宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第四章 はじめての【友達】

第四章 はじめての【友達】 ⑤

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「へぇ~。俺、テレビでしか見たことねーや。野々口は?」

「……ある」

「野々口君も? いつ?」

「まだ十歳くらいのとき、アメリカで」

「えぇ!?」


 最後のスペースシャトルを打ち上げるというとき、まだ研究所に入ったばかりだった僕をデヴィッドが連れて行ってくれた。轟音を立てながら空に吸い込まれていくように打ちあがったスペースシャトルを見て、これからあんな風に飛んでいくロケットを作っていくんだという決意がまだ小さかった僕の胸に溢れてきたのを今でも覚えている。幼い頃の思い出に浸っていると、ぐっと強く肩を掴まれていた。


「す、す、す……すごいよ! 野々口君!」

「え?」

「いいな~! 僕もスペースシャトルの打ち上げ見てみたかった、もう退役してるからもう見れないんだよね!」

「そ、そう……」

「そんな数少ない機会をものにできるなんて、すごいよ! の、野々口くん!」


 興奮しすぎたのか、佐竹の舌が回らなくなっている。


「あはは! 佐竹、野々口の名前噛んでるし」

「ごめん、テンション上がっちゃった!」

「でもさ、野々口って言いにくくない?」

「……は?」


 三原が突然、失礼なことを言い始める。


「『野口』でいいのに、何で『の』が二つもあるんだよって感じ。ずっと言いにくいなって思ってたんだよね」

「あはは、確かに。ねえ、野々口君」


 佐竹は僕の顔を覗き込む。そのウキウキと弾む瞳に、僕の驚いた顔が映りこんだ。


「名前で呼んでもいい?」

「……名前?」

「あ! それいい! ……ところで、野々口の下の名前って、何?」

「カナタだよ、野々口彼方君」


 そうやって名前で呼ばれるのなんて、いつぶりだろう? 僕の頬はみるみる高揚して、目の奥がツンと痛くなる。それらを彼らに悟られないように、「そうだよ」とだけ答えた。


「何だよ、そっちの方が呼びやすいじゃん! 俺もそうやって呼ぼ」

「……勝手にしろ」

「あ、俺の事も親しく『友次郎』って呼んでいいからな。友くんでも可」

「僕も。智和って呼んでいいから。何だ、彼方もロケット好きならもっと早く話しかけておけばよかったよ……話の合う友達なんていないし」

「と、友達?」

「え? そうじゃなかった?! 僕もうそのつもりだったんだけど」


 聞きなれないその言葉に、大きく体が揺らぐ。それは佐竹にも伝わったらしく、彼も釣られて慌てだす。


「も、もしかして迷惑、とか……?」

「そういうわけじゃなくって……初めて言われたから、そんなこと」

「そうなの?! 俺もう彼方のこと友達だと思ってたわ」

「お前、いつの間に」

「だって、口では面倒とか言っておきながら結構世話焼きなところあるし」

「そうそう。僕、もう三原と彼方は友達なんだと思ってた」


 人は、何を基準として友達同士と呼び合うのだろう? 今までの僕には、友達なんていなかった。いたのは、研究所の同僚や取引先、日本に帰って来てからは、僕に無関心なクラスメイトとやたらと高圧的な教員たち。その中をすり抜けて歩く僕はいつも下を向いていて、僕と同じものを好きだったり、興味を持ってくれる人がいることに気づかなかっただけかもしれない。


「……そう言うなら、そうなのかもな」

「あー、良かった。これで友達じゃないとか言われたらめっちゃショックだったわ」

「それ、分かる。穴に入りたくなるくらい恥ずかしい」


 そんな事を言いながら歩いていると、あっという間に【子ども図書館】に着いていた。僕たちはハウツー本が並ぶ本棚で、ペットボトルロケットの本と……作曲の本を探す。


「……あった」


 ページの間に、以前書いたメモがそのまま残っている。僕は胸を撫でおろして、それを他のメモと合わせて佐竹に渡す。彼はペットボトルロケットの本を熟読していた。


「その本の作り方とかまとめたやつ。構造とかどうして飛ぶのかとかは、そっちの本見たらいいかも」

「わかった! じゃあ借りてくる」

「じゃ、貸出カウンター行こうぜ」


 三原と佐竹の背中を見ながら、僕も彼らの後を続けて歩く。手を伸ばせばすぐに触れられるほど近いのに、いざ手を伸ばしてみると薄い膜が指先に触れた。僕の体にまとわりつく、これは恐怖と呼ばれるものだ。

 もし二人に、僕が、人を殺す兵器を作ることに加担していたという事がばれたらどんな表情を見せるだろうか? 僕が知らないうちとは言え、僕がやっていた研究は海や大陸を越えた土地で今もなお人を殺めている。それを知ったら……二人は、僕から遠ざかっていくかもしれない。

 この事実をひた隠しにすることなんてたやすい。距離を持って、当たり障りのない関係を保ち続ければいいだけだ。でも、僕はこの薄い膜を取り払いたいとすら思っている。
 佐竹が手続きをしているカウンターの上、ポツンを置かれていたグリーンのノートが目に入る。僕は自然と、そのノートを手に取っていた。


「よし、帰るぞ彼方」


 気づけば、佐竹の貸し出しの手続きも終わっている。二人は出口に向かって歩こうとしていた。


「用事があるから、先に帰ってて」

「それなら、僕たちも残るけど」

「時間かかるかもしれないし、悪いから」

「彼方がそこまで言うなら先に帰るけど……」

「じゃ、明日学校でね」

「うん、明日」


 浮き沈みのない日々を送っていた僕が、明日と言う未来を恐れている。その恐怖を向き合うこともできず……ただ、今の気持ちを吐き出してしまいたかった。彼ら以外なら何だって良い、犬でも猫でも……このノートでも。

 僕は図書館の隅の席に座って、書き込まれていないページを開く。最初は物珍しかったのかいたずら書きばかりだったこのノートも、いつしか存在を忘れられ、あの愚痴の主も何も書かなくなっていた。僕はそこにペンを走らせる。


『僕は昔、アメリカの研究所でロケットのエンジン開発に関する研究をしていました。そのころは毎日が楽しくて、一日中パソコンの前で計算を続けていても苦ではなかったです。でも、ある日、僕が研究していた内容が、軍の兵器に応用されていることを知りました。僕は研究所の所長や軍の関係者に何度も抗議したのですが、返事はいつも「これは名誉なことだ。胸を張れ」と言われるばかりでした。人を殺す兵器を作ることが名誉なのか、僕の研究はこれからもそんな事のために使われるのか……そんな事を考え続けたある日、怖くなって研究所に行くこともできず、逃げるように日本に帰ってきました。僕が作りたかったのは、人類の発展のため、空をまっすぐ飛んでいくロケットだったのに。
 今、僕に新しい友達が出来ました。彼らは、僕がこんなことをしていたなんて知らない。もし僕が人殺しに加担していたことを知ったら離れていくかもしれない。それが怖くて、一歩踏み込むことができない。
 いつか、ちゃんと真実を打ち明けることができたら……とは思う。それでも恐怖心が勝ってしまって、目の前が真っ暗になる。みんな、こういう時はどうしているのだろう?』
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