません」

 立場の数だけ正義があり、人と人がぶつかるのは、相反する正義を持つからである。
 そう訴えかける善子の言葉を、ホワイトは真正面から否定する。
 凡人が唱える言葉など、真実とは程遠いというように。

 その一刀両断に、善子は思わず怯んだ。
 聞く耳を持たないどころの話ではない。
 根本的に、自分と彼女とでは思考回路が違うのだと気付いた。

 それでも歯を食いしばって、必死でホワイトへと食らいつく。
 爪が食い込むほどに拳を握り込みながら、視線で突き刺すように瞳を向け続ける。
 自分が心折れてはいけないと。彼女を諦めてはいけないと。そう言い聞かせながら。

「わたくしが抱く絶対的正義の前に、並び立つものはないのです。故にわたくしは、この純白を持って世界を漂白する使命を全うすると誓ったのです」
「世界を、漂白……? 一体、何を言って……」
「魔女が不当に虐げられるこの現状。本来高貴である我らが、疎まれ蔑まれるなどあってはならない。偉大なるドルミーレ様の『魔女ウィルス』に適合している我らは、人より上位の存在として君臨することこそが必定」

 大手を振り上げ、得意げに言葉を並べるホワイト。
 理解の追いつかない善子など意に介さず、その正義を語る。

「あちらの世界、そしてこちらの世界も、間違っているのです。魔女は肩身が狭い思いをし、逃げ隠れながら生きていかなければならないなど、間違っている。わたくしたち魔女は、力持つ者として然るべき地位を得、繁栄する資格があり、義務がある。大いなる始祖、ドルミーレ様に選ばれたのですから」
「わけが、わからない。確かに魔女が虐げられるのはおかしいけど、でもだからって魔女が偉いわけでもないでしょ!? それが、こんな惨劇を作り出す理由になるとは、私は思えない……!」
「なります。なりますとも、善子さん」

 困ったものだというように、やれやれと首を振るホワイト。
 まるで理解できない方がおかしいのかと思ってしまうほどに、ホワイトは当たり前の顔をしている。

「魔女とは選ばれし者。魔道に通ずるべき真の存在。魔女が存在することこそが本来の在り方であり、それが世界の真の姿。本来そうなるはずだったものを、人間の愚かさが阻害してしまった。故に、あるべき姿に世界を導くことこそが正しき道行。誤った世界の穢れを漂白し、あるべき姿に作り替えることが、わたくしの正義なのです」
「なに、それ……。それじゃあ、魔女じゃない人はどうでもいいっていうの!? だからアンタは、犠牲を厭わずにこんなことを……!」

 善子はさーっと血の気が引いていくのを感じた。
 ホワイトが言っていることは、魔法使いが魔女に向ける思想と同じ。
 受け入れられず、目障りなものは排除しようという過激な考え方。
 自分が正しいからそれ以外のものは一掃してしまおうという、独りよがりの方策。

 受け入れきれず、体が震える。
 今すぐ飛び掛かってその頰を打ちたい。
 けれど全身に強く絡みつく光の鎖がそれを許さない。

 せめてもの抵抗と叫び声を上げる善子に、ホワイトは嘆息しながら眉を下げた。

「相応しき者を選ぼうとすれば、振るい落とされる者もおります。それは、仕方のないこと。しかしこれは救済なのです。選ばれし者をこの偽りの世界から救い出し、我らが目指す本来あるべき理想へ誘う。一人でも多く、夢の果てへと導く為に」
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