蜂蜜まみれのオレに彼女が教えるこの世に生きる喜び、そして哀しみのこと

付和雷象

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「銀色、ファンキー、金属の扉、木々のざわめき、匂い」

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「んじゃここらあたりで」とダムの中頃あたりで警察官が言うので、我々は一旦老人の身体を下に置いた。
「やっぱ結構重かったねー。ポイしちゃう前にちょっと休憩ねー」と警察官は煙草に火をつけた。

 少し離れたところにダムの塔があり、よく見るとカメラが各所を狙って何台も設置されていた。

「あれ、ここって、カメラ・・・・?」と聞くと、
「え? ああ、監視カメラ? あるよー。そりゃ、ダムだもん」とあたりまえのように警察官が答えた。
「え、今も、これ、撮られてるんですよね?」
「あたりまえだよお。あ、だからほら、ちゃんと携帯灰皿、持ってるよお」と警察官は胸ポケットから小さな銀色のビニールでできた携帯灰皿を取り出して見せた。
「やっぱりさ、吸い殻のポイ捨てはだめだからねー。誰も見ていないとしても! こういうことはちゃんとしないとねっ!」と真面目な顔で警察官が言ったあと、
「あ、ごめん、吸う人だった? 吸う?」と聞いてきた。
「いや、そうじゃなくて」
「ん?」
「もっと大きいもん、捨てようとしていますよね、今」と言うと、警察官は少し考えてから、
「ああ、ああ、そゆこと? まあ、普通だめよ、捕まっちゃう。あそこのカメラでばっちり撮られてるから」と言った。
「普通?」
「うん。僕はだって、ほら、警察官だから」
「ん?」
「捕まんない」
「は?」
「警察官はね、何したっていいの」
「いや、そんなことはないでしょう!?」
「でも現に誰も来ないでしょ? ダムはね、24時間、人が監視カメラで管理してるんだよ。今も。」 

 たしかに我々はここに来るまでの時点で、あきらかな不審者であった。

 警察官は続けた。
「吸い殻のポイ捨てはね、それはマナーの問題だからさ。警察官でもだめなものはダメーってね。あと、あんたはどっちにしろもう捕まってるわけだし」

 はっ、と思った。
 そうだったんだ。やっぱりオレ捕まってたんだ。
 いや、でもなんでだ? オレ捕まるようなことしたっけ?

「あの、なんで捕まえられてるんですか、オレ」と素朴に聞くと、
「えええっ!?」と警察官はものすごく驚いて言った。
「今頃、それ、言う!?」

 確かに、と思った。おはぎ屋から一連の流れでなんとなくここまできてしまっていた。

「ま、たしかにい、なんの抵抗もしないしい、質問もしない、おかげでこっちは楽だったんだけどお、なんかある意味? いや、いい意味で? すごいファンキーなひとだなあ、って思ってたんだよねー。いや、いい意味でよ? けど、今、このタイミングで、それ訊く!?」警察官は激しくあきれていた。すこし、恥ずかしかった。

「まあ、でも、聞いてないから」
「そらそうだよ! 言ってないもん! そっちが訊いてこないからあ」
「え? こっち? こっちが悪いの?」
「そうだよお」
「そっか、なんかごめんなさい」
「いや、わかってくれたら、いいんだよ? 全然気にしてないからさ」
「ありがとう」
「じゃ、捨てようか」

 老人を置いたすぐ脇、ダム湖側の塀のところに金属の扉があり、警察官がポケットからとりだした鍵で扉をあけると、低い手すりがあるだけの狭い足場がダム湖に向かって突き出していた。見下ろすと、はるか下に水面が広がっていた。

「じゃ、持って」と言われるままに再び老人の頭と足を二人で持ちあげ、おそるおそる金属の扉のむこうの足場まで出たところで、
「狭いから落ちないでね。んじゃ、いっちにのさーん、のさーんで放り込んじゃうから。いくよ。いっちに・・・」と言う警察官に、
「で、なんでオレ捕まったんでしたっけ?」と再び聞いた。

「んんだからあ! タイミングう!!」と警察官は本当に信じられない! という顔で叫んだ。

「今!? 今このタイミングで訊くのお!?」
「結局聞いてないなあって思って」
「だったとしても今!? わざと!? わざとなの!? こんな危ないとこで訊く!? なんかあって落っこちたらどうすんのさあ! 」


 にゅる。


「死ぬだけでしょ」
「はああ!?」


 にゅるにゅる。


 頭の中で何かが動いた。視界は暗闇のダム湖のまま、目の前にいる警察官の声も、風に揺れる木々のざわめきも、さっきと変わらず同じように聞こえているのに、意識が、おそろしく研ぎ澄まされているような感覚がして、とてつもない頭痛とまどろみが全身を包んだ。


 にゅるにゅるにゅるにゅる。


 警察官が怒鳴った。
「もう、怒った! ぼくはねえ、怒ったぞ! 命をなんだと思ってるんだ! もう殴る! 殴るから、とりあえず、とりあえず一旦置こう、いやいや、そっち戻ろう、そっち」

 取り乱して言う警察官の顔に突然、灯りが照らされた。

「わ、まぶし! ちょ、だれえ? 今、ちょっとやめて! 危ないからあ!」

 灯りの元を見ると、金属の扉の向こう側から誰かが懐中電灯のようなもので警察官の顔を照らしつけているようだった。

「お願い、一旦灯り消して、ちょっ、まぶしいからあ、すみません、それ消してくださ・・・」と言い終わる間もなく、突然、灯りが消え、

 ドン! 

 銃声が響いた。

 闇の中、風に揺れる木々のざわめきだけが聞こえた。
 警察官の声は、もう聞こえなくなっていた。

 闇の中、オレは腕をぐい! とひっぱられ、そのまま金属の扉の内側へと倒れ込んだ。夜の闇と重いまどろみと拳銃の火薬の匂いが頭の中で混ざり合い、オレは深い眠りの中に落ちていった。
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