【完結】スーツ男子の歩き方

SAI

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6.キスが下手かもしれない

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「なんであんなに頭をいじられてたんですか?顔まで真っ赤にして」
「あれは髪の毛にゴミが付いてるって取ってくれてたんだよ。赤いのは、なんか、息が耳にかかるから……」

ちょっとしどろもどろに答える。

「耳に息?」
高見は徐に僕の髪の毛を手で避けると僕の耳に、ふぅっと息を吹きかけた。

「あっ……」
思いもよらない相手からの思いもよらない行動に、変な声が出て耳を覆う。

「何す……」
んだよ、と続くはずだった言葉は高見の意外な表情で泡のように消えた。

「すみません、つい」
高見がスッとフロアの椅子に戻る。


なんで高見が真っ赤な顔してるんだよ……。




 12月25日。22日から3日間連続で行われたベイビーカラーズという今人気の地下アイドルのコンサートは今日が最終日となった。13時からライブグッズ販売、グッズ購入5千円以上で握手券が抽選で当たり、15時から握手会。18時、轟ホール開場。18時半、コンサートスタート20時終了、3日間変わらずのスケジュールだ。

「3日間、同じ会場で同じグループっていうのはありがたいよなー」

詰所で無線を聞きながらググっと伸びをした。コンサートが始まっているこの時間はワタワタとした人の流れがなくなり、辺りは静かになる。詰所にいた人たちも会場内やその周りの警備に出払い、僕と高見の二人だけになった。

「あ、そのタイピン使ってんだ?」
「はい。お気に入りなんです」

高見がタイピンを指で弄ぶ。昔の自分が毎日使っていたものが高見のネクタイにくっついていると思うと何とも言えない気持ちになった。

「そういえば羽山さん、今日、仕事終わったら予定あります?」
「いや、無いけど」
「一緒にケーキでも食べません?明日はお互いに休みでしょ?」

「確かに休みだけど……。男二人でケーキか」
「羽山さんとお酒飲みたいなって思って」
「あー、そういえば約束してたなー」

時期的なものもあり、最近は接待が少ないから胃の調子もすこぶる良い。

「俺、美味しいつまみ作りますよ」
「決まり。仕事終わったら家集合な」

良くなった胃と仕事終わりのお酒、美味しいつまみ。悩むだけ無駄だ。

「あ、どうせなら泊まるつもりで来なよ。今日遅くなるだろうし、酒飲んでから帰るのって怠いだろ?」
「いいんですか?」
「勿論。あ、僕、ちょっと会場見てきていい?異常ないか確認ついでに」

「現場が懐かしいですか?」
「バレた?」
「どうぞ、ごゆっくり」
「そんなにゆっくりしては来ないよ」

階段を幾つも上り客席よりも高い場所の扉を開けると、わぁっとした歓声と熱気が僕を包んだ。この場所はステージの真横にあり、ステージが欠けて見える為に客席にはしていない。多少の機材が置いてあるだけだ。でもここは、会場全体をひっそりと眺めるには最適の場所と言えた。

アイドルらしからぬしっかりとした歌声を支える音たち、それを響かせる熱気とうねり。ペンライトの明かりがまるで宇宙にいるように錯覚させる。
凄い、きれい……。

会場の空気にのまれながら味わっていると、新鮮な風が流れて閉じた。

「亨さん?」
「良太くん?」

影も驚いて僕に声をかける。

「どうしてここに?」
「主催の息子だからね。ここって会場を見渡すには最高だろ?」
「ですよね」
「まさか、仕事じゃなくてここから会場を見たくて来たの?」

「そ、そんなことは無いですよ。仕事です、仕事」
「ぷっ、くくくく。そんな反応したらバレバレじゃん」
「あ……」

口を「あ」の形に開けた僕を見て、亨さんは「やっぱり気に入っちゃったな」と呟いた。僕はどう反応したらいいのか分からずに聞こえないふりをした。

「ここ、会場を見下ろせるじゃないですか。ステージも演者も見えて、空気感も感じることが出来て。演者も観客も笑顔で……。僕、こういう空間を作る手伝いをしているんだって思うと嬉しくなるんですよね。凄くないですか?これだけの笑顔を作れて、心を揺さぶることが出来るって」

会場の熱に浮かされてつい語ってしまった。

うわー、僕、恥ずかしい。しかもこの間会ったばかりの。

「え?」


相手の反応をうかがおうと振り返った瞬間、唇に温かい感触があった。あの香水の香りに包まれる。間近にある亨さんの顔。キスされているのだと分かるまで少し時間がかかった。

唇が離れ至近距離で見つめ合う。

「ど、どういうことですか?」
「キスだけど」
「どうして……」

「さあ?動揺してる割には逃げないよね。もっと深くてもいいってことかな?」
「なっ」

アンタがぎゅっと僕を抱えているからだろーっ!!

言葉は排出されることなく僕の中に落ちる。亨さんの唇がまた僕の口を塞いでいたからだ。亨さんの舌が僕の唇を割り、奥に侵入してくる。

やば……ちょっと気持ちいい。

美佳としたものとは全然違う。もしかして僕ってキスが下手なのか?それも別れる原因だったのかも。いや、今、そんなことを考えている場合じゃないだろ。他の人と比べるのは相手に失礼って、それも違うっ。

「んっ……あ」

あれこれ考えている間に好きなだけ口内をかき回されて、開放された時には余韻に体がよろけるほどだった。

「クスッ、感じた?」
「ちょっと、もう、冗談はやめてくださいよ。キスが上手なのは良く分かりましたけど」

「く、くくくくく、お褒め頂きどうも」
「じゃ、僕はもう戻るんで」
「うん、またね」


ちょっとのつもりが少し長居してしまったような気がして急いで詰所に戻ると、高見は先ほどと大して変わらず座っていた。

「悪い。少し遅くなった……かも」
「そんなことないですよ。何も問題は無かったですし」
「そうか、良かった」

安心していると高見がわずかに眉をしかめた。

「なんか香水の匂いがする。これってGAKUの社長さんと同じ匂いですよね? 何かありました?」

う……鋭い。

誤魔化すのもわざとらしいし、隠せばやましいことでもしてきたかのようになる、気がする。

「……コンサート会場でキスされたんだよ。気分的に盛り上がってたんだろ。そんなことよりさ、僕、キスが下手かもしれない」

うおー、と机に突っ伏していると「そんなこと?」と声が聞こえた。

「そんなことなんかじゃないよ。キスが下手なんて、結構ショックだ!」
「いや、そっちじゃなくて。キスされたことがそんなこと?って」

「あー、そっちね。同性同士のキスなんてなんかの冗談だろ。ミュージシャンなんてステージでチュッてしてたりするじゃん。あぁいうやつだよ」

キスってどうすれば上達するんだ!?なんて馬鹿なことを呟いた僕に高見が何かを言おうとした瞬間、無線が入った。


ザザ……
【2階、Dゾーンの佐藤夕です。具合が悪い方が一名おります。なんとか歩けそうなのでこれから救護室に連れていきます】

「分かった。今そっちに行く」


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