蜂蜜まみれのオレに彼女が教えるこの世に生きる喜び、そして哀しみのこと

付和雷象

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「ドラえもん、街宣車、ブラウス、村上春樹、桃色クローバーZ」

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 ほどなく屋形船の奥から髭面の、顔だけでているドラえもんの着ぐるみを着た男が現れてきて、「あ~」「あ~」と言いながら破れた天井をしばらくながめ、だいぶたってから女に向かって「屋根」と言った。

 即座に女が、「要る?」と髪にからまった屋根の木屑を取りながら言うと、そこに長い沈黙が訪れた。

 鳥のさえずり。通りすぎる街宣車。

 しばらくしてからドラえもんの髭男は、そうか、なるほど、そういう考え方もあるのか、といったような顔をして、なにもいわず、また奥へと引っ込んでいってしまった。

 屋根は要るんじゃないのか、と思っていると、
「ああもう、あたしまでベトベト!」と女がオレの目の前で蜂蜜まみれの白いブラウスを脱ぎ捨て、
「さいあく!」と口のなかの蜂蜜を吐き捨てた。
 細い肩に白い肌が屋形船の障子を背に水面の反射と共に輝いていた。

「なに見てんのよ」
 蜂蜜やら屋根の木々やらでめちゃくちゃくちゃになった長い黒髪の向こうから女が睨んだ。

 レゾンデートル。

 昔、読んだ村上春樹の小説の中の女が、ベッドで男性自身に向かって、あなたのレゾンデートル、と言った。オレには小説の中の女のあそこも、村上春樹の男性器の形状もわからない。
 わかるのは、今、オレのレゾンデートルがオンしたことだけ。

「見ちゃいけないのか」と言いながら女に近づき、背中に手をまわしてブラジャーのホックを外した。
 小さいながらも左右で少し大きさの違う乳房の小さい方の右の乳房の下にただれた火傷の跡があった。

「なによ」
「名前は?」
「要る?それ」

 要らん、と思った時には、女は両手でオレの顔をわしづかんでオレの口の中に舌をつっこんでいた。
 両者、レゾンデートル、オン。


 行為の間、女は息を荒げながら、カムォンカムォンと変な声で叫んだ。
 嫌だなあと思いながら、目を閉じて川べりのグランドで練習をしている少年野球の子供の掛け声や、金属バットがノックを打ったり、チップする音、屋形船のエンジン音などになるべく意識を集中した。

 やがて「ねえ」と言い、女が上に乗りたがるので、のろのろと態勢を変えると目の前に38口径の銃口があらわれた。上気した女の顔はよくよくみるとまだ十代のような幼い顔立ちで、銃をオレに向けたまま揺れるので銃口がコツ、コツと額にあたった。見下ろしながら「気持ちいい?」と女が聞いてくるので、
「ええ、とても」と今日いちばんの爽やかな笑顔で答えざるをえなかった。

 驚いたことに、女はオレがはじめての男だった。

 行為が終わると女は拳銃を握ったまま立ち上がり、内ももをつたう血と精液を拭いもせず、裸のまま、ドラえもんの髯男のいるエンジン室へと向かった。


 ドラえもんの髯男は狭いエンジン室で汗だくになりながら、小さな椅子にちょこんと腰かけ、ヘッドフォンをして膝に乗せたノートパソコンの画面に映る桃色クローバーZのライブDVDを爆音で観ていた。

「なんか着るもん貸してくれない?」

 女は髭男に言うが、ヘッドホンをしたままフンフン言って身体を揺らしている髯男は全く気づかず、リズムに合わせて三回屁をした。
 次の瞬間、髭男の正面にまわり込んだ女がいきなりノートパソコンを蹴り上げるものだから、髯男は突然の出来事に驚いて飛び退き、目の前の拳銃を握っている全裸の女にも改めて驚き、さらに飛び退いた。

 何!? 何が起こっているのかまったくわからない!? え? え? いろいろわからない! という顔をした髭男に、女が言った。

「なんか着るもんない?」
「え・・・・」
「服、貸してほしいの」
「ないよ・・・・」
「あんたの着てるのがあんじゃない」
「これは、だめだよ・・・・」
「じゃあなんか貸してよ!」
「だって・・・・」

 ドン!

 女が髯男の右足の甲を撃ち抜いた。
 髯男は驚いてシャキン! としている。

「服、貸して?」

 突然髯男は機敏な動きで奥のロッカーのところへと走りだし、中からアイドルがデパート屋上の営業で着るような、やたらヒラヒラした見るからに安物の繊維の衣装を取りだしてきて女に渡した。

「ありがとう」

 すげえ、あの人足の甲撃たれたのにあんな動けるんだと感心していると、ドラえもんの着ぐるみの白い右足部分がみるみるうちに真っ赤に染みだしていった。
 髯男もさすがに気づいて「血、血だ、血! 血でてるよ!」と騒ぎだした。

「知ってるよ!」と怒鳴って女がさっき脱いだブラウスを髯男の口の中に押し込んだ途端、髯男は痛みのためにうーんと言って失神してしまった。

 
 オレと女はしばらく髯男を眺めながら墜ちてゆく夕陽の熱を感じていた。
 女の手にしている拳銃は何かの象徴であるかのように、薄く重く光った。


「ねえ」
「ん?」
「なんで拳銃持ってんの?」
「おまわりさんだから」

 そう言うと女はヒラヒラした衣装を抱えて、ここ臭いとかなんとかわめきながらお座敷に戻っていった。
 内ももをつたう血と精液はそのままに。
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