宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

文字の大きさ
28 / 32
第七章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~樹里~

第七章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~樹里~ ③

しおりを挟む
 私は自分の頬に触れる。そんなこと言われても、自分の顔は自分では見えない。


「どういう事?」

「ふっきれたというか、覚悟を決めたというか……」

「なんか、樹里ちゃん……綺麗になった?」

「えぇっ!? まさか、そんなに褒めないでよ」


 顔が熱くなっていくのを感じていた。恥ずかしくて、ちょっと胸が疼く。


「何よ~。私たちが心配してる間、樹里ちゃんはかっこいい人と一緒だったの?」

「違うけど。あの……でも、私、出会っちゃったかも」


 いつも私の背中を押してくれていた人。声しか聞いていないけれど、私はもうはっきりと言える。さっきの彼が、あのノートの相手だという事を。
 奇跡のような出会いに、私の胸はざわめきたっていた。体中が熱くなって、もう何だってできるような気がしてきた。真奈美ちゃんも杏奈ちゃんもそれが不思議な様子で、お互いに顔を見合わせていた。


「ま、いいや。行くよ、そろそろ準備しないと」

「そうそう!」


 杏奈ちゃんが先を歩き、真奈美ちゃんが私の背中を押して歩く。私の目の前はパッと明るく広がり、もう何も怖くないような気がしてきた。


「そうだ、聞いてよ樹里ちゃん」

「ん? なあに?」

「学校祭、うちの兄貴誘ったんだ。あ、一番上のね」

「あぁ……」


 私に作曲を教えてくれたお兄さんの事だ。でも、真奈美ちゃんの声は少し沈んでいる。一番上のお兄さんの事、慕ってしたと思うのに、どうしてだろうと首を傾げていると、真奈美ちゃんはまた深くため息をついた。


「お兄ちゃん、バカ兄貴にもうちの高校が今日学校祭なの教えちゃって……私のクラス見に来たんだよ~ありえなくない?」

「でも、優しいお兄さんじゃない? そうやって妹の学校祭来てくれるなんて」

「二番目の兄貴、バカだからさ~。もうやだ! 樹里ちゃんのステージも見る気だったし、うちのクラスでもなんかバカ騒ぎしていくし……もう最悪!」

「そう? 随分楽しそうに兄貴じゃない、三原のお兄さん」

「もう!」


 三人でケラケラと笑いあう。体育館には、すぐについてしまった。私は舞台袖で杏奈ちゃんに髪型を直される。どうしてだろう? 二人の方が緊張しているみたいで、顔が青白くなっている。


「大丈夫だよ、何とかなるって」

「わかってるよ! ステージに上がるの私じゃなくって樹里ちゃんだし……私たちが緊張したって意味ないってこと! でも、もし何かあったらどうしようって」

 真奈美ちゃんは不安げにうつむいた。私はその肩を、ポンと優しく触れる。


「何があっても大丈夫だよ」

「でも……」

「失敗だって、無駄じゃない。私が歩きてきた道に、無駄なものなんてないんだから」

「それ、なあに?」

「ふふっ! 【合言葉】!」


 学校祭の実行委員に名前を呼ばれる。私の出番が来たらしい。


「じゃ、行ってくるから」

「う、うん! 私たち、ちゃんと見てるからね!」

「まあ、頑張ってきなよ」

「はーい」


 私は今までにないくらいの、満面の笑みを見せる。緞帳が降りたステージの上には、電子ピアノが一台、ポツンを置かれている。
 いつも一人だと思ってた。ピアノを弾いているときも、学校にいる時も。でも、そうじゃないと気づかせてくれた人が、この広い宇宙に一人だけいたのだ。たった一人だけ、それは星を掴むような奇跡に違いない。私はこれから、その星を掴みに行く。この歌がその人に届くように、そして新しい未来に向かって歩き出すために。
 幕が上がる。緞帳の隙間から光が漏れていく。新しい私も心から始まるのだと思うと、胸がドキドキと跳ね上がった。緊張ではなく、新しい日々が始まることへのワクワクが胸に広がっていく。
 これは……今から私が歌うのは、この宇宙でたった一つしかないラブ・ソング。たった一人に「ありがとう」を伝えるための歌だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ループ25 ~ 何度も繰り返す25歳、その理由を知る時、主人公は…… ~

藤堂慎人
ライト文芸
主人公新藤肇は何度目かの25歳の誕生日を迎えた。毎回少しだけ違う世界で目覚めるが、今回は前の世界で意中の人だった美由紀と新婚1年目の朝に目覚めた。 戸惑う肇だったが、この世界での情報を集め、徐々に慣れていく。 お互いの両親の問題は前の世界でもあったが、今回は良い方向で解決した。 仕事も順調で、苦労は感じつつも充実した日々を送っている。 しかし、これまでの流れではその暮らしも1年で終わってしまう。今までで最も良い世界だからこそ、次の世界にループすることを恐れている。 そんな時、肇は重大な出来事に遭遇する。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい

99
ライト文芸
奥手で引っ込み思案な新入社員 × 教育係のエリート社員 佐倉美和(23)は、新入社員研修時に元読者モデルの同期・橘さくらと比較され、「じゃない方の佐倉」という不名誉なあだ名をつけられてしまい、以来人付き合いが消極的になってしまっている。 そんな彼女の教育係で営業部のエリート・幸崎優吾(28)は「皆に平等に優しい人格者」としてもっぱらな評判。 美和にも当然優しく接してくれているのだが、「それが逆に申し訳なくて辛い」と思ってしまう。 ある日、美和は学生時代からの友人で同期の城山雪の誘いでデパートのコスメ売り場に出かけ、美容部員の手によって別人のように変身する。 少しだけ自分に自信を持てたことで、美和と幸崎との間で、新しい関係が始まろうとしていた・・・ 素敵な表紙はミカスケ様のフリーイラストをお借りしています。 http://misoko.net/ 他サイト様でも投稿しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...