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-9-『備えあれば憂いなし』
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デート当日。
自室の鏡台の前で髪の毛を手入れする。
なめし革のテーラードジャケットを羽織り、清潔なシャドーストライプ柄のシャツの上に紫水晶のメンズネックレスをあつらえた。
中折れ帽子を被り、俺の足の輪郭を際立たさせる紺色のジーンズには、シックな馬革のベルト。
袖口にも、アクセントにカフスボタンを加えた。
すべてファッション雑誌で選び、通販したのでセンスは間違いないはずだ。俺のセンスは神ではあるが、神は得てして人間には理解されないものだ。
だからメンズ・ノンノーン系に頼った方がいい。
一応、蒼井先輩がナンパされたときに備えてメリケンサックをポケットに忍ばせておく。
不良を血祭りをあげるのは、重要な好感度上昇イベントだ。
いつだって、男は戦わなければならない。
しかし――もう一つの戦闘道具は準備しておくべきだろうか。
「落ちつくのだ鉄次よ。初めてのデートだ。避妊具はいらない。そう、いきなり距離が縮まる可能性はあるのはわかる。気持ちはわかるが、置いていくんだ」
声に出して、自制するようにゴム製品を机の上に置いた。
くそっ! 震える右手がコンドームを俺の財布にしまおうとしている。
理性の左手が本能の右手をつかんだ。制止させる力はまだ足りない。
止めろ、鉄次。お前は紳士だ! いわば精神的貴族階級だ!
そんなはしたないことを想定する必要はない。
まだ高校生だぞ? コトの重大性がわかってるのか。
――いや、待て。
ひょっとしてだが、高校生だからこそ用意すべきじゃないのか?
どんなことにでも備えた方がいい。先輩が濡れた瞳で「今日は帰りたくないんだ」とかいって強引に迫られたらどう対応するんだ。
そんなことはいけないよ、と建前を述べて倫理観に訴える? 馬鹿な。健全な若い男女二人が理性を抑えきれるわけがない。青臭い欲望は火をかけたフライパンのように確実に熱くなる。
そうだ。
百パーセント冷静に考察すると、完全に起こりうることだ。
俺の心には一切の邪念とかはないし、社会通念上ごく普通のことをするに過ぎない。
そうなるとデートコースにラブーリィな宿泊施設も入れるべきか?
割引券をネットで調べて印刷しておく必要も、あるかもしれない。
デートとは入念に準備するものだからな!
「お兄ちゃん。どこに行くの?」
凍えるような声が、背後から聞こえた。
ぶわっと産毛が総毛立つのがわかった。冷水を浴びせられたような気持ちになりながら、振り向く。
こめかみを引きつらせたクーナが腕組みしていた。
こいつ、ノックなしで兄の部屋に入りやがった。俺がアンタッチャブルな行為に及んでいたらどうなっていたことか。
まともにデートしに行くなどとは、言ってはならない。
妨害される危険もある。
それだけは絶対に避けなければならない。
ここはひとつ、俺の素晴らしく明晰な頭脳を使ってごまかすべきだ。
常に冷静沈着な俺に抜かりはない。
よぉおおおおっし! 最適な答えを出してやるぜ。
「ゴルフ」
「ゴルフぅぅうううううううううううう!?」
くそっ! 通じなかった。完璧なはずなのに!
疑うように半眼になったかと思えば腰を曲げ、ぐりぐりと顔を近づけてきたので、俺は防御のために両手を前に出して上体を引いた。
「あ、ああ……さ、最近はバンカーの調子がよくてね」
「バンカーって砂地のことなんだけど。なんで砂地が調子いいとゴルフに行くの?」
「スキーと同じなんだよ。わからないか? 雪のコンディションをスキーヤーが確かめるように俺もバンカーを確かめてるんだ」
クーナの双眸はみるみるうちに三白眼に変化した。
ちっきっしょう! 苦しい言い訳すぎたか。
目敏いクーナはなおも言い募った。俺の手元にある財布の中身を覗き込みながら。
「なんでゴルフなのにコンドームがいるのか教えてくれる? お兄ちゃん」
「ごっ、ゴルフボールを持ち歩くときに入れるんだ。五個くらい入るよ。最近のゴルファーのたしなみなんだ」
「本当にゴルフボールを入れるの?」
「ああ、他に入れるものなんてないよ」
「いや、『ピーッ!』でしょ」
「止めろ! 恥らえ! 危ない発言するんじゃねーよ!」
「別にお兄ちゃんのブツはお風呂で何度も見てるし、昨日も見たよ」
「昨日?」
「あっ、まずっ……まあ、とにかく、JGGから通信があるの」
「おい」
盗撮癖のあるストーカー系妹であるクーナは、あからさまに視線を逸らした。
いそいそとスマートフォンをカーペットの上に置く。
タッチして何かしらのアプリを起動させる。
細長い画面から放射される光は、目がくらむほど輝いた。
中空にさらさらとした砂粒のような光の粒子が集積し、立体映像が構成される。それ自体が光でありながらも、くっきりとした四角い窓を空中で実現させた。
――何これ、凄い。
「すげえ」
「JGGから支給されたアプリなの」
また怪しい団体名。
確かにまだ人類に普及していない技術かもしれない。
物珍しさもあって、俺は視聴のためにベッドをせもたれにした。
意味もなくクーナがベッドに乗り、俺の背後に回って俺の首元に両手を絡めた。
ぽふんと巨乳を俺の頭に乗せる。もちもちのお餅を乗せられたような重量感。
正直、少しのいい感じなので注意はしないでおく。
ふわふわとした四角形の窓に映像が入った。シルエットが登場したのだ。
薄暗いどこかの室内をバックにしているが、それがどこなのかわからないように工夫してあった。
『ミスタ・テツジ。私は関東地方のエージェントを束ねるボスである<リトル・カーネル>だ。今回、君にJGGのメンバーとして任務を与えたい』
「メンバーじゃねえよ」
『海王マリンパークは知っているな。君の住居から二駅ほどの距離にある水族館だ。そこを爆破してもらいたい』
「テロリストじゃねえか。俺の言い分を無視すんじゃねえよ」
『テロリズムではない。治安維持のためだ。君が爆破する水槽は一つだけでいい。標的は地球外生命体である大王イカのロンサムだ。実態はイカ型の生命体で、スミではなく有害化学物質を吐く生態を持っている』
四角形の画面にまた小さなウィンドが浮かび、大王イカの生態が投影された。
くるくるとグラフィックが回転する。身体の部位に詳しい説明が連ねられている。
出身地<海邸星>
性別メス。
触腕力三千キロ。
体長二十メートルから三十メートル。
好物は冷凍みかん。
最近やたらと――軟体動物に縁があるのはなぜだろうか。
地球外生命体とやらは皆そうなのか? 俺にかけられた呪いか何かか?
『彼女は非常に生命力の強く、一度に数千匹の子供を産むほど多産だ。現在、ぬくぬくとした環境で産卵期を迎えようとしている。生まれた子供は必ず地球の海に入り込むだろう。そして彼女の子孫はやがて、深刻な海洋汚染を引き起こす』
「……まあ、始末する理由はわかるけど、俺に頼まなくてよくない? 俺、普通の高校生だよ? 配役ミスってるだろ」
『隠密になるが、既に日本政府との話し合いは済んでいる。ミスタ・テツジ。君の父親であるミスタ・ジョージは目的は別としてテキサスの平和のために戦った。多くの地球外生命体やご当地キャラであるゾンビを倒してくれた』
「もうゾンビの存在の有無はともかく、ご当地キャラは倒したらまずいんじゃないか」
『現地のサポートスタッフの手によって、入場チケットは手に入れているだろう。二人チームで行動してくれ』
「え? これってそうなのか」
長財布にしまっておいた二枚のチケットを抜き出してみる。
常連ババアの好意とばかり思っていたのだが。
――背後から異様な気配がした。
愉快気に口の端を吊り上げたクーナ。
「了解です<リトル・カーネル>。私たち兄妹にお任せください」
『期待しているぞエージェント<ゴールデン・グルメ>。エージェント<サイテー・シスコン>』
「おい、今、誰のことを指した? もしや俺のことじゃないよな?」
『爆弾はエージェント<ゴールデン・グルメ>の局所的亜空間ホールから入手せよ』
局所的亜空間ホール――クーナが横に目を逸らしながらも、胸を押し上げるように下から腕組みし、ブラウスを張りつめさせているふくらみを押し上げてアピールした。
ボリューム満点な谷間は、男を狂わせる秘密の場所でもある。
「あれだよな……もっと別の場所から渡せないのか? 公共の場だと、完全に俺が性犯罪者になる恐れがあるんだが」
『セキリティの問題だ。国家機関とて容易には手が出せない場所にした。だが、武器であれば手近になければならない。仲間であり、恋人であり、最悪なシスコンである君なら簡単に手に取れるだろう』
「おい、先にお前の口を塞ぎに行ってやってもいいんだぞ」
「お許しください<リトル・カーネル>。兄は人前で愛について語るのが苦手なんです」
『典型的シャイボーイだな』
「楽しみにしとけよ。俺をコケにした代償はいずれお前の血であがなってもらうからな」
ごきごきと指の関節を鳴らした。
妹の馬鹿はともかく、どこのどなた様か知らない野郎に喧嘩売られて簡単に許せるほど心は広くない。
『クールになれミスタ・テツジ。地球は危機にさらされているのだ。<海邸星>のエイリアンたちは生物相の薄弱な地球を植民地にしようと画策している。既に一部と接触しているだろう。いずれも君が始末したらしいが』
「タコとイソギンチャクの化け物のことか?」
『それだ。我々はいかなる宇宙人も、彼らの武器でありペットでもある地球外生命体も、正式な手続きなしでは地球への入星を認めていない。ここ最近は不法入星が増えて対処しきれなくなっている。だからこそ、君らエージェントの力が必要なのだ』
タコは別として、イソギンチャクは有害ではあった。
だからといって、宇宙のゴミどもを俺が始末する理由にはならない。
『ロンサムは危険なイカだ。同じくイカの臭いがする君はシンパシーを感じるかもしれないが、殺って欲しいのだ』
「いちいち喧嘩売る姿勢のお前から先に殺っちまいたいんだが」
『我々JGGの任務をこなせば、破格の報酬も手に入るぞ。費用がかかれば金銭の支給もするし、君がもっとも喜ぶだろう報酬を用意している』
「ほう」
耳心地のいい話だ。
俺がもっとも喜ぶ報酬――十億くらいかな。
いや、宇宙のオーバーテクノロジーを結集させたメイドロボとかも捨てがたい。
宇宙旅行でもいいか。
なんかこう、スペースアドベンチャー的なものにも憧れる。
「お兄ちゃん。そろそろ蒼井先輩とのデートの時間だよね」
「あ……ああ! そ、そうだった!」
目覚まし時計のデジタル数字は危険域を差している
なんてこった。電車の時間まであと十分しかないじゃないか。
「チケットも半分私のだし、そろそろドタキャンの電話を……」
「じゃあ行ってくるぜクーナっ! 今の俺は夜空にはためく流れ星さ!」
「今、朝だよお兄ちゃん。って……悪ノリするふりをして逃げないでよーっ!」
歯を光らせて親指を立て、俺は廊下に出て階段を駆け下りた。
さらば妹よ。
大王イカもどきは任せたぞ。
自室の鏡台の前で髪の毛を手入れする。
なめし革のテーラードジャケットを羽織り、清潔なシャドーストライプ柄のシャツの上に紫水晶のメンズネックレスをあつらえた。
中折れ帽子を被り、俺の足の輪郭を際立たさせる紺色のジーンズには、シックな馬革のベルト。
袖口にも、アクセントにカフスボタンを加えた。
すべてファッション雑誌で選び、通販したのでセンスは間違いないはずだ。俺のセンスは神ではあるが、神は得てして人間には理解されないものだ。
だからメンズ・ノンノーン系に頼った方がいい。
一応、蒼井先輩がナンパされたときに備えてメリケンサックをポケットに忍ばせておく。
不良を血祭りをあげるのは、重要な好感度上昇イベントだ。
いつだって、男は戦わなければならない。
しかし――もう一つの戦闘道具は準備しておくべきだろうか。
「落ちつくのだ鉄次よ。初めてのデートだ。避妊具はいらない。そう、いきなり距離が縮まる可能性はあるのはわかる。気持ちはわかるが、置いていくんだ」
声に出して、自制するようにゴム製品を机の上に置いた。
くそっ! 震える右手がコンドームを俺の財布にしまおうとしている。
理性の左手が本能の右手をつかんだ。制止させる力はまだ足りない。
止めろ、鉄次。お前は紳士だ! いわば精神的貴族階級だ!
そんなはしたないことを想定する必要はない。
まだ高校生だぞ? コトの重大性がわかってるのか。
――いや、待て。
ひょっとしてだが、高校生だからこそ用意すべきじゃないのか?
どんなことにでも備えた方がいい。先輩が濡れた瞳で「今日は帰りたくないんだ」とかいって強引に迫られたらどう対応するんだ。
そんなことはいけないよ、と建前を述べて倫理観に訴える? 馬鹿な。健全な若い男女二人が理性を抑えきれるわけがない。青臭い欲望は火をかけたフライパンのように確実に熱くなる。
そうだ。
百パーセント冷静に考察すると、完全に起こりうることだ。
俺の心には一切の邪念とかはないし、社会通念上ごく普通のことをするに過ぎない。
そうなるとデートコースにラブーリィな宿泊施設も入れるべきか?
割引券をネットで調べて印刷しておく必要も、あるかもしれない。
デートとは入念に準備するものだからな!
「お兄ちゃん。どこに行くの?」
凍えるような声が、背後から聞こえた。
ぶわっと産毛が総毛立つのがわかった。冷水を浴びせられたような気持ちになりながら、振り向く。
こめかみを引きつらせたクーナが腕組みしていた。
こいつ、ノックなしで兄の部屋に入りやがった。俺がアンタッチャブルな行為に及んでいたらどうなっていたことか。
まともにデートしに行くなどとは、言ってはならない。
妨害される危険もある。
それだけは絶対に避けなければならない。
ここはひとつ、俺の素晴らしく明晰な頭脳を使ってごまかすべきだ。
常に冷静沈着な俺に抜かりはない。
よぉおおおおっし! 最適な答えを出してやるぜ。
「ゴルフ」
「ゴルフぅぅうううううううううううう!?」
くそっ! 通じなかった。完璧なはずなのに!
疑うように半眼になったかと思えば腰を曲げ、ぐりぐりと顔を近づけてきたので、俺は防御のために両手を前に出して上体を引いた。
「あ、ああ……さ、最近はバンカーの調子がよくてね」
「バンカーって砂地のことなんだけど。なんで砂地が調子いいとゴルフに行くの?」
「スキーと同じなんだよ。わからないか? 雪のコンディションをスキーヤーが確かめるように俺もバンカーを確かめてるんだ」
クーナの双眸はみるみるうちに三白眼に変化した。
ちっきっしょう! 苦しい言い訳すぎたか。
目敏いクーナはなおも言い募った。俺の手元にある財布の中身を覗き込みながら。
「なんでゴルフなのにコンドームがいるのか教えてくれる? お兄ちゃん」
「ごっ、ゴルフボールを持ち歩くときに入れるんだ。五個くらい入るよ。最近のゴルファーのたしなみなんだ」
「本当にゴルフボールを入れるの?」
「ああ、他に入れるものなんてないよ」
「いや、『ピーッ!』でしょ」
「止めろ! 恥らえ! 危ない発言するんじゃねーよ!」
「別にお兄ちゃんのブツはお風呂で何度も見てるし、昨日も見たよ」
「昨日?」
「あっ、まずっ……まあ、とにかく、JGGから通信があるの」
「おい」
盗撮癖のあるストーカー系妹であるクーナは、あからさまに視線を逸らした。
いそいそとスマートフォンをカーペットの上に置く。
タッチして何かしらのアプリを起動させる。
細長い画面から放射される光は、目がくらむほど輝いた。
中空にさらさらとした砂粒のような光の粒子が集積し、立体映像が構成される。それ自体が光でありながらも、くっきりとした四角い窓を空中で実現させた。
――何これ、凄い。
「すげえ」
「JGGから支給されたアプリなの」
また怪しい団体名。
確かにまだ人類に普及していない技術かもしれない。
物珍しさもあって、俺は視聴のためにベッドをせもたれにした。
意味もなくクーナがベッドに乗り、俺の背後に回って俺の首元に両手を絡めた。
ぽふんと巨乳を俺の頭に乗せる。もちもちのお餅を乗せられたような重量感。
正直、少しのいい感じなので注意はしないでおく。
ふわふわとした四角形の窓に映像が入った。シルエットが登場したのだ。
薄暗いどこかの室内をバックにしているが、それがどこなのかわからないように工夫してあった。
『ミスタ・テツジ。私は関東地方のエージェントを束ねるボスである<リトル・カーネル>だ。今回、君にJGGのメンバーとして任務を与えたい』
「メンバーじゃねえよ」
『海王マリンパークは知っているな。君の住居から二駅ほどの距離にある水族館だ。そこを爆破してもらいたい』
「テロリストじゃねえか。俺の言い分を無視すんじゃねえよ」
『テロリズムではない。治安維持のためだ。君が爆破する水槽は一つだけでいい。標的は地球外生命体である大王イカのロンサムだ。実態はイカ型の生命体で、スミではなく有害化学物質を吐く生態を持っている』
四角形の画面にまた小さなウィンドが浮かび、大王イカの生態が投影された。
くるくるとグラフィックが回転する。身体の部位に詳しい説明が連ねられている。
出身地<海邸星>
性別メス。
触腕力三千キロ。
体長二十メートルから三十メートル。
好物は冷凍みかん。
最近やたらと――軟体動物に縁があるのはなぜだろうか。
地球外生命体とやらは皆そうなのか? 俺にかけられた呪いか何かか?
『彼女は非常に生命力の強く、一度に数千匹の子供を産むほど多産だ。現在、ぬくぬくとした環境で産卵期を迎えようとしている。生まれた子供は必ず地球の海に入り込むだろう。そして彼女の子孫はやがて、深刻な海洋汚染を引き起こす』
「……まあ、始末する理由はわかるけど、俺に頼まなくてよくない? 俺、普通の高校生だよ? 配役ミスってるだろ」
『隠密になるが、既に日本政府との話し合いは済んでいる。ミスタ・テツジ。君の父親であるミスタ・ジョージは目的は別としてテキサスの平和のために戦った。多くの地球外生命体やご当地キャラであるゾンビを倒してくれた』
「もうゾンビの存在の有無はともかく、ご当地キャラは倒したらまずいんじゃないか」
『現地のサポートスタッフの手によって、入場チケットは手に入れているだろう。二人チームで行動してくれ』
「え? これってそうなのか」
長財布にしまっておいた二枚のチケットを抜き出してみる。
常連ババアの好意とばかり思っていたのだが。
――背後から異様な気配がした。
愉快気に口の端を吊り上げたクーナ。
「了解です<リトル・カーネル>。私たち兄妹にお任せください」
『期待しているぞエージェント<ゴールデン・グルメ>。エージェント<サイテー・シスコン>』
「おい、今、誰のことを指した? もしや俺のことじゃないよな?」
『爆弾はエージェント<ゴールデン・グルメ>の局所的亜空間ホールから入手せよ』
局所的亜空間ホール――クーナが横に目を逸らしながらも、胸を押し上げるように下から腕組みし、ブラウスを張りつめさせているふくらみを押し上げてアピールした。
ボリューム満点な谷間は、男を狂わせる秘密の場所でもある。
「あれだよな……もっと別の場所から渡せないのか? 公共の場だと、完全に俺が性犯罪者になる恐れがあるんだが」
『セキリティの問題だ。国家機関とて容易には手が出せない場所にした。だが、武器であれば手近になければならない。仲間であり、恋人であり、最悪なシスコンである君なら簡単に手に取れるだろう』
「おい、先にお前の口を塞ぎに行ってやってもいいんだぞ」
「お許しください<リトル・カーネル>。兄は人前で愛について語るのが苦手なんです」
『典型的シャイボーイだな』
「楽しみにしとけよ。俺をコケにした代償はいずれお前の血であがなってもらうからな」
ごきごきと指の関節を鳴らした。
妹の馬鹿はともかく、どこのどなた様か知らない野郎に喧嘩売られて簡単に許せるほど心は広くない。
『クールになれミスタ・テツジ。地球は危機にさらされているのだ。<海邸星>のエイリアンたちは生物相の薄弱な地球を植民地にしようと画策している。既に一部と接触しているだろう。いずれも君が始末したらしいが』
「タコとイソギンチャクの化け物のことか?」
『それだ。我々はいかなる宇宙人も、彼らの武器でありペットでもある地球外生命体も、正式な手続きなしでは地球への入星を認めていない。ここ最近は不法入星が増えて対処しきれなくなっている。だからこそ、君らエージェントの力が必要なのだ』
タコは別として、イソギンチャクは有害ではあった。
だからといって、宇宙のゴミどもを俺が始末する理由にはならない。
『ロンサムは危険なイカだ。同じくイカの臭いがする君はシンパシーを感じるかもしれないが、殺って欲しいのだ』
「いちいち喧嘩売る姿勢のお前から先に殺っちまいたいんだが」
『我々JGGの任務をこなせば、破格の報酬も手に入るぞ。費用がかかれば金銭の支給もするし、君がもっとも喜ぶだろう報酬を用意している』
「ほう」
耳心地のいい話だ。
俺がもっとも喜ぶ報酬――十億くらいかな。
いや、宇宙のオーバーテクノロジーを結集させたメイドロボとかも捨てがたい。
宇宙旅行でもいいか。
なんかこう、スペースアドベンチャー的なものにも憧れる。
「お兄ちゃん。そろそろ蒼井先輩とのデートの時間だよね」
「あ……ああ! そ、そうだった!」
目覚まし時計のデジタル数字は危険域を差している
なんてこった。電車の時間まであと十分しかないじゃないか。
「チケットも半分私のだし、そろそろドタキャンの電話を……」
「じゃあ行ってくるぜクーナっ! 今の俺は夜空にはためく流れ星さ!」
「今、朝だよお兄ちゃん。って……悪ノリするふりをして逃げないでよーっ!」
歯を光らせて親指を立て、俺は廊下に出て階段を駆け下りた。
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