【完結】スーツ男子の歩き方

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5.怒涛のイベント日々

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12月20日。怒涛のイベント日々が始まる。1月3日までの間に一日休めれば良い方だと思う。こんな忙しい日々に高見が家に来てくれるはずはなく、よって高見の優しいご飯もない。この時期、営業チームは今抱えている最低限の仕事を行う以外は現場チームを手伝うことになっていた。

「羽山はどこのイベントのヘルプに行くんだ?」
「轟アリーナです。あのイベントの主催会社、僕の受け持ちなので」

的場さんがガムを噛みながらイベントスケジュールを見て、担当は高見か、と呟いた。

「轟アリーナはキャパが3000人だったな。高見がてっぺんで仕切るのか~。ん~成長ですな。因みに俺は入社3年で任されたけどな。はっはっは」

「アルバイトから上がった的場さんと、入社スタートの高見とじゃスタートが違いますけどね」
「うっ、お前、最近、ちょくちょく高見の肩持つよなぁ」

「可愛い後輩なんで」
「俺だって可愛い先輩だろうがっ」
「じゃ、僕、そろそろ行きますね」

的場さんに微笑むと僕は会社を後にした。

 

 午前中に一件だけ年始イベントの打ち合わせを行うと午前10時半には轟アリーナに向かった。コネクトJの詰所に行くと高見が顔を上げる。

「あれ?高見、もういるの?」

今日はイベントの設営日。設営は主に男のアルバイトを雇って夕方から行うことが多いから、イベントが始まったら詰め所に入り浸りになる担当は、午前中は休むのが基本だ。

「池田だけじゃまだ心配なんで」
「えへ、すみません」

天然系で天真爛漫なメガネっ子の池田は今年の4月に入社した。つまり、半年以上はうちの会社で働いている。

「でも午前中の仕事ってコンサートグッズの納品受取と、アルバイトの子たちへの納品チェック指示くらいでしょ?」

「そうなんですけど、まだ僕、自信なくて高見さんに居て欲しいってお願いしたんです」

この甘えん坊めっ!

「そんなわけで、今回だけ。まぁ、俺はここに座っているだけであとは全部池田がやるんで。だよね?」
「は、はいっ」

イケメンに笑顔でほほ笑まれて池田は背筋を伸ばして返事をした。
凄い、イケメンってほほ笑んだだけであんな覇気みたいなのを出せるのか……。

「高見、僕はこれから主催者室に挨拶してくるから。戻ったら手伝うよ」


 
主催者室はコネクトJの詰所と同じ階の反対側にあった。主催者と言ってもここに主催会社の社長がいるわけは無くて、ここにいるのはきっと僕らと同じ下っ端だろう。菓子折りを持ってノックする。

「どうぞ」
「コネクトJの羽山です。ご挨拶に伺いました」
「おー、羽山君。どうぞどうぞ」

顔を出した僕に手をあげて答えてくれたのは僕の担当の佐々木さんだ。佐々木さんはアラサーで短髪の体育会系という容姿をしている。

「あれ、佐々木さんもいらっしゃっていたのですか?あ、これどうぞ」

「あー悪いね。ありがとう。普段は現場にいないんだけど今日はちょっとね。社長、こちら、コネクトJの羽山さんです」

「いつもお世話になってます。ジャパン・ミュージック・カンパニーの田淵です」

60代の初老の男性に頭を下げられて僕は慌てて名刺を取り出して頭を下げる。今回の主催であるジャパン・ミュージック・カンパニーは日本でも有数の大手音楽会社だ。コネクトJに入社して5年目になるが社長に会ったことなど今まで一度もない。

「コネクトJ 営業の羽山良太と申します。いつもお世話になっております」
「気が利いて助かっていると佐々木から伺っているよ」
「そんな、恐縮です」

「そうだ、せっかくだから紹介させてもらおう。亨、おおーい」
「なにー?」
「なにー? じゃないだろう。全く。これはうちの三男でね。今年、小さな音楽会社を設立したんだ」

「初めまして。コネクトJの営業の羽山良太と申します」
「はじめまして。合同会社GAKUの田淵亨です」

同じ年齢くらいだろうか。グレイ色の髪の毛に切れ長のスッキリとした目、170センチの細身の体は社長というよりもミュージシャンと言われた方がしっくりくる。

「イベントを行う際は是非声かけてください。出来る限り力にならせて頂きます」
「それは心強いな。俺、仙台のジャズフェスみたいに街一杯に音楽が溢れるようなイベントやりたいんですよ」

「仙台のジャズフェス!! いいですよね。僕、学生時代に仙台のジャズフェスを観に行ったことがあるんですよ。音楽があちこちで鳴っていて知らない人と踊ったりして、楽しいイベントですよね。すっかりハマって毎年のように行ってました」

「おぉぉぉ、嬉しいなぁ。羽山さんとは年齢も近いし良い付き合いができそうですね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

僕らのやり取りを見ていた社長が満足げにほほ笑んでいた。




「戻りましたー」
詰所のドアを開けると、池田が部屋の中をパタパタと走り回っていた。

「どうしたの?」
「もうすぐバイトの女の子たちが来るんでその出席の準備ですよ」

時計を見れば12時を指していた。

「あぁ、もうそんな時間か」

手伝おうかと一瞬思ったが、手伝ってしまえば池田の成長は無い。黙って見守ることに決め高見に今日のスケジュールを聞いた。

「12時半にバイトの女子チームがきます。12時45分に説明、13時からグッズの数量確認作業スタート。女子チームには17時まで作業してもらいます。19時に設営の男チームが集合。24時まで会場整備。今日はこんな感じですかね」

「相変わらずハードだな。高見はいつ帰れるの?」

「順調にいけば1時ですかね。でも翌日は午後からなんで大丈夫ですよ」

夕方、女子チームの退勤の時間を記入し終えると設営まで1時間ほど時間が空いた。

「なんか飲む?」

自動販売機にお金を入れ高見を振り返る。

「コーヒーが良いです」

フロアの椅子に座っている高見にコーヒーを投げ渡して自分はミルクティーを購入した。

「あ、良太さん?」

良太さん!?職場では呼ばれなれない言葉に振り返るとそこにいたのはグレイ色の髪の毛のミュージシャン、ではなく社長だ。

「田淵さん? 先ほどはどうも」
「田淵さんって呼ぶと親父と紛らわしいでしょ。亨でいいよ。俺も名前で呼ぶし」

「じゃあ、遠慮なく。お帰りですか?」
「そう、ちょっと見学させてもらっていただけだから。良太さんはまだ仕事?」
「はい」

「そっか。それは残念。ご飯でもと思ったんだけどな。今度、ご飯行こうよ」
「はい、ぜひ」
「じゃ、携帯出して」
「はい?」

疑問形のまま携帯電話を差し出すと亨さんはあっという間に僕の携帯に自分のエインを登録した。

「髪の毛にゴミが付いてる」

携帯電話を僕に返しながら亨さんが距離を詰め僕の髪の毛に触れた。

「絡まっててなかなか取れないや」

僕より少し低い身長。顔の位置が同じくらいで、亨さんの声がまるで僕の耳に囁かれているかのように感じて、妙な感覚に顔が赤くなってしまいそうだ。しかも、いい匂いがする。クールな中に少し甘みのある香り、きっと女の子はこういう香りが好きだろうという香りだ。

至近距離に顔があって髪の毛を弄ばれ(正確にはゴミを取って貰っているのだが)、耳に時折かかる息にビクッと身体が反応してしまいそうになる。

この空気、自分が女の子にでもなったかのようで耐えられない。

「まだ取れないですかね? もうこのままでもいいです」

亨さんの手から離れようとした瞬間、隣に高見がやってきた。

「お知り合いですか?」
「こちらは合同会社GAKUの社長さんで田淵亨さん。先ほど、田淵社長に紹介して頂いたんだ」

ほら、取れた、と髪の毛を解放されてようやく至近距離から解放された。

「はじめまして」
「これは失礼しました。私、コネクトJの高見祐也と申します。すみません、今、名刺を持っていなくて」
「いやいや、いいよ。そんなにかしこまらないで」

亨さんは高見にそう言った後、僕を見た。

「くす、良太くん、顔真っ赤」
「え、本当ですか?」

恥ずかしくなって慌てて頬を触る。

「今度、ゆっくりご飯でもいこう。ジャズフェスの話、沢山聞かせてよ」
「あ、はい。勿論です」
「じゃ、またね」

手を振る亨さんを、頭を下げて見送った。



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