【R-18】異世界でお姫さまと眠れ-チートマクラに人外転生-

七色春日

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-6-『魔水晶の指南』

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 ネムエルはてくてくと廊下を歩き、亡き父親の書斎に向かっていた。

 彼女にとって、悩みごとが発生すると行く先である。

 正式名称は『英知の書斎』と呼ばれ、<ロストアイ>の中腹に位置している。

 選ばれし者しか、入室できない隠し部屋でもある。その防衛システムは強固であり、ネムエルが扉の前に立つと、ドアノブの横に埋め込まれた魔石が光り輝いた。人物照合だ。

(これ、まぶしいから苦手……)

 目許を手で隠しつつ、ネムエルは書庫に足を踏み入れた。

 二階まで書架しょかで囲まれたその部屋は、いささか古めかしい造りであったが、隅々まで清掃が行き届いていた。

 古書が漂わせる独特の臭いはするものの、読書家のために設置された机と椅子にもニスが塗られ、手入れのきめ細かさが伝わる場所だった。

「これはネムエルさま。
 本日はどのようなご用件で?」

 ネムエルの足もとへ、ころんころんと水晶玉が転がってきた。

 声は歳若い女のものだが、抑揚もなく機械的なものだった。
 それもそのはず、古い時代の魔導によって生まれた水晶型モンスターだからだ。

 個体名は魔水晶。
 役割は司書長である。

「魔水晶さん。相談があるの」
「どのようなものでしょうか?」

 ネムエルを膝を曲げてしゃがみこみながらも、聞き耳を立てている者はいないかとあちこちを見回した。
 やがて誰もいないとわかると、手の平を縦にしてささやいた。

「あのね。最近ね。
 夜になると……見知らぬ男の人に身体を触られてる夢をみるの。
 誰かわからないし、気になるの」

「なるほど」

 変化に気付いたのは数日前だ。

 ベッドで寝ていると、皮膚に圧迫感を覚えることが何度かあった。

 誰かに触られているような感覚だ。その〝夢〟の最中は眠気がひどく、やや寝苦しいのであるが、翌朝になるとなぜか体調がよかった。

 不快ではなく実害もないが、何が起っているのかは気にはなる。
 
(誰かが贈ってくれた安眠用の従魔の仕業だと思うけど……
 毎回、気持ちいいけど……眠気がすごくて……
 お話しをしないまま寝ちゃうし……
 今更、ご挨拶するのもなんか気まずいし……
 あらかじめ、誰か教えてもらおう)

 そんなネムエルの怠惰たいだな思惑をよそに、魔水晶は質問に答えた。

「遅ればせながら、
 ネムエルさまにも思春期が訪れたということです。
 その者は架空かくうの男性でしょう」

「架空って?」

「実在しない人物ということです。
 恐らく、ネムエルさまは異性を意識するあまり、
 脳内でイメージを生みだしたのでしょう」

「そうなんだ」

 特に疑問を持たず、ネムエルはコクコクとうなずいた。

 魔水晶はいい加減なことを口にしたように思えるが、一応は根拠として『この城で最強の魔王に悪戯する命知らずなどいない』という理屈を持っていた。

 実際にはそんな命知らず――壮一は実在しているのだが、二人の間では架空の人物となった。
 
「異性……男の人だよね?
 男の人を意識すると、そんなことが起こるんだ」

「ええ、本能的に生殖したくなりますからね」

 ネムエルは「?」を頭上に浮かべた。
 単語が理解できなかったこともあるが、魔水晶の説明が端的でわかりにくかったこともある。

「よろしければ、
 参考図書を用意致しましょうか?」

「うん」

 見えざる力が働き、ドサドサと机の上に本が積まれていく。
 ネムエルは椅子に腰かけ、本を手にした。表題には『イケメンの縛り方』や『男な心の臓をえぐり盗る魔術』などと表記されており、チョイスには難があった。

「うーん。
 よくわからないけど……チューしたくなる感じ?」

 パラパラとめくりながらも、すぐに飽きたのかつぶやく。

「正解です。
 しかしネムエルさま、イラストしかご覧になっておりませんね」

「だって、堅苦しい文字を読むの疲れちゃうから」

「あなたさまは次期魔王なのですよ。
 レベル的にも、魔界において最強の存在です。
 お勉強もして頂かなければ困ります……
 まあ、それは置いておき実際、どうなのですか?」

「どうって?」

「ぶっちゃけ、
 夢にでてくるのはどんな男の人なのですか。
 どんな男性がタイプなのですか?」

 魔水晶はミーハーな婦女子としての側面を持っていた。
 鏡面はつるりとしていて表情こそ存在しないが、僅かに乗りだした前傾姿勢から好奇心のほどが窺えた。

「うーん。
 お城では、見たことない人かな。
 あとなんか、ちょっと悲しそうだね。
 お腹が減ってるのに、ケーキが食べらないみたいな顔してるよ」

「なるほど……それは恐らく、
 ネムエルさまの潜在意識が働いているのでしょう。
 愛されたいけど、怖い……そんな乙女心、よくわかります」

「私には全然、
 よくわからないけど」

「いいのです。
 心とは、わからないものですから。
 私もこの身が水晶玉でなかったら、大勢の男たちを手玉にとって……散々もて遊んだ挙句、ボロ雑巾のように捨ててしまいたかった」

 魔水晶の願望はドブのごとく腐っていた。

 一方で邪悪から遠い心根を持つネムエルは、無関心な表情で水晶玉を見つめつつ、要点だけを訪ねた。

「それで、私は……どうしたらいいの?」

「そうですね。
 我々としてはぜひ、
 次代の魔王をお産みくださると助かりますが、
 ひとまずは自己解消がお勧めでしょう。
 口で作法をお話したいところですが、
 私としては、ネムエルさまにそのような真似をさせるのは恐れおおい。
 申し訳ありませんが、やはり用意した参考図書をお読みくださいませ。
 おのずと性知識が身につくでしょう」

「うーん。
 ご本を読まないと駄目?」

「はい。
 申し訳ありませんが……っと、もう帰られるのですか?」

「うん」

 すくっと立ち上がったネムエルはテーブルの本を抱え、入り口の方に向かっていく。

 魔水晶は「またのお越しをー!」と叫びながら、腕もないのに器用にハンカチを振りつつ、その背を見送った。
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