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本編

ep18_2

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 俺は告げた。
 なに食わない顔で笑っている、この国の王太子に。

「……それは脅しかい?」
「近いものと考えて頂ければ」

 彼女の負担を大きくしすぎるのであれば、彼女とともに逃げればいい。歓迎してくれる国はいくらでもあるだろう。
 ……なんて、できれば勘弁願いたい未来ではあるが、はっきりと意思表示をしておく。
 いくら気があうといっても、エドアルド殿下は為政者だ。
 俺とチセの意思を無視して、チセの力を――あるいは晶精眼を、俺たちが望まぬ方向に利用したいと考える日が来るかもしれない。

「肝に銘じておく。私だって、君とチセをうかうかとこの国から外へ出すつもりはないよ」
「……」
「さしあたっての要望は聞こう。もちろん、私の提案も君にのんでもらいたいけれど」
「提案?」
「そうだ」

 エドアルド殿下はにっこりと笑う。
 攻守交代。
 ――ああ、この顔をしたときは、たいてい、本当に面倒ごとを持ってきやがるんだ。

「ちゃんと夫婦となったのだろう? ここはもう、派手に結婚式といこうじゃないか」
「……」

 ひく、と頬が引きつった。
 思いも寄らなかった提案に、緊張感すらも粉々になる。

 ん? なんだって……?
 マジで面倒ごとじゃねえか。結婚式? 結婚式だあ???

「いつかこんな日もくるだろうと、先にチセのドレスを手配しておいてよかったよ」
「はああ!?」
「女性のドレスは仕立てるのに時間がかかるからね。大丈夫。出来は私が保証する」
「……まさか、召喚したときから準備をはじめていたとはいいませんよね?」
「あはは! そんなの、準備するに決まってるじゃないか」
「……」

 見切り発車もいいところだし、俺も俺で、殿下の手のひらの上で転がされていたってわけか。
 つうか、まあ……俺がチセに落ちるって予想されてたってことだよな。

 はあああ。
 くそ。やっぱり面倒だ。
 とんでもなく面倒だ!
 ……だがエドアルド殿下の目的が見えるだけに、のっからないわけにもいかない。
 つまり、対外的にも、晶精の愛し子と、その護人のお披露目をして牽制したいってことなんだろうが……。

 チセがこの国にいるということ。
 その護人が、俺っていうこと。
 ついでに、チセの能力がささやかであることなんかを広めてもらえると俺としても助かるわけで……。

 ちら、とエドアルド殿下の目を見る。
 うーん……これは完全に楽しむ目をしてるな。

「城内に、まだチセを狙う野心をもつ輩がいるからね。――これは私のせいだな。不用意に候補を集めるんじゃなかった。それは猛省している」
「……ヴィリオ・ジ・ティーガ、ですか」
「正解」

 チセを狙った市場での襲撃事件。
 確実な証拠こそ出なかったものの、あれの依頼者はヴィリオではないかという調査結果が出ている。
 襲われたチセを救い、彼女の関心を得ようと――くだらない茶番をするに至った。

 実際、チセは鉄壁だからな。周囲の男からしたら相当に難儀な相手だったのだろう。
 彼女とお近づきになりたかったのは、なにもヴィリオだけじゃない。
 他にも大勢、彼女と近づくチャンスを狙っていた輩はいたのだ。ただ、チセがあまりに器用に逃げ回るため、挨拶以上の会話ができていないという報告がいくつもあった。

 チセに聞いたところ、彼女の住んでいた元の世界では、特定の相手がいない成人女子がごまんといたとかで。声をかけられるのも日常茶飯事だったため、慣れているのだとか。

『なんていうか、口説くのも慣れていないし、断られるのも慣れてないって感じだよね、こっちのひと! あはは!』

 とかなんとか、チセは笑っていたがなあ……。
 かわされた男どもには多少の同情心がわかないでもないが、今でも不思議だ。
 そんなアイツが、俺なんかを必要としてくれているなんてなあ。

 もちろん、俺だってもうチセを他の男に渡す気なんてさらさらない。
 ……むしろ、今みたいに、チセが他の男から声をかけられるというのは、俺のせいなんだ。
 俺が、チセの夫である自覚が全くなかったからな。
 だれかに押しつけることすら考えて、周囲への態度をはっきりさせていなかった。
 チセの心を掴めばあるいは――と思った男は、少なからずいた、ということだ。

 その中でも特に、ヴィリオ・ジ・ティーガは……。
 特級貴族ティーガ家に生まれながら、次男であるがゆえに日の目を見ることもなかった男。
 愛し子の婿の候補に選ばれたときは、その野心を叶えるために躍起になっていたことも俺は知っている。

 チセを押しつけられるなら、誰でもよかった。
 そんなことを考えていた過去の自分を殴ってやりたい。


「実は――」

 エドアルド殿下の表情が厳しくなる。
 そして俺が不在のあいだのことの顛末を、かいつまんで説明してもらう。

 決定的な証拠はなかったにせよ、少なからずティーガ家の面々は、ことの真相を知ったのだろう。
 ヴィリオを叱責し、ティーガ家内での実権の多くを取り上げた。

 ティーガ家はこの国で数少ない特級貴族だ。いくら次男で、跡取りではないにせよ、家名に泥を塗るような行為は許さない。
 最初にチセに選ばれなかったときですら、ティーガ家のなかではゴタゴタがあったのだという。

 あのプライドの高い男のことだ。何をするかまったくわからないが――、

「なるほど。では、あの男につけいる隙がないと思いしらせるためにも結婚式は必要だと殿下はお考えなのですね」
「ははは! いやいや、まあ、それはほんのついでだ。――なによりも、君とチセが幸せそうな姿を見るのはいい。私以外のみなも、きっとそう考えると思うよ」

 ……まあ。それはな。
 けじめをつけておけってことなんだろう。
 お節介だが、悪いことじゃあないか。
 面倒だが。……チセは喜びそうだ。
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