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第一章 もう一つの世界
14. 勇者、霧島
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「おぉーっ、やった。やっと分かったねーっ、祝いじゃ、祝じゃっ。皆で飲みに行こうよっ」
「そんなこと言って、茜さんはただ飲みに行きたいだけですよね」
お酒が飲みたい霧島がついに我慢の限界を超えただけのようにも思えたが、樹も気分がかなり高揚していた。N+能力が分ればこれで自信を持ってN+捜査官の試験を受けることが出来る。自分の能力が分からずに試験を受けることが出来ないという悪夢を見ることも無くなるのだ。
「そんなこと言って、青砥も出掛ける準備してるじゃん」
「単なる飲みのお誘いなら断りますけど、樹のお祝いですしね」
祝ってくれるんだ……。
嬉しくて綻んだ顔を見られるのが恥ずかしくて、樹はキュッと頬を引き締めた。
山口にも声をかけ4人が向かったのはお日さま寮からほど近い場所にある居酒屋「熊平衛」だ。30代後半の熊のようなおじさんが店主のこの居酒屋は常連客も多く、ドアを開けた瞬間からにぎやかな声に包まれた。
「いらっしゃーい、茜ちゃん、久しぶりじゃん。寂しかったよ~」
「やーん、私も熊さんのチャムゲが恋しかったよーっ」
常連なのは霧島だけかと思えば、山口や青砥まで熊さんに挨拶をして言葉を交わしている。聞けば熊平衛はランチをやっており、お日さま寮の食堂が営業していない時間はここで食事をすることも多いとのことだった。
「熊さんのチャムゲが本当に絶品なのよーっ、ほら樹も食べて、食べて。今日は樹のお祝いなんだからお金の心配はしなくてもいいわよっ」
テーブルに並んだ料理を霧島が樹にだけ取り分けるから、樹のお皿は常に満杯だ。少しぐらい嫌がりそうなものだが、樹は樹でにやけたり真顔になったりを繰り返しながら食べ物を受け取っている。
「でも本当に樹君の能力が分かって良かったですよねぇ」
グラスに入ったホット焼酎を両手で持って、山口がニコニコと体を揺らすと霧島がフンっと鼻息を荒くした。
「私のお陰なんだからっ、ね、樹っ」
その言葉に『セックス』という単語が思い起こされ、樹は噴き出しそうになった口を両手で抑えた。ぐっという声が漏れた樹の背中を青砥がさする。
「大丈夫か? 動揺しすぎだろ」
「ちょっと気を付けてよぅ~。私の大事なご飯が飛んで行っちゃうわ~」
ガハハと霧島が声を出して笑った時、青砥のブレスレットがいつもの光を発した。ぶるん、と小さく振動し青砥を呼んでいる。
「すみません、俺、ちょっと」
電話を終えて店の外から戻ってきた青砥がどういう行動に出るのか、樹には想像がついていた。きっとあの女性に会いにいくのだろう。
霧島がトンと音を立ててグラスを置いたのは、「用事が出来たので先に帰ります」という言葉を残して青砥が出て行ってから20分くらい経った頃だった。ふう、と息を吐けばちゃんと酒臭い酔っ払い、意識はしっかりとあっても理性のタカが多少外れているのは明白だ。
「青砥めぇ、私たちを置いて女に会いに行くとは」
「んもう、また聴いたんですかぁ」
「聴いたんじゃなくて聞こえたの」
聞こえた、を強調しながら霧島は残っている食べ物を次々と口に運んだ。「私、もうずっとデートなんてしてないのに」お酒を飲むたびに霧島の言葉に力が入る。テーブルの上の食べ物がすっかり無くなった時だった。霧島は勇敢な勇者のように顔をあげ、グラスを高々と掲げた。
「野郎ども、行くわよ。青砥の彼女をこの目で確かめてやる。熊さん、お会計っ!!」
店を出ると霧島は俯き加減で目を閉じた。まるでファンタジー映画の精霊使いが大地に話しかける時のようなポーズである。霧島の眉がグッと寄った次の瞬間、パチッと目が開いた。
「聴こえた。こっち」
山口と樹の腕をつかんで、お日さま寮とは反対の方向へグイグイ進む。この辺の住宅はキノコ型のものが多く、絵本の中のようなメルヘンな雰囲気があった。
住宅街の22時、人々はすっかり家の中にいて温かな明かりが揺れており、その中をグイグイ進む3人組は怪しい以外の何者でもない。
曲がり角に差し掛かった時、霧島が急に速度を落とした。唇の前で人差し指を立てて「しー」の合図をしてから、ゆっくりと進む。樹は一度山口と顔を合わせてから、足音を殺して霧島の後に続いた。霧島の勢いに押し切られてここまでついてきたものの樹の足取りは重い。そのうち、霧島がピタッと止まり、大きな草の向こうを指さした。
足取りは重くても、気が進まなくても促されればなんとなく見てしまう、それが人間というものだろう。
この世界の有難くて残念なところは、センサーが働く範囲に人がいればその場所がぽうっと明るくなってしまうところだ。そしてそのセンサーは正規の道から外れている霧島たちには反応してないが、青砥達にはちゃんと役目を果たしていた。
「へぇ~やるじゃん。結構可愛い」
色素の薄い艶やかな長い髪の毛、自身のスタイルの良さを強調したミニスカート、体にフィットしたトップスは襟元が大きく開いていないからこそ、余計に胸の大きさが強調されていた。少し距離があるため樹からはっきりと顔を見ることは出来ないが、シルエットや雰囲気は間違いなくアイドル系の可愛さだ。
「で、話している内容はっ」
樹と同じで盗み見るのは気が進まないタイプかと思いきや、山口はノリノリだ。霧島の肩に手を置いて顔を近づけて霧島の返答を待っている。ことが起きたのは突然だった。霧島が低い唸り声のようなものを上げたかと思えば、拳を振り上げて立ち上がったのだ。
「ちかーいっ!!」
「そんなこと言って、茜さんはただ飲みに行きたいだけですよね」
お酒が飲みたい霧島がついに我慢の限界を超えただけのようにも思えたが、樹も気分がかなり高揚していた。N+能力が分ればこれで自信を持ってN+捜査官の試験を受けることが出来る。自分の能力が分からずに試験を受けることが出来ないという悪夢を見ることも無くなるのだ。
「そんなこと言って、青砥も出掛ける準備してるじゃん」
「単なる飲みのお誘いなら断りますけど、樹のお祝いですしね」
祝ってくれるんだ……。
嬉しくて綻んだ顔を見られるのが恥ずかしくて、樹はキュッと頬を引き締めた。
山口にも声をかけ4人が向かったのはお日さま寮からほど近い場所にある居酒屋「熊平衛」だ。30代後半の熊のようなおじさんが店主のこの居酒屋は常連客も多く、ドアを開けた瞬間からにぎやかな声に包まれた。
「いらっしゃーい、茜ちゃん、久しぶりじゃん。寂しかったよ~」
「やーん、私も熊さんのチャムゲが恋しかったよーっ」
常連なのは霧島だけかと思えば、山口や青砥まで熊さんに挨拶をして言葉を交わしている。聞けば熊平衛はランチをやっており、お日さま寮の食堂が営業していない時間はここで食事をすることも多いとのことだった。
「熊さんのチャムゲが本当に絶品なのよーっ、ほら樹も食べて、食べて。今日は樹のお祝いなんだからお金の心配はしなくてもいいわよっ」
テーブルに並んだ料理を霧島が樹にだけ取り分けるから、樹のお皿は常に満杯だ。少しぐらい嫌がりそうなものだが、樹は樹でにやけたり真顔になったりを繰り返しながら食べ物を受け取っている。
「でも本当に樹君の能力が分かって良かったですよねぇ」
グラスに入ったホット焼酎を両手で持って、山口がニコニコと体を揺らすと霧島がフンっと鼻息を荒くした。
「私のお陰なんだからっ、ね、樹っ」
その言葉に『セックス』という単語が思い起こされ、樹は噴き出しそうになった口を両手で抑えた。ぐっという声が漏れた樹の背中を青砥がさする。
「大丈夫か? 動揺しすぎだろ」
「ちょっと気を付けてよぅ~。私の大事なご飯が飛んで行っちゃうわ~」
ガハハと霧島が声を出して笑った時、青砥のブレスレットがいつもの光を発した。ぶるん、と小さく振動し青砥を呼んでいる。
「すみません、俺、ちょっと」
電話を終えて店の外から戻ってきた青砥がどういう行動に出るのか、樹には想像がついていた。きっとあの女性に会いにいくのだろう。
霧島がトンと音を立ててグラスを置いたのは、「用事が出来たので先に帰ります」という言葉を残して青砥が出て行ってから20分くらい経った頃だった。ふう、と息を吐けばちゃんと酒臭い酔っ払い、意識はしっかりとあっても理性のタカが多少外れているのは明白だ。
「青砥めぇ、私たちを置いて女に会いに行くとは」
「んもう、また聴いたんですかぁ」
「聴いたんじゃなくて聞こえたの」
聞こえた、を強調しながら霧島は残っている食べ物を次々と口に運んだ。「私、もうずっとデートなんてしてないのに」お酒を飲むたびに霧島の言葉に力が入る。テーブルの上の食べ物がすっかり無くなった時だった。霧島は勇敢な勇者のように顔をあげ、グラスを高々と掲げた。
「野郎ども、行くわよ。青砥の彼女をこの目で確かめてやる。熊さん、お会計っ!!」
店を出ると霧島は俯き加減で目を閉じた。まるでファンタジー映画の精霊使いが大地に話しかける時のようなポーズである。霧島の眉がグッと寄った次の瞬間、パチッと目が開いた。
「聴こえた。こっち」
山口と樹の腕をつかんで、お日さま寮とは反対の方向へグイグイ進む。この辺の住宅はキノコ型のものが多く、絵本の中のようなメルヘンな雰囲気があった。
住宅街の22時、人々はすっかり家の中にいて温かな明かりが揺れており、その中をグイグイ進む3人組は怪しい以外の何者でもない。
曲がり角に差し掛かった時、霧島が急に速度を落とした。唇の前で人差し指を立てて「しー」の合図をしてから、ゆっくりと進む。樹は一度山口と顔を合わせてから、足音を殺して霧島の後に続いた。霧島の勢いに押し切られてここまでついてきたものの樹の足取りは重い。そのうち、霧島がピタッと止まり、大きな草の向こうを指さした。
足取りは重くても、気が進まなくても促されればなんとなく見てしまう、それが人間というものだろう。
この世界の有難くて残念なところは、センサーが働く範囲に人がいればその場所がぽうっと明るくなってしまうところだ。そしてそのセンサーは正規の道から外れている霧島たちには反応してないが、青砥達にはちゃんと役目を果たしていた。
「へぇ~やるじゃん。結構可愛い」
色素の薄い艶やかな長い髪の毛、自身のスタイルの良さを強調したミニスカート、体にフィットしたトップスは襟元が大きく開いていないからこそ、余計に胸の大きさが強調されていた。少し距離があるため樹からはっきりと顔を見ることは出来ないが、シルエットや雰囲気は間違いなくアイドル系の可愛さだ。
「で、話している内容はっ」
樹と同じで盗み見るのは気が進まないタイプかと思いきや、山口はノリノリだ。霧島の肩に手を置いて顔を近づけて霧島の返答を待っている。ことが起きたのは突然だった。霧島が低い唸り声のようなものを上げたかと思えば、拳を振り上げて立ち上がったのだ。
「ちかーいっ!!」
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