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第一章 もう一つの世界
13. 樹と霧島の能力
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最近、青砥は夜に出かけることが多い。相手はきっと先日青砥のブレスレットから聴こえたあの声の女だろう。今日は出掛けないのかなと樹が思っていると、青砥は眉間にシワを寄せてコメカミをさすった。最近青砥がよくする行動だ。
「頭、マッサージでもしましょうか?」
「いいの?」
「うん、色々お世話になっているし」
青砥の部屋には青砥セレクトのN+捜査官試験資料が至る所に浮かんでいる。樹が部屋にいる時は常に表示されていて、一日の終わりにはランダムに問題を表示させた模擬試験まで用意してくれるのだ。
「じゃあ、頼む」
青砥はベッドに仰向けに寝転がると足を立ててベッドの3分の1の位置に頭を持ってきた。そして首の下に枕を置くことで後頭部を少し浮かせると、どうぞ、と言わんばかりの真顔で樹を見た。
「おじゃまします」
樹は青砥の頭の前に座って髪の毛に指を入れた。柔らかい猫毛が指先を擽る。マッサージ未経験ではあるが、樹は昔見た旅番組のヘッドスパのお姉さんの動きを思い出していた。
確か、頭全体を両手で包むようにしていたよな、そこから指の腹を使って耳の後ろや後頭部をそっと揉みほぐして……。
お姉さんの動きを脳内で言葉にしながら自分の指を動かしていくと、キュッと閉じていた青砥の口がほんの少し開いた。
「……はぁ、きもちいい」
親指の位置をずらしてこめかみ部分を丸くマッサージする。青砥の目が段々と細くなり、トロンと溶けた。普段の青砥からは想像もできない表情だ。こめかみで円を描きながら後頭部を人差し指からなる3本の指で指圧すると、今度は先程よりもちょっと上ずった息を吐いた。
なんかこれって……。
樹の心音が動揺で早くなる。クールで冷たい三白眼、真顔でなんの感情も読ませない青砥が今、樹の指によって恍惚の表情を浮かべているのだ。そのうえ……。
「ん……そこ、気持ちいい。もっと」
こんなことを言う。顔に火が点きそうだった。いや、実際のところ樹の顔はお酒でも飲んだかのように真っ赤だ。
「たつき、上手いな、おまえ」
もう限界だ。今まで無頓着にしてきた樹の内部を揺すられ、どう終わりを切り出そうかと考え始めた時救いの音が部屋に響いた。それも一度ではない。連打だ。
「誰? いいところだったのに」
青砥の呟きが聞えたかのようにまたインターホンが鳴ると、青砥はしぶしぶ部屋のドアを開けた。
「ちょっと!! アンタたち、部屋で何してんのよっ!? いや、シててもいいけど、いいんだけど私がいることを伝えておいた方がいいんじゃないかと思ってだな」
ドアの向こうで早口でまくし立てているのは霧島だ。樹は霧島が何を言っているのか分からずにキョトンとしていると、ドアの前で霧島対応をしている青砥の頭がガクっと下がった。
「茜さん、それ誤解です。頭のマッサージをして貰っていただけなので」
「マッサージ!? あ、そうなの?」
霧島のケラケラと笑う声が聴こえ、樹もドアに近づいた。
「俺たち、もしかしてうるさかったですか?」
マッサージをしている時にどこかにぶつかりでもしただろうか。樹が不思議そうに首を傾けると青砥と霧島が顔を見合わせた。
「そうか、樹は私のN+能力を知らないのか!?」
一応教えておいた方がいいか、そんな言葉と共に青砥の部屋に入ってくると、霧島はそこら中に浮かんでいる資料を眺めて、頑張っているなぁと呟いた。
「俺、試験受けるって話しましたっけ?」
「まぁ、まぁ、その辺のことも今から話すからさ。青砥くん、私、お酒が良いなぁ」
「家にお酒はありませんけど」
「マジかよ……」
青砥に渡されたお茶を不服そうに眺めながら霧島は口を開いた。
「私の能力はね、耳なんだよ。勿論、音の大小によって拾える音の範囲は変わるけど、大体半径1Kmくらいはいけるかな」
半径1Kmというと人が15、6分くらい歩く距離だ。なかなか想像しづらくはあるが都市部に行ったりしたら相当な人数の人の声が聴こえることになる。絶えず音が聴こえる状況というのはかなりしんどいのではないかと思うのだが、霧島がそれを感じさせることはなかった。
「それってうるさくないんですか?」
「そうだねぇ、常に音はしてるからうるさいのかな。でもずっとこの音の中で生きてきたからね、もう慣れちゃった。それに、人の耳って欲しい音とか聴きたい音にだけ焦点をあてることが出来るでしょ。私の耳もそう。だから聞こえる範囲にあるからといってどんな音も拾っているわけでもないんだよ」
霧島はそう言うが、さっきの音が聴こえるということは樹の独り言も、誰が誰とどんな話をしているかも霧島の耳には筒抜けだという事だ。それでいいのか? いや、能力なら仕方ないだろ、えぇーっ皆はどうしているんだ、と樹が心の中で盛大な独り言を呟いていると青砥が「それにしても」と声を上げた。
「さっきのあの音が聴こえるなんてちょっとおかしくないですか? 茜さんの部屋って高度な防音対策を施してるって聞いてますけど」
「それがさー、最近、なんかちょっと耳が良くなったかも」
てへ、と言わんばかりに霧島が首を傾ける。
「いや~、ごめんねぇ、聴こえていること伝えないと内容が内容なだけにマズいと焦っちゃってさ。アンタたちがいい感じになって部屋でセックスしているのかと思ったわ」
せっ、セックス!!!!!
衝撃的な言葉に思わず口に含んでいたお茶を噴き出す。樹が吹き出したお茶は短い線となり鋭く霧島の髪の毛を穿ち、背後の壁に音を立ててぶつかった。壁からタラりとお茶が垂れる。
「……」
霧島も樹も言葉を失ったまま固まっていた。そんな中、青砥だけが声を発した。
「息……樹のN+能力は呼吸か」
「頭、マッサージでもしましょうか?」
「いいの?」
「うん、色々お世話になっているし」
青砥の部屋には青砥セレクトのN+捜査官試験資料が至る所に浮かんでいる。樹が部屋にいる時は常に表示されていて、一日の終わりにはランダムに問題を表示させた模擬試験まで用意してくれるのだ。
「じゃあ、頼む」
青砥はベッドに仰向けに寝転がると足を立ててベッドの3分の1の位置に頭を持ってきた。そして首の下に枕を置くことで後頭部を少し浮かせると、どうぞ、と言わんばかりの真顔で樹を見た。
「おじゃまします」
樹は青砥の頭の前に座って髪の毛に指を入れた。柔らかい猫毛が指先を擽る。マッサージ未経験ではあるが、樹は昔見た旅番組のヘッドスパのお姉さんの動きを思い出していた。
確か、頭全体を両手で包むようにしていたよな、そこから指の腹を使って耳の後ろや後頭部をそっと揉みほぐして……。
お姉さんの動きを脳内で言葉にしながら自分の指を動かしていくと、キュッと閉じていた青砥の口がほんの少し開いた。
「……はぁ、きもちいい」
親指の位置をずらしてこめかみ部分を丸くマッサージする。青砥の目が段々と細くなり、トロンと溶けた。普段の青砥からは想像もできない表情だ。こめかみで円を描きながら後頭部を人差し指からなる3本の指で指圧すると、今度は先程よりもちょっと上ずった息を吐いた。
なんかこれって……。
樹の心音が動揺で早くなる。クールで冷たい三白眼、真顔でなんの感情も読ませない青砥が今、樹の指によって恍惚の表情を浮かべているのだ。そのうえ……。
「ん……そこ、気持ちいい。もっと」
こんなことを言う。顔に火が点きそうだった。いや、実際のところ樹の顔はお酒でも飲んだかのように真っ赤だ。
「たつき、上手いな、おまえ」
もう限界だ。今まで無頓着にしてきた樹の内部を揺すられ、どう終わりを切り出そうかと考え始めた時救いの音が部屋に響いた。それも一度ではない。連打だ。
「誰? いいところだったのに」
青砥の呟きが聞えたかのようにまたインターホンが鳴ると、青砥はしぶしぶ部屋のドアを開けた。
「ちょっと!! アンタたち、部屋で何してんのよっ!? いや、シててもいいけど、いいんだけど私がいることを伝えておいた方がいいんじゃないかと思ってだな」
ドアの向こうで早口でまくし立てているのは霧島だ。樹は霧島が何を言っているのか分からずにキョトンとしていると、ドアの前で霧島対応をしている青砥の頭がガクっと下がった。
「茜さん、それ誤解です。頭のマッサージをして貰っていただけなので」
「マッサージ!? あ、そうなの?」
霧島のケラケラと笑う声が聴こえ、樹もドアに近づいた。
「俺たち、もしかしてうるさかったですか?」
マッサージをしている時にどこかにぶつかりでもしただろうか。樹が不思議そうに首を傾けると青砥と霧島が顔を見合わせた。
「そうか、樹は私のN+能力を知らないのか!?」
一応教えておいた方がいいか、そんな言葉と共に青砥の部屋に入ってくると、霧島はそこら中に浮かんでいる資料を眺めて、頑張っているなぁと呟いた。
「俺、試験受けるって話しましたっけ?」
「まぁ、まぁ、その辺のことも今から話すからさ。青砥くん、私、お酒が良いなぁ」
「家にお酒はありませんけど」
「マジかよ……」
青砥に渡されたお茶を不服そうに眺めながら霧島は口を開いた。
「私の能力はね、耳なんだよ。勿論、音の大小によって拾える音の範囲は変わるけど、大体半径1Kmくらいはいけるかな」
半径1Kmというと人が15、6分くらい歩く距離だ。なかなか想像しづらくはあるが都市部に行ったりしたら相当な人数の人の声が聴こえることになる。絶えず音が聴こえる状況というのはかなりしんどいのではないかと思うのだが、霧島がそれを感じさせることはなかった。
「それってうるさくないんですか?」
「そうだねぇ、常に音はしてるからうるさいのかな。でもずっとこの音の中で生きてきたからね、もう慣れちゃった。それに、人の耳って欲しい音とか聴きたい音にだけ焦点をあてることが出来るでしょ。私の耳もそう。だから聞こえる範囲にあるからといってどんな音も拾っているわけでもないんだよ」
霧島はそう言うが、さっきの音が聴こえるということは樹の独り言も、誰が誰とどんな話をしているかも霧島の耳には筒抜けだという事だ。それでいいのか? いや、能力なら仕方ないだろ、えぇーっ皆はどうしているんだ、と樹が心の中で盛大な独り言を呟いていると青砥が「それにしても」と声を上げた。
「さっきのあの音が聴こえるなんてちょっとおかしくないですか? 茜さんの部屋って高度な防音対策を施してるって聞いてますけど」
「それがさー、最近、なんかちょっと耳が良くなったかも」
てへ、と言わんばかりに霧島が首を傾ける。
「いや~、ごめんねぇ、聴こえていること伝えないと内容が内容なだけにマズいと焦っちゃってさ。アンタたちがいい感じになって部屋でセックスしているのかと思ったわ」
せっ、セックス!!!!!
衝撃的な言葉に思わず口に含んでいたお茶を噴き出す。樹が吹き出したお茶は短い線となり鋭く霧島の髪の毛を穿ち、背後の壁に音を立ててぶつかった。壁からタラりとお茶が垂れる。
「……」
霧島も樹も言葉を失ったまま固まっていた。そんな中、青砥だけが声を発した。
「息……樹のN+能力は呼吸か」
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