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第三部 命花の呪い 編
03 (第三部、完結)
しおりを挟む結局、結衣が飼育員達から解放されたのは、二時間近く経ってからだった。
もう昼食の時間に近い。いったん部屋に戻って食事を済ませ、アレクの部屋を訪ねる。
「アレク、調子はどう?」
「ユイ」
大事をとって静養中のアレクは、赤い天蓋のついた豪奢なベッドの上にいた。上半身を起こして、枕にもたれている。絹の白い寝間着姿だ。
「もう平気ですよ。でも、あと二日は安静にするようにと言われています。大袈裟ですよね」
そう言いながら、サイドテーブルに置いてある水差しを取ろうとするので、結衣が代わりに取って、グラスに水を注いだ。そのグラスを渡す。
「ありがとうございます」
「うん。確かに、顔色は良くなったね」
結衣はベッドの端に腰掛けて、アレクの様子を見た。
「ユイはまだ疲れているみたいですね」
「普段使わない辺りが筋肉痛なんです。それに……」
飼育員に質問攻めにあい、二時間近くしゃべり通しだったと話すと、アレクは笑った。
「ユイにはちょうどいい薬かと」
「反省してます。でも、アレクのために動いたこと自体は、後悔してないから。方法は悪かったから、もし次があったらもっと上手くやるわ」
「無いほうがいいですが……次と言うくらい、傍にいてくれるんですか?」
冗談っぽく言って、アレクは結衣を覗き込む。
結衣はふうと息をついた。
「そのことで話があるの」
結衣が真剣だと分かったのか、アレクは飲みかけのグラスをサイドテーブルに置いた。
「どうぞ、話してください」
「私、今回のことで、すっごく怖かった」
「……はい」
アレクは頷いた。その視線が少し下がる。
「イシュドーラも怖かったけど、アレクが死んだと勘違いした時、すごくこわかったし、とても後悔したの。私、これからもきっと後悔すると思う。でも、日本で暮らして、アレク達のことを思い出にするほうが、ここでアレクと暮らすより、何倍も後悔すると思った」
「ユイ?」
不思議そうに、アレクが結衣を見つめる。結衣は気にせずに続ける。
「この世界のことは怖いよ。何年一緒に過ごせるかも分からない。でもね、日本で平和に暮らす五十年より、アレクと暮らす数年なら、その数年のほうが私には価値があるって気付いたの」
結衣はポケットから飾り紐を取り出す。深みのある綺麗な赤い糸を編み込み、真ん中に緑色の宝石を取り付けたものだ。宝石には丸い輪のついた銀製の台座を付けてもらい、結衣がペンチを使って、銀製の丸カンで飾り紐に固定したのだ。
「私と結婚してくれますか?」
ちょっと照れてアレクの顔を見られないが、飾り紐を両手で差し出した。
なかなかアレクに動きがないので、恐る恐る様子を見ようとした時、アレクは飾り紐ごと結衣の右手を握りしめた。
「いいんですか、ユイ。今回の件で、ユイには怖い思いをさせました。この国では、魔族と戦うのが普通なんです」
「分かってます」
「いずれ元の世界に戻れなくなります」
「それも」
「私から離れる最後のチャンスですよ?」
アレクの手は震えている。それでも慎重に問うので、結衣はちょっと意地悪な気持ちになる。
「もうっ、私をもらってくれるんですか、くれないんですか」
「ユイ……! ありがとうございます!」
アレクが結衣の右手を思い切り引き、そのまま強く抱きしめられる。
「これ以降は文句を言っても、手放しませんからね!」
「そっちこそ。アレクが文句言っても、私、ぴったりくっついていくよ」
「望むところです」
アレクはそう返すと、万感を込めて溜息をつく。
「ああ、幸せです」
「私も」
結衣もアレクの肩にもたれかかって、身を預ける。
「いつの間に、こんなものを用意していたんですか?」
「前に商人を呼んだことがあったでしょ? あの時ね」
「えっ、もしかして、防寒着が欲しいと言ってた時のことですか?」
「そう。あれから作ってたのよ。あの時はまだ保留だったけど。編んだのは私だから、ちょっといびつでも許してね」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
「ちょ、ちょっと、苦しいからっ」
喜びのあまり、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるので、結衣はアレクの腕を叩いた。
(そうだった、あんまり喜ぶと、アレクって子どもっぽくなるのよね)
たまにそれで振り回されているのを思い出した。
ひとまず落ち着いたアレクから離れ、結衣は隣に座り直す。アレクは飾り紐をためつすがめつ眺めている。
「緑色の宝石ですね。もしかして、私の目の色ですか?」
「そうよ」
そのつもりだったが、当てられると照れくさい。
「ここに黒い石を付け足したいですね」
「なんで?」
「ユイの目の色ですから」
にっこりと微笑まれ、結衣は顔を手で覆う。
「恥ずかしいから! でも、そこまで言うなら、今度、また商人を呼んで選んでみる」
「よろしくお願いします」
嬉しいと体全体で示しているアレクは、ただでさえ眩しい美貌を、更に輝かせている。それから、自分で金の髪に結んだ。
「どうですか?」
「うん、似合ってるよ。落ち着いた赤にして良かった」
我ながら良いチョイスだ。
「あ、そういえばアレク」
急に気になったので、結衣はアレクに問う。
「はい」
「第二王子っていう人はどうなったの?」
「え、今、訊くんですか?」
結衣の質問にあっけにとられた顔をするアレク。結衣もムードぶち壊しだなと思ったが、気になって仕方がない。
「だって、また何か仕掛けてきたら、アレクが危ないでしょ」
謝罪巡りですっかり忘れていたが、事件の裏で糸を引いていた魔族は、結局、結衣達の前に現れなかった。
アレクは仕方ないなあと言いたげな苦笑を浮かべる。
「そうですね、私も気になっています。配下に調査するよう命じましたが、今は森が火事になって、野良ドラゴンが殺気立っています。うかつに近寄れませんよ。運良く逃げおおせたか……もしくは」
言葉を濁すが、結衣も予想がついている。
「野良ドラゴンに殺された、とか?」
アレクは頷いた。
「ええ。住処を奪った者を、ドラゴン達は許さないでしょう。もしくはイシュドーラに殺されたかもしれません」
「お兄さんなのに?」
「ユイ、魔族は、王家だろうと兄弟姉妹で争うものです。強い者が正義なんですから。しかも、アスラ国内にいるならともかく、追放された兄なら……」
そこまで言うと、アレクは目をわずかに伏せ、口を閉ざす。その顔に浮かんでいるのは、同情めいた色合いだ。
あの冷酷なイシュドーラならやりかねない。だが、第二王子がこちらを攻撃したのも事実だ。自分の播いた種が、最後に自分に刃を向いた。兄弟に裏切られるのはかわいそうだが、結果は自業自得である。
アレクはふうと息をつく。
「今回の事件は、第二王子が首謀者のようでした。呪いで殺せないなら、朝露を飲みに来たところを殺すつもりだったんでしょうね。火事で殺せなくても、殺気だった野良ドラゴンの餌食になる可能性はある。あの王子も罠をしかけるのが上手なようです」
解呪方法まで知っていての行動なのだとしたら、第二王子は結構な策士だ。
「しかし、悪運が強いですね。我々が解呪方法を知っていて、ソラが天界に行かなければ、またシナリオは変わっていたでしょう」
「どうするつもりだったのかな」
「あの山は聖竜には足場が足りず、下りられませんからね。他のことで隙を突いてきた可能性もありますね。油断ならない相手なのは確かです」
「その人が追放されて、他に三男と四男もいるのに、五男のイシュドーラが王太子なのよね? あの人、それだけすごいってことでしょ。迷惑なことに」
「ええ、本当に、大迷惑です」
肯定するアレクの声には、嫌そうな響きがあった。
「ユイがこの国に来る以前から、イシュドーラとは因縁の付き合いです。あちらの策を私が阻止することもあれば、私の策をあちらがかわすこともあり。いつも引き分けるんですよね」
それがずるずるとここまで来たと、アレクは溜息をつく。
「まさか、互いに同じ女性を好きになるとは思いませんでした」
「あ、はは……」
結衣にとっても驚きだ。地味でモテないと思っていたのに、この状況はいったいなんなんだ。
「ユイに手出しはさせません。――そうですね。その飾り紐の魔法、いくつか増やしましょうか」
「えっ。ドラゴンを撃退できるくらいの守りの魔法に、更に足すの!?」
結衣は頬をひくりと引きつらせる。歩く武器庫みたいではないか。
「魔法の無効化、結界、風による吹き飛ばしなんてどうでしょうか」
「三つも!?」
「ユイ、宝物を守るためには、いくつもの罠と鍵を付けておくものですよ」
「……鍵は分かるけど、罠? いや、吹き飛ばしは無しで、二つだけにして。こういう金属製の飾りがいるんでしょ? あんまり重くなるのはね」
「そうですね。では質の良い宝石にして、軽量化を……」
宝石と聞いて、結衣はふと思いついた。
「あのさ、アレク。欲しいものがあるんだけど、言っていい?」
「もちろんです、どうぞ」
「私の国ではね、結婚したら、夫婦で薬指に指輪を付けるの。つまり、その指に指輪をはめていたら、既婚者って意味になるのね。結婚式で指輪を交換するのが憧れで……」
「それは大事ですね。他にもあったら教えてください」
おねだりなんて気まずいので、受け入れられてほっとした。だが、結婚指輪はどうしても欲しい。
「今のところはそれだけ。ありがとう」
「私はユイに色んなものを諦めさせることになるんですから、ユイが望むことは、できる限り叶えてあげたいんです。遠慮しないでくださいね」
「分かった」
結衣には、そんな被害者意識は無い。自分で決断したことだ。
「最後に一回だけ日本に戻って、家族や友達にお別れして、必要なものだけ持ってくる。それはいいよね?」
「ええ、止めませんよ。でも、必ず戻ってきてください」
「約束する」
結衣は頷くと、姿勢を変えて、アレクにそっと口付ける。
「安心した?」
「ユイ……本当に可愛いですよね」
そんなふうにしみじみと呟かれると、結構恥ずかしい。
だが、アレクにそっと引き寄せられても、結衣は逃げなかった。再び口付けをかわす。そして額を合わせて、互いにふふっと笑い合った。
窓から差し込む日射しが、やわらかく部屋を照らし出していた。
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第三部、完結です。
第四部は波乱の結婚式編を予定しています。また準備ができたら再開します。
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