宇宙でひとつの、ラブ・ソング

indi子/金色魚々子

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第八章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~彼方~

第八章 宇宙でひとつの、ラブ・ソング ~彼方~ ①

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 学校祭の片付けも終わって、僕たちはようやっと落ち着きを取り戻しつつあった。以前の日常に戻るよりも先に、誰もいなくなった夕暮れの教室でささやかな打ち上げを三人で開く。机を寄せ集めて、スナック菓子やジュースを用意して。もう必要ないのに、二リットルの炭酸飲料のペットボトルを見るとどうしても心が揺さぶられる。どうやったら、これを遠くに飛ばせるだろう? と。三原も佐竹も同じことを考えていたらしく、三人で顔を見合わせて笑いあっていた。


「でも、これが終われば受験か」

「ま、まだ細々とした学校行事は残ってるけど……こんなビックイベントはもうないからね。高校生活も終わりかと思うと、寂しくもなるよ」

「智和は大学に行くの?」


 スナック菓子をポリポリとかじる三原が、佐竹にそう聞く。佐竹は深く頷いた。


「理系の国立大を受けるつもり。彼方みたいにロケット開発とまでいかなくても……宇宙に関する仕事がしたいなって」

「ふーん」

「友次郎は?」

「俺はパティシエの専門に行く。いつか店を持つのが夢だから、遊びに来てよ」

「そうなるのを、気長に待ってるよ。彼方は?」

「え?」


 突然話を振られる。ぼんやりと二人の話を聞いていた頭では、ついて行くのにやっとだった。


「大学行くの?」

「彼方なら、どんな大学でも楽勝だろ! いいよな、頭いいやつは」

「僕は……アメリカに戻ろうと思う」


 二人はあんぐりと口を開ける。驚いて声も出ないと言った感じだった。


「学校祭が終わった後、以前いた研究所の同僚からメールが来たんだ」


 僕は経緯を話し始める。メールが来ていた事、その同僚は今民間企業でロケット開発をしていること、そこの社長に僕の事を推薦してくれたこと。そして、社長は僕の事を受け入れるつもりであること。そして……。


「すぐに返事をした。高校を卒業した後、来年の四月にはそっちに行くって」


 僕は顔をあげ、二人をまっすぐに見据える。戸惑ったような表情をしている二人を見て、僕はにっこりとほほ笑んだ。


「二人のおかげなんだ」

「……え?」

「僕が、ロケットの開発に戻ろうと思ったのは。二人に話を聞いてもらって、二人と一緒にペットボトルロケットを作って。とても楽しかった、昔も同じ思いをしていたことを思い出した」

「僕たちの?」

「そう。だから、チャンスがあるなら……僕はもう逃げない」


 いつか、この空を切り裂いて宇宙まで一直線で飛んでいくロケットを、再び作りたい。そしてその飛んでいく光景をこの二人に、そして、あのノートの相手にも見せてあげたいのだ。


「彼方、何笑ってんだよ?」

「……え?」


 僕が作ったロケットを見ている『ノートの相手』を思い浮かべているうちに、にやけていたらしい。僕は表情を戻して、背筋を正す。


「だから……三人ともバラバラだな」

「そうだね。僕たちがこうしていられるのも、卒業するまでか」

「しんみりしちゃうよなー。それならさ、三人で思い出たくさん作っておこうぜ」

「……思い出?」

「そう。勉強で忙しいかもしれないけど、楽しいことを共有する時間をたくさん作っておく。もしこれから嫌な事があっても、それを思い出したら元気になれるような」

「賛成! 彼方は?」

「……いいよ。やろう」

「じゃ、夏休みにどこか行く?」

「そうだ。いいとこあるぜ~」


 三原は嫌らしく口角をあげた。


「いいとこ?」

「そ! 妹の高校の学祭! 俺一人で行ったらどやされるから、友達連れて行ったら被害少なそう」

「そうやってすぐ人を隠れ蓑にしようとするんだから」

「でも、楽しそうだな。他の高校の学校祭」

「だろ? なんか兄ちゃんから聞いたんだけど、妹の友達がステージで歌うんだって! もともとピアノも上手な子で、初めて作曲するとか何とかで。それもちょっと見たいよな~かわいい子だといいな~」

「友次郎って、下心しかないわけ?」

「そういう訳じゃねーよ!」


 二人のこんなやり取りを見ることができるのも、もう三月まで。僕はこの日々を大事にしようと、二人の話に耳を傾けていた。

 三月までの間、出来ることは少ない。それでも僕は、とてもやりたいことがあった。これだけは絶対にしなければいけないこと。それが、あの【子ども図書館】の一言ノートの事だ。僕はどうしても、あの相手に会いたかった。一言、お礼を言いたい。そして貰ったペットボトルロケットが虹を描きながら飛んでいる動画を見せたい。二人の友人を紹介して、ノートの相手が作った曲を聞いてみたい。僕は……会いたくて仕方がなかった。どんな顔なのか、名前も性別も素性も分からない相手に。

 しかし、現実はそうそううまくいかない。学校祭が終わった後、すぐに定期試験が始まる。僕は三原と佐竹だけではなく、クラスメイトのほぼ全員から勉強を教えてもらえないかと頼まれた。何日にもわたる僕の特別授業と、個別の質問タイム。家に帰る頃にはクタクタになっていて【子ども図書館】に寄る元気もなかった。

 そのおかげか、三原も佐竹も、クラスメイトもみんな以前の結果よりも成績が上がった。そして僕は……。


「うわ! すっげー彼方!」

「学年一位か……彼方、これ本気?」

「いや、全然」


 僕が頭を横に振ると、三原や佐竹だけではなく周りからも感嘆の声が漏れる。


「すごいなー。でも僕の成績もぐんぐん上がって来たし、もう志望校も安全圏に入って来たんだよ。彼方のおかげで」

「俺も俺も! もうちょっといい専門行けそう! 彼方のおかげで」

「じゃ、もう少し感謝してよ」

「図々しいな、彼方は!」


 三原が僕の頭を小突く。それは思ったよりも痛かったが、佐竹や他のクラスメイトも笑っている。それなら、別にいいやとすら思うようになった。

 放課後、帰る支度をしていると担任の進藤に呼び止められた。


「野々口! この後ちょっといいか?」
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