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4.跳ねる心臓
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初めて高見が僕の家に来てから1か月が経つ。営業の僕は基本的に昼に働くことが多くて、音楽系のイベントがメインの高見はどうしても夜型になってしまう。そうすると高見が家に来るのは高見が休みの日になる。そして不思議なことに僕は自然と高見が休みの日だというだけで約束が無くても、僕はその日に接待の予定を入れるのを避けるようになっていた。
理由は二つ。
高見のご飯が美味しいし、胃が喜んでいるような気がするから。
折角ご飯を作りに来ると言ってくれている高見を待たせるわけにはいかないから、だ。
そう、理由は明確。不思議なのは美佳にはできなかったことがどうして高見にはできるのか、ということだ。これがちゃんと出来ていれば、美佳と別れることもなかったんじゃないかと思う。
「あれ? 高見、もう来てたの?」
仕事を終え足早に帰宅するとアパートの階段でぼーっとしている高見がいた。
「あー、ちょっと早く家を出すぎちゃって」
「直ぐ開けるから待ってて。寒かっただろ?」
「いや、そんなに待ってないから大丈夫です」
パタパタと部屋に入るなりエアコンを入れて、ケトルでお湯を沸かす。
「今、あったかいお茶淹れるから」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「高見のとこ、これから忙しくなるだろ。体調崩したら大変だぞ。僕に料理作るので体調崩したら気軽に頼めなくなるじゃん」
今は12月半ば。来週にはクリスマスや年末のカウントダウン、年始と怒涛の音楽イベントが続く。体調を崩してもイベントは待ってはくれない。
「それは困る」
「困るのは僕の方だよ」
僕が笑うと高見も笑った。二人分のお茶を淹れている僕の横で高見が食材を出す。
「今日のご飯は何?」
「鯛めしと鯛のあら汁、ほうれん草と人参の胡麻和えとホットとまと」
「そんなに作るの?」
「そんなに手間かけないからすぐ出来ますよ。ホットとまとなんて温めるだけだし」
「そうか。料理できる人にとっちゃ、簡単に作れるメニューか。やっぱ高見は凄いなぁ。モテるのも分かるよ」
「モテるより好きな人に好かれる方が良いですけどね」
「それはそうだけど、僕は一度くらいモテてみたいなぁ。お茶、テーブルに置いておくね」
「ありがとうございます」
お茶をテーブルに置いて部屋着に着替えている時、美佳が送ってくれた封筒が目に入った。封筒の中には今までありがとうという言葉と合い鍵が入っていたのだ。受け取ったものの片付けてしまえば美佳との繋がりがキッパリと切れてしまうような気がして、なんとなく棚の上に置きっぱなしにしていた。
「高見、あのさ、僕の家のカギ、持っていてくれない?」
「え?」
高見が手を止めて振り返る。
「スペアキー、家にあってもさ、もしもどこかで落としたときに家にスペアキーがあるんじゃどうにもならないだろ?お前なら信用できるし、それにお前が家の鍵を持っていれば今日みたいに待つこともなし」
「いいんですか?」
「うん。その方が便利だ」
「……大事にします」
高見は僕が渡した鍵を受け取ると、顔をくしゃっと歪めて嬉しそうに笑った。
「そ、そんなに喜ばなくても……」
「こんなに仲良くなれると思っていなかったから、そりゃあ、喜びますよ」
「そうか。まぁ、よろしく」
高見があまりに嬉しそうにほほ笑むから、もしかして僕はそうとう高見に好かれているんじゃないかっていう妙な思いが浮かぶ。
そのうち親友なんて呼ばれる日が来たりして。
「どうしたんですか?そんなにニヤニヤして」
「いや、社会人になってこうして家に呼べる友達が出来るとは思ってなかったからさ。友達って言ったら学生時代に友達になった奴らばかりだったから。いいな、こういうの」
「そうですね」
高見は話をしながらもよく動き、いくつもの匂いがしたと思ったらご飯が炊けて食卓に料理が並んだ。
「ただきます」
手を合わせて高見とご飯に感謝するとあら汁を一口。
「うわっ、なにこれ。凄い旨味」
「でしょー。鯛の頭と骨だけで特に出汁は入れてないんですけどね」
あら汁と鯛めしで海一色になった口の中を温めたトマトの酸味と甘みが洗う。そんな中でほうれん草の胡麻和えはホッとする味だ。
「組み合わせもいい」
「ふん」
「あ、今、得意気な顔した」
「そりゃ、狙い通りの言葉でしたもん。羽山さんが美味しいって喜んでくれる姿を想像しながらメニューを決めてるんですよ」
「高見ぃ、お前、本当にいい奴だな。そういえば僕、最近胃の調子がいいんだよね。高見がいない時も体に良さそうな食事にしたりして、意識も変わった。高見様様だなぁ。これは何かお礼しないとな」
「お礼ですか?」
「そう、何がいい? あんまり高いものはダメだけど、なんかしないと落ち着かない」
「じゃあ、去年まで羽山さんが身に着けていたネクタイピンが欲しいです」
「去年まで!?」
去年まで付けていたやつと言えば入社して初めての給料で買った安物だったはずだ。去年もう少し良いものを新調したので今は普段使わないネクタイに止めたままになっている。
「あのシルバーで表面がチェック柄に彫ってあるやつでいいの?僕のお古じゃなくても新しいのプレゼントするよ」
「いや、あれがいいんです」
「そうなの?」
「はい」
にこっとほほ笑んだ高見を見て、本人がいいっていうならいいか、とクローゼットからタイピンを取り出した。
「はい」
「ありがとうございます。これで仕事も頑張れる」
「そんなんで頑張れるの? 変なやつ」
「はいっ」
高見がまた嬉しそうに笑ったのを見て、まるで体の大きな犬のようだと思った。仕事場で見る高見はキリッとしてビシッとしている感じなのに、家に来る高見はニコニコしていて柔らかい。いつもは高いところにある高見の頭が僕の視線より下にあって頭のてっぺんが見える。僕は思わず高見の頭に手を伸ばして撫でていた。
「あ、ごめん。なんか、高見って犬っぽくて」
自分の行動に驚いて手をひっこめようとしたら高見に手をつかまれた。
「犬、好きですか?」
「あぁ、まぁ、そうだな」
高見がどこか挑戦的な目をして僕を見る。
「俺、羽山さんの犬になってもいいですよ」
その言葉というよりも、その目に、心臓が跳ねた。
理由は二つ。
高見のご飯が美味しいし、胃が喜んでいるような気がするから。
折角ご飯を作りに来ると言ってくれている高見を待たせるわけにはいかないから、だ。
そう、理由は明確。不思議なのは美佳にはできなかったことがどうして高見にはできるのか、ということだ。これがちゃんと出来ていれば、美佳と別れることもなかったんじゃないかと思う。
「あれ? 高見、もう来てたの?」
仕事を終え足早に帰宅するとアパートの階段でぼーっとしている高見がいた。
「あー、ちょっと早く家を出すぎちゃって」
「直ぐ開けるから待ってて。寒かっただろ?」
「いや、そんなに待ってないから大丈夫です」
パタパタと部屋に入るなりエアコンを入れて、ケトルでお湯を沸かす。
「今、あったかいお茶淹れるから」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ」
「高見のとこ、これから忙しくなるだろ。体調崩したら大変だぞ。僕に料理作るので体調崩したら気軽に頼めなくなるじゃん」
今は12月半ば。来週にはクリスマスや年末のカウントダウン、年始と怒涛の音楽イベントが続く。体調を崩してもイベントは待ってはくれない。
「それは困る」
「困るのは僕の方だよ」
僕が笑うと高見も笑った。二人分のお茶を淹れている僕の横で高見が食材を出す。
「今日のご飯は何?」
「鯛めしと鯛のあら汁、ほうれん草と人参の胡麻和えとホットとまと」
「そんなに作るの?」
「そんなに手間かけないからすぐ出来ますよ。ホットとまとなんて温めるだけだし」
「そうか。料理できる人にとっちゃ、簡単に作れるメニューか。やっぱ高見は凄いなぁ。モテるのも分かるよ」
「モテるより好きな人に好かれる方が良いですけどね」
「それはそうだけど、僕は一度くらいモテてみたいなぁ。お茶、テーブルに置いておくね」
「ありがとうございます」
お茶をテーブルに置いて部屋着に着替えている時、美佳が送ってくれた封筒が目に入った。封筒の中には今までありがとうという言葉と合い鍵が入っていたのだ。受け取ったものの片付けてしまえば美佳との繋がりがキッパリと切れてしまうような気がして、なんとなく棚の上に置きっぱなしにしていた。
「高見、あのさ、僕の家のカギ、持っていてくれない?」
「え?」
高見が手を止めて振り返る。
「スペアキー、家にあってもさ、もしもどこかで落としたときに家にスペアキーがあるんじゃどうにもならないだろ?お前なら信用できるし、それにお前が家の鍵を持っていれば今日みたいに待つこともなし」
「いいんですか?」
「うん。その方が便利だ」
「……大事にします」
高見は僕が渡した鍵を受け取ると、顔をくしゃっと歪めて嬉しそうに笑った。
「そ、そんなに喜ばなくても……」
「こんなに仲良くなれると思っていなかったから、そりゃあ、喜びますよ」
「そうか。まぁ、よろしく」
高見があまりに嬉しそうにほほ笑むから、もしかして僕はそうとう高見に好かれているんじゃないかっていう妙な思いが浮かぶ。
そのうち親友なんて呼ばれる日が来たりして。
「どうしたんですか?そんなにニヤニヤして」
「いや、社会人になってこうして家に呼べる友達が出来るとは思ってなかったからさ。友達って言ったら学生時代に友達になった奴らばかりだったから。いいな、こういうの」
「そうですね」
高見は話をしながらもよく動き、いくつもの匂いがしたと思ったらご飯が炊けて食卓に料理が並んだ。
「ただきます」
手を合わせて高見とご飯に感謝するとあら汁を一口。
「うわっ、なにこれ。凄い旨味」
「でしょー。鯛の頭と骨だけで特に出汁は入れてないんですけどね」
あら汁と鯛めしで海一色になった口の中を温めたトマトの酸味と甘みが洗う。そんな中でほうれん草の胡麻和えはホッとする味だ。
「組み合わせもいい」
「ふん」
「あ、今、得意気な顔した」
「そりゃ、狙い通りの言葉でしたもん。羽山さんが美味しいって喜んでくれる姿を想像しながらメニューを決めてるんですよ」
「高見ぃ、お前、本当にいい奴だな。そういえば僕、最近胃の調子がいいんだよね。高見がいない時も体に良さそうな食事にしたりして、意識も変わった。高見様様だなぁ。これは何かお礼しないとな」
「お礼ですか?」
「そう、何がいい? あんまり高いものはダメだけど、なんかしないと落ち着かない」
「じゃあ、去年まで羽山さんが身に着けていたネクタイピンが欲しいです」
「去年まで!?」
去年まで付けていたやつと言えば入社して初めての給料で買った安物だったはずだ。去年もう少し良いものを新調したので今は普段使わないネクタイに止めたままになっている。
「あのシルバーで表面がチェック柄に彫ってあるやつでいいの?僕のお古じゃなくても新しいのプレゼントするよ」
「いや、あれがいいんです」
「そうなの?」
「はい」
にこっとほほ笑んだ高見を見て、本人がいいっていうならいいか、とクローゼットからタイピンを取り出した。
「はい」
「ありがとうございます。これで仕事も頑張れる」
「そんなんで頑張れるの? 変なやつ」
「はいっ」
高見がまた嬉しそうに笑ったのを見て、まるで体の大きな犬のようだと思った。仕事場で見る高見はキリッとしてビシッとしている感じなのに、家に来る高見はニコニコしていて柔らかい。いつもは高いところにある高見の頭が僕の視線より下にあって頭のてっぺんが見える。僕は思わず高見の頭に手を伸ばして撫でていた。
「あ、ごめん。なんか、高見って犬っぽくて」
自分の行動に驚いて手をひっこめようとしたら高見に手をつかまれた。
「犬、好きですか?」
「あぁ、まぁ、そうだな」
高見がどこか挑戦的な目をして僕を見る。
「俺、羽山さんの犬になってもいいですよ」
その言葉というよりも、その目に、心臓が跳ねた。
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