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本編

ep18_side Gillialo 4

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 金髪の青年が俺の目の前でニヤニヤ笑っている。
 対する俺は仏頂面以外の表情ができないでいるわけだが――、

「まずはおめでとうと言うべきなのかな?」
「…………ええ、そうですね。ありがとうございます」

 完全にからかわれる形になっているが、エドアルド殿下のおかげであることは、まあ、うそではない。

 旅先で3日間ゆっくりと過ごし、帰ってきたのが昨日。
 今日から仕事を再開したわけだが、エドアルド殿下には早々に呼び出された。
 で、真っ先にこの話だ。

「殿下のおかげで、無事に夫婦になりました」
「それは素晴らしい」
「はあー。……まあ、素直に感謝しますよ」

 そう言って俺は肩をすくめる。
 殿下に勧められるままに彼の前のソファーに着席し、真っ直ぐ前を見た。
 なんだ? 俺の言葉を待っているのか?
 のろけの一言でも聞かせろと? はあああ、ほんとに、このひとはとことん俺で遊ぶ気だな。

「……私には、チセが必要らしい」
「あはは! 陥落おめでとう。やはり晶精の愛し子だ。君を落とすだなんて」

 ほんとうにな。
 チセじゃなければ、こうはいかなかった。

「否定しませんよ」

 そう告げると、エドアルド殿下はますます上機嫌に声をあげて笑う。
 はああああ。すっかりエドアルド殿下のペースじゃねえか。

「――それで。ひとつ、報せがありますが聞きますか?」

 まあ、夫婦の事情はこのへんでいいだろ。
 この方とは話しておきたいことが別にある。

「ああ、聞こうか」

 俺の顔が真剣だからだろうな。彼がすこし前のめりになる。
 俺が周囲に視線を走らせると、彼も俺の要望がわかったのだろう。すぐに人払いをしてくれる。
 そうして静まり返った室内にふたり、俺は覚悟を決めて口を開いた。

「…………私の晶精眼が、元に戻りつつあります」
「!」
「……おそらく、チセの存在のおかげでしょう。彼女の近くで空を飛んだとき、一時的に左眼に力が戻りました」
「それは……なるほど」


 チセにはまったく自覚がなくて、のほほんと暮らしてはいるが、晶精眼というのは厄介なものでもある。
 晶精に愛される――それはたんに、彼らの存在が見えるだけではすまない。
 晶精眼を持った人間の事例が限りなく少ないために、世間的にはあまり明らかにはなってないがな。

 俺の場合は戦闘機ヒコーキの操縦を助けてくれた。風が味方をしてくれていたりな。速さも出るし、全方位の状況が感覚でわかる。
 もちろんそれがなかったとしても、操縦技術で他に劣るつもりはなかったが、そこに晶精眼が加わると無敵だ。客観的に見ても厄介な存在だと思う。

 先日の戦闘でもその力が一時的に発揮された。
 チセに近づいたとき、晶精が眼に力をくれた。地上に降り立ってからもしばらく、左眼はそのままで――。
 相手の銃弾の軌道が全部読める。――まあ、さすがに俺の体の方が鈍っていて、わりと苦労したが、なんとかはなった。

 つまり、だ。こちらがなにかをお願いするわけではないが、晶精がよかれと思っていろいろな作用を及ぼす。あるいは感覚を共有してくれる――というのが、晶精眼の正しい力なのだろう。
 持ち主の俺ですら、その力を把握しきれていない部分はある。
 なんせ相手は晶精なんだ。人間と善し悪しの感覚がまるでちがうし、相手は遊び感覚のようなものだ。

 チセの場合はもっとだろうな。なんといっても愛し子だ。
 先日も、晶精銃の弾をことごとく消し去っていたようだし。愛し子である彼女のために、これからも正直、晶精がなにを引き起こすのかわからない。

 晶精とともに生きるというのは、人間の感覚では理解しがたいなにかを受け入れなければいけないということだ。
 コントロールなどできない。外野になにかを期待されても困る。


「…………もしもの話は、しておくべきだな。で、本格的に君の眼が戻るとして、君はどうするつもりだい?」
「私は――」

 もう答えは出ている。
 俺みたいな人間は、表舞台に立つべきではない。――そう思って、この国に居場所をもらって、とろとろとした微睡みのなかで生きてきた。
 でも、それももう終わりだ。

 チセが平和に笑って生きていくためには、きっと彼女を護ってやる人間が必要だ。
 人間からだけではない。気まぐれすぎる晶精の存在からも、彼女を護ってやる必要があるだろう。
 そしてそれは、俺でありたい。
 そのために、晶精が俺を選んだと思いたい。

 ただ――かつて、この眼の使い方を俺は誤った。ゆえに、戦争とともにあの力は消えてしまったんじゃないか――いまではそう思うんだ。
 だから、次こそは――そう思う。

「異動を、お許しいただけないでしょうか」

〈晶精技術認可省大臣〉なんて、肩書きだけは立派だが、実のところあってもなくてもいい場所であることくらい俺も知っている。
 エドアルド殿下が、俺をこの国に確保するために作った部署。 
 たしかにオレ好みの、晶精機器関連の認可に関する仕事が主だが、別に他の部署に統合してしまっても問題ない程度のものだ。

 そんな、俺が眠るためだけに用意された場所がなくなっても、俺はもう、この国から出ていくことはない。
 チセが笑っているかぎり、ずっと。

「なるほど……ああ。そうだな。護人としてもそうあって然るべきだと、私も思う。……君がそれを望んでくれるなら」
「はい」
「だがいいのかい? おそらく。愛し子を取り巻く環境はおそろしく面倒だよ?」
「面倒にならないよう、考えます」
「あはははは! そういうとこ、君らしいね」

 正直、チセにこの世界のために頑張って働いてほしいなどいっさい思わない。好き勝手利用などさせてたまるか。
 むしろ、適当に仕事を終わらせて、夫婦の時間がほしいというのがいまの俺の本音だ。

 愛し子の力は、あくまで晶精の動きを活発にするもの。――その程度の一般認識で抑えこみたい。
 本来はもっと大きな可能性があるものだけれども、そういった面倒ごとを背負わせるつもりなんて一切ない。
 情報を伏せ、ただ、彼女の平和な生活をまもりたい。この国のあちこちを旅して、人々の笑顔に触れて、笑って暮らせるような――。
 ――それはなかなか悪くない人生プランだと、俺は思う。

 だから、先手を打つ必要があるんだ。

「あなたが、今以上を望まなければ可能ですよ」
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