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第二部 光と影の王宮
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しおりを挟む別宮の自室に戻ると、有紗は午餐に参加せず、これまでのことを樹皮紙に書きだしてみた。
・顔合わせのパーティーで、王妃のグラスに毒が入っていた。
・毒は無味無臭、色もない。→薬師によると、おそらくヒ素?
・グラスは、妃は全て共通のデザイン。→王妃が狙いとは限らない?
・ヒ素入りの化粧水が、アークライト国で流行。最近、ルチリア王国に入ってきた。
・その化粧水が、王妃の部屋から発見された。他の部屋からはなし。→王妃の自作自演? しかしおびえようは本物に見える。
・ヴァルトと王妃には確執があるようだ。→しかし、彼は簡単には王妃の部屋には入れそうにない。
有紗は改めて読み上げると、ばたっとテーブルに突っ伏した。
「手詰まりじゃないのー!」
王妃が限りなく怪しいが、だからといって、ヴァネッサが毒を入れたという疑いが、完全に晴れたわけではないというのが問題だ。
「でも、不思議よねえ。誓約の儀を邪魔したいって人が、この国にいるのかな?」
落ち着いて考えてみると、こんな騒ぎを起こしてまで妨害したい理由が分からない。
王位争いで、もっとも有力なのは第一王子だ。王宮の人々を見ていると、彼への期待と信頼の大きさがよく分かる。
確かに、有紗が味方になったことで、レグルス達の地位は上がっただろう。表だって邪魔扱いしなくなったのだから、分かりやすい。でもそれが王位につながるかといえば、そうではない。
(むしろ、私っていう歩く火薬庫みたいな存在を、レグルスがなだめてるって思えば、同情しそうよね)
なぜなら、この国の人々は闇の神を嫌っているのだ。できれば有紗に近付きたくないというのが本音ではないだろうか。
(私、治癒できるけど、反対もできるもんね。不興を買って、ひどい目にあうかもって思うのが自然じゃない?)
何をどう調べたら、この問題は解決するのだろうか。
くさくさしているうちに、午餐が終わって、レグルスが戻ってきた。
「アリサ、ガイウスから、ホールに出入りしていた人達について聞きました?」
「ううん。何か分かったの?」
「下の部屋で話しましょう」
一階にある小広間に移動すると、ガイウスや数名の騎士が休憩をしているところだった。午餐の間、彼らは警備なのだから、交代で休みをとっているのだろう。
「ガイウス、隣にお邪魔してもいいかな?」
「もちろんですよ、殿下、お妃様」
樫の長テーブルは、ちょうどガイウスとロズワルドの傍だけ空きがある。二人は何か話しているところのようだった。
「二人って友達になったの? 楽しくしているところを悪いわね」
迷わずガイウスの隣を選んだ有紗が話しかけると、ロズワルドにじろりとにらまれた。座る位置を間違えたと、有紗はすぐに後悔した。正面に顔が見えないから、隣のほうが良かった。
「調べたことを報告しあっていただけです」
「パーティー会場の出入りを聞き取ってきましたよ。あの場にいた、準備を取り仕切っている使用人がほとんどですが、途中、エドガー王子が水をもらいに来たみたいですね」
ガイウスも有紗の軽口はさらりと流し、ワインを飲みながら報告する。フラットブレッドには肉の煮込み料理がのっていた。
「おいしそうね」
「パーティー料理の余りものですよ。あの騒ぎでほとんど手つかずだったんで、使用人や騎士に回ってるんです。ありがたいことに」
肉料理はごちそうだから、ガイウスはにやりとした。
「良いんだか悪いんだか、ね。それで、エドガー王子? 他には?」
「個別に聞き取りしましたけど、他の部外者は思い当たらないみたいですよ」
「お水をもらいに来ただけじゃあ、なんとも言えないわね。でも、王子がわざわざ水を飲みに来るの?」
それこそ、従者に頼んで持ってきてもらえばいいんじゃないだろうか。
「近くで絵を描いていたので、立ち寄ったみたいですね」
「ああ、そういうこと。あの人、そんなに絵が好きなのね」
あの鮮やかな新緑の絵を思い出して、有紗は感想をつぶやいた。
「エドガーの母君、マール側妃様も絵を描くのがお好きなんですよ。内向的な方で、催しものも最低限しか参加しないみたいです。それで……」
レグルスが言いよどんだ続きを、ロズワルドが引き取った。
「お高くとまってると、王妃様に嫌われているみたいですね」
「そもそも、王妃様と仲が良い妃がいるの?」
有紗がずばり問うと、レグルスはわずかに首を傾げる。
「ジールのお母上、エメリア様とは親しくされているようですが……腹の内までは分かりませんよ」
「いるんだ、仲が良い人」
「エメリア様は、我が国の侯爵家の出です。王妃様は同盟国の王女様ですから、貴族の血を継いでいるエメリア様のことは、そこまで敵視しておりませんよ。僕の母を嫌いなのは、血筋がほとんどです」
「貴族主義ってこと? そっか、マール様は敵国の王女様だから、自然とそこに落ち着くってことね」
なんとなく人間関係が分かったところで、事態は何も進展していない。
「マール様の部屋から、あの化粧水が見つからなかったのは不思議ね」
「女官の部屋まで探しましたけど、なかったようですし……。最初から持っていなかったか、すでに処分したのか。証拠がないのに、疑う真似はできませんよ。外交問題になるので」
「同盟の人質みたいな立場でも、国の代表だから丁寧に扱わないといけないってことでしょ?」
「そうです。アリサは賢いですね」
レグルスがにっこりして、代わりにガイウスとロズワルドの視線が横を向いた。
「ねえ、他に何か分かったことは?」
有紗がガイウスをせっつくと、ガイウスは首を横に振る。
「いいえ、ありませんよ。王妃様はご存知ないとおおせですが、部屋に化粧水が湧きだすわけじゃあないんで、罠にせよ、どこからか流れてきたはずです。次はどこを当たるべきですかねえ」
「鍛冶屋か、貿易商ではないか」
ロズワルドが口を挟み、ガイウスは「そんなところかな」と呟く。
他国から入ってきたのなら、化粧水については貿易商を当たるべきだろうか。
「どうして鍛冶屋?」
「アリサ、銅を精錬する時に、ヒ素が出てくるので……。そこから何か分かるかも、ということです。あとは防腐剤にも使いますしねえ。王宮を出入りできる者は限られていますから、市場を見てみたほうが早いかもしれません。貴人を見かければ、記憶に残っているかも」
「そんなに普通に出回ってるのね」
手に入りやすい毒だと言っていたのは確かみたいだ。
「それならさっそく、明日は町に出ましょ! レグルス、約束を守ってよね」
「はい、もちろんですよ」
花を買ってくれる約束だ。
調査のためとはいえ、有紗は明日が楽しみになってきた。
「アリサ様、目的をお忘れなく」
「やめとけってロズワルド。邪魔者は馬に蹴られるぞ」
ロズワルドがちくりと釘を刺し、苦笑をしているガイウスに止められた。
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