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第0章 Dormire
7 新しい友達
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森の奥へ進んだ時はただガムシャラに進んできたものだから、帰り道がわかるかどうか少し不安だったホーリーとイヴニング。
しかしアイリスの小屋を出た時森の景色は一変しており、その不安は杞憂となった。
ただ鬱蒼と生い茂っていただけの木々が、まるで整列したかのように綺麗に連なっており、その隙間が道を作り出していたのだった。
その先には森の終わりを告げる光が見て取れ、二人はただまっすぐそこまで歩くだけで森を出ることができた。
それは明らかに、木が動いた証拠だった。
地に根差した木々たちがこんな短期間で森の装いを変えてしまうなど有り得ない。
しかしアイリスの神秘の力を目の当たりにした二人には、もはやそれに驚く気力はなかった。
彼女が住うこの森ならば、それくらいのことは当然なんだろうと、そう漠然と思ってしまったのだ。
「ねぇイヴ。なーにむずかしい顔してるの?」
森を抜け、来た通り草原を歩いている最中のこと。
オレンジ色の夕陽に照らされながら仏頂面をしているイヴニングの顔を覗き込みながら、ホーリーは尋ねた。
彼女が考え込むのはしょっちゅうのことだが、今に至ってはとびきりだんまりが長い。
アイリスの小屋を出てから、イヴニングはほぼ言葉を発していなかった。
「もしかして、まだアイリスのことを警戒、してるの?」
「────ん、あぁ、いや……そんなんじゃないよ」
ジト目を向けられたことに気がついたイヴニングは、慌てて首を横に振って否定した。
そんな彼女にまだ少し訝しんだ視線を向けたまま、「ならいいけど」とホーリーは顔を引っ込める。
「ただ、ものすごく不思議な子だったから、色々考えちゃってね。神秘の力を持っていることもそうだけれど、彼女自身がそもそも不思議の塊だ」
「確かに、とってもミステリアスって感じだったよねー」
先ほど別れたばかりの少女のことを思い浮かべ、ホーリーはニヤニヤと緩んだ笑みを浮かべた。
同い年だというのに、自分とは比べ物にならないくらい大人っぽく、静謐な雰囲気を漂わせていたアイリス。
特別な力を持っていることも去ることながら、彼女自身の魅力にホーリーは浮き足立っていた。
「今まで誰とも会ったことがないなんて言っていたけれど、大層な気品だった。同い年という点でもね。どこかの貴族様の淑女みたいな、そんなお淑やかさがあったね」
「あの小屋もティーセットもステキだったしね。森の中でずっと一人だったなんて信じられないよ!」
まさに自分たちとは住む世界が違うような、そんなアイリスの佇まいを思い出して、二人はペチャクチャと言葉を交わす。
彼女はこんな国の外れの、更に人の立ち寄らない森に一人暮らしている少女とはとても思えなかった。
どこかの国お姫様が人間のふりをして隠れ忍んでいる。そう言われた方が納得できた。
艶やかな黒い長髪は漆のように麗しく、静かに輝く黒い瞳は宇宙を内包しているかのように深く鮮やか。
一つひとつの所作は子供とは思えなほどに洗礼されており、厳かかつ嫋やかな佇まい。
人里離れた森深くに住っていることも相まって、とても浮世離れしているように感じられたからだ。
「だからこそ、沢山の疑問が出てくるんだよね。彼女は一体何者なんだろうってね」
「んー。それ、意味ある? アイリスはアイリスじゃん」
「まぁそうだね、それはホーリーの言う通りだ。友達であることにおいては、この疑問はあまり意味はない。でも、気になっちゃうのがわたしのサガなのさ」
「ふーん」
こねくり回したようなイヴニングの言い回しに、ホーリーは話半分でうなずいた。
ホーリーは彼女のように小難しいことは考えられないし、考えるつもりもない。
それにイヴニングがそうやって難しい話をすることにホーリーは慣れている。ある程度適当に流すのはいつものことなのだ。
「それでさ」
それからまた一人でうんうんと考え出したイヴニングを、ホーリーは元気よく現実に引き戻した。
「また行くって約束したし、次はいつ行こうか! 明日!?」
「あんまり頻繁に行くと、周りにバレる可能性があるしなぁ。今日だって、もしかしたらもうバレてるかもしれないし」
「こ、こわいこと言わないでよー!」
ホーリーは父親の鬼のような形相を想像して、ぶるっと震え上がった。
立ち入りを禁じられている森に行ったと知られれば、ちょっとやそっとのお説教では済まされない。
それに両親だけではなく、多くの町の大人たちにも怒られるだろう。
興味が先行して飛び出してきたが、それを想像すると心臓がキュッと萎んだ。
「で、でもさ! あの森こわいこととか全然なかったし、わたしたちわるいことはしてないと思う!」
「うん、まぁね。でもバレたら怒られるのは目に見えてるから、様子を見つつにしよう。わたしだってまた彼女に会いたし、それにあの森のこともまだ気になるからね」
ホーリーが怯えながらも強気に声を上げると、イヴニングもまた頷いて微笑んだ。
「今度行く時は、アイリスに森の中を案内してもらおうか。面白いものがあるかもしれないし、それこそあの森は何にも危険じゃないって証明できるかもしれない」
「そしたら、堂々と遊びに行けるかな!?」
「かも、しれないね。ただホーリー、あそこに行く時は必ずわたしも一緒だ」
「……? うん」
どうしてそんなわかり切ったことを言うのかと、首を傾げながらホーリーが頷くと、イヴニングは苦笑を浮かべた。
「君が一人で気のままに飛び出していくと、だれかにバレるかもしれないからね。ホーリーはほら、無鉄砲だから」
「もう、失礼な! わたしだってもう子供じゃないんだからね!」
カラカラと笑いながら、まるで保護者のような目で見てくるイヴニングに、ホーリーは解せないと頰を膨らませた。
しかし自分が慎重にやや欠けることは、今までの経験則からよくわかっているためあまり強くは否定できない。
それでもムッとした気持ちが表に立って、反論の言葉が口から出た。
「そんなこと言うんなら、わたし一人でこっそり行って帰ってこれるって、やってみせてもいいんだからね!」
「あーそれは困る。ごめんごめん。わたしも一緒に行きたいから、是非とも置いていかないでー」
「それでよろしい!」
腰に手を当て満足そうに微笑むホーリー。
しかし彼女は、そこまでがイヴニングの思惑であることを気付いてはいない。
イヴニングが素直にそう言うなら絶対一人では行かないと、ただそう気持ちよく納得していた。
そんな、未知への興奮と日常の穏やかさを入り混ぜながら、二人は町へと足早に帰っていった。
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森の奥へ進んだ時はただガムシャラに進んできたものだから、帰り道がわかるかどうか少し不安だったホーリーとイヴニング。
しかしアイリスの小屋を出た時森の景色は一変しており、その不安は杞憂となった。
ただ鬱蒼と生い茂っていただけの木々が、まるで整列したかのように綺麗に連なっており、その隙間が道を作り出していたのだった。
その先には森の終わりを告げる光が見て取れ、二人はただまっすぐそこまで歩くだけで森を出ることができた。
それは明らかに、木が動いた証拠だった。
地に根差した木々たちがこんな短期間で森の装いを変えてしまうなど有り得ない。
しかしアイリスの神秘の力を目の当たりにした二人には、もはやそれに驚く気力はなかった。
彼女が住うこの森ならば、それくらいのことは当然なんだろうと、そう漠然と思ってしまったのだ。
「ねぇイヴ。なーにむずかしい顔してるの?」
森を抜け、来た通り草原を歩いている最中のこと。
オレンジ色の夕陽に照らされながら仏頂面をしているイヴニングの顔を覗き込みながら、ホーリーは尋ねた。
彼女が考え込むのはしょっちゅうのことだが、今に至ってはとびきりだんまりが長い。
アイリスの小屋を出てから、イヴニングはほぼ言葉を発していなかった。
「もしかして、まだアイリスのことを警戒、してるの?」
「────ん、あぁ、いや……そんなんじゃないよ」
ジト目を向けられたことに気がついたイヴニングは、慌てて首を横に振って否定した。
そんな彼女にまだ少し訝しんだ視線を向けたまま、「ならいいけど」とホーリーは顔を引っ込める。
「ただ、ものすごく不思議な子だったから、色々考えちゃってね。神秘の力を持っていることもそうだけれど、彼女自身がそもそも不思議の塊だ」
「確かに、とってもミステリアスって感じだったよねー」
先ほど別れたばかりの少女のことを思い浮かべ、ホーリーはニヤニヤと緩んだ笑みを浮かべた。
同い年だというのに、自分とは比べ物にならないくらい大人っぽく、静謐な雰囲気を漂わせていたアイリス。
特別な力を持っていることも去ることながら、彼女自身の魅力にホーリーは浮き足立っていた。
「今まで誰とも会ったことがないなんて言っていたけれど、大層な気品だった。同い年という点でもね。どこかの貴族様の淑女みたいな、そんなお淑やかさがあったね」
「あの小屋もティーセットもステキだったしね。森の中でずっと一人だったなんて信じられないよ!」
まさに自分たちとは住む世界が違うような、そんなアイリスの佇まいを思い出して、二人はペチャクチャと言葉を交わす。
彼女はこんな国の外れの、更に人の立ち寄らない森に一人暮らしている少女とはとても思えなかった。
どこかの国お姫様が人間のふりをして隠れ忍んでいる。そう言われた方が納得できた。
艶やかな黒い長髪は漆のように麗しく、静かに輝く黒い瞳は宇宙を内包しているかのように深く鮮やか。
一つひとつの所作は子供とは思えなほどに洗礼されており、厳かかつ嫋やかな佇まい。
人里離れた森深くに住っていることも相まって、とても浮世離れしているように感じられたからだ。
「だからこそ、沢山の疑問が出てくるんだよね。彼女は一体何者なんだろうってね」
「んー。それ、意味ある? アイリスはアイリスじゃん」
「まぁそうだね、それはホーリーの言う通りだ。友達であることにおいては、この疑問はあまり意味はない。でも、気になっちゃうのがわたしのサガなのさ」
「ふーん」
こねくり回したようなイヴニングの言い回しに、ホーリーは話半分でうなずいた。
ホーリーは彼女のように小難しいことは考えられないし、考えるつもりもない。
それにイヴニングがそうやって難しい話をすることにホーリーは慣れている。ある程度適当に流すのはいつものことなのだ。
「それでさ」
それからまた一人でうんうんと考え出したイヴニングを、ホーリーは元気よく現実に引き戻した。
「また行くって約束したし、次はいつ行こうか! 明日!?」
「あんまり頻繁に行くと、周りにバレる可能性があるしなぁ。今日だって、もしかしたらもうバレてるかもしれないし」
「こ、こわいこと言わないでよー!」
ホーリーは父親の鬼のような形相を想像して、ぶるっと震え上がった。
立ち入りを禁じられている森に行ったと知られれば、ちょっとやそっとのお説教では済まされない。
それに両親だけではなく、多くの町の大人たちにも怒られるだろう。
興味が先行して飛び出してきたが、それを想像すると心臓がキュッと萎んだ。
「で、でもさ! あの森こわいこととか全然なかったし、わたしたちわるいことはしてないと思う!」
「うん、まぁね。でもバレたら怒られるのは目に見えてるから、様子を見つつにしよう。わたしだってまた彼女に会いたし、それにあの森のこともまだ気になるからね」
ホーリーが怯えながらも強気に声を上げると、イヴニングもまた頷いて微笑んだ。
「今度行く時は、アイリスに森の中を案内してもらおうか。面白いものがあるかもしれないし、それこそあの森は何にも危険じゃないって証明できるかもしれない」
「そしたら、堂々と遊びに行けるかな!?」
「かも、しれないね。ただホーリー、あそこに行く時は必ずわたしも一緒だ」
「……? うん」
どうしてそんなわかり切ったことを言うのかと、首を傾げながらホーリーが頷くと、イヴニングは苦笑を浮かべた。
「君が一人で気のままに飛び出していくと、だれかにバレるかもしれないからね。ホーリーはほら、無鉄砲だから」
「もう、失礼な! わたしだってもう子供じゃないんだからね!」
カラカラと笑いながら、まるで保護者のような目で見てくるイヴニングに、ホーリーは解せないと頰を膨らませた。
しかし自分が慎重にやや欠けることは、今までの経験則からよくわかっているためあまり強くは否定できない。
それでもムッとした気持ちが表に立って、反論の言葉が口から出た。
「そんなこと言うんなら、わたし一人でこっそり行って帰ってこれるって、やってみせてもいいんだからね!」
「あーそれは困る。ごめんごめん。わたしも一緒に行きたいから、是非とも置いていかないでー」
「それでよろしい!」
腰に手を当て満足そうに微笑むホーリー。
しかし彼女は、そこまでがイヴニングの思惑であることを気付いてはいない。
イヴニングが素直にそう言うなら絶対一人では行かないと、ただそう気持ちよく納得していた。
そんな、未知への興奮と日常の穏やかさを入り混ぜながら、二人は町へと足早に帰っていった。
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