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第7章 リアリスティック・ドリームワールド
115 唯一不変の正義
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「よし、こ、さん…………」
蛇の尾による拘束が解かれ、宙に放られた私。
その体を優しく抱き留め、そして温か微笑みを向けてくれたその人の名を、私は掠れる声で呼んだ。
それは私が大好きな先輩。
強く凛々しく逞しい、金盛 善子さんに他ならなかった。
善子さんは柔らかな光をまとって滞空し、溢れる魔力が緩くまとめた二つのおさげをふわふわと踊らせている。
額を晒した前髪上げの髪型は、そのキリリとした表情をよく窺うことができた。
そこに浮かぶのは昨日見た弱さと迷いを含むものではなく、覚悟を決めた力強い色だった。
「本当に、ごめん。アリスちゃんをほっぽいて、こんな危険な思いをさせて。情けない先輩でごめんね」
「そんなこと……ないです。全然……善子さん……」
私のことを優しく抱きしめながら、善子さんは眉を寄せた。
凛々しさの中に浮かべられた謝罪の顔に、私は震えながら首を横に振る。
「私、信じてましたから。善子さんなら絶対に来てくれるって。正しくなくたって、強くなくたっていいんです。私は、どんな善子さんのことも大好きだから。だから、そんなもの全部関係なく、善子さんなら絶対に諦めないって、信じてた…………」
「うん、ありがとう。アリスちゃんが信じてくれてたから、私も自分を信じられた。受け入れられた。アリスちゃんのおかげだ」
善子さんはそう言うと、ニパッと気持ちの良い笑顔を浮かべた。
その爽やかで朗らかな姿は、この場の不安や恐怖をものとものしないもので。
それを向けられているだけで、勇気が湧いてきた。
善子さんがまとう光はホワイトの冷たく刺々しいそれとは違い、とても温かく柔らかい。
私を抱きしめてくれているその腕からは、光と共に治癒の魔法が与えられて、身体中の痛みが和らいでいくのを感じた。
「間に合ってよかったよ。アリスちゃんを守れてよかった。夜子さんにこっちへ送ってもらったは良いけれど、私にはこの世界のことはさっぱりだったからさ。でも心の繋がりを辿ったら、こうして来られた」
「本当にありがとうございます。私、挫けてしまいそうになってたから。善子さんに来てもらえて、本当に心強いです」
「……真奈実か」
私にはとても優しい笑顔を向けてくれていた善子さんは、しかし一転して鋭い目でホワイトへと視線を向けた。
私のことを大事に抱きしめ、守るように庇いながら。
「────真奈実。またアンタは、そんな化け物みたいになって……」
『善子さん!!!』
淡々と言葉を向ける善子さんに、ホワイトは奇声のような甲高い声を上げた。
唐突に現れた善子さんの存在に戸惑っているのか、攻撃の手を止め、ギリリと歯軋りをする。
『何故、来たのです! 次わたくしの前に姿を現し邪魔立てをするのであれば、殺すと申し上げたはず。貴女は、死にに来たのですか……!』
「まさか。自分から死ににくるほど私もアホじゃないよ。私は自分の大切なものを守る為に、戦うことを選んだだけ」
ホワイトを目の前にしていつになく冷静な善子さん。
怪物と化した親友の姿を物悲しそうに見つめながら、けれどそういった感情の起伏を言葉に話せない。
そんな彼女に、ホワイトは苛立ちの色を浮かべた。
『貴女は本当に、救いようのない愚か者なのですね。貴女はそうやっていつも、いつもいつも、わたくしの言うことを聞かない。わたくしの言葉が正しいと誰よりも知っているはずなのに。それなのに……!』
「知ってるからだよ、真奈実。アンタがどんだけ正しいのか知ってるからこそ、私は今こうしてアンタの前に立ってるんだ」
ホワイトの鋭い瞳は、視線だけで相手を串刺しにしそうなほどに研ぎ澄まされ、善子さんを射抜いている。
しかしそんな萎縮してしまいそうな瞳を受けても、善子さんは平静を欠かなかった。
ただまっすぐその視線を見つめ返し、静かな言葉を並べる。
「アンタは正しい。いつだって正しいんだ。ムカつくくらいに正しいから、昔の私はよく反発したもんだ。馬鹿だったって反省してる。でもね、今のこれは昔とは違う。私ね、正しいかどうかじゃなく、アンタが許せないから戦うって決めたんだ」
『許せない!? わたくしの何を! 正義の体現者であるわたくしの、何が許せないというのですか!!!』
「今のアンタの全部だよ、真奈実。その考え方も、やり方も、立場も、姿も、何もかも。私は今のアンタが許せない」
『何を勝手なことを……!』
ホワイトはハッと笑い飛ばすと、体を伸び上がらせて覆い被さるように体を大きく見せた。
『何故わたくしの在り方を貴女に認めてもらう必要があるのです。わたくしの正義を理解できない、貴女などに』
「そんなの、私がアンタの親友だからに決まってる」
ホワイトは再び善子さんの言葉を笑い飛ばした。
愚かだと嘲笑うように、その声はひどく冷たい。
『何を言うかと思えば! 申し上げたではないですか。わたくしは、貴女のことを親友などと思ったことはないと……!』
「うん、言われたよ。でもそんなこと知ったこっちゃない。だって、私はアンタのことを今も昔も、ずっと親友だって思ってるんだからね……!」
『ッ────────!』
善子さんは決して怯まない。
覚悟を決めた彼女に、もう迷いなど微塵もないようだった。
その顔はとてもスッキリとしていて、不安のカケラも感じられない。
「アンタは正しい。いつだって正しい。だから、アンタが今やろうとしていること、考えてることは、きっと正しいんだろうね。でもさ、ただ正しければ良いってわけじゃないんだ。それだけじゃ救われないものだってあるんだ。それを踏まえたら、やっぱりそれは正しいとは言い難い。正しくても正しくないんだ。それはアンタらしくないんだよ、真奈実!」
『貴女に……貴女に正しさを、わたくしを語る資格などありません! 貴女に何がわかると言うのですか!!!』
「確かに私はアンタほど正しくない。でもね、親友のことくらいは誰よりもわかってるんだ!」
善子さんの叫びを、ホワイトは真っ向から否定する。
聞く耳を持たず、受け入れる気もまたない。
しかしそれでも善子さんは真っ直ぐに語りかける。
「アンタの正しさは、いつもみんなの為だった。皆を守って、導く光だった。決して、誰かを傷つけるものじゃなかったんだ。でも今のアンタは違う。一方通行の正義で他人を傷つけて、それを厭いもしない。そんなの、アンタの正義じゃないんだよ!」
『知ったような口を聞かないで頂きたい! これそこが真に正しきこと、これこそが最善なのです! それが理解できない貴女に、正しさを説く資格などありはしない!』
怨念のような叫びは、心に重く響く。
その人ならざる怪物の姿も相まって、身が竦むような威圧感だ。
思わずしがみ付く腕に力を入れると、善子さんは安心してと言うように優しく抱きしめ直してくれた。
『善子さん。貴女が私より正しかったことなど、今まで一度だってありましたか? それでよく、わたくしの正義を否定などできますね』
「……確かにアンタの言う通り、今まではいつもアンタの方が正しかった。でも、この先もいつまでもそうとは限らない。だから私は、私が正しいと信じる道を進む。後に続いてくれる子たちのために!」
その瞳は強く光り輝き、不屈の心を映している。
その目が見据えているものは、希望に他ならない。
「真奈実……アンタに教わったこの正しさで、私が、その目を覚まさせてやる!」
善子さんが語るそれは、誰もが認める完璧な正しさじゃない。
彼女はきっと、ホワイトのような絶対的な正義は語れない。
善子さんのそれは、友達に対する真っ直ぐな気持ちの現れだ。
その道筋が真に正しいものではなかったとしても、他者を圧倒する強さを持っていなくても。
心に宿るその想いに、間違いなんてないんだから。
善子さんが掲げるものは、そんな正直な心のように思えた。
正しくなくてもいい。強くなくてもいい。
その心のままに、思うままの道を行けば、それだけで。
それを突き進めばきっといつか正解へと辿り着くから。
あらゆる立場、思想、考え方の中に数多の正義は生まれる。
けれどのその中で、唯一不変の正義があるとするのならば。
それは、大切な人を想う心だ。それだけは、誰にも穢すことはできない。
善子さんの胸に灯る正しさは、真奈実さんへの想いだった。
蛇の尾による拘束が解かれ、宙に放られた私。
その体を優しく抱き留め、そして温か微笑みを向けてくれたその人の名を、私は掠れる声で呼んだ。
それは私が大好きな先輩。
強く凛々しく逞しい、金盛 善子さんに他ならなかった。
善子さんは柔らかな光をまとって滞空し、溢れる魔力が緩くまとめた二つのおさげをふわふわと踊らせている。
額を晒した前髪上げの髪型は、そのキリリとした表情をよく窺うことができた。
そこに浮かぶのは昨日見た弱さと迷いを含むものではなく、覚悟を決めた力強い色だった。
「本当に、ごめん。アリスちゃんをほっぽいて、こんな危険な思いをさせて。情けない先輩でごめんね」
「そんなこと……ないです。全然……善子さん……」
私のことを優しく抱きしめながら、善子さんは眉を寄せた。
凛々しさの中に浮かべられた謝罪の顔に、私は震えながら首を横に振る。
「私、信じてましたから。善子さんなら絶対に来てくれるって。正しくなくたって、強くなくたっていいんです。私は、どんな善子さんのことも大好きだから。だから、そんなもの全部関係なく、善子さんなら絶対に諦めないって、信じてた…………」
「うん、ありがとう。アリスちゃんが信じてくれてたから、私も自分を信じられた。受け入れられた。アリスちゃんのおかげだ」
善子さんはそう言うと、ニパッと気持ちの良い笑顔を浮かべた。
その爽やかで朗らかな姿は、この場の不安や恐怖をものとものしないもので。
それを向けられているだけで、勇気が湧いてきた。
善子さんがまとう光はホワイトの冷たく刺々しいそれとは違い、とても温かく柔らかい。
私を抱きしめてくれているその腕からは、光と共に治癒の魔法が与えられて、身体中の痛みが和らいでいくのを感じた。
「間に合ってよかったよ。アリスちゃんを守れてよかった。夜子さんにこっちへ送ってもらったは良いけれど、私にはこの世界のことはさっぱりだったからさ。でも心の繋がりを辿ったら、こうして来られた」
「本当にありがとうございます。私、挫けてしまいそうになってたから。善子さんに来てもらえて、本当に心強いです」
「……真奈実か」
私にはとても優しい笑顔を向けてくれていた善子さんは、しかし一転して鋭い目でホワイトへと視線を向けた。
私のことを大事に抱きしめ、守るように庇いながら。
「────真奈実。またアンタは、そんな化け物みたいになって……」
『善子さん!!!』
淡々と言葉を向ける善子さんに、ホワイトは奇声のような甲高い声を上げた。
唐突に現れた善子さんの存在に戸惑っているのか、攻撃の手を止め、ギリリと歯軋りをする。
『何故、来たのです! 次わたくしの前に姿を現し邪魔立てをするのであれば、殺すと申し上げたはず。貴女は、死にに来たのですか……!』
「まさか。自分から死ににくるほど私もアホじゃないよ。私は自分の大切なものを守る為に、戦うことを選んだだけ」
ホワイトを目の前にしていつになく冷静な善子さん。
怪物と化した親友の姿を物悲しそうに見つめながら、けれどそういった感情の起伏を言葉に話せない。
そんな彼女に、ホワイトは苛立ちの色を浮かべた。
『貴女は本当に、救いようのない愚か者なのですね。貴女はそうやっていつも、いつもいつも、わたくしの言うことを聞かない。わたくしの言葉が正しいと誰よりも知っているはずなのに。それなのに……!』
「知ってるからだよ、真奈実。アンタがどんだけ正しいのか知ってるからこそ、私は今こうしてアンタの前に立ってるんだ」
ホワイトの鋭い瞳は、視線だけで相手を串刺しにしそうなほどに研ぎ澄まされ、善子さんを射抜いている。
しかしそんな萎縮してしまいそうな瞳を受けても、善子さんは平静を欠かなかった。
ただまっすぐその視線を見つめ返し、静かな言葉を並べる。
「アンタは正しい。いつだって正しいんだ。ムカつくくらいに正しいから、昔の私はよく反発したもんだ。馬鹿だったって反省してる。でもね、今のこれは昔とは違う。私ね、正しいかどうかじゃなく、アンタが許せないから戦うって決めたんだ」
『許せない!? わたくしの何を! 正義の体現者であるわたくしの、何が許せないというのですか!!!』
「今のアンタの全部だよ、真奈実。その考え方も、やり方も、立場も、姿も、何もかも。私は今のアンタが許せない」
『何を勝手なことを……!』
ホワイトはハッと笑い飛ばすと、体を伸び上がらせて覆い被さるように体を大きく見せた。
『何故わたくしの在り方を貴女に認めてもらう必要があるのです。わたくしの正義を理解できない、貴女などに』
「そんなの、私がアンタの親友だからに決まってる」
ホワイトは再び善子さんの言葉を笑い飛ばした。
愚かだと嘲笑うように、その声はひどく冷たい。
『何を言うかと思えば! 申し上げたではないですか。わたくしは、貴女のことを親友などと思ったことはないと……!』
「うん、言われたよ。でもそんなこと知ったこっちゃない。だって、私はアンタのことを今も昔も、ずっと親友だって思ってるんだからね……!」
『ッ────────!』
善子さんは決して怯まない。
覚悟を決めた彼女に、もう迷いなど微塵もないようだった。
その顔はとてもスッキリとしていて、不安のカケラも感じられない。
「アンタは正しい。いつだって正しい。だから、アンタが今やろうとしていること、考えてることは、きっと正しいんだろうね。でもさ、ただ正しければ良いってわけじゃないんだ。それだけじゃ救われないものだってあるんだ。それを踏まえたら、やっぱりそれは正しいとは言い難い。正しくても正しくないんだ。それはアンタらしくないんだよ、真奈実!」
『貴女に……貴女に正しさを、わたくしを語る資格などありません! 貴女に何がわかると言うのですか!!!』
「確かに私はアンタほど正しくない。でもね、親友のことくらいは誰よりもわかってるんだ!」
善子さんの叫びを、ホワイトは真っ向から否定する。
聞く耳を持たず、受け入れる気もまたない。
しかしそれでも善子さんは真っ直ぐに語りかける。
「アンタの正しさは、いつもみんなの為だった。皆を守って、導く光だった。決して、誰かを傷つけるものじゃなかったんだ。でも今のアンタは違う。一方通行の正義で他人を傷つけて、それを厭いもしない。そんなの、アンタの正義じゃないんだよ!」
『知ったような口を聞かないで頂きたい! これそこが真に正しきこと、これこそが最善なのです! それが理解できない貴女に、正しさを説く資格などありはしない!』
怨念のような叫びは、心に重く響く。
その人ならざる怪物の姿も相まって、身が竦むような威圧感だ。
思わずしがみ付く腕に力を入れると、善子さんは安心してと言うように優しく抱きしめ直してくれた。
『善子さん。貴女が私より正しかったことなど、今まで一度だってありましたか? それでよく、わたくしの正義を否定などできますね』
「……確かにアンタの言う通り、今まではいつもアンタの方が正しかった。でも、この先もいつまでもそうとは限らない。だから私は、私が正しいと信じる道を進む。後に続いてくれる子たちのために!」
その瞳は強く光り輝き、不屈の心を映している。
その目が見据えているものは、希望に他ならない。
「真奈実……アンタに教わったこの正しさで、私が、その目を覚まさせてやる!」
善子さんが語るそれは、誰もが認める完璧な正しさじゃない。
彼女はきっと、ホワイトのような絶対的な正義は語れない。
善子さんのそれは、友達に対する真っ直ぐな気持ちの現れだ。
その道筋が真に正しいものではなかったとしても、他者を圧倒する強さを持っていなくても。
心に宿るその想いに、間違いなんてないんだから。
善子さんが掲げるものは、そんな正直な心のように思えた。
正しくなくてもいい。強くなくてもいい。
その心のままに、思うままの道を行けば、それだけで。
それを突き進めばきっといつか正解へと辿り着くから。
あらゆる立場、思想、考え方の中に数多の正義は生まれる。
けれどのその中で、唯一不変の正義があるとするのならば。
それは、大切な人を想う心だ。それだけは、誰にも穢すことはできない。
善子さんの胸に灯る正しさは、真奈実さんへの想いだった。
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