【完結】スーツ男子の歩き方

SAI

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25. 不安×泣きたい気持ち

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【おはようございます。今日、羽山さんは休みですよね。俺、1日仕事なので今日も会えないですけど、羽山さんは良い休日を】
目が覚めて高見のエインを見て、不覚にも泣いた。
【おはよー。ありがとう。高見も仕事頑張って】
そう返信してまた、泣いた。

このままでいいのだろうか。このまま僕は高見に別れを告げられる日を待つのだろうか。そんな思いで夕方まで過ごし、迷いのまま来てしまった。昨日、高見たちが入っていったお店に。


「いらっしゃいませぇん」

ませぇん?
独特な声に目をやると、カウンターの傍らに少しぷっくらとしたおじさんが座っていて、僕を見てウィンクした。おじさんは顎と鼻の下に重を生やしていて、白シャツにベストを着たクマさんのような容姿だ。

「はじめてさんね。待ち合わせかしらん?」
「いえ。ひとりです」
「あらん、じゃあ、こっちにいらっしゃぁい」

言われるままおじさんの隣に座った。

店内は落ち着いたバーのようになっていて、カウンターの中では黒髪の眼鏡のスラッとした男性がお酒を作っている。オレンジ色の柔らかいライトがメインフロアを照らし、カウンターの内部だけもう少し明るめの照明になっていて、お酒を作る姿がショーのようにとてもきれいに見えた。

「あたしはここのオーナーで五郎っていうの。よろしくねぇん」
「あ、宜しくお願いします」

「このお店がどういうお店か知ってるぅ?いや、ね、ノンケの人は来ちゃいけないってわけじゃないけどぅ、どういうお店かは知っていて欲しいのよねぇん」

ノンケ……ノンケとは同性愛の(気)が無い人のことだ。これは先日亨さんと飲んだ後に勉強済みだ。

「僕、今、男性と付き合っているのでノンケではないと思います」

「まぁっ! そうなの? てっきりノンケとばかり思っちゃったわ。いいわねぇ、パートナーがいるって。私なんてもうずっと日照りよ。もう渇いて干からびちゃうわっ」

「でも……もうすぐ振られるかもしれないんですけどね」
涙が零れそうになって、ははは、と笑った。

「あらん、あら、あら、まぁ、大変っ。こんな時は優しいお酒でも飲みましょう? 甘いお酒と爽やかなお酒、どんなお酒の気分かしら? うちのバーテンダーはなかなか美味しいお酒を作るのよぅ」

「ぐすっ……甘いのがいいです」
言葉を絞り出して上を向いて涙をこらえる。

「ヒデさん、甘いカクテルを作って頂戴。ふわっと包み込むような優しいやつにしてね」
「かしこまりました」


カラン、と音がして風が抜けた。新しいお客さんが来たのだ。

「あれー? 見ない子がいるー。五郎さん紹介してよー」
「しっ、今はそういうタイミングじゃないのっ」
「えぇーっ?」

男は栗色の髪の毛にくっきり二重、身長は僕と同じくらいでジャニーズ系の容姿だ。男は五郎さんに止められたのにも関わらず僕に話し掛けてきた。

「俺、カイっていいます。22歳です! 君、ネコでしょ。俺、君みたいな子、タイプだな」
「はははは、それはどうも。あ、僕は良太です」
僕が挨拶するとカイはスッと僕の隣に座った。

「ちょっとぉ、カイ、そこで大人しくするのよぅ。今日は良太君を慰める会なんだからぁ」
「はーい」
カイは元気に返事をするとヒデさんにお酒を注文した。

「どうしてもうすぐ振られるだなんて思うのぉ?私で良ければ、話くらいきくわよぅ」

「この間、彼が今日は用事があるから会えないっていうから、仕事終わりに街を歩いていたんです。そしたら彼が他の男と仲良さそうに歩いているのを見てしまって」

「あらん、でも、それだけじゃ振られるなんてまだ分からないじゃなぁい?」
「……してたんです」

口にしたくなくて思わず小さな声になる。

「んー?」
「……キスしてたんです」

「まぁっ。それは酷いっ」
「でも、やさしい奴なんです」
「優しい奴が他の男とキスするの?」

「こらっ、カイ」
「だってぇ」
カイが口をぷくぅっと膨らませていると僕の前にカクテルが置かれた。

「眠り姫、です。今夜、あなたがゆっくりと眠れますように」
お洒落な湯飲みの様な入れ物に入っていて、苺ミルクの香りがする。

「ミルクとラム酒をベースに砕いた苺と生クリームを混ぜてあります」

口を付けると、まろやかな苺ミルクの味が口の中に広がる、そこに潜んでいるラム酒がふわっと香り体を温める。五郎さんが言った通り、僕を包み込むような優しい味だ。

「……本当だ。やさしい……」

思わず涙をぬぐうとカイが僕に引っ付いてきた。

「こんな風に泣かせる奴なんかやめたらいいのに」
「……でも、好きなんだ」
「あぁんっ、なんか、もうっ、切ないわねぇん。抱きしめちゃう、あたしが抱いてあげるわっ」

五郎さんがカイごと僕をぎゅっと抱きしめた。

「五郎さん、くるしいっ。良太を抱きしめるのは俺だけで十分だよっ」

「くすっ、くすくすくす、あったかい。僕は五郎さんとカイ、二人がいい」
「ほら、良太君だってあたしの愛が必要だって言ってるじゃないのっ」
「なにーっ、欲張りめっ」

カクテルとこの二人のお陰で、今日は何とか乗り越えられそうだなと思った。


ふらふらになりながら帰宅し、翌朝、仕事に行く。体は怠いが今日を乗り越えることに必死になれば不思議と高見のことを考えずにいられた。仕事が終わると、向かうのは五郎さんのお店だ。あのお店で飲んでいると、高見のことを思い出しても慰めてくれる人がいる。慰めて、笑いに変えて、1日を終わらせてくれる。それが今の僕には有難くて嬉しくて、時間があれば通うようになっていた。

「あら、いらっしゃぁい」
「おーっ、今日も来たっ!」
「こんばんは五郎さん。ヒデさん、いつもので」
「かしこまりました」

「良太君は本当にこのカクテルが好きねぇ」
「カクテルの名前が【眠り姫】なだけあって夜ぐっすり眠れるような気がして」
「そうね。それはいいことだわぁ。彼とは会っては無いの?」

「会ってますよ。仕事が忙しくて今まで程じゃないけど。でも、なんか複雑です。会いたいけど、会いたくないみたいな感じで」

「そうねぇ、いっそのこと問い詰めてみたらどぉ?」

「そ、それは……。今、あいつに居なくなられるのはしんどいかな。だから、もう少し心の準備が出来るまで」

「んーっ、良太は健気だなぁ。失恋には新しい恋だっていうよ。心の準備がてら、俺と新しい恋なんてどう?フライングでしちゃおうよっ」

カイが僕の手を握ろうと僕に手を伸ばしたとき、カイの手を遮る様に目の前にカクテルが置かれた。

「お待たせいたしました。眠り姫です」

ヒデさんがほほ笑む。五郎さんのお店に通うようになって3週間、クールなヒデさんが時々こうしてほほ笑んでくれるようになった。

「あー、ヒデさん、今邪魔したでしょ」
「偶然ですよ」
「ヒデさん、最近、良太を見る目が優しい気がする。もしかして、良太ってヒデさんのタイプなの?」
「さぁ、どうでしょうか」

ヒデさんはいつもつかみどころがない。クールで人をあしらうのが上手だ。こんな風にふるまうことが出来たら僕の接待ももう少し楽になりそうな気がする。

「え? なんでそんなにヒデさんを見つめてるの?」
「見つめて・・・たか。確かに」

カクテルについていたスプーンで唇を押しながら僕は相変わらずヒデさんを見ていた。すると、ヒデさんの手が僕の唇の脇に伸びて拭った。

「ミルク、ついてますよ。もしかして、誘ってます?」
「えっ、いや、そういうんじゃないです」
「くす、分かってますよ。冗談です」

「えぇーっ!! 今のやり取りなんかエロいっ。ずるいっ」
カイが信じられないというような声を出した。
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