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-7-『青い果実』♯
しおりを挟む「また、夜がきたか」
空に昇る赤い月を眺めながら、人間形態となった壮一は充血した目を擦った。
眼球はどろりと濁り、眼の下には大きなクマができている。不眠症の症状だ。
転生して安らかな日々を手に入れたはずが、壮一はまたしても眠れない日々を送っていた。
理由は言わずもが、ネムエルとの添い寝のせいだ。
マッサージの一件で女体を意識してしまって以来、日に日に欲求が強くなってしまっている。
心の底からダメだと思っているのにも関わらず、毎晩、ネムエルの肌に触れてしまう。その度に自責の念が募り、おのれ罪深さを悔いるが、マクラの身上では密着することからも逃れられない。
「寝込みを狙うなんて、
どう考えてもクズ野郎の所業なんだよなぁ……」
ネムエルに正体を明かして楽になってしまうか。
同じ考えを、何度も何度も思い浮かべた。
そうすれば、ひとまずは悩みごとからは解消される。
しかし、そのあとはどうなる。悪くて抹殺。良くて追放処分だろう。
今や自分の肉体は布製品だ。脆弱であることは疑いなく、この世で生きる術も見当たらない。
「外の世界を見聞きしようにも、
廊下でさえ、ガイコツの兵隊とかが巡回してたからなぁ。
怖くて動けねえよ。
てかホラーハウスかよ、この城」
窓の向こう、尖塔の屋根で茶会をしている亡霊たちを眺める。
彼らは視線を送る壮一の存在に気付いたのか、真っ白な骨だけの手先を向けた。
おいでおいでと手招きしてくる。
壮一はおののき、ぴしゃりとカーテンを閉じた。
幽霊と慣れ合うつもりはなく、正体不明のモノに関わる気もない。
もっとも、マクラ型モンスターの自分もまた怪物の末席を連ねているだろうが、それとこれとは話が別だ。
「とはいえ、
いい加減、びびってないで部屋から脱出しよう。
ひきこもってばかりもいられないし」
外出したい欲も、あるにはある。
ネムエルしか刺激がないから、余計に彼女を求めるのだと壮一は推測した。
閉鎖された環境から脱却し、他の何かから刺激を受けさえすれば、邪念もしりぞけられるはずだ。
「と、廊下から足音か……『人魔の術』を解除する」
持続時間の検証中でもあったが、やむを得ない。
壮一が魔法を解いて所定の位置に戻ると、数秒後に扉が開かれた。
現れたはやはり部屋の主人、ネムエルだ。
両手に本を抱え持ち、重い足取りでベッド際に進んでいく。
「よいしょ」
ネムエルはサイドテーブルに本を積んだ。
珍しく、読書をするつもりのようだ。
ベッド際に座り込み、一冊目をぱらぱらとめくり始めた。
(勉強かな? 顔つきが険しいな)
「むー」
本を読み勧めて、数分後だった
。
ネムエルは楽な姿勢を求めてベッドに倒れ、寝っ転がった。
どすんっ、と頭部が壮一のもとへと落ちてくる。
衝撃はあったが、マクラの身ならさほどでもない。
また、ネムエルが仰向けになったことで、壮一も本も中身を読むことが可能になった。
(ええっと、どんなの読んでるんだろ。
どれどれ……なるほどなぁ、
一章目のタイトルは『上級者のためのセックス術』かあ。
勉強熱心だなぁ……じゃねえよ!
いきなりどうしたんだよ!
いつから上級者になったんだよ!)
壮一は内心で激しい突っ込みを入れたが、あくまで心の中だけで留めた。そうした自制心はまだ残っていた。
「んー……」
ネムエルは眉尻を立てながらも、ずっと文字を追っている。
ときどき単語が理解できないのか、小首をひねることもあった。
けれども。
読み進めるうちに多少は感じるところはあったのか――。
「ほむぅ~」
本の内容に感心したようで、ネムエルはうなずきながら吐息が漏らした。
縦長の瞳は潤み、頬もじんわりと薄紅色に染まってきている。
性的な刺激が濃い場面となると、両脚をばたつかせた。もじもじと身じろぎすることで、心の震えを外に逃そうとしているようだ。
(やばいな。
なんていうか……性の目覚めというか。
見てはいけないモノを見ているような気がする。
本の内容も……えっちだし……
他人に読んでるところを見られたら、
羞恥心がクライマックス・バトルになりそうな感じだ……って、俺、この世界の文字を読めるんだな)
本来、本の字は壮一には読めない象形文字の類だった。
しかし、不可思議なことに解読ができる。
言葉や文字が理解できるのは、魔物として産まれついたおかげか。
「ふむぅー」
壮一が疑問を片づけている最中。
本を顎先に引寄せ、食い入るように読書しているネムエルに変化が起こった。いきなりスカートの裾端をつかみ、ぐいっと腹部へとたくし上げたのだ。
魅惑の下着が外気にさらされた。
三角形の布の縁は透かしが施してあり、レース編みの代物だった。気品のあるシルクはまっさらで、丘はぷくりとしていたが、細い手に覆われて影となった。
(えっ、まっ、まさか……!)
挿絵に影響されているのか。
男が女の股間を触っているシーンを凝視しながら、ネムエルはもぞもぞと手首に動かし始めた。振動に合わせて、ふぅーっと小さい息が吐きだされる。股間の中心線をこする手つきは控えめなものだったが、行為が意味することはわかりやすかった。
自慰だ。
ネムエルの自涜行為は壮一にショックを与えた。
あまりの動揺でマクラ生地が小刻みに震えた。ぼんやりとしていながらも、清楚可憐とした雰囲気を漂わすネムエルのイメージにそぐわない下品な真似だ。
(く、くるものがあるし……
きっ、貴重なシーンではありますけどぉおおおお!
どっ、どーしよ。
お、俺はどうすればいいんだっ!
こっ、こここ……ここは、下僕として目を閉じる場面か……ああっ、だめだ。このままだと、
思い出のメモリーに強制ダウンロードされちゃぅうううううう!)
壮一は愚かな葛藤をしていたが、心配は杞憂に終わった。
ネムエルが数分足らずで行為を終えたからだ。
「むぅー……」
熱っぽい表情は、いささか不満げなものに変わっていた。
達した様子もなく、未知の快感に怯えたわけでもなさそうだった。
持っていた本をヘッドボードに置くと、ぐるっと寝返りを打った。
濡れた手先を見つめながら、ふぅっと一呼吸。
「……あんまり、気持ちよくないかな」
初めての自慰は、不満足な結果に終わったようだ。
要領を得なかったのか、元々その気が薄かったのか。
動向を注視している壮一は心臓をバクバクさせていたが、ネムエルはあくびを一つしたあと、軽やかに身をひねった。
そのままベッド際の手拭きタオルに手を伸ばす。愛液で濡れた手先をぬぐい、足首を持ち上げて湿った下着を捨て、面倒そうにドレスの紐を解いた。
そうして、一糸まとわぬ裸身となった。
「ふわぁ」
両腕を天に掲げてノビをし、首をぐるんと横に回した。
一応は寝間着のしまわれたクローゼットを一瞥したようだったが、無頓着な性格があっさりと睡眠欲に負けた。
ベッドに舞い戻り、マクラ――壮一を抱きしめ、横になる。
(うお……今日は全裸で寝るのかよ。
自由人すぎるだろ。
しかし、胸の感触が俺の顔にモロに……あぁ、なんか幸せ……)
抱きめられていると、じかに体温が伝わってくる。
壮一はほど良い暖気に包まれながら、安らぎを感じた。何よりも代えがたいぬくもりだ。
この身を任せられる権利を失ってまで、性欲を満たそうとも思えない。
二度と『人魔の術』さえ使わなければ、よこしまな考えも捨てられるかもしれない。
もとより無機物として、マクラとして生きていくことが正解なのだ。
そう、決めかけたところでネムエルの唇が開いた。
「今日も気持ちいい夢みたいな」
(えっ?)
不意を突かれた。
まるで触れられることを望むような発言だ。
今の今まで、悪戯がバレていないと考えていた。間違いかもしれない。
すべて見透かした上で、行為を受け入れていたのだろうか。
(うおおおおおお……ど、どうなんだよ!
もしかして、俺の正体はとっくにバレていて、
アンタッチャブルな行為を許してくれていたのか?
馬鹿な。いくらこの娘が天使とはいえ、そんなはずない!
いや、待てよ……夢って、言っていたな。
ええっ、まさかそんな、ひょっとして……夢だと思っているのか?)
疑問がぐるぐると渦を巻く。
これまで、数えること五度ほどネムエルにマッサージと称する行為を施した。
いずれも、睡眠中のことだ。
夢だと解釈してもおかしくはない。
(どうする……夢ならセーフなのでは……
いや、さすがにやめなきゃ……
でも、ネムエルは)
――気持ちいい夢をみたいと、言っていた。
許しを得られたのだ。
錯覚かもしれない。都合のいい解釈かもしれない。
けれど、この誘惑には抗いがたい。
(そういうことを……やっていいってことなのか?
オナニーまでするんだ。
そういう行為に飢えてるっていうか、欲求不満なのか……?)
湧いてきた欲望が口許がひくつかせた。
起こさないように注意しながら、枕元からすり抜ける。
二度と使わないはずの『人魔の術』を用いた。人の姿を取りながら、横たわるネムエルを見やる。
「『安眠念波』」
少女は眠ってはいるが、壮一は保険のために呪文をかけた。
万が一を恐れてのことでもあったし、ほとんど習慣からきた呪文でもあった。やや姑息な真似だが、夢を演出する以上、必要なことにも思えた。
(よし……さてと)
改めて見下ろすと、寝顔は無垢で可愛らしい。
世の穢れをひとつも知らないような顏だ。
だが、空気中には青い性の残滓が漂っている。
生臭さえ覚えるその雌の匂いが、壮一の心臓を激しく揺さぶり、またたく間に魂を焼き尽くした。
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