【完結】スーツ男子の歩き方

SAI

文字の大きさ
38 / 42
サイドストーリー2

亨の場合 1

しおりを挟む
「んあー、久しぶりにグッと来たのになー。可愛かったし感じやすそうだったし」

深い所を突いて鳴かせたら、どんなにそそる表情をくれただろう。ノンケからこっちの道に足を踏み入れたばかりの純な体……。

「あぁー、良太―っ」

ちょっと大きな声を出して机に突っ伏したところでノックと同時に部屋のドアが開いた。

「社長、来客です」

「美沙ちゃん、今、僕が返事をする前にドアを開けたよね?」

「良太―っていう叫び声が聞こえたので取り込み中ではないなと思いまして」

美沙ちゃんは僕の会社である「GAKU」の秘書兼事務だ。本当に良く仕事ができるのだがしっかりし過ぎるというか隙が無いというかで、僕の扱いはいつもこんな感じだ。

美沙ちゃん曰く、「社長のことは嫌いじゃないけど、チャラっとしている社長には時々イラっとするんですよね」だそうだ。

「ジャパン・ミュージック・カンパニーの長野さんがお見えになっていますがお通ししても宜しいですか?」

「長野か……こ、断るわけには」
「いかないでしょうね」

美沙ちゃんがニコリと微笑んだ。

 長野は父の会社であるJMCの社長秘書の一人だ。僕より2歳年上の28歳で、幼馴染だったりする。小さい頃から優秀で僕の家庭教師をしていたこともある人物だ。

長い付き合いではあるもののクールで掴みどころのない長野が僕はずっと苦手だった。

「亨さん、失礼します」
「今日は何の用?」
「こちらで私を雇って頂けないかと思いまして」

「は? JMCは?」
「辞めてきました」
「え……どういうこと? ってか親父は何て言ってんの?」

「亨さんのところで働きたいと正直に伝えましたら快く了承して下さいました」

175センチの身長、耳が半分隠れるくらいの長さでセットされた黒髪に、あっさりとした塩顔のイケメン、ちょっと冷たい印象を与えるクールな表情は昔から変わらない。そういえばいつから眼鏡をかけるようになったのだろう。

「げ、いや、うちの会社で長野を雇う余裕はないよ。見ての通り小さい会社で人は足りているし、給料だってJMCとは比べ物にならないくらいだよ。悪いことは言わないからさ、戻りなよ」

長野は表情を崩さずに僕を見ている。きっと僕が断ることは想定済に違いない。

「給料は今までと同じ額を貰おうだなんて思っていません。貯金もあるし、心配して頂かなくても大丈夫です。人手の問題は」

「それなんですけど。あ、お話し中すみません」

普段は黙って聞いているだけの美沙ちゃんが口をはさんだ時、僕は確かに嫌な予感がした。

「人手の問題なんですけど、私、最近悪阻が始まって早めにお休みを頂きたいと思っていたんですよね。長野さんが来て下さるなら私は会社の心配をせずにお休みを頂くことが出来るのですが」

「えぇっ、美沙ちゃん妊娠してたの?」

「はい。安定期に入ってから報告しようと思っていたのですが悪阻が酷くなりそうな感じなので」

「社長、人手の問題も解決したみたいですけど」

長野の優秀さは良く分かっている。第一、優秀でなければ親父は自分の秘書にしたりはしない。こうなってしまえば断る理由は無かった。

「わかった。明日から出社して美沙ちゃんから仕事を引き継いで」

「承知いたしました」

長野が嬉しそうに笑ったのを僕は意外な気持ちで見ていた。


 長野が出社するようになって一週間、思っていたよりずっと仕事は順調だ。むしろやりやすいとさえ言える。

「社長、そろそろお昼にいかないと。本日は13時半から佐倉さんとの面談がありますから」

「あー、そうだった。スターフィッシュの今後について話をしようと思ってたんだ」

「お昼は何か出前取りますか? 食べに行きますか?」

「ん~コンビニにする」

たまごサンドとコールスローと、デザートだな。甘いやつ。僕がコンビニのメニューの中から好きなものを思い浮かべていると長野が口を開いた。

「たまごサンドとコールスローサラダとスイーツで宜しければ買ってきましょうか?」

「……何で僕の食いたいものが分かるんだよ」

「秘密です」

「そういえば今日の夕方ってTYテレビ局の渡辺さんと打ち合わせ入ってたよね?」

「えぇ、16時からの予定ですが」

「渡辺さんって綾夢って店の羊羹が好きなんだよね。食事終わってからでいいから買ってきてくれない?」

「もう買ってきてあります」
「いつの間に……」

「朝に少し時間がありましたので。18時に会食を予定されている川谷様にも何かご用意しますか?」

「あ、今日は川谷さんの日か。川谷さんにはいいや。要らない」

そっけなく言って僕は机に頭をコツンと乗せた。あのセクハラ親父に今日も耐えなきゃならないのか……。


 13時になると佐倉が社長室にやってきた。

「最近、スターフィッシュの調子はどう?」

「いいよ。雑誌の取材も定期的に入ってきてるし、ファンクラブの館員数もライブの動員数も増えてる。まさに上り調子だね」

佐倉には二人だけで話すときは敬語はやめるように言ってある。大学の同期で学生時代はずっとタメ口だった佐倉に敬語を使われるのは落ち着かないからだ。

「そうか……。じゃあ、そろそろいいかな。スターフィッシュには今後海外で実績を積んで欲しいんだ。海外ツアー、海外の音楽フェスへの参加を積極的に行う。そうすることでスターフィッシュの名前と共にGAKUの名前を海外にも広めたい」

「なるほどな、お前の夢であるフェスの為か」

「そ、海外のアーティストを呼べるくらいの会社になりたいからね」

「ちょっと待てよ。スターフィッシュの海外での活動が増えるとなったら俺は……」

「いずれは向こうのどっかの音楽会社と繋がりを作りたいけど、最初は佐倉が頑張るしかないかなー。俺は長期で日本を離れるわけにはいかないし」

「ちょ、ちょっと待てよ。俺のプライベートはっ」

「あー、高橋だろ。絵なんてどこでも描けるだろうし連れてけばいいじゃん」

高橋というのは佐倉の彼氏で画家だ。彼氏……そう、佐倉もゲイなのだ。いや、バイだったか……。

会社を作ろうと思った時、真っ先に佐倉の顔が浮かんだ。父親が有名なピアニストというのも魅力的だったし、学生時代に佐倉が手掛けたアートと音楽の融合ライブは嫉妬するくらい素晴らしいものだった。

出演者も全員、佐倉が面接をして決めたという。

才能を見抜く力、プロデュース力、一つの舞台としてまとめ上げる力。大手の会社とは違い小さな会社は一人で何役をもこなす。オールマイティに動く佐倉の能力はうちの会社に必要だ。

それに……。

人を雇う上で重要視したことはゲイに対して偏見がないこと。社会人になった今、ゲイであることを隠すつもりは無いし、自分の会社でそんなことで躓きたくもない。男の恋人がいる佐倉はそういう意味でもありがたい存在なのだ。

「そう簡単に言うなよ。あいつ、変なとこに拘り強いし結構大変なんだよ。変化とか好きじゃないしさー」

「ふんっ、惚気は他でやってくれ」
「なんだよ、機嫌悪いなぁ。さては、振られたな」
「うっ……」

「どーせ遊びか本気か分からないような口説き方して、ふわふわしてるうちに横から攫われたんだろ?」

コイツ……。付き合いが長いと言動が確信を突いてくるから嫌だ。

「怖がってないでドーンと好きになるか、愛されるかしたらいいのに。どっちにも覚悟が必要だけどな」 
僕は眉毛をヒクつかせたまま「佐倉君、ここは会社で今はお仕事をしているんだけど」と言った。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

処理中です...