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第0章 Dormire

35 『おかしの国』と『おもちゃの国』

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 森を出て国を出て、世界を旅して回ることは確かに意味のあることだった。
『ようせいの国』と『どうぶつの国』とを回ってきた私は、以前より格段に多くのことを知ることができたから。
 森の奥に閉じ籠り、限られた世界で生きていただけでは決して得られなかったものばかりだった。

 漠然とした世界の知識や、自分が生きていくのに必要な知識だけしかなかった私。
 しかし私が認識してたよりも世界は遥かに広く、そして様々な法則に溢れている。
 私のものとは異なる神秘が異なる文明を築き、価値観や文化が違うヒトビトが生きている。
 そんな光景を目の当たりにすることで、私は少しずつ自分という存在を認識できるようになっていった。

 ゆっくりと時間をかけ、私は世界中を巡る旅を続けた。
『どうぶつの国』を発った後は次なる国を目指し、海を渡った。
 魔法を使って自分で帆船を作り、更に魔法をフル稼働させることで大海原へと乗り出す。
 生まれて初めての海上の旅は、過酷ながらも爽快なものだった。

 半月ほど船を走らせて辿り着いたもう一つの大陸には、『おかしの国』と『おもちゃの国』があった。
 これらの国もまたそれぞれ独自の神秘を持ち、各々役割を担っているヒトビトが住んでいる。
 しかし今まで私が訪れた国とは色々と毛色が違い、私は少し戸惑った。

 最初に訪れたのは『おかしの国』。
 とある洞窟を進んで行った先に、その奇妙な国はあった。
 切り立った山々に囲まれた国は完全に外界からシャットアウトされており、だからか完全に独自の様相を獲得していた。

 洞窟を抜けた瞬間から、全てのものがお菓子でできていた。
 地面に敷き詰められたレンガのようなものは全てビスケットだし、建物は全てスポンジにクラッカーが貼り付けられてできている。
 街路樹の幹はクッキー生地だし、そこから生えている葉っぱは飴細工だった。

 噴水からは溶けたチョコレートが流れているし、雲のように空に浮かんでいるのはよく見ると綿菓子。
 何から何まで、見渡す限りのすべてのものが甘い匂いを撒き散らすお菓子でできていた。
 それ以外のものなんて、万に一つもありはしない。

 そして極め付けが、そこで暮らしているヒトビトだった。
『おかしの国』は、住人すらもお菓子だったのだ。
 しかしそれでもヒトだった。お菓子でできたヒトだった。

 クッキーやビスケット、飴やチョコレート、ケーキにパイ。
 様々なお菓子で構成された人型のお菓子が、この国の住人だった。
『どうぶつの国』のように行き交うヒトビトの姿は千差万別だったけれど、みんな甘いお菓子という共通点があり、個々の違いをあまり重要視している節はなかった。

 いわく『おかしの国』の神秘は、甘露であることらしい。
 それは決して味覚的な意味でだけではなく、言ってしまえば楽観のことだという。
 過酷な状況、環境の中でも希望と幸福を見出す前向きで強かな姿勢。
 ヒトとして、生命として、前を向いていくプラスの傾向。彼らはそれを司っているという。

 なんて漠然とした曖昧なものかと、私は正直落胆した。
 しかし彼らの言うその神秘の只中にいるうちに、それは捨てたものではないと思うようになった。
 彼らの神秘に満ちているものは、甘やかで楽しく幸福を思わせるもの。捉え方はヒトそれぞれにしても、ヒトビトの欲求や希望を刺激し、活力を呼び起こす類のものだった。

 何事においても、前がなけなければ進めない。上がなければ上がれない。
『おかしの国』の神秘とは、世界に恵みを与え健やかに育む為の力だった。
 それはひどく抽象的で楽観的。しかし世の中にとってなくてはならないものだった。

 次に訪れたのが『おもちゃの国』。
 荒野を抜けた先の岩石地帯に、その賑やかな国はあった。
 右を見ても左を見ても、見渡す限り玩具や遊具で満たされた街々は、常に活気で溢れていた。
 住人たちはみんな人形やぬぐるみの類で、誰しもが凡そ遊びまわっている。

 からくり仕掛けの大掛かりな遊具が至る所に設けられていて、街中がどこもかしこも遊び場なのだ。
 乗り物だったりアスレチックだったり、何かを擬似体験したり遊戯に興じたり。
 巨大な玩具で埋め尽くされた国の中で、玩具たちが遊んでいる国。それが『おもちゃの国』だった。

 国の中では常に笑い声が飛びかい、誰しもが笑顔で楽しみを分かち合っている。
 明るく輝かしい街並みは、今まで見たどの国よりもキラキラと眩い物だった。
 基本的に自然に寄り添っている元の大陸の国々とは違い、完全に造られた国という印象を覚えた。

 いわく『おもちゃの国』の神秘とは、想像と創造だという。
 様々なものを思い浮かべる想像力。ゼロから組み上げていく創造力。
 世界が現状を停滞させることなく、常に新しい形を作り出していく未知への探究。
 それを司り促すのが、彼らの神秘の力だという。

 その力を楽しむこと、娯楽に重点を置くことで生まれたのがこの『おもちゃの国』。
 思い描くことも作り出すことも、楽しくなければ始まらない、というのが彼らの基本だとか。
 だから彼らは常に遊び、楽しみ、笑い、満ち足りた感性から新しいものを生み出していくという。
 しかし彼ら自身が生み出しているものは、概ね新しい玩具や新しい遊びだということだから、それがどこまで世界全体の創造力に繋がっているのかはわからない。

『おかしの国』も『おもちゃの国』も、ベースは人間である私にとっては、感性がかなり掛け離れたものだった。
『ようせいの国』や『どうぶつの国』の神秘とはまた違う方向性の、とても感覚的な神秘。
 正直笑い飛ばしてしまいたくなりそうにもなったけれど、しかし目の当たりにしてみればバカにはできなかった。
 いずれも、どこか私に通ずる物があるように思えたから。

 絶望に暮れ希望などくだらないと思った私だけれど、でも前を向いていなければ生き続けてなどいられない。
 私が今もなお生きているということは、やはりどこかで人生にまだ希望を見出しているということで、それは私が無意識にこの世界で生きる意味を感じているということだ。

 それに私の力は、自らの想像と意思を世界に働きかけ反映させる力。
 そこにはないものを作り出し、書き換え、現実に起こす私の力は、世界を新しい形にしていく動きの一部と言える。

 それぞれの国の神秘や営みは、決して私に無関係ではなかった。

 私とは全く異なる生態をし、考え方を持ち、概念を抱いている種族のヒトビト。
 私はその全て理解し受け入れることはできなかったけれど、でも得られるものはやはりあって。
 そうした彼らの生き方や神秘の在り方を目の当たりにし、知っていくたびに、私は一歩、また一歩と自分についての理解を深めていった。

 どんなに違うと思い、真逆のものだと思うものでも、よく見てみれば何かしらの共通点が見えてくる。
 それに気がつくと、自分だけでは見えてこなかった自分の一部分がわかるようになってくる。
 ヒトと関わることはやっぱり気が乗らなかったけれど、世界の様々な在り方を知ることは私の見識を広めた。

 しかしそうして色々なものを知ることで、余計に私は、自分が何物にも当てはまらないことを痛感した。
 人間ではない私は、当然他のどの種族のものでもなく、私と同じものは他に存在しない。
 部分的に似通ったものはあっても、同じと思えるものは何一つとしてなかった。

 それを知れば知るほど、私という存在と概念が浮き彫りになっていくような気がした。
 私は私。私はドルミーレ。それ以外の何物でもない。
 その認識が強固になっていくにつれ、私の『魔法』という力はどんどん強力になっていった。

 世界が生み出した私が持つ、世界に影響を与える力。
 そんな私が生きることで前を向き、自らの想像を形にして世界を巡る。

 神秘を持つ者は世界と繋がっているという。それと同じかはわからないけれど。
 けれど旅を続け時が経つにつれて、私に世界が浸透していっている。そんな気がした。
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