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一章
花の憂
しおりを挟む過ぎ去った日は、宝箱にしまいましょう。
優しい思い出は、飴細工に練りましょう。
永遠にその甘さを忘れられぬよう、
決して壊してしまわぬよう、
最後まで己の愛として
受け入れてみせましょう。
※※
時が過ぎる毎に、愛らしかったお姫様はお妃様の様に美しい淑女へと成長していきました。
濡羽の様な夜空色の黒髪に、榛色だった瞳は太陽を思わせる透き通る赤みがかった黄金へと変わりました。
そしてそんな彼女もまた、国中を愛し国中の民から愛されるお姫様となりました。
太陽の姫君、女神の愛子、妖精の祝福
しかしそれ程愛された彼女の美しさは、お妃様を次第に追いやってしまいました。
「あぁ、この黒髪はお前にこそ似合うもの。その黄金の輝きは太陽の女神に祝福されたものだ、そしてその慈悲深き心は聖女そのものだ。」
美しく育つお姫様に、王様はまるで宝石を愛でるかの様になっていきました。
「お父様、私に愛を与えてくださるのはお母様ですわ。私に祝福をしてくださるのもお母様、全ての民を愛で包み込むお母様は聖女そのものですわ。」
「お前は素晴らしい心の持ち主だね、確かにアレも昔は美しかった。この国一の聖女だと教会から話が持ち上がった。街の教会に奇跡の歌姫が舞い降りたと、アレの街の民は当時はその宝を隠していたほどだ。この国の民は全て私のモノであることに対して、あの街の人間どもは理解しておらん様だったわ。」
姫の黒髪を愛おしそうに撫でつける王様は、ふと何処か遠くを見つめる様に語りました。
「お母様は歌姫様でしたの?」
「そうだ、アレの歌は癒しの力があると囁かれておって教会で歌っていた。 だから探すことは容易かったわ、アレの居場所を言わぬヤツが運ばれた教会に駆け込んでこよったからな。その時のアレは、間違いなく聖女だと思ったわ。」
「お父様はそこにお母様を探しに行っていたのですか?」
「私は美しいモノが好きだ、そして美しいモノは私のものであることが一等好きでな。アレは当時一等美しく、一目見て手元に欲しくなったものよ。」
お姫様は小首を傾げ、問いかけた。
「お父様はお母様にそこで恋をしたのですか?」
「はっはっは! 恋か、可愛らしいその唇から面白い言葉が出てきたものだ!! 姫よ、私は美しいモノが好きだ、そして愛している。だがモノに恋などしない。 そしてアレは最早過去のモノであるのよ、老いたモノに美しさはない。」
王様はひとしきり笑い、冷ややかな瞳に口元に笑みを浮かべたままお姫様に答えた。
「お母様は今も美しいわ。私よりも深い愛を持っていて、優しいもの。」
王様の答えに、お姫様は輝く瞳に強さを持ち言った。
「愛など見えぬものに価値などない、姫はアレと共に過ごす時が多かった所為かおかしな事を言うな。アレは美しいお前を産み落とした事にこそ、価値があるがそろそろ要らぬな。」
「お父様? お母様は私を愛してくださるわ、お母様はこの国にも私にも大切よ。」
何処か薄暗い瞳の王様に、お姫様は怯えつつも訴えた。
「美しいお前の願いだ、そうだな。お前が16の成人の儀を迎えるその日まで、アレはお前の母として必要だろう。安心なさい、お前は一人前の女になる迄にその美貌に連なる知識も与えよう。」
「16の儀式・・・、お母様は私にとって永遠に変わらぬ愛の証ですわ。 お願いです、お父様。どうか、どうかお母様にひどい事をしないでください。お母様と私は一緒に居たいのです!」
「何をそんなにアレに執着するのかは分からぬが、その気持ちも大人になる頃には収まるだろう。余計な事を考えずとも、姫はもう民からも愛される存在になっておる。さぁ、今日はもう遅い。ゆっくりと眠りなさい。」
王様はお姫様の髪を名残惜しげに離し、肩を抱きベッドへと誘った。
そして額に愛おしそうにキスを送り、部屋から去っていった。
深い夜に包まれお姫様はベッドの中、王様の言葉が耳から離れず怯えて夜が過ぎ去る事を祈る。
16の誕生祭まであと半年。
誕生祭の翌日に
成人の儀が執り行われるのです。
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