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第三部 命花の呪い 編
03
しおりを挟む「あ! イシュなんとか!」
警戒心もあらわに長剣を抜き、正面で構えるアレクの後ろで、結衣は思わず叫んだ。
イシュドーラ・アスラは、結衣はもちろんのこと、リヴィドール国と因縁深いアスラ国の王太子だ。短い黒髪と鋭利な眼差しを持つ金の目をもつ。褐色の肌ととがった耳はいかにも魔族という外見で、整った顔立ちなのに、好戦的な性格のほうが表に出ているので、どうも警戒してしまう。毛織のマントと上着、ズボンは全て黒一色だ。イシュドーラは特に武器を構えることなく悠然と立っていたが、結衣の言葉に眉をひそめる。
「イシュドーラだ。お前、俺の未来の妃だろ。名前ぐらい覚えろ」
「笑えない冗談ですね」
アレクがふっと笑った。話し方は丁寧だが、声色は硬く、冷たい響きがある。
「そうよ、私は妃になんかならないって言ってるでしょ。いい加減にしなさいよね!」
結衣も怒りを込めて返す。だが、イシュドーラが金の目でじろりと結衣を見たので、首をすくめてアレクの後ろに隠れた。
(相変わらず、おっかない奴だわ)
寒さだけではない震えを感じたが、アレクの体調が悪いし、弱いところを見せるには癪だ。足を踏ん張って虚勢を張る。
「なんでここにいるの?」
結衣は慎重に問う。それから先程の爆発音のことを思い出したので、質問に付け足す。
「あの森林火災、あんたの仕業?」
「私も伺いたいですね」
アレクも言った。
イシュドーラは鼻で笑う。
「あれだけ派手な騒ぎなら、間者から報告が来るに決まってる。撃墜されたのが、リヴィドールにいるはずのない黒ドラゴンと聞けば、そこの女のことだって分かるだろ」
「わ、私とは限らないじゃないのっ」
「馬鹿か」
思い切り馬鹿にされてカチンときたが、結衣は辛抱強く続きを待つ。
「俺達が近隣の国の情報を知らないとでも? 飛行禁止区域を黒ドラゴンで飛ぶような馬鹿は、無知のすることだ。加えて黒ドラゴンに乗れる奴となると、お前しかいないだろ」
「それで、転移魔法でここまで来たと?」
アレクの問いに、イシュドーラはにやりと笑みを浮かべて返す。
「そりゃあな。自分のものが生きてるかどうかくらい、確認したいところだ。そうしたら、面白い奴が引っかかってな。ああ、断っておくが、今回の件は俺の仕業ではないぞ。国外追放された元兄上がやったことだ」
「ユイをもの扱いするのは引っかかりますが……ひとまず横に置いておきましょうか。元兄上とは?」
アレクは不愉快そうに眉をひそめながらも、冷静な態度は崩さない。イシュドーラも世間話をする態度で、ぞんざいに返す。
「お前の親父が死んだ戦があったろ。王太子はたおされ、第二王子は逃げ帰った。そんな情けない息子のありさまに、うちの親父殿は激怒した。だが、今までの武功に免じて、命はとらずにいてやったわけさ」
イシュドーラの兄が国外追放された理由は分かったが、それとなんの関係があるのだろう。ちんぷんかんぷんな結衣は、話に耳を澄ます。アレクは察しがついたようだ。
「つまり、第二王子が自国に戻るための言い分として、ユイを狙ったと?」
「そうらしいぜ。もし成功していたら、俺があいつに引導を渡してやったが、お前が呪いをくらったから許してやるつもりだ。ついでに、アスラに帰れるように、親父殿に口添えしてやろうかな」
イシュドーラはくつくつと、それは愉快そうに笑う。
「まったく、無様だな、アレクシス。聖竜がいなくては、ただの人か。今も立っているのがやっとだろう?」
「えっ」
結衣はバッとアレクの顔を覗き込んだ。魔法の明かりだけでは心もとないが、アレクが苦しそうな顔をしているのは見てとれる。だが、結衣が何か言う前に、アレクはイシュドーラに厳しい調子で問う。
「それで、どうしてまた、わざわざここに現れたんですか?」
「そんなの決まってるだろ? 今まで、お前には散々邪魔されてきたんだ。最後に、最高の絶望をくれてやろうかと思ってな。――こんなふうに」
イシュドーラは右手の平を上に向ける。赤々とした魔法の炎が浮かび上がった。それを、月の雫へと放り投げる。
炎は花畑にぶつかると、ボンッと爆発音を立て、月の雫が燃えてしまった。
「なっ、なんてことすんの!」
結衣はあまりの衝撃に、息を飲む。まるで全身の血が抜かれたみたいに、体がすーっと冷たくなる。
「……なるほど。魔族らしい、最悪の嫌がらせですね」
ふうと息をつき、アレクは長剣を正面でちゃきりと構える。
「そちらがそのつもりなら、私も加減はしません。大人しくやられる気はありませんからね」
「それでいい。簡単にくたばられるのも、つまらないからな」
イシュドーラも、腰の長剣をすらりと抜く。アレクに向かう前に、イシュドーラはオニキスのほうに鋭い一瞥を投げる。
「だが……そこのドラゴン! 手ぇ出したら、お前から殺す」
「グッ、ギュルルル」
遠くから様子見していたオニキスは、イシュドーラの恐ろしいにらみにビクリと震え、その場に縮こまってしまった。
(そうだ。オニキスは元々、イシュドーラの砦に囚われてたんだもん。そりゃあ、ボスを目の前にしたら怖いわよね)
結衣はオニキスの怯えようが心配になった。
イシュドーラの砦にいた時、飼育員の調教に怯えて暴れ、しまいには飼育員を食べたせいで、檻に閉じ込められていたのだ。オニキスにとって、魔族は恐ろしい相手だろう。
「ドラゴンは友です! その扱い方も気に入りません!」
「良い子ぶってんじゃねえよ、英雄様!」
アレクが剣を手に駆けだすと、イシュドーラも迎えうつ。
戦いを前に結衣は首をすくめる。怖くて体が震えるが、自分の足を叱咤して、今、できることを探す。
(とりあえず、さっきの火を消さなきゃっ)
他の花にも燃え移っては大惨事だ。隙を見て、花のほうへ駆け寄った。
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