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第0章 Dormire

36 『にんぎょの国』

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 世界中を旅し、そして様々な種族とその神秘に触れてきた。
 そのお陰かはわからないけれど、段々と私という存在が世界に馴染んできたような気がする。

 未だ私という存在が孤立していることに変わりはないけれど。
 ただ存在していただけの今までとは違い、自分の力や在り方を見出していくについれて、私は今ここで生きているという自覚を得られるようになってきた。
 孤立してはいるけれど決して異端ではなく、私もまたこの世界の一員であると。そう感じられるようになってきた自分がいる。

 だから何があるわけでもないけれど。
 でもそういう実感を得られたことで、私の神秘は更に際立ったように思えた。
 世界に働きかえる力である『魔法』が、私が世界と馴染むことで更にその影響力を強めている。
 まるで神秘が、力そのものが世界と同調していってるかのようだった。

 自分の神秘への理解を深め、これを魔法と定義した時点で、既にとても大きな力を感じていた。
 世界に干渉するこの力があれば、何もできないことなどないと思えるほどに。
 実際、世界を旅して回る中で、魔法があれば困ったことなど何一つなく、できないことはやはりなかった。

 しかし様々な神秘に触れ、そして世界への知見を広めつつある今の私の力は、とどまるところを知らず拡大していった。
 世界に干渉する影響力、その範囲と強制力は日に日に強まり、本当になんでもできてしまいそうだった。
 今の私には大海を割って道を作ることだってできるし、山を砕くことも、大地に風穴を開けることだってきっと容易い。

 海流を制し、大陸の形を作り変え、この星の形を変えることだって、きっとできる。
 際限なく、制限なく、限界なく、私の魔法はあらゆることを可能にしていく。
 この世界を私の認識した形に書き換えてしまうことだって、いつかきっとできてしまうかもしれない。
 もちろん、そんな意味のないことはしようとも思わないけれど。

 この力の増大は、きっと私が世界に対する認識を広げていったからだ。
 今までは、世界といえば目の前に見えていることだけだったけれど、今はもうその広さを知っている。様々なことを知っている。
 この世界に流れる様々な力、神秘を知って、多くのものの在り方を知った。
 そうやって私が世界に馴染んできたからこそ、魔法の及ぶ範囲も拡大したんだろう。

 そうして見識を広げ、力が強まっても、やはりまだわからないことはある。
 私はまだ世界の全てを知ったわけではなく、そして私自身を理解できていない。
 まだ答えを得られていない私は旅を続け、次の進路を深海へと決めた。

 深い海の底には『にんぎょの国』があるという。
 海中にある国という特性上、他国のヒトが訪れることはそうそうないとか。
 しかし魔法を操る私には海中深くに潜ることなど最早造作もなく、私は単身で深海を目指した。

 魔法を使えば水中でも苦もなく呼吸をすることができるし、強い水圧や水の抵抗感も全て無視できる。
 深く潜れば太陽の光が届かずに暗いけれど、それも視覚を強化すれば何の問題もない。
 水中を泳ぐというよりは空を飛んでいるような感覚で、私は海底へと赴いた。

 海上からの光が完全に途絶えたと思った時に、私は海底に広がる大きな国を発見した。
 光る苔や海藻が至る所にあり、太陽光などなくても昼間のように明るい空間が広がっている。
 岩場の洞窟や石造りの建物が立ち並んだ街並みは、簡素ながらも厳かで、今まで見たどの国よりも整然としていた。

 そこに住んでいたのは、上半身が人間と酷似した容姿で、下半身が魚類の尾を持つ人魚。
 見た目の半分が人間とほぼ変わらないから、他の種族と対面した時よりも少しだけ馴染みを感じられた。
 しかし脚を持たない人魚とはやはり種族としてかけ離れており、彼らは魚に近い存在だった。

 それ故か、あるいは海中生活が主だからか、彼らは衣服を身につけない。
 妖精も喋る動物も、ヒト型のお菓子もおもちゃたちも皆それぞれ衣服の類をまとっていたけれど、人魚にその概念はなかった。
 なまじ人間と容姿が似通ってる分そこに若干違和感を覚えたけれど、魚に近い種族の彼らには確かに不要なものだ。

 他の国と違い、来訪者が来たという段階で『にんぎょの国』は国を挙げての大騒ぎ。
 しかもそれが、他に類を見ない大きな神秘を持っている私であったから、彼らの驚きと戸惑いは凄まじかった。
 人魚たちは妖精のように各々が持つ神秘が大きく、それを感じ取る能力も高いようで、みんな私の大きな神秘に言葉を失っていた。
 私は他の国に訪れた際も凡そそうであったように、最初に出会った人魚たちにつれられ、王のいる宮殿へ向かうことになったのだった。

 海中に存在する国はもちろん全て水で満たされており、国内の移動手段は遊泳となる。
 海洋生物と共存している彼らは、馬に乗るような感覚でイルカなどの力を借りることがあるようだけれど、私は今まで通り自力での移動を希望した。

 地上に展開されている国とは違い、海中のこの国では海底の地形を生かした立体的な構造になっているところが多かった。
 水で満たされた空間全てが通り道になるこの国では、縦横無尽な行き来ができ、往来の自由度がとても高い。
 街中でも魚などの生き物は普通に泳いでおり、人魚とその他の生物の棲み分けはなく、全てが海の一員という考え方のようだった。

『ようせいの国』や『どうぶつの国』とはまた違った自然との共存の仕方は、ここでしか見られないものだった。
 ここではヒトが住む場所を開拓したというよりは、ヒトもここに住んでいる、という方が適切かもしれない。
 住処や縄張りなどの認識はあれど、海そのものは誰のものでもなく、共有するものという価値観から来るもののようだ。
 他の国も似たような考え方で自然と寄り添ってはいたけれど、水中で垣根がない分、その特徴が顕著に現れている。

 国を見て回りながらの旅は、他の国よりも早く終わり、私はすぐに宮殿にたどり着いた。
 徒歩での旅路よりも遊泳の方が速度が速かったのもあるだろうけれど、他の国に比べると少しこじんまりしているからだろう。
 しかし宮殿はとても豪華絢爛で、様々な色に光り輝く石で造られたそれは、光る海藻の輝きを受けて七色に煌めいている。
 石積みのその宮殿は山のように大きく厳かで、見るものを圧倒する迫力があった。

 ここに、『にんぎょの国』を統べる王がいるという。
 私は多くの人魚たちに連れられるままに、宮殿へと入り込むことになった。
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