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第四章 異世界に来たけど、自分は反逆します
第百七話
しおりを挟む地下の入口へと戻ると、既に聖女の塊は地下へと下りていた。下に置いてきた魔導師と国王相手に無数の手を伸ばして各々好きに弄んでいる。
「なんか……すごい光景だね」
「子供が玩具で遊んでいるような感じだよね」
「おい。見てないで動け」
階段を下りてすぐの所にいる彼女らをクインシーと共に眺めながら呟いていたら、アレクサンダーに頭を小突かれた。「怒られちゃった!」と嬉しげに笑うクインシーの頭にはもう一発拳骨が入る。しかも一回目に比べてかなり思い一撃が。
痛みに蹲っているクインシーに哀れみの目を向けつつ、海は台車に乗せていた人たちを丁寧に持ち上げて地下へと運んだ。手元からボタボタと液体が垂れていき、何度も足が取られそうになった。その度に後ろからアレクサンダーに背中を支えられ、海が階段で無様に転げ落ちるという事態にならずに済んだ。
「奥まで運ぶのか?」
「出来ればそうしたいんだけど……」
国民たちは奥まで運ぶことは出来ても、国王や魔導師は無理だろう。彼らを奥に運ぶためには聖女達から奪い取る形になる。そんな事をすれば標的がこちらにすり変わるかもしれない。突然玩具を取られた子供が泣き出すように、聖女たちだって不満に思うはずだ。できる限り地下では穏便にことを済ませたい。
「とりあえず今はこの人達だけを奥に運ぼう。それだけでもきっと違うと思うから」
「わかった」
「うーっ、早くこれ終らせてお風呂入ろう!?」
「わかったわかった」
ドロドロの死体を持っているのは海もアレクサンダーも嫌である。クインシーの言葉の通り、海たちはそそくさと死体を地下の中へと運び込んで行った。
台車に積んできた人たちを地下の奥に入れ終えた頃には空が赤みを帯びていた。海が初めてラザミアに来た時よりも城の上空は暗くなっている。魔導師たちの防壁が無くなったことにより、城の方まで闇が伸びてきているようだ。城全体が包まれてしまう前に、騎士団本部の真上に闇が来る前に全てを終わらせなければ。
「アレクサンダー、杉崎さん……あの、聖女ってどこにいるの?」
「あの女は牢に閉じ込めてある。それがどうした?」
「会うことは可能?」
「……出来ないこともないが」
アレクサンダーは歯切れ悪く答え、海から目を逸らした。
「アレクサンダー?」
「以前のように話せるとは思わない方がいい」
「どういう意味?」
困ったようにアレクサンダーはクインシーの方へと視線を送り、クインシーも苦笑を浮かべる。そんなに困るようなことなのかと海は不思議そうに二人の顔を交互に見た。
「会った方が早いかもね」
「それはそうだが……」
「もうあの子から"悪い言葉"は出ないよ」
クインシーの言い方に少しトゲがあり、杉崎をバカにしているような、哀れんでいるような雰囲気だ。杉崎が謁見の間で騒ぎ散らしたあとに何があったのか。海はアレクサンダーたちに本部へと連れていかれてしまったから後のことはわからない。それから杉崎とは会ってもいないし。
「とりあえず行ってみようよ。海が満足するかはわからないけれど」
ハッキリとしない二人の話に困惑しつつ、杉崎がいる牢屋へと向かった。
誰もいない城に三人の足音だけが響く。主を失った城は最早ただの建造物でしかない。元より、国としての成り立っていなかったラザミアにとって、城も国王も名ばかりのものだったが。
ラザミアはこの世界から消えようとしている。それか、他国から誰かが治めに来るのだろうか。それなら……。
「……アレクサンダー」
「なんだ」
「アレクサンダーはさ、その……」
「どうしたんだ?」
「国を統治したいと思う?」
「は?」
別の誰かがラザミアを統治するくらいならば、アレクサンダーが国王としてこの国を発展させればいい。そう思って口に出したのだが、アレクサンダーに軽く睨まれてしまった。
「そう簡単に出来るものじゃない」
「そう、だよね。うん、ごめん」
一国の主がどれだけ大変かは海も少しは理解している。日本の首相が忙しなく動き回っているのをテレビや新聞で目にしているからだ。常に責任が付きまとう立場であり、ひとつの発言にも重みが出る。安易な言葉は民を困惑させ、他国との親交も破綻させる。
今更ながらに自分の言葉の軽々しさに気づき、どれだけ無責任な考えだったかを思い知った。
「でもさ! アレクサンダーが国王になってくれたら安泰じゃない?」
「大体なんで俺なんだ」
「責任感強いから? 周りをちゃんと見てるし、自分の意見はブレないし。まぁ、たまーにドジ踏む時もあるけど、そうなったら俺やカイもいるわけだしさ!」
「俺なんかが支えになれるとは思わないんだけど……」
「何言ってんの! カイが一番の支えでしょうが!」
国王を支えるなんて生半可な気持ちではできない。
帝王学などを学んでいるならまだしも、海はただの一般人だったのだ。そんな人間が支えられるとは到底思えない。
「いや、俺には──」
「お前らがいるならそれも悪くは無いな」
「でしょ?」
まさかアレクサンダーからそんな言葉が出てくるとは思わなかった。先程は簡単なことではないと言っていたのに、この身の返しようだ。クインシーと海が居るだけで何が変わるというのか。
「その場合ってカイが王妃になるの?」
「んっ!?」
「だろうな」
クインシーの問いに目を見開き、アレクサンダーの答えに口をあんぐりと開ける。確かに、アレクサンダーが国王になった場合はそうなるのかもしれない。そうなるかもしれないけども!
「おう……ひ……?」
「じゃないの? だってカイはずっとアレクサンダーのそばに居るんでしょ? なら、結婚式挙げないと!」
「白いドレス? それともタキシード?」と一人盛り上がるクインシー。まず、ドレスという単語が出てきたことにビックリした。男である海が白のドレスを着て似合うはずがない。というか着たくない。
アレクサンダーに救いの眼差しを向けたが、海の思いを裏切るようにアレクサンダーは海に期待の目を向けてくる。
「いや、ドレスは着ないからな!?」
「えー、絶対似合うのにー」
「俺、男だからね!?」
「男でも似合うよ。海は細身だし、色白いし。なんせ可愛い」
自信たっぷりに答えるクインシーと無言で頷くアレクサンダー。
そこで頷かれても困る。
「そんなこと言ってるけどさぁ! じゃあ、クインシーは着ろって言われたら着るのかよ!」
「カイがどうしてもって言うなら?」
「ドレスなのに?」
「ドレスでも。カイが似合うって言うなら着てみようかなぁ。一回だけね」
「と、言ってますけどどう思いますか、アレクサンダーさん」
「…………似合わないだろう」
真顔のアレクサンダーにバッサリと切り捨てられ、クインシーはムスッと拗ねて「アレクサンダーには聞いてない! 俺はカイに聞いてるんだよ!」とキレた。
「お前はタキシードの方じゃないのか?」
「いや、まぁそうだけどさぁ! なんか気になるじゃんこういうのって」
「どこが!?」
ドレスの何が気になるんだ、着たいならクインシーだけ着ればいいのに。ドレスに興味のない海からしては不思議な感覚である。
「アレクサンダーのドレス姿より、カイのドレス姿の方がいい!」
「当たり前だろうが!!」
「…………え、俺見てみたい」
でかい声で叫ぶアレクサンダーに海はポツリと呟いた。クインシーもまさか海がそんなことを言うとは思ってなかったらしく、ポカンとした顔。
「ムチムチな感じになりそうだけど……逆にそれがいいような」
「やめろ。その気色悪い想像を今すぐ頭の中から消せ!」
「パツパツな二の腕とか……」
「やめろ!!」
「あははははっ!! やめてっ、もう言わないで!!」
クインシーもアレクサンダーのドレス姿を想像してしまったのか、お腹を抱えて大笑い。アレクサンダーに必死に止められたが、海はアレクサンダーのドレス姿を想像して「可愛いかも?」と呟いた。
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