【R-18】異世界でお姫さまと眠れ-チートマクラに人外転生-

七色春日

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-7-『青い果実』♯

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「また、夜がきたか」

 空に昇る赤い月を眺めながら、人間形態となった壮一は充血した目を擦った。

 眼球はどろりと濁り、眼の下には大きなクマができている。不眠症の症状だ。

 転生して安らかな日々を手に入れたはずが、壮一はまたしても眠れない日々を送っていた。

 理由は言わずもが、ネムエルとの添い寝のせいだ。

 マッサージの一件で女体を意識してしまって以来、日に日に欲求が強くなってしまっている。

 心の底からダメだと思っているのにも関わらず、毎晩、ネムエルの肌に触れてしまう。その度に自責の念が募り、おのれ罪深さを悔いるが、マクラの身上では密着することからも逃れられない。

「寝込みを狙うなんて、
 どう考えてもクズ野郎の所業なんだよなぁ……」

 ネムエルに正体を明かして楽になってしまうか。

 同じ考えを、何度も何度も思い浮かべた。

 そうすれば、ひとまずは悩みごとからは解消される。
 しかし、そのあとはどうなる。悪くて抹殺。良くて追放処分だろう。

 今や自分の肉体は布製品だ。脆弱であることは疑いなく、この世で生きる術も見当たらない。

「外の世界を見聞きしようにも、
 廊下でさえ、ガイコツの兵隊とかが巡回してたからなぁ。
 怖くて動けねえよ。
 てかホラーハウスかよ、この城」

 窓の向こう、尖塔の屋根で茶会をしている亡霊レイスたちを眺める。

 彼らは視線を送る壮一の存在に気付いたのか、真っ白な骨だけの手先を向けた。
 おいでおいでと手招きしてくる。

 壮一はおののき、ぴしゃりとカーテンを閉じた。

 幽霊と慣れ合うつもりはなく、正体不明のモノに関わる気もない。

 もっとも、マクラ型モンスターの自分もまた怪物の末席を連ねているだろうが、それとこれとは話が別だ。

「とはいえ、
 いい加減、びびってないで部屋から脱出しよう。
 ひきこもってばかりもいられないし」

 外出したい欲も、あるにはある。

 ネムエルしか刺激がないから、余計に彼女を求めるのだと壮一は推測した。

 閉鎖された環境から脱却し、他の何かから刺激を受けさえすれば、邪念もしりぞけられるはずだ。

「と、廊下から足音か……『人魔の術』を解除する」

 持続時間の検証中でもあったが、やむを得ない。

 壮一が魔法を解いて所定の位置に戻ると、数秒後に扉が開かれた。
 現れたはやはり部屋の主人、ネムエルだ。
 両手に本を抱え持ち、重い足取りでベッド際に進んでいく。

「よいしょ」

 ネムエルはサイドテーブルに本を積んだ。
 珍しく、読書をするつもりのようだ。
 ベッド際に座り込み、一冊目をぱらぱらとめくり始めた。

(勉強かな? 顔つきが険しいな)

「むー」

 本を読み勧めて、数分後だった

 ネムエルは楽な姿勢を求めてベッドに倒れ、寝っ転がった。
 どすんっ、と頭部が壮一のもとへと落ちてくる。
 衝撃はあったが、マクラの身ならさほどでもない。

 また、ネムエルが仰向けになったことで、壮一も本も中身を読むことが可能になった。

(ええっと、どんなの読んでるんだろ。
 どれどれ……なるほどなぁ、
 一章目のタイトルは『上級者ハイ・ランカーのためのセックス術』かあ。
 勉強熱心だなぁ……じゃねえよ!
 いきなりどうしたんだよ!
 いつから上級者になったんだよ!)

 壮一は内心で激しい突っ込みを入れたが、あくまで心の中だけで留めた。そうした自制心はまだ残っていた。

「んー……」

 ネムエルは眉尻を立てながらも、ずっと文字を追っている。
 ときどき単語が理解できないのか、小首をひねることもあった。

 けれども。

 読み進めるうちに多少は感じるところはあったのか――。

「ほむぅ~」

 本の内容に感心したようで、ネムエルはうなずきながら吐息が漏らした。

 縦長の瞳は潤み、頬もじんわりと薄紅色に染まってきている。

 性的な刺激が濃い場面となると、両脚をばたつかせた。もじもじと身じろぎすることで、心の震えを外に逃そうとしているようだ。

(やばいな。
 なんていうか……性の目覚めというか。
 見てはいけないモノを見ているような気がする。
 本の内容も……えっちだし……
 他人に読んでるところを見られたら、
 羞恥心がクライマックス・バトルになりそうな感じだ……って、俺、この世界の文字を読めるんだな)

 本来、本の字は壮一には読めない象形しょうけい文字の類だった。

 しかし、不可思議なことに解読ができる。

 言葉や文字が理解できるのは、魔物として産まれついたおかげか。

「ふむぅー」

 壮一が疑問を片づけている最中。

 本を顎先に引寄せ、食い入るように読書しているネムエルに変化が起こった。いきなりスカートの裾端をつかみ、ぐいっと腹部へとたくし上げたのだ。

 魅惑の下着が外気にさらされた。
 三角形の布の縁は透かしが施してあり、レース編みの代物だった。気品のあるシルクはまっさらで、丘はぷくりとしていたが、細い手に覆われて影となった。

(えっ、まっ、まさか……!)

 挿絵に影響されているのか。

 男が女の股間を触っているシーンを凝視しながら、ネムエルはもぞもぞと手首に動かし始めた。振動に合わせて、ふぅーっと小さい息が吐きだされる。股間の中心線をこする手つきは控えめなものだったが、行為が意味することはわかりやすかった。

 自慰オナニーだ。

 ネムエルの自涜じとく行為は壮一にショックを与えた。

 あまりの動揺でマクラ生地が小刻みに震えた。ぼんやりとしていながらも、清楚可憐とした雰囲気を漂わすネムエルのイメージにそぐわない下品な真似だ。

(く、くるものがあるし……
 きっ、貴重なシーンではありますけどぉおおおお!
 どっ、どーしよ。
 お、俺はどうすればいいんだっ! 
 こっ、こここ……ここは、下僕として目を閉じる場面か……ああっ、だめだ。このままだと、
 思い出のメモリーに強制ダウンロードされちゃぅうううううう!)

 壮一は愚かな葛藤をしていたが、心配は杞憂に終わった。
 ネムエルが数分足らずで行為を終えたからだ。

「むぅー……」

 熱っぽい表情は、いささか不満げなものに変わっていた。

 達した様子もなく、未知の快感に怯えたわけでもなさそうだった。
 持っていた本をヘッドボードに置くと、ぐるっと寝返りを打った。
 濡れた手先を見つめながら、ふぅっと一呼吸。

「……あんまり、気持ちよくないかな」

 初めての自慰は、不満足な結果に終わったようだ。
 要領を得なかったのか、元々その気が薄かったのか。

 動向を注視している壮一は心臓をバクバクさせていたが、ネムエルはあくびを一つしたあと、軽やかに身をひねった。
 そのままベッド際の手拭きタオルに手を伸ばす。愛液で濡れた手先をぬぐい、足首を持ち上げて湿った下着を捨て、面倒そうにドレスの紐を解いた。
 そうして、一糸まとわぬ裸身となった。

「ふわぁ」

 両腕を天に掲げてノビをし、首をぐるんと横に回した。
 一応は寝間着のしまわれたクローゼットを一瞥したようだったが、無頓着な性格があっさりと睡眠欲に負けた。

 ベッドに舞い戻り、マクラ――壮一を抱きしめ、横になる。

(うお……今日は全裸ネイキッド・スタイルで寝るのかよ。
 自由人すぎるだろ。
 しかし、胸の感触が俺の顔にモロに……あぁ、なんか幸せ……)

 抱きめられていると、じかに体温が伝わってくる。

 壮一はほど良い暖気に包まれながら、安らぎを感じた。何よりも代えがたいぬくもりだ。

 この身を任せられる権利を失ってまで、性欲を満たそうとも思えない。
 二度と『人魔の術』さえ使わなければ、よこしまな考えも捨てられるかもしれない。
 もとより無機物として、マクラとして生きていくことが正解なのだ。

 そう、決めかけたところでネムエルの唇が開いた。

「今日も気持ちいい夢みたいな」

(えっ?)

 不意を突かれた。
 まるで触れられることを望むような発言だ。
 今の今まで、悪戯がバレていないと考えていた。間違いかもしれない。
 すべて見透かした上で、行為を受け入れていたのだろうか。

(うおおおおおお……ど、どうなんだよ!
 もしかして、俺の正体はとっくにバレていて、
 アンタッチャブルな行為を許してくれていたのか?
 馬鹿な。いくらこの娘が天使とはいえ、そんなはずない!
 いや、待てよ……夢って、言っていたな。
 ええっ、まさかそんな、ひょっとして……夢だと思っているのか?)

 疑問がぐるぐると渦を巻く。
 これまで、数えること五度ほどネムエルにマッサージと称する行為を施した。
 いずれも、睡眠中のことだ。
 夢だと解釈してもおかしくはない。

(どうする……夢ならセーフなのでは……
 いや、さすがにやめなきゃ……
 でも、ネムエルは)

 ――気持ちいい夢をみたいと、言っていた。

 許しを得られたのだ。
 錯覚かもしれない。都合のいい解釈かもしれない。
 けれど、この誘惑には抗いがたい。

(そういうことを……やっていいってことなのか?
 オナニーまでするんだ。
 そういう行為に飢えてるっていうか、欲求不満なのか……?)

 湧いてきた欲望が口許がひくつかせた。

 起こさないように注意しながら、枕元からすり抜ける。

 二度と使わないはずの『人魔の術』を用いた。人の姿を取りながら、横たわるネムエルを見やる。

「『安眠念波』」

 少女は眠ってはいるが、壮一は保険のために呪文をかけた。

 万が一を恐れてのことでもあったし、ほとんど習慣からきた呪文でもあった。やや姑息こそくな真似だが、夢を演出する以上、必要なことにも思えた。

(よし……さてと)

 改めて見下ろすと、寝顔は無垢で可愛らしい。

 世のけがれをひとつも知らないような顏だ。

 だが、空気中には青い性の残滓が漂っている。

 生臭さえ覚えるその雌の匂いが、壮一の心臓を激しく揺さぶり、またたく間に魂を焼き尽くした。

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