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番外編
ex_4_side Gillialo
しおりを挟む――――は?
俺は手に持った手紙の内容に目を走らせ、愕然とした。
きったねえ字だ。丸っこくてくりっくりした、独特の筆跡。これがチセの字であり、見慣れているからこそそれなりに読解だってできるわけだが……ちょっと待て。
内容が全然頭に入ってこねえ。
『冷やし頭 行ってくる つもりです。
大時計城に ジズと ひとりで 後悔に あたります。
だから 心配しないでください。
――チセ』
「……」
どうも言語変換能力が邪魔をしているせいか、文章を書くときの文法もなかなか身につかないんだよな、アイツ。……いや、数ヶ月でここまで覚えたって考えると、飲み込みはえーのかもしれないけどよ。
心配しないでください、くらいしかまともに書けてねーじゃねえか。
……って! そうじゃなくて!
やっぱ、アイツいねーんじゃねえか……!?
やっちまった……!
……いや。俺もちっとばかしかける言葉間違えたな、とは思ってたんだけどよ?
家出!? これ、俺、早速愛想尽かされたってか……?
いやいや、待て。待ってくれ、チセ!
つか、俺もどうしてこんな時間まで気がつかなかったかね!?
ばっと窓の外を見ると、もうすっかり薄暗くなっている。
最近日没もはええからな。時間はまだ夕方程度だが、まもなく日が落ちるだろう。
つーか!
チセ、お前さん、いつの間に出ていきやがったんだ!?
俺は必死で、これまでの行動を思い出す。
ええと? 昼メシのあと、洗濯機の故障でびしょびしょになったから、シャワー浴びてよ。
片付けも修理も、一度にはぜんぶできねえからな。適当にランドリーの床を綺麗にしてから、イライラした気持ちを抑えるためにオーブン、洗濯機の順番で、修理でずっと手を動かしてた。
手紙には『ジズと』とあるから、アイツ呼び出すためにリビングの通信機器を使ったはずだ。
で。チセがリビングに来たなら、さすがに作業中でも、俺は絶対に気がつく。
……つーことはだ。出てったの、もしかして作業中じゃねえな?
俺がシャワー浴びている間ってか……?
まさか、そんな早くに、アイツ、外に連絡して出ていきやがったってことか!?
行動力ありすぎじゃねーか! ちっくしょう!
いや、そうだよな。チセだもんよ。アイツの決断の早さ甘く見てた俺が馬鹿だ!
しかも、昼間っからずーっと気がつかないとか。最悪だ!
俺、チセを追いかけもせずに放置したクソヤローって思われてねえ!? やっべ! 待て。待ってくれ……!
いやいや、チセ。ちがうんだ。
俺は、お前さんが自分の部屋引き籠もってるって思い込んでて……リビングのテーブルなんて見もしなかったから、手紙の存在に気がつかなかっただけっつーか。
いや、むしろだな!
チセもチセだって。
手紙を、もっとわかりやすい場所にだなあ!
……なんて、ただのいいわけか。いいわけだよな。
わかってる。俺が悪い。全部悪い。
アイツを心配しすぎて、つい口調が強くなっちまったのもそうだしよ。
自分の気持ち落ち着けるためにあえてアイツの存在を見ないふりして過ごしてたのもそうだし。
一回くらい部屋に様子見にいってもよかったじゃねえか……俺!
その結果、アイツがいなくなってることに気がつかねえとか、完っ全に護人失格じゃねえか!!
はああマジかよめちゃくちゃ時間経っちまったじゃねえか……どういう顔してチセを迎えに行きゃあいいんだよ……!
「はぁぁぁ……」
絶望だ……。
まったく、こんなことになるだなんて、誰が想像できるってんだ。
あのあと調べてみてよ、オーブンだって、洗濯機だって、どうやら晶精のエネルギー暴走が起こってたみたいなんだよな。
気まぐれな晶精のことになると、俺も推測することしかできねえけどよ、つまり、こうだ。
この家に〈晶精の愛し子〉が住むことになって、近くの晶精たちが浮かれている。で、今日になってチセが本格的に晶精機器をいじりだしたから、浮かれた晶精が気を利かせたってわけだ。
――たくさん晶精エネルギーを流したほうが、チセも喜ぶだろうってな。
晶精が良かれと思って起こす行動は、必ずしも人にとっていいものとはかぎらない。
結果、あの大暴走。
晶精エネルギーの出力上げたら、そりゃああのメシも黒焦げになるわってな。チセにとっては誤算だったろう。
……まだしばらくは晶精も浮かれたままだろうからな。
加減を間違えた晶精が、チセを傷つけかねない。そう考えるとマジで心臓が縮む思いだ。
ほんとうに、チセに怪我がなくて良かった。
ついつい厳しい口調になっちまったのは、だな。……ええと、もうちっと落ち着くまでは晶精機器に近づけるわけにはいかねーからって思ったわけで。
別にお前さんが邪魔だったとか、そういうわけじゃないんだ。わかってるか!? チセ!!
……はああああ。
晶精よぉ……なんてことしてくれてんだ、まったく。
せめて俺の晶精眼が元に戻ってたら、俺にだって、もう少し余裕が出るんだろうけどよ。
晶精の様子もちっとはわかるしな。
でも、そこはままならないんだよなあ。
チセと一緒に戦闘機乗ってるときくらいだからな。晶精眼がまともに働くのは。こうして地上にいるときは、この先も期待できそうもない。
「頼むぜ、晶精さんよお……」
見ることすらできない晶精に呼びかけてから、俺は大きくため息をつく。
――で、俺は覚悟を決めて、城に通信入れることにした。
アイツはさすがに〈晶精の愛し子〉っつー身分だからな。いつ何時だって、護衛やら付人やらが控えている。
本来ならばこの家に住み込みの使用人がいてもおかしくないくらいなんだがな。そこは、まあ、俺らのわがままで控えてもらっている。
が、呼べば誰かは必ず来るし、チセの行動はつねに城でも把握されてるってわけで……。
ポーン。
っつー機械音が響く。
――お、通信つながった。
『はい、こちらジズ』
「ああ。ギリアロだが」
ジズっつーのは、チセの付人として手配されてる男だ。
コイツ、普段はこの家のすぐ近くに控えてるのに、この城宛の通信に出るってことは、つまり、チセと一緒に城にいるってわけで。
「やっぱチセ、そっちにいるんだな。悪い。今から迎えに行く」
『ああ――そのことですが』
ジズがにっこりと笑うのが、見えた気がした。
『今日は貴方さまにはお会いしたくないそうです。面会謝絶です』
その一言で、俺の目の前は真っ暗になった。
「ま! ちょ、待ってくれ……オイ!?」
ポーン!
機械音。
くそっ! 通信切られた!
面会謝絶!? ジズは穏やかな口調だったけど、内容はとんでもないぞ!?
チセが、俺に……俺に会いたくない、だと……!?
イヤな気がザーって全身駆け巡る。
チセを傷つけたっていう事実を突きつけられたのと同時に、そんなつもりじゃねえんだって! といいわけが一緒になって脳内をぐるぐるまわりはじめる。
暑くもねえのにイヤな汗が噴き出し、俺は考える前に身体が動いていた。
「クソ、……チセ!」
ああもう、どうして俺はこうもちっせえ男なんだろうなあ!
チセが会いたくないつってるのに、俺は、ちょっとした我慢すらできねえ。
誤解だ。
誤解なんだ、チセ!
俺は、ただ、――ほんとうにただ、お前さんが心配だっただけで!
格納庫の壁にかけてたゴーグルをひっかけ、シャッターを開ける。
ヒコーキは常に手入れをしているから、すぐにだって飛べる。俺はゴーグルをしながら機体へのりこみ、大時計城目指して一気に飛びたった。
夜の飛行だって慣れている。
まだまだ宵の口で、街に少しずつ灯りが灯っていく時間帯だ。遠くの空はぼんやりと明るく――でも、間もなく完全に日が暮れる。
いつか、アイツにも見せてやりてえと思ってたこの街の夜景も、今はぜんぜん目に入らねえ。
ああもう。
もっと余裕持てよ、俺!
別に見限られたわけじゃねえ。それはわかってる。
けど、アイツが側にいないことがこんなに堪えるだなんて知らなかった。
小せえことでいちいち言い争うのも馬鹿みたいで――はやくアイツを手元におさめたくて仕方がねえ。
ああ、チクショウ!
――結局、俺は俺が可愛いだけ。アイツのためじゃなくて、俺のためにいてほしいだけじゃねえか。なんて虫酸が走り、それでも、諦めきれなくて城へ向かう。
一刻も早くアイツの顔が見たい。
そうだ。
俺が、耐えられねえんだ。
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