【SF×BL】碧の世界線 

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第一章 もう一つの世界

9. 一つの部屋に二人

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「樹、中心がズレてる」

  樹は気を引き締めると左手の指先に力を入れて体勢を立て直した。クっと声が漏れる。

樹は今、霧島の指導の下体幹トレーニングをしている。これは強くなるために体術を学びたいと言った樹に加賀美が手配してくれたものだ。N+捜査官が交代で樹に体術を教え込んでくれるらしい。

「ほらほら、またグラついてるよ」

腕立て伏せをする体勢から右腕を前に、左足を上げる。体を地面から平行に保つこの体勢は床についている手足だけではなく太ももやお尻、背中までも筋肉を使う。

少し気が緩めば簡単にひっくり返ってしまい、運動をしてこなかった樹はトレーニング二日目にして満身創痍だ。

「はい、今日はここまで」
「ありがとうございました」

汗がこめかみを伝い、Tシャツの肩でぬぐう。樹の傍ら、指導者の霧島は涼しい顔でお酒を飲んでいた。

「……そんなに飲んでていいんですか?」

「いいのいいの、仕事は終わってるんだから。女も28歳になるとね、お酒飲まないとやってらんないのよ」

しかしここ蒸し暑いなぁ、と呟くと霧島はチューハイを美味しそうに飲んだ。

「そういえば、何の能力か分かった?」
「それがまだ分からないんですよね」

「ん~運動系の能力ではなさそうよね、だって、それならもう少しできそうなもんだし」

「……」

運動神経が悪いと言われているみたいで樹は軽く落ち込んだ。

運動系の能力だったら良かったのに……。

相手を打ち負かすような強さに繋がる能力を得ることを願っていたのに、実際に得たのは生命維持系の何かだ。

もしかしたら打たれ強いのかもしれないと希望を抱き、初日に霧島に実戦さながらの攻撃をお願いしたが、結局あちこちに打撲を作っただけだった。

「色々試してみたんですけどね……」

樹は焦っていた。能力が何か知り、それが戦いに使える物ならそれに越したことはない。そうでなくても能力を持っているという事でN+捜査官への道が開けるのだ。

「アオにお願いしてみたら?」
「アオさん、ですか?」

「そう。あいつ、私たちよりずっと気付きが多いから樹の能力も分かるかもよ」

「アオさんか……」

薬局で散々な姿を見せたことが思い起こされる。

俺を見るあの真顔……。

微妙な顔をしていたのだろう。樹の顔を見て霧島が吹き出した。

「あはははは、あいつが苦手? まぁ、分からんでもない。あいつ何考えてるのかわかんないもんねぇ。でもいい奴だと思うよ。アオが18歳でここに来てから3年の付き合いだけどさ」

くぴっとチューハイを一口飲んでから霧島は、それに、と続けた。

「アオの能力って経営者向きだと思わない? 気付く力を商売にしたらここで働くよりも危険が少なくてがっぽり稼げると思うんだよねー。それなのにこの仕事を選ぶなんて、相当の……バカよね」

くくくく、と可笑しそうに霧島が笑う。

「結構酔ってます?」
「酔ってないわよぅ」
「……」



 翌日、青砥は今日仕事が休みだという情報を霧島から仕入れていた樹は朝から食堂に陣取っていた。

何人もの人を見送ること2時間半、先日と同じ9時半に青砥は食堂にやってきた。青砥が定食を持って席に着いたのを見計ってお茶だけ持って青砥のテーブルの前に立った。

「ここ、いいですか?」

どうぞ、と言いながら青砥の視線が食堂を見回す。

「俺のこと苦手かと思ってたんだけど」

青砥が樹を見上げ、目が合ったまま樹が言葉に詰まると青砥はいち早く視線を外してお皿の野菜をつまんだ。

「樹は分かりやすいな」
「すみません」
「俺が苦手だって認めたの?」
「あ……、いや、その、お願いがありまして」

フォローの言葉が思いつかなくて、樹は強行突破で思っていることを伝えはじめた。

「俺、この間N+開発治療を受けてN+が開花したはずなんですけど、どんな能力なのか自分にも分からなくてアオさんに俺の能力が何か見て貰えないかなと思ったんです」

「俺に聞くってことは、俺の能力については知ってるんだ?」

「はい、なんとなくですけど。霧島さんが教えてくれました。人より多くのことに気付ける能力だって」

「そう。俺の能力は沢山の情報を脳が処理して答えを導き出すから、樹の情報が沢山ないと分からないと思うよ」

「俺の情報……質問してもらえれば何でも答えます」

「いや、そういう事じゃなくて樹の苦手な俺とずっと一緒にいないといけないよってこと」

ずっと? 

出来る限り一緒に行動するという事だろうか。嫌だとか苦手だという気持ちよりも、樹には驚きの方が大きかった。

ずっと一緒にいる、樹なら自分の為だから多少の我慢もする。でも青砥にとっては樹と一緒にいることのメリットはないはずだ。むしろ樹がいることで青砥の時間を奪うことになる。

「アオさんはいいんですか? 俺とずっと一緒なんてウザくなるんじゃ……」

「そう考えられる樹なら俺はいいよ」

いい奴だと思うよ、そう言った霧島の言葉を樹は少し理解したような気がした。

「よろしくお願いします」
「いつから始める?」
「今からで!」

 部屋に戻るけど来る? と誘われて断る理由も無くついていくと、青砥の部屋は意外にも樹の真上で3階の角部屋だった。

置く物が無くて何もない樹の部屋とは違う。いわゆるミニマリストという感じのシンプルな部屋の一角に青砥には似合わない縫いぐるみが積まれていた。ピンと張った丸い耳、大きな目、白とピンクのリスのような縫いぐるみが大小20個はある。

「こういうの好きなんですか?」
「うん、好き」
「ぶっ」

予想外の言葉に樹は思わず吹き出してしまった。横を向いて誤魔化そうともしたが意外過ぎてツボに入ってしまい肩が小刻みに揺れる。

「そんなにおかしいかよ」

「いや、いいと思う……ぶっ、ごめ、すみません。意外過ぎて」

青砥が口元を押さえて横を向いた。その仕草が恥ずかしいと言っているようで、樹の中にあった『にがて』という文字が一文字だけ消えた。

「言っておくけど、コレ、俺が自分で買ったものじゃないからな。ちょっと動画で喋ったらいっぱい送られてくるようになったんだよ。お前も気をつけろよ」

「何にですか?」
「そのうち分かるよ」


こうして樹は青砥が寮にいる間は同じ部屋で生活するようになった。


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