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本編
2.思い出すのは、いい加減な死神 1
しおりを挟む寒風の吹く三月、わたしは分かりやすく浮かれていた。
厚手のコートとマフラー、手袋で完全防備をしているのに、心の中はすでに春満開だ。
「桜咲くって、なんて良い言葉!」
高校三年生の冬といえば、大学受験シーズンだ。
第一志望と第二志望に落ち、滑り止めの第三志望の大学に行くべきか迷っていたら、昨日、運良く補欠合格したと知らせがあった。まだ結果が出ていない同級生のために冷静に振舞っているだけで、本当は大通りの真ん中で踊りたいくらいには、気が緩みまくっている。
両親や祖父母も大喜びしてくれて、今夜はお祝いに、少し豪華な焼肉に連れて行ってもらうことになっていた。
「春には大学生か~、楽しみ。服装も自由だし、髪形だって好きにできるなんて最高」
わたしが通う公立高校は規則が厳しくて、古くさい女学生みたいな長いスカート丈に、黒髪しか認めず、髪型は肩より長くなったら一つ結びか三つ編みしか許さない懐古的な所だった。その反動で、「大学デビュー」を果たす学生が多いらしい。
わたしも受験戦争からの解放感で、美容室に行って、長い髪をセミロングに切ったところだ。
ちょうどガラスに映る自分の姿が見えてにっこりすると、その奥、カフェの窓際に座っている客と目が合った。わたしはとっさに前髪を整えるふりをしてその場を立ち去る。ナルシストみたいな場面を他人に見られて恥ずかしい。
「ふう、ちょっと休憩しよう」
広い交差点傍の歩道には、大きな街路樹の楠が植わっている。その下にはベンチがいくつか並んでいて、誰でも休憩できるようになっていた。
わたしはベンチに座ると、途端に手持ち無沙汰になり、ショルダーバッグからスマホを取り出す。スマホ依存気味だなと反省するが、ちょっとあいた時間があると取り出してしまう癖がある。
わたしは高校の友達に貸してもらった漫画やライトノベルに影響されて、オンライン発の作品にはまっていた。夜更かししても読んでしまうことに危機感を覚え、受験のために、昨年の夏からオンライン小説を読むのは封じていた。それも、もう解禁だ。
久しぶりにオンライン小説の投稿サイトを開く。
「あ、『逆行聖女』、もう完結してる」
『逆行聖女』というのは、『処刑後に逆行した聖女は復讐します』というタイトルを略したものだ。
わたしがオンライン小説を封じた時に流行っていたのが、いわゆる「ざまあ」ものだ。
無実の罪で処刑された主人公が、死んだ瞬間に過去へ逆行して、幼い頃からやり直す。そして、前世で主人公を陥れた人達に復讐をするという流れが王道パターンとなっていた。
(似たようなものが多いけど、これは特に気になってたんだよね)
『逆行聖女』の場合、実は本物の聖女なのに、主人公は聖印が現れないせいで偽物疑惑を向けられていた。そんなある日、突然、王宮に現れた異世界人が聖女だと名乗り、主人公を陥れて婚約者も奪い取り、邪魔な主人公を処刑に追いやるところから物語が始まる。
(気になるから、ちょっとだけ読んでみよう)
さっきコンビニで買ったばかりの熱い紅茶をお供に、わたしはしおりをつけていたページをタップする。
『逆行聖女』の作者は更新頻度が高いが、一ページでの文字数は少ないタイプだ。二、三ページくらい読むつもりでいたのに、あっという間に引きこまれ、気づけば小説を読み終えていた。
「嘘でしょ。まさかグロ系だったなんて」
わたしは撃沈して、スマホを握りしめて脱力した。
主人公は復讐を成し遂げた。前世でひどい真似をした連中を一人ずつこらしめ、凄惨な罰を与えた。あっさりと書いてあるから投稿サイトの規約に引っかからないだけで、内容はえげつない。
最初に主人公を裏切った侍女は、ゴブリンの巣穴に置き去りにして、入り口を崩して閉じこめて殺す。
婚約者の王子の配下達は、一人ずつ罠にかけて殺したり、経済的に困窮させたりして精神的にも追いこみ、死に追いやる。
異世界から来た女は、極寒の修道院に追いやられ、ひもじさと寒さで弱っているのに、そこに主人公が手配した賊に辱められ、精神的に病んだ後、病死。
処刑に追いやった婚約者の王子のことは愛しているので殺さないかわり、視力を奪って、傍に置くという……誰に得があるのかな、この内容は? というサディスティックな結末だった。
(というか、待ってよ。あの騎士、ヒーローじゃなかったの!?)
主人公に親切で、前世でも助けてくれようとした男がたびたび出てきたのに、実はヒーローではなかったのが、わたしの心をもやもやさせた。
「ああ、しんどい……」
すっかり紅茶は冷めていて、空は橙色に染まり始めている。他のベンチにいた人の数も、いつの間にかまばらになっていた。
「そうだった、焼肉!」
勉強だとなかなか集中できないくせに、どうしてオンライン小説だとどっぷり浸かるんだろうか。
絵麻はベンチを立ち、自宅方面に向かうバス停へ足を向ける。
――その時、突然、世界が揺れた。
「えっ、地震!?」
体がふらついて、ベンチを支えに、その場にしゃがみこむ。
――ミシ、ミシミシミシ
「ん?」
「そこの人、逃げて!」
なんの音だと思った時、近くの人が叫んだ。
わたしは顔を上げたが、見えたのはこちらに倒れてくる木の幹だけだった。
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