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第三部 命花の呪い 編
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しおりを挟むそれからしばらくして、結衣はホールを出た。
ほとんど遠目に見ているだけで、雰囲気だけ楽しんできた感じだ。
「そういえば会場にオスカーさんがいなかったね」
廊下を歩きながら、結衣はディランに話しかける。午前中のデビューする子息子女の紹介の時はいたので、夜もいるのかと思っていたのだ。
「閣下はいつも午前の式典しか参加しませんよ。デビューする若者達で楽しんでもらって、自分は仕事をするというのがいつもの流れです」
「流石、仕事中毒」
結衣はオスカーの分かりやすさに笑ってしまった。そこでアレクが言っていたことを思い出して、ディランに問う。
「明後日のことを訊いてから帰る?」
「いえ、今日はもう遅い時間ですのでご遠慮なさった方がよろしいかと」
ディランはどこか気まずそうに返した。
どうしてそんな顔をするのだと結衣は不思議に思ったが、確かに彼の言う通り、もう夜も遅い。
「それなら明日、行ってみるよ」
「ええ、そうしましょう」
ほっとした様子で、ディランは頷いた。
「ユイ」
名前を呼ばれたので足を止めると、アレクがホールの入口から出てくるところだった。結衣達はホールの上座側の扉からはかなり離れていたが、ちょうど階段の手前にいたので、声は聞こえた。
「アレク、どうし……えっ!?」
返事をしようとした結衣だったが、急にディランに軽く背中を押されて、壁の方へとよろめいた。
「ユイ様、逃げて下さい!」
壁に手をついて振り返った結衣が見たのは、階段の下からやって来たらしい茶色の髪の男が、ディランへと切りかかる場面だった。鉄の打ち合う高音が響く。
(いったい何事!?)
驚く結衣の前で、ディランが男に蹴り飛ばされた。ディランはよろめいたものの、すぐに体勢を整える。対人戦には滅法強いディランをいなした男は、それだけではなく、ディランの上着を掴むと、そのまま両手でディランを大きく持ち上げた。そして、細い体躯に反する怪力さで、ディランを階段の下へと放り落としてしまった。
「ディランさん!」
結衣は悲鳴を上げて、手すりに飛びついた。ディランが階段を転がり落ちて、踊り場にぶつかったところだった。
急いで駆け付けたかったが、結衣ははっと凍りついた。男が短剣の先を結衣に向けたのだ。
「導き手だな?」
男の青い目が、一瞬、金色に光ったような気がした。
「あなた、いったい……」
結衣は刃先を避けるように、じりっと後ろに下がる。だが刃物よりも、男の右腕に絡みつくようにして立ち上る黒い影に目を奪われた。
(これって魔法?)
確か城には結界が張ってあり、魔法を使えないはずだ。
どうして男が魔法を使えるのか分からないが、魔法に詳しくない結衣にも、その影が禍々しいものだと一目で分かった。
「ドラゴンの導き手、覚悟!」
男の声とともに、影が上へと伸びあがり、まるで蛇のような姿をとって、結衣に向かってきた。
「きゃああ!」
両腕で顔を庇うようにして、結衣は身をすくめた。じっと身を固くしていたが、一向に痛みのようなものはやって来ない。
恐る恐る目を開けた結衣の前には、青い壁があった。結衣は愕然と目を見開く。
それはアレクの上着の色だった。アレクは結衣に覆いかぶさるようにして、目の前に立っている。黒い影が蛇のようにアレクに巻き付き、やがて右腕へと吸い込まれて消えた。
「あ……アレク?」
結衣はへたりこんだ格好で、アレクを見上げる。
「ユイ、無事……です、か」
苦しそうに顔を歪めて聞いたが、そこで限界がきたようだった。ぐらりと倒れ掛かってくるアレクを、結衣は両腕を伸ばして、慌てて抱き留めた。
「アレク? ……アレク!」
肩を揺すって呼びかけてみるが返事はない。
最悪の想像に凍りついた結衣だが、アレクの呼吸が耳元で聞こえたのでほっとする。どうやら気を失っただけらしかった。
無事なのは良いとして、結衣には成人男性一人を支えるには重すぎる。支えておくので手一杯で、上手く身動き出来ず、周りを見回して人を呼ぶ。
「誰か! 誰かいませんか!」
パニックに陥った結衣は、救急車と医者のことで頭がいっぱいで、加害者の存在を少しの間忘れていた。
「ちっ、割り込みおって……。かくなる上は」
男は短剣を掲げたが、振り下ろす前に強い衝撃を受けて横へと勢いよく倒れた。
「させるか!」
階段から落ちたはずのディランだった。剣をなぎ下ろした格好で、ぜいはあと肩で息をしている。額から血がしたたり落ちた。
男が動かないのを確認すると、ディランは結衣の方に心配そうに目を向けた。そして、結衣が支えているのが誰か理解するや目を見張る。
「陛下!」
そこへ衛兵がようやく駆けつけ、辺りは騒然となった。
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