【SF×BL】碧の世界線 

SAI

文字の大きさ
上 下
82 / 115
第三章

8. 対峙

しおりを挟む
 くすくすと笑う神崎の声はひどく不快だ。怒りに任せて罵倒したい気持ちが樹の中に湧いたが、深呼吸をするかのように息を吐くことで自身を抑えた。神崎を理解したいとは思わない。だが、優愛があんな死に方をしなくてはならなかった理由を樹は知りたかった。

「どういう意味だ?」
「どういうってそのまま、言葉通りの意味ですよ」

「罪の意識はないのか? お前が爆弾を届けたことでどれだけの人間が罪を犯したか、お前が爆弾を与えたりしなければ踏みとどまったかもしれないのに」

「あぁ、あれは愉快でしたね。人間の本質が見えて久しぶりに胸が高まりました」

樹には神崎の言っている言葉の意味が良く分からなかった。いや、言葉としては理解できる。だが自分がしたことで誰かが罪を犯す、そのことを愉快だと思う心が理解できないのだ。

「人が死んでいるというのに?」

「それは不幸でしたね、としか言いようがない。そもそも爆破されるほど人の恨みを買っていたのだから遅かれ早かれですよ」

ドン、と机をたたく重い音が破裂音のように部屋に響いた。突然の振動には流石の神崎も驚き、机の上で組んでいた手を少し浮かせた。樹がぽつりと何かを呟き、聞き取れなかった神崎が樹に目を向ける。

「優愛は? 優愛は殺されるような人間じゃない! 不幸だったで片付けるなよっ!!」

「優愛さん? 失礼ですがどなたでしょう?」

「このっ」

何かを思う前に体が動いていた。神崎の胸ぐらをつかみ必死の形相で声を上げる。叫ぶうちに樹の腕には血管が浮かび上がり、神崎が苦しそうにくぐもった声を漏らしたが樹の耳には届かなかった。

「優愛は俺の妹だ! お前がっ、お前たちが時空マシーンを作らなければ轢かれることもなかったのに!! 優愛はこんなところで死ぬべきじゃなかったんだ! ようやく幸せになれると思ったのに」

「樹くん、やめなさい!!」

勢いよく飛び込んできた加賀美と田口に抑えられ、樹は神崎から引きはがされた。

「放せっ、放してくれっ!! あいつをこの手で殺してやる!!」

「落ち着け、アイツを殺したら俺たちはお前まで逮捕しなくてはならなくなる」

鋭い目のまま心を落ち着かせようと息を吐く樹はまるで野生の獣のようだ。神崎がごほごほと咳をする。

「田口、樹くんを外へ」
「あぁ」

田口が樹の背中に手を添えてドアの外へと促していると、呼吸を整えた神崎が目を見開いた。

「そうか、君はあっちの世界から来たのか。森山君が轢き殺したあの子の兄……」

樹は一度だけ振り返ったがそのまま部屋を後にした。神崎の口元がゆがんだことに樹は気が付いていなかった。


 寮での食事を終え、樹はようやく自室のベッドに寝転がった。食堂からの帰りに青砥が「部屋でお茶でも飲むか?」と声をかけてくれたが一人でゆっくり考えたくて断ったのだ。樹は手にしたペロンタをクルクルと回して少し笑った。

「これやるよ、って俺は子供かよ」

視界の奥に映る天井はこの世界に来た時と変わらずで、過ぎ去った月日を感じさせはしない。1年以上が経過しているというのに優愛を思い出して感じる痛みは未だ同じ強さのものだ。

加賀美が言うには神崎はこのまま逮捕されるらしい。研究所が爆破されたせいで時空マシーンも研究データも破壊されはしたが全ての証拠が消えたわけではない。細かな部品を精査すれば何かしらの証拠は出るだろうとのことだ。何より、京子が樹たちに渡した証拠があるのだ。

「殺し損ねたな……」

感情の見えない声で呟いて樹は寝返りをうった。視界に入った自身の手。樹の心の中にあるほんの少しの安堵、それが罪悪感となりほの暗い海の中を漂っているような気分になる。神崎の首を絞めた時、神崎の熱を感じた。生きているその熱だ。この熱をこれから奪うのだと意識した瞬間、今までに見た死体たちと無月花の中で見たユーリの姿が脳裏をよぎった。

「優愛、ごめんな。仇を打てなくて」

謝りながらも優愛はきっと仇をとって欲しいと望んでいなかっただろうなとも思う。優愛が望んでもいない仇を打とうと神崎の首を絞め、人を殺すことに恐怖した。全部自身のエゴだ。

「お前を殺した犯人はもう死んでいるんだってさ。俺、この先、どうすりゃいいんだろうな……」

死んだ人間は殺すことは出来ない。自ら課した仇をとるというミッションを遂行せずにすむ。そう思うことに樹は大きく揺らいでいた。


 翌日、樹は無月花を見た神社に来ていた。無月花が散ってしまった今となっては、神社はひっそりとしており人も
まばらだ。

「タツキ」

聞こえた声に振り向いて樹は頭を下げた。この神社で会って以来会うのは今日が初めてだ。ユーリは笑顔のまま近づいて、くすっと吹き出した。

「頭なんかさげちゃって。何? その反応」
「なんとなく……相変わらず良い笑顔だなって」

「ぷぷぷぷ、どうも」

今だけを切り取ってしまえばユーリの背後にある薄暗い影は微塵も感じない。無月花の幻想的な風景も相まってあの日聴いたことは全部夢だったのではないかとすら思う。だが、ユーリは樹に知って欲しいと言った。その言葉を樹はちゃんと胸に留めていた。どの顔も全部ユーリなのだ。

「それで話って」
「神崎が捕まったそうだね。タツキは満足した?」

アイツはまだ生きているけど、とユーリの目が言っていた。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

はぁ?とりあえず寝てていい?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:1,740

《完結》狼の最愛の番だった過去

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:720

回帰したけど復讐するつもりはありません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:447

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

恋愛 / 完結 24h.ポイント:582pt お気に入り:3,086

この結婚、ケリつけさせて頂きます

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,945pt お気に入り:2,909

処理中です...